死が二人を……
女神様と別れてから、しばらくの間の記憶が無い。気が付けば、俺は十六夜の前に立っていた。立っていた、と言うのは違うかな。俺は十六夜を殴ろうとしていた。どうして俺は十六夜を傷つけようとしているんだ?
わからない。理解できない。
でも、目の前の生き物を、殺したくて、壊したくて仕方ない衝動に駆られてしまう。命ある物を全て、動く物を全て、破壊したくて仕方がない。
殺せ、殺せ、殺せ。
どこかから、俺の脳に語り掛ける。
壊せ、壊せ、壊せ。
俺の心を支配する。ああ、俺は何もかもを壊したくて仕方がない。目の前の物も、周囲でこちらを見ている物も、その全てを破壊しつくしたい。
「九十九さん!」
拳を振り抜こうとした瞬間に、目の前の物が叫んだ。
目の前の『物』だと?バカな事を言うなよ。こいつは、十六夜だ。俺の最初の仲間だ。護らなければいけない、大切な人の一人だ。それを物扱いして殺そうとしているのか?ふざけんなよ、俺!
自分の体なのに、思うように動かせない。それでも必死に歯を食いしばり、ギリギリで拳の軌道を逸らす。拳は寸前で十六夜への直撃を免れ、地面に突き刺さる。危なかった。もう少しで、十六夜を殴りつけてしまうところだった。
安堵できたのはほんの一瞬で、気を抜いた瞬間に、体は再び十六夜を殴りつけようとする。何度も何度も、ギリギリのところで拳を逸らすのだが、体は一向に止まろうとはしてくれない。頼むよ、俺の体だろう?言う事を聞いてくれよ。
「九十九さん、アタシが…アタシがわかりますか?」
拳を必死に握りしめ、歯を食いしばる。失いかけた意識を必死にかき集めて、俺は自分の体を止める事が出来た。でも、これはすぐに限界が来る。いずれまた、十六夜や他のみんなにまで攻撃してしまうだろう。そんなのは、絶対に嫌だ。俺はみんなを護るためにここに立っているはずなのに、どうしてみんなを傷つけようとしているんだ。悔しくて、情けなくて、涙が溢れてきやがった。
こんなのは嫌だ。せめて俺が体を制御できている今のうちに、十六夜に伝えよう。
「いざや……ころして………いまのうちに…おれがだれもころさないうちに……おれを……ころしてくれ」
女神様の選択肢には、戦ってから死ぬ、とあった。なら、死ねばみんなを傷つけなくても済むはずだ。だから、俺を殺して楽にしてくれ。
「ずるい……そんなのずるい! 自分が人を殺したくないから、アタシに九十九さんを殺せって言うんですか。九十九さんがアタシたちを殺したくないって思ってるのと同じだけ……ううん。それ以上に、アタシたちはあなたを殺したくないんですよ!」
「ごめん……これいじょう…じぶんをおさえられない……すきるをつかいはじめれば…みんながあとかたもなくなるかも…しれない………そのまえにおれを…ころして……」
そこまで告げたタイミングで、再び破壊の衝動に支配されそうになる。このままでは、また十六夜に殴りかかってしまう。そう思って、気力を振り絞って後方へと飛び去った。
「ごろぜえええええ! おれを、ごろじでぐれええええ!」
もう限界だ。これ以上、自分を保っている事が出来ない。止めてくれ、俺を、殺してくれ。
澪は、炎の神剣を構え、九十九の前に立つ。
それはただ、彼を助けるために。
それはただ、彼を殺すために。
「百花、行くよ!」
「了解です。水遁・水縛陣」
百花が水の神剣を構えてスキルを発動すると、神剣は青い輝きを放って刀身が水流を発生させる。その水量は以前の倍以上の激流となって九十九に襲い掛かる。
「しゅん……どう」
激流が九十九を飲み込もうとした瞬間、高速で移動してそれを回避する。しかし水の流れは変化し、九十九の後を追いかける。
「しゅんどう」
さらに九十九が高速で回避したところで、水流は百花の制御を離れて地面に弾け飛んだ。
「全然捕まえられる気がしないです」
「それはそうだよ。私が六年かけて、一回も撃ち込めなかったんだから」
「笑い話じゃないです。せめて足を封じないと……」
「らいけ…ん」
激流が弾け飛んだ後に出来た水溜りに対して、九十九は雷撃を放つ。それは自身をも感電させながら、水を含んだ大地全体に通電させるほど強力な雷だった。
「ぐう……うう、攻撃が…いちいち卑怯です」
「ごうけん!」
電撃によって体がマヒした一瞬の隙をついて、百花に強力な一撃を叩きこもうとする。その拳は重低音を轟かせながら、大地を抉って突き進むほどに強力な一撃だ。百花はしびれる体を必死に動かして防御の姿勢をとるが、この程度の防御は容易く突破してしまうだろう。大ダメージを覚悟した瞬間に、百花の周辺を白銀の膜が包み込んだ。
「ホーリーシールド」
「た、助かったです。十六夜ちゃん」
百花に届く直前、拳を阻まれてしまった九十九は、白銀の膜を叩き割るべく、両手で何度も殴りつける。
「百花さん、今のうちに九十九さんを捕まえて!」
「はい! 水遁・水縛陣」
膜の破壊に注意を向けていた九十九に、再び激流が襲い掛かる。回避への対応が遅れた九十九は、激流に飲み込まれ、全身を拘束されてしまう。
「百花さん、今です!」
「桜観斬月流剣術……桜突風」
澪が九十九の胸を目掛けて鋭い突きを放つ。
「……つっくん」
直撃の瞬間、澪は九十九からそっと目を逸らした。見ていられなかった。九十九が死ぬ瞬間を。
しかし、それがいけなかった。
九十九は神剣が体を貫く寸前、体をよじって直前で心臓への突きを躱した。澪の剣は九十九の左肩を貫通させ、その動きを止めてしまう。
澪は慌てて剣を引き抜き、再度心臓への突きを試みるが、九十九は剣が引き抜かれるのと同時に水の拘束を振りほどき、上空へと高らかと飛び上がった。
「水遁・双水龍」
「ごう……けん!」
双頭の水龍が、九十九を喰らい尽くそうと天へと昇る。しかし、それは九十九の拳によって容易く打ち砕かれてしまう。
「とった、です」
九十九の背後に、突如百花の姿が現れる。百花は水の神剣を構え、九十九の心臓目掛けて振り下ろす。
「……ももか」
背に刃が届く瞬間、名前を呼ばれた気がした。果たしてそれは本当に呼ばれたのか、百花の空耳だったのか。しかし、そのせいで百花の手元まで狂い、右肩を貫く事となってしまった。
百花も素早く神剣を引き抜くが、状態をくるりと一回転させた九十九に真下へと蹴り飛ばされてしまう。百花は落下しながら体を回転させ、落下の位置を九十九から少しでも遠くになるように移動する。
「全く! 先輩方は本当に九十九さんを殺す気があるんですか?」
百花が地上に着地した瞬間に、どこかからそう声がかけられた。澪と百花は、声の主を探すべく、周囲を見回した。
「九十九さん! こっちですよ」
声の主は、九十九の落下位置にシールドを張って立っていた。九十九は真っ直ぐに十六夜のシールドに向かって突っ込み、拳を振り抜いた。
落下の衝撃と拳の風圧で、土煙が二人を隠すように舞い上がる。それはほんの一瞬の出来事であったが、土煙が晴れると、九十九を両腕ごと抱きしめた十六夜の姿が現れた。
「澪さん、百花さん、今ですよ。九十九さんを、楽にしてあげてください」
「十六夜ちゃん、そのままじゃ、攻撃できないです」
百花の言葉に、十六夜は微笑んで答える。
「アタシごと、九十九さんを殺してください」
「そ、そんなの無理です。十六夜ちゃんまでなんて……」
「いいよ、百花。私がやる。今度は、絶対外さないから」
そう言って、澪は炎の神剣を携えて、九十九の背後に立つ。それを見て安堵した十六夜は、九十九に優しい視線を向けた。
「言ったでしょ、九十九さん。死ぬ時は一緒だって」
十六夜はそっと背伸びをして、自分の唇を、九十九の唇へと押し付けた。
「大好きですよ、九十九さん」
十六夜がそう言って微笑んだ直後、澪の神剣が、二人の胸を貫いた。
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