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令嬢と令息

令嬢と令息とブラッディベアー

作者: れん

初投稿です。

なんとなく小説を書いてみたくて、実際に書き出した方ではなく、息抜きに出来上がった作品。

息抜きがてら甘いお話を書いてみたかった。結果は別としても。甘いって何?

キャラ作りが楽しくなって、長編で書いてみたかったけど、キャラを全員出すまでに続けられないと思ったので、短編で行こうと書き上げました。


ずぶずぶの素人が書いたものなので、生暖かく、優しく薄目で見てください。

※世界観などの作りが荒々しいので、臨場感溢れる世界を楽しみたい方は後ずさりしてください。

ハーブス辺境伯家には、天使のようだと噂される少女が居る。


曰く、プラチナブロンドのストレートの長い髪は、清廉な輝きを宿している。


曰く、透き通ったサファイアの瞳は、人の悪しき心を見透かしている。


曰く、どんな魔法も攻撃も、決して彼女を傷つけることはない。


ハーブス辺境伯家が次女、ローゼリア・ハーブス。

人々に向けられる慈愛を讃えた優しい微笑みは、万人を魅了する。

そして、薄く色付いた赤い唇からこぼれる可憐な声は…


「お父様!ご覧になって!ブラッディベアーですわ!」


人々の思考を強制的に停止させた。

馬を巧みに片手で操り、そしてもう片手には血が滴り落ちる熊の頭部。

人によっては卒倒するような光景を無視して、嬉しげに微笑む彼女の姿は、確かに何かの返り血で染まっていた。




数日前、森で狩猟をしていた領民から寄せられた情報を元に、騎士団で調査を行なった結果、危険害獣種Aランク上位の魔獣、ブラッディベアーの姿が確認された。

ブラッディベアーの討伐には、通常、精鋭の騎士1分隊、または騎士1個小隊が必要で、しっかり装備を整えた上でも多少負傷者は出てしまう。

調査時の装備程度では危険極まりなく、改めて騎士を派遣し討伐すべく、人員を選抜し、装備を整え、いざ出発という矢先だった。

朝食の時間になっても姿が見えなかった愛娘だが、護衛騎士がローゼリアの婚約者である、リックハルトの元へ向かったと報告を受けて居たので完全に油断していた。

朝の挨拶よりも真っ先に、辺境伯たる父に伝えた言葉がアレである。

一瞬、意識を失いたくなった辺境伯が、頭痛を堪えるように苦しげに眉を寄せ、不安気に瞳をゆらめかせながら、誇らしげに見つめてくる愛娘にそっと声をかけた。


「・・・リア・・・護衛の騎士たちはどうした?」


「!!!」


身を守るために鍛えている辺境伯と言えど、万が一に備え護衛の騎士は必須。

令嬢たるリアであれば、領地と言えど、常に侍らせておく必要がある。領民へのポーズとして。実際には全然、全く、絶対に必要がなくとも。

辺境伯の言葉を聞いた瞬間、リアは、やべ、忘れてた、と言わんばかりに目を見開くと、殊更ゆっくり目を閉じて、悲痛な表情を浮かべ神妙な声で答えた。


「……置いてきました。」


令嬢たるリアから告げられたブラッディベアーの討伐に「さすがはお嬢様だ!」と沸き立っていた騎士たちが、今度はざわざわと悲痛な声をこぼした。


置いてきた、それはつまり・・・


―――護衛騎士達は、自らの命よりローゼリア様をお守りすることを優先させた―――


ローゼリア様といえど、1人で討伐を果たすことには負担があったのだろうと、護衛の騎士たちは、騎士としての職務を全うしたのであろうと、嘆くとも、誇らしげな騎士たちの視線を受け、辺境伯は益々苦しげに眉を寄せる。

騎士のために嘆いているように見える辺境伯を、騎士たちは感動したように見つめた。

騎士たちのざわめきに、リアは固まった。まるで彫刻のように表情が消え、茫然自失とも取れる淡々とした声で、ただ一言、謝罪した。


「ごめんなさい。」


まるでお通夜のような静寂が辺りに蔓延していく。

沈黙が支配したその場を、青年の声が破った。


「リア」


慈愛に満ちた青年の声に、リアは弾かれたように顔をあげ、いつも自分を助け、自分の全てを理解してくれる彼の名を読んだ。


「リック!」


リックの後ろに続く、リアの護衛騎士たちの姿を認めると、リアは一目散に駆け出した。


「リック・・・!」


先程までの無表情は完全に消え失せ、申し訳なさと喜びを全面に押し出した表情と、感極まった声に、リックは駆け寄ってきたリアの頬に付いていた血を優しく拭うように撫でながら、諭すようにゆっくりと話しかける。


「大丈夫。リアのことだから、きっとブラッディベアーを討伐しに行って、もう戻ってるだろうと思って直接ここへ来たから探したりしてないよ。そんなことより、せっかくリアに似合うドレスが返り血で汚れてるよ。」


言葉足らずどころか、リックの名前しか呼んでいないが、微妙なニュアンスと微妙な雰囲気の違いを正確に読み取り、リックはリアの不安を完全に払拭してしまった。


「リック…!フレッド、ブラッド。」


「わかってる。フレッドもブラッドもリアを叱ったりしないよ。俺も含めて、心配していただけだから。」


「リック…」


リックの名前しか呼ばないリアと、優しくリアに語りかけるリックを、護衛騎士の2人は悟りきった表情で見守り続けた。2人のいつものやり取りを決して邪魔をしないように。


ひとしきりお互いの感情をなだめ合った2人の様子を見計らい、辺境伯が声を掛けた。


「リック、いつもありがとう。」


どこか疲れたような、諦めたような、どことなく覇気の陰った様子で、辺境伯はリックに感謝した。


「いえ、リアは分かりやすいですから。」


なんの気負いもなく爽やかな笑顔でのたまうリックに、声の聞こえた騎士たちは、どこがだよ、と内心で突っ込まざるを得なかった。

リックとリアに対して完全に悟りを開ききった護衛騎士2人は、周りが何を思っているかを的確に理解し、改めてリックに対して、何がどうしてリアがこんなことをしでかしたのかの説明を求めた。

リックは毎度のやり取りに、少しだけ困った表情をしながら簡潔に説明をした。その間リアはひたすらに頷き、尊敬とも感謝とも取れるキラキラした視線をリックへ送っていた。




ブラッディベアーを発見し、翌朝討伐しに行くという報告を昨夜初めて聞いたリアの行動は以下の通り。

騎士が怪我をする恐れがあるので、通常の領地の守護に問題が出るかも?

私ならブラッディベアーぐらい1人で討伐が可能だし、早朝にぱっと行って、ぱっと帰ってこれば問題なし!


「…つまり、討伐に行く際にブラッディベアーの発見に思ったより時間がかかり、フレッドとブラッドにリアが居ないことがバレてしまった、と・・・。」


「目撃地点からちょっと離れた場所に居たんだもの…。」


「生き物だからね。住処やナワバリが目撃地点から離れていることなんて往々にしてあるんだよ。」


「分かってるわ。次からは書き置きを残すわ。」


神妙な顔で頷いて、次回予告をしてくる愛娘に、違う、そうじゃない。と言う言葉をぐっと飲み込み、辺境伯はフレッドとブラッドに視線をやった。今までの事例から何となく予想はつくが、形式的に質問する。


「2人は、リアが居なくなってから直ぐに探してくれたのかな?」


2人は辺境伯の目を真っ直ぐ見つめ、キッパリと答えた。


「いえ、お嬢を探す時はリックハルト様への確認を最優先でしています。」


なんとも言えない瞳を2人に向けて、今度はリックに確認した。


「2人からは何と?」


リックは心配性なリアの父を優しい目で見返した。


「はい、閣下。昨晩リアへ領内にブラッディベアー出没の情報を伝えたことと、朝食を食べて居ないことを伺いました。」


だからなんだ、と言いたくなったが、結局何をどうしたらリアがこの時間に帰ってくると判断したのかさっぱりわからず、改めて確認した。


「もう少し詳しく説明をしてくれるかい?」


「えぇ。恐らくですが、出没区域を中心に探してもなかなか見つからないことに焦れて、少し強めにナワバリを荒らし、ブラッディベアーを炙り出して討伐したと思います。その際に他の生物のナワバリにも少なくない影響を与えてしまったでしょうから、それを落ち着かせるのに時間がかかってしまったんだと思います。リアはせっかちでおっちょこちょいなところがありますから。」


そんな所も可愛いですよね、と穏やかな微笑みを向けてくる将来の義理の息子に、そんなんで済む話じゃない、と辺境伯は遠い目をした。


「リック・・・!」


まるで、自分の行動を全て見ていたかのような正確な説明にリアは感動してキラキラした目をリックに向けていた。

そう、討伐自体はすぐに終えたものの、元々住んでいた魔獣の気配が遠のいて行くことに焦り、彼らを住処へ戻すためにリアは奔走していたのだ。

自分の苦労をわかってくれた上に、可愛いと言ってくれるリックに、リアは嬉しくなって、そっとリックに擦り寄った。

当然リックも、リアのそんな行動を理解し、リアに向き直ると優しく髪を撫で―――


突然始まったイチャつきを、日常の風景と言わんばかりにスルーして、辺境伯は改めてリアのことを知らない騎士たちへの説明を頭の中で組み立てた。


討伐隊を出発させる前にリアが片手に熊の頭を掴んでいたこと。

騎士を置き去りにしたが、すぐにリックが騎士2人を連れて来ていたこと。

リアがリックに駆け寄って以降の会話は、身内の騎士たち以外には知られていないこと。

熊の生首と返り血のインパクトが強すぎるが、そこはもうどうしようも無い。


簡潔な説明としては以下の通り。

ブラッディベアーの現在地を調べに、リアとリックたち少数精鋭を先遣隊として送ったが、そのまま戦闘になってしまった。

リアが先に戻って来たのは、報告を速やかにするとともに、他の魔獣が血の臭いで寄ってくる恐れがあったため危険地帯から遠ざけるため。

熊の生首や返り血は……討伐したことの証明と首から滴り落ちる血が付着しただけで、辺境伯家の一員たるもの、魔獣の死骸程度には怯まないことの証左にほかならないので問題なし。

置いて来た騎士ということになっているは、リアの婚約者であるリックハルトがリアの護衛騎士とともに安全な場所へ保護した、と。


うん、ちょっとアレだが開示情報としては心配しなくて良いだろう。殺伐としてはいるが、将来の夫婦の共同作業と将来の妻になるリアの実家で魔獣が現れても協力してくれる頼りになる夫、とほんの僅かでも認識されれば御の字だ。


辺境伯は匙を投げた。


何をどう取り繕おうとも、返り血を浴びた笑顔の令嬢が生首を掲げることには問題しか感じない。


それでも、リアが国1番と言えるほどでたらめに強く、リックはリアのフォローに関しては尋常じゃなく優秀であることを、あからさまに広げることだけはできなかった。

国王陛下以下数人と、家族と、辺境伯家直属の騎士しか知らぬ、ある種の国家機密を思い、辺境伯は懐に忍ばせている常備薬を取り出し、慣れた手つきで飲み込んだ。





ブラッディベアー討伐の知らせに領民たちは沸き立った。

討伐者が、リアの婚約者であるリックハルトの手に寄るものと周知され、辺境伯家の明るい未来をこと更に喜んだ。

一部の騎士たちは、情報の曖昧さに違和感を覚えていたが、関わりのある騎士へ確認しても、皆一様に同じ答えを返すだけ。ある者は機密情報があるのだろうと、それ以上探るのをやめ、無駄に好奇心を発揮したある者は、辺境伯領内で姿を見ることは無くなった。


「ごめんねリック。いつもあなたに迷惑をかけちゃう。」


お祭り騒ぎの領内の中で、喧騒から離れた静かな場所で、リアとリックは2人きりで歩いていた。

人見知りが激しすぎて、身内以外には緊張のあまり言葉を上手く告げられないばかりか、途端に無表情になってしまうリアが、泣き出しそうな目でリックを見つめた。

リックはリアの肩に手を回し、そっと抱き寄せて囁いた。


「迷惑なんてかけられたことない。リアが俺を頼ってくれることはすごく嬉しい。それに、リアが自由に過ごせればそれでいい。」


リックの言葉に、リアは縋るようにリックの胸に顔を埋めた。


「リックのおかげ。今日だって。」


「リア。」


静かに涙を流しながら、か細い声で一生懸命に縋ってくるリアを、リックはしっかり抱きしめ、大切な宝物のように名を呼んだ。




リアの過剰に過ぎる魔力は、危険極まりないものとして判断されていた。それでも国にとって有益ではあると、腫れ物に触れるような措置が取られていた。

自身の余りにもデタラメな力が、意図せず人を傷つけることを理解したリアは、家族以外に会うことを拒絶し続けた。

魔力以外にも、リアの美しさに惹かれる輩は数知れず、それでもリアの力を御せる者は一切現れず、戦力を抑制するための封じの鎖が日々増えていく。

痛々しい程に鎖で繋がれ、キラキラと輝いていた幼い少女の瞳から、だんだんと光が失くなっていくことを、家族はただただ嘆くことしかできなかった。

そんな折、辺境伯の友人であるローデント公爵が、自身の息子であるリックハルトの境遇を相談した。

曰く、リックは足りない子供だと。


過ぎる力を持つリアと、足りないと評されるリックなら、良くも悪くも何かしらの変化が起きるのではないかと。

辺境伯と公爵は、愛する我が子を会わせることにした。


「リア。私の友人に、リアと同じ歳の子供が居てね、良かったら会って欲しいんだ。」


「おとうさま…。」


リアは悲しげな表情で、父の様子を伺った。

どこか期待するような視線に、会うだけならと了承した。


「リックハルト・ローデントです。」


「ローゼリア・ハーブスです。」


「「・・・・・・」」


静寂が辺りを満たした。

黒髪とサファイアの瞳を持つ少年が、鎖で繋がれた自分をじっと見つめてくる目に、居心地悪く感じたリアは、無意識に魔法を使ってしまった。

ただ風が揺らぐだけの魔法は、規格外のリアが放つとカマイタチのような風になる。

目の前の少年から、鮮血が舞った。

軽く肌の表面を撫でて行った風が、少年の服や肌に浅い傷つけた。

辺境伯と公爵は、駆け出しそうになる騎士たちをその場に押しとどめた。2人が逃げ出さない限りは動くなと命じて。

子供たちには辛いことではあるけれど、2人の邂逅に、多少のことには目を瞑るつもりだった。


「ぁ・・っ」


無意識に相手を傷つけてしまったことに、リアは恐怖と絶望を感じた。父の友人の子どもを傷つけてしまった。早く治癒の魔法をかけなければと焦るのに、足が動かない。

キョロキョロと視線を彷徨わせ、荒くなっていく呼吸。

頭が真っ白になって動けないリアを後目に、リックは特に痛みを感じた様子もなく、ポツリと滴る血が、切れた服に滲んで行く様を見て、不思議そうに声を掛けた。


「ローゼリア様の魔法ですか?」


「え・・・?」


「無詠唱魔法は、初めて見ました。」


「あっ・・あの・・・っ」


血が出ていれば痛いはずなのに、全く痛みを感じていないかのように話す少年に、リアは戸惑った。

とりあえず、なんとか動くようになった体を動かし、少年へ近づき、慎重に治癒魔法を掛け、切れた服を直し、付着した血を消した。初めて自分の思い通りに出来た魔法に、リアは感動していた。

その間、少年は興味深そうに自身の体に触れ、綺麗になった服をしげしげと見つめ、僅かに口角を上げた。

その様子に、辺境伯は嬉しそうに見つめ、公爵は思わず瞠目した。


「ありがとうございます。」


「え。」


「魔法を見せてくれたことと、服を綺麗にしてくれたことです。」


「っ!」


少年が当たり前のように伝えてくる言葉に、リアは自然と涙が溢れてくるのを感じた。涙が流れていることを理解すると、リアは大声で泣き出した。

突然泣き出したリアに、リックは少しだけ逡巡してから、そっとリアを抱きしめて頭を撫でた。

辺境伯と公爵は感動していた。

辺境伯は、リアが自分から家族以外に近づき、魔法を制御してみせたことに。

公爵は、リックが僅かにでも表情を動かし、泣き出した少女を慰めたことに。


それから2人はポツポツと話し合うようになった。

傍目には無表情で会話する少年と、鎖で戒められながらも、表情がコロコロと変わる少女の様子を訝しむ人も居たが、本人たちが楽しそうにしているのを、辺境伯も公爵も嬉しそうに見守った。


「新しい魔法を覚えたんだ。」


ある日、リックがポツリとこぼした言葉に、リアは自分のことのように喜んで、リックの魔法を見たいと告げた。

リックはじっとリアを見つめて、そっとリアの手を取った。

手を取られたことよりも、いつもと違う触れ方に、リアは少しだけ脈が早まるのを感じた。


「・・・リアが思うままに過ごせますように。」


「え・・・?」


魔法と言うより、祈るように零された言葉が、魔力となって、リックの手の平からふわりと優しく全身を巡って行く。

じんわりと広がっていくそれがあまりに心地よく、リアはそっと目を閉じた。この温かさが、少しも外に零れないように、身体中を巡る魔力が落ち着くのを待った。


「どう?」


僅かに首を傾げ、伺うようにこちらを見つめる綺麗なサファイアの瞳を、リアはじっと見返した。

お互いに無言でしばらく見つめ合っていると、リアは自身を抑制する鎖が、いつもよりずっと重く縛りつけてくるのを感じた。


「これ、いや。」


「うん。」


突然の不快感に眉を顰め、リアが不機嫌な声で伝えると、リックは心得た、と言わんばかりにコクリと頷き、おもむろに鎖を外していく。

あまりに自然に、当然のように鎖が外されて行くのを、我に帰った辺境伯と公爵はさすがにこれはまずいと声をかけた。


「待ちなさい、リック」

「リア?どうしたんだい?」


突然声をかけられて、リアは驚きながら、リックは不思議そうに2人を見た。

ちらりとお互いに視線を交わし、同時に首を傾げると、代表してリックが答えた。


「リアが、鎖が重くて辛くて嫌だと言うので外しました。」


そこまでハッキリと伝えていないはずなのに、なんのてらいもなく告げたリックの言葉に、リアはコクコクと頷いた。


「えぇと、どうして突然リアの鎖が重くて辛くなったのかな?」


戸惑いながら辺境伯が尋ねた。


「リアが、もう我慢しなくていいように魔法を掛けました。」


リアはうんうんと頷きながら、とても嬉しそうに笑っている。

言いたいことは理解出来たが、リックがどんな魔法をかけたのかがさっぱり分からない。穏やかな笑みを浮かべて、今度は公爵が問いかけた。


「すごいな、リック。良かったらどんな魔法か教えてくれるかい?」


「えっと、リアがうまく魔法を使えないって言ってたから調べてみたら、魔力って外に出ちゃうとうまく動かせないって書いてあったから、外にこぼれちゃった魔力をリアの中にしまえば良いかなって。魔法はしっかりイメージすれば、イメージ通りに発現するって先生も言ってたし。」


リアはすごい!と言わんばかりにキラキラした目でリックを見ている。

辺境伯と公爵は笑顔を浮かべたまま固まった。

言うは易し、行なうは難しの典型である。

イメージがどこまで成されているかが分からない以上、安心はできない。2人はチラリと視線を交わすと、リックに確認した。


「リック、リア嬢の魔力を封じ込めたのかい?」


リアは期待した目でリックを見ている。

リックはゆっくり首を振った。


「しまっただけだよ。」


「しまった、ということはいつでも取り出せるんだろう?例えば、リアが思わず取り出してリック君に初めて会った時のようになってしまわないかい?」


リアはドキドキした目でリックを見ている。

リックはふるふると首を振った。


「リアが自分で、魔法を使う、と思わないと取り出せない。」


「それは・・・」

「・・凄いな」


辺境伯はうなり、公爵は感嘆した。

公爵自身、リックがここまで優秀だとは思っていなかった。能力に関しては間違いなく優秀ではあったが、痛みを感じないどころか、感情が無く、どこか人形のような無機質さが、どうしても優秀さに陰りをさしていた。子供の溌剌とした無邪気さが、リックには全く無かったため、リックは周囲に足りない子供だと噂されていた。

それがどうしたことだろう。リアとの関わりで少しづつ感情を覚え、表現してくれるばかりか、類を見ないほどに魔法に長けていると判明した。

リックは国1番の優秀な人間になる。国を支えるにおいて、これ程心強いことは無い。公爵は自分の息子を誇りに思った。


「リック、すごい!」


堪えきれなくなったリアが、ぱーっと花が咲くような笑顔で、ただただリックを賞賛した。あまりにも無邪気なその笑顔が、自身の身に起きたことを、正確に理解していないのでは?と辺境伯に不安をもたらした。


「良かったね、リア。せっかくだから、魔法を使ってみたらどうかな?」


「でも・・・」


さすがにリアの表情が陰った。

魔法を使うということは、たくさんの人に迷惑を掛けてしまうことを、リアはしっかり理解していた。沈んだ声で俯くリアの頭を、リックが優しく撫でて伝えた。


「大丈夫。リアの願い通りに使えるよ?」


それでも不安げに揺れる透き通ったアメジストの瞳を、リックはしっかりと見つめた。


「心配なら、花の色を変える魔法にしよう。向こうに咲いてるヒマワリ。左から2番目の、1番大きなヒマワリの花びらを、リアの好きな色に変えてみて?」


リアの目を見つめながら優しく伝えてくれるリックの言葉に、リアはコクリと頷いて、ヒマワリに向かって手を伸ばした。

リックの言葉を反芻するように小さく呟き、リアは自分の好きな色を思い浮かべた。

いつも自分を見守ってくれる、優しく輝くサファイアの色を。


ふわりと空気が揺らぎ、いつも暴れ回っている魔力が、自分の意思で動かせることにリアは感動した。

そして、自分の大好きな色を、左から2番目の、1番大きなヒマワリに伝えた。


「わぁ・・・!!変わった・・・!!!」


キラキラと輝き、鮮やかなサファイアの色に変わるヒマワリを、リアはぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて、万遍の笑みでリックに伝えた。


「うん、すごいね、リア。」


嬉しそうに褒めて撫でてくれるリックの顔を見て、色を変えたヒマワリと同じサファイアの目が柔らかく笑んでいるのに気づくと、なんだか恥ずかしくなったリアは顔を真っ赤に染めた。


そんな2人の様子を微笑ましげに見守る公爵と、複雑な色を滲ませて見守る辺境伯は、国への報告をどうしようかと、そっと頭を悩ませた。


ひとまずリアの力の制御がどの程度かを調べるのと並行して、リックの魔法への造詣を調査することになった。

結果、お互いがお互いに影響し合っていることが分かった。

リアに関しては、異なる人物とリックとで全く同じことを伝えた結果、リックが伝えた場合の方が、より望んだ結果を出す事が判明した。

リックに関しては、リアが関わることにおいてのみ、望んだ成果以上の結果が得られる事が判明した。

調査の結果、もう2人をくっつけとくしかない、と判断された。

ただし、万が一国に仇なす場合に備え、国益を自身の判断で損なう行動をした場合、2人の生命を奪う契約までつけて。

非情な判断ではあったが、この契約自体、リックにリアの現状を正確に伝えた結果、リック自身が作った魔法によって誓約された。

リックがリアの命を奪うような真似は決して無いし、リックの説明ならリアがきちんと理解するという判断によって。


こうして2人は幼いながらに、ある種、魂で結ばれた婚約を交わすこととなった。







「リック。」


ようやく落ち着いたリアが、そっとリックを見上げた。

涙で濡れた、キラキラと輝くアメジストの瞳を、リックは優しく見つめ返した。


「・・・リック。」


いつも名前を呼ぶだけで全てを理解してくれるリックが、声を掛けてくれないことに、何となく恨めしく思いながら、リアはもう一度声を掛けた。

リアの縋るような声に、リックはさらに微笑んだ。リアが何を言いたいのか、どうして欲しいのかを正確に把握しているからこそ、あえて黙って見つめ返した。

リアの視線がさらに恨みがましくなっていく。

可愛らしい婚約者の様子に、リックは笑みを湛えたまま、リアの頬に手を添えた。

期待に満ちたリアの表情に、揺らいだ思いを伏せて、リックは願った。


「リア。言って。」


途端に顔を真っ赤に染めるリアの様子を、満足気に見ながら、リアの唇から零れるであろう声を聞き逃さないように静かに待った。

ゆらゆらと揺れるアメジストの瞳が、決意を固めた。


「リック、好き。大好き。」


震える声で、ハッキリと伝わる思いに、リックは堪えきれずに笑みを零すと、リアの唇を静かにふさいだ。


長い口付けに堪えきれなくなったリアがもがく様を、リックは静かに受け止めた。

涙で潤むリアの瞳を間近で見つめながら、殊更ゆっくりと時間をかけて、唇が触れ合いそうな距離まで離すと、絞り出すように告げた。


「リア。」


名を呼ばれただけで、リアの赤く染まった顔がますます熱くなる。

全身が赤くなってしまったような錯覚を覚えて、リアの瞳からポロリと涙が零れた。

零れた涙を、リックが優しく指で拭うと、言葉の続きを吐き出した。


「愛してる。」


「っ・・・・!」


伝えたい言葉が声にならなくて、リアはぎゅっとリックに抱きついた。

今度はリックも、リアの願いに素直に応えた。


遠くでざわめく街の喧騒が、どこか別の世界のようで、2人はしばし、2人だけの世界を楽しんだ。






終わり



――――――――――――――――――――――――

人物紹介 年齢不詳

――――――――――――――――――――――――

リア(ローゼリア・ハーブス)

ハーブス辺境伯の愛娘。プラチナブロンドの腰まであるストレート。澄んだアメジストの瞳を持つ。

過剰に過ぎる魔力を持って生まれたせいで、魔力を抑制するための鎖で物理的に縛られていた。(首とか手足とかですよ。)

魔力を抑制出来るようになってからは、リックを真似して剣も嗜むようになった。護衛騎士が泣くほど嗜むようになってしまった。

極度の人見知りで身内以外には緊張しすぎて表情筋が死ぬせいで無表情になる。おまけに抑揚が消え失せ淡々と話すようになる。言葉足らずな上に割と包み隠さず素直に伝えるので、リック以外の身内はハラハラが止まらない。

自分のフォローを的確にしてくれるリックを尊敬している。リック大好き。ほとんど毎日リックと会っているが、たまにある会えない日は寂しくて魔獣を血まつ・・八つ当たりしちゃうという可愛らしい乙女心を持っている。


リック(リックハルト・ローデント)

ローデント公爵の愛息。少し長めの黒い髪。サファイアの瞳。

貴族男性の嗜みとして剣と魔法を学ぶ。リアが関わるとリア以上に成果を発揮しているが本人は全く気づいていない。

幼少期は感情が無く、人形のような無機質さのせいで優秀さがあまり評価されていなかった。

リアがいない時は口数少なめでだいたい無表情。言葉足らずなリアの通訳をするときは、まわりにも分かるよう喋るし表情も豊かになる。家族でも理解しきれないリアの言動を正確に翻訳してくれる。リアに関わりのない相手の心情はそこまで把握できない。(する気がない。)

自分の前ではいつでもどこでも可愛いリアに全身全霊を掛けて愛情を伝えている。リア大好き。リアを貶めてくる連中をリサイクルしたり完全に処分したりと、リアが気づかないように上手に整理整頓している。


フレッドとブラッド

リアの護衛騎士。双子。ぶっちゃけリアに護衛は必要無いと身内内で理解してはいるものの、体外的には必要なため、リアの突然の行動力にそこそこ着いていけるというだけで選ばれた。

リアの姿が見えなくなった時は真っ先にリックに聞きに行く。リアを見失っても叱られない。むしろ謝られる。リアやリックに対するツッコミは、護衛騎士として就任後、即日灰も残さず燃やして捨てた。

もう少し登場させたかったけどリアとリックのクセが思ったより強すぎてThe、モブ的な感じになってしまった可哀想な子達。

実際、リアとリックのパパたちがあんなに登場するとは思わなかった。パパたちの人物紹介は特に考えてないです。

――――――――――――――――――――――――



せっかく他のキャラも作ったので、気が向いたら他キャラも出したいから、いつか、そのうち、シリーズを書くかもしれないし、書かないかもしれない。

人物名などの名付けのセンスが全く無いことに愕然としたので、キャラだけ作って置いといたら、好奇心旺盛な優しい方が、ハッピーエンドな話に登場させてくれないかな、と常々妄想しています。

あと、熊さんはスタッフできちんと供養しました。

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[一言] 初めまして! 新着の活動報告から参りました。 初めての投稿ということで、お疲れ様でしたっ。 そして初投稿おめでとうございます! 初めて、ということでしたが主人公のリアの設定など凄く細かい…
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