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第1話 心中計画

私が15で、ライラが13の時だった。


私とライラは、暗い闇の中で小さな波の音を聞きながらうっすらと光る新月を眺めていた。

ライラはこのランドン公爵のお屋敷のお嬢さまだ。旦那様の三番目のお嬢さま。旦那様が一番可愛がっておられるお方。栗色の長い巻き毛に、緑色の瞳。高い鼻にふっくらとした唇の彼女はまるで女神のよう。私はというと今日のために給金を貯めて買った白いシャツ着て、その方と腰と腰を縄で結んで池の上に浮かんでいた。


周りでは風の音も少ない。お屋敷から離れた庭園。夜は誰もこない明かりのない場所。

だからこそここを選んだ。計画は綿密に、人知れず選んだ私達の終生の地。

今頃お屋敷は大騒ぎだろう。そして私達はこの池に浮かんでいるのを発見されてしまうのだろう。


にいや(・・・)。死ねなかったね」


ライラが寂しそうに言う。

そう。計画は万全のはずだった。重しに選んだ石を結んだ縄が長すぎただけ。

それだけで死ねなかった。

きつく二人の腰に結んだ縄は水を吸ってすでに解けるものではなくなっていた。

決して離れない。死んでも一緒だと縄をきつく結びすぎた。そして帰らない証に刃物はおいてきてしまった。

だから二人とも池の上に浮かんでいる。

ライラの死出の衣装であるドレスが空気を吸って膨らんで浮かんでしまっているのだ。


「おおい。こっちだ! お嬢様が浮かんでるぞ!」


という声に松明の明かりが一斉にこちらに近づいてくる。ライラと繋ぐ手が強く堅くなることに気づいた。

お終いだ。少なくても私は旦那様に許されない。処刑されるか、遠くに売られるか。

それだけではないだろう。田舎の家族にも累が及ぶ。

なにしろ、時期王太子と目されるリック王子の婚約者であるライラと心中しようとしたのだから。


国家反逆にも近い。拾ってもらった旦那様にも申し訳がたたない。

もう私にはこの大地に生きる土地は一片もない。


どうかライラ。君だけは幸せに生きて欲しい。それだけが私の気がかりだ。




池から助けられると、ライラはタオルをかけられすぐにお屋敷の中に連れて行かれた。

私はライラが私を「にいや」と何度も呼ぶ声を、他の下男に殴られながら聞いていた。だがその声もいつしか聞こえなくなっていた。


気づいた場所は、ランドン公爵家の地下にある石牢の中だった。

顔が火がついたように熱い。口の中も切れて鉄の味がする。うつ伏せだったから助かったのだろう。

石床の上にたくさん血を吐き出しており、血溜まりができていた。


「気づいたか若ぇの」


ボロい服を着込んだ牢番のアザじいさんだ。口をすすぐように木の器に泥水を入れて牢の中に入れてくれた。

私はそれで口をすすぎ、床に吐き出した。


「まったく。前代未聞の珍事だ。旦那様の秘蔵っ子であるお姫様と下男のお前が心中しようとはな」


言葉が出ないし、何も言えない。

本当にそのままなのだから。


1日経ち、2日経ち。でたのは硬いパンだけだったがようやく身を起こすことができるようになった。

そこに、家宰のウオルム様からの使者であるウートがいつものようにこざっぱりとした服を着て牢の前まで来た。


「おい、ルミナス。旦那様が直々にお裁きになる。立て」

「……はい」


今から殺されるために立たなくてはならない。しかし、毅然と顔を上げた。

ライラの惚れた男が最後に命乞いをしたなんてことになったら、ライラを傷つけてしまうだろう。

親を殺されようが、兄弟を殺されようが、ライラと永世を誓ったときから覚悟を決めていたのだ。


「なんだお前、生意気だな。まだ生きているものの目をしてやがる」


ウートが私の後ろ手を縛りながらイヤミを言ってきたが構いはしない。

旦那様に処刑を言い渡され、家畜の屠殺場の横にある死骸入れに首と胴体と別々に入れられたって構わない。

この心中事件が王家に聞かれたらライラは嫁ぎにもいけないだろう。

だから、秘密裏に殺されるのだろう。


ウートに連れてこられたのは旦那様の部屋の前。

彼はドアを三度ノックして、言葉を選びながら部屋に声をかけた。


「旦那様。罪人のルミナスを連れてまいりました」

「……入れ」


「はい」


ウートに荒々しく身を押し込まれ、旦那様の前に。

襟をぴっちりと揃えて威風堂々と立つ姿は威厳が服を着て歩いてるようだ。しかしいつもお優しい旦那様は目を合わせてくれようとはしてくださらなかった。


「ウート」

「はい」


「ウオルムを呼んで来てくれ。そしたら君は仕事に戻っていい」

「は、はい。かしこまりました」


ウートは身を低くして私をにらみながら部屋を出ていった。

旦那様と二人きり。旦那様は手に大きな家畜用のムチを持っていて、それで私の肩を打ち付ける。

私の顔は苦痛に歪んだ。旦那様の気持ちだろう。手塩にかけた娘がこんな身分卑しい私なんかと心中しようとしたのだから。


「痛いかルミナス!」


旦那様はそのまま二度肩を打ち据える。私は苦痛のまま床に崩れるとさらに背中を三度叩かれた。

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