壬生との決戦 ②
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俺は6年間道場に通っていた。しかしそれは、稽古をつけてもらいに行った訳では無い。なにより、自分の意思で通っていたわけでもないのだ。そんな俺が、門下生の顔をいちいち覚えている訳なんかないでしょう?
「九十九の坊ちゃんなら、俺っちの攻撃がかすりもしねえのはうなずける。あんた、避ける事だけは道場一だったからな」
そもそも門下生じゃないからね?澪に引きずられて、技練習の的扱いされてただけの、可愛そうな子どもだったからね。なんで兄弟弟子みたいなノリで話してんだよ。
「つっくんは私の大事な旦那様。だから、壬生はちゃんとつっくんの言う事聞いて。大人しく炎神が来るまでここで待ってて!」
「へへ。こんな楽しそうなお嬢、随分と久しぶりに見たぜ。でもねえ、お嬢。俺っちはもう桜観斬月流の門下生じゃねえ。だから、あんたらの言う事も聞く必要はねえさ」
門下生だからって、こんな理由で言う事聞かれたら、俺が道場の跡取りみたいじゃないかよ。言う事聞かないのが正解だよ。
「まあ、思うところもあるが、強者を前にしたら口よりこっちで語った方が良いでしょうや」
壬生は神剣を下段に構え、にやりと笑ってこちらを見る。俺も右拳を構え、壬生に意識を集中させる。
相手がここで戦うつもりになったのだ。時間稼ぎの仕事としてはまず成功だろう。後は、ヘイト管理をしながらその時が来るまで逃げるだけだ。
「水神剣・水刃」
壬生が神剣を横に薙ぐと、水の刃が高速で飛び出してくる。俺はジャンプして刃を躱すと、山の下を目指して走り始める。
「な、なんでい! 逃げやがるのか!」
「あんた、俺の戦い方を知ってるんだろ? そんな事言ってると、足元掬うぞ?」
「なるほどな。それが坊ちゃんの戦法ってか」
戦法でもなんでもないんだけどね。そう思って俺について来るが良いさ。
「澪、少し横の幅をあけて走るぞ」
「うん。わかったよ」
俺と澪は、三メートルほど横幅をあけて山を駆け抜ける。ちらりと後ろを確認すると、壬生も俺たちの後を追って来ているようだ。
このまま下山しながら走って行けば、壬生と祭壇の距離は開いていく。千花さんの体から炎神の残滓を取り出すために、どれだけの時間がかかるか分からない。時間は稼いでおくに越した事はないだろう。
「水神剣…水壁」
「な!」
壬生の声と共に、眼前に水が噴き上がる。それは超える事の出来ない巨大な壁となって、俺たちの前にそびえ立った。
「はあ、若いってのは良いねえ。こんだけ走れば俺っちはクタクタだよ」
しまったなあ。まさか神剣の効果がここまで広く影響するとは思わなかった。こうなっては、正面切って戦うしかない。澪を見ると、彼女もそのつもりのようで、刀を抜いていた。
「つっくんは少し下がってて。倒しはしないけど、この前のお礼くらいはしておきたいの」
この前のリベンジか。できれば二人で時間稼ぎをしたいのだが、この状況ではそれも良いかもしれない。危なくなれば俺が割って入ることも出来るし、所長さんの援護も期待できる。
ただ、あの神剣はチート級の代物だ。今の技もそうだけど、威力も射程の広さもこちらの想定を軽く超えてくる。神剣の力を使う時には、十分以上の警戒をしなくてはいけないだろう。
「お嬢はついさっきやったばっかじゃねえかよ。できれば、先に坊ちゃんとやらせてくれねえかい?」
「ダメだよ。つっくんは私の旦那様なんだから。妻は旦那様の三歩前で護り抜くものなんだから」
そんな大和撫子聞いた事無いよ。現代女性、強すぎるわ。
本気か冗談かわからない軽口を叩き合うと、壬生と澪は向かい合い、お互いが下段の構えをとる。桜観斬月流剣術の基本の構えだ。
「桜観斬月流剣術…三斬花」
先に動いたのは澪だ。下段に構えられた刀は、周囲に土煙を巻き上げながら回転し、膝、胴、喉の順に斬撃を繰り出す。
その攻撃を予測していた壬生は、下段の構えを解いて剣を体の前に立てるように構え直し、三度の斬撃を全て耐えきった。
防御姿勢の壬生に対して、澪がさらに追撃を仕掛けるために一気に詰め寄る。眼前に立てられた剣を横薙ぎで払うと、壬生の肩に目掛けて刀を振り下ろす。
「っち! 水壁!」
刀が壬生に届く寸前に、壬生と澪を隔てるように水の壁が現れ、澪の一閃を防いだ。それを見た澪は、状態を低くしながら壬生の側面に回り込む。
「桜観斬月流剣術…月牙」
「水壁!」
視野外から放たれた高速の突きを、壬生は再び水の壁を出現させて防御する。渾身の突きを防がれた澪は、その反動で後方へ弾き飛ばされた。
「水神剣…水刃十字斬り」
壬生は神剣を十字に振って十文字の水の刃を出現させると、後方へ飛び退いた澪に向けてそれを放った。
それに対して澪は、回避や防御を捨ててその刃へと突撃していく。
「桜観斬月流剣術…桜突風」
風を纏った澪の突きは十文字の中心に突き刺さり、突風と共に水の刃を吹き飛ばした。その勢いを保ったまま、澪は壬生へと肉薄していく。
それを見た壬生は、神剣を横に構えて防御の姿勢をとった。
「桜観斬月流剣術秘技…落桜」
下段に構えていた切っ先が、風で浮き上がるように不規則に舞い上がり、大上段から揺れるように斬り下ろされる。刀は壬生の防御をするりと潜り抜けて、壬生の肩に叩きつけられた。
壬生は思わず後ろに飛び退いたが、その際に澪の刀はさらに深くまで傷をつけた。
「っち。なんでえ、今の技。見た事ねえ」
壬生は肩口を押さえながら膝をつく。俺の予想を超えて、澪が壬生を圧倒して勝ってしまった。
「今のは、技を使って罪を犯した門下生を断罪するための秘剣だよ。本当は、このまま壬生の首を刎ねたいんだけど、あなたには炎神を倒してもらわないといけないから。今日はこれで終わりにしてあげる」
「ふ、ふざけんなよ! 俺っちはまだ戦えるぞ。まだ終わりじゃねえ」
「ダメだよ。今の落桜だって、私がちゃんと力を込めていれば左腕は落ちてた。こっちは致命傷を与えないように手加減してるのがわからない?」
刀を壬生の鼻先に向けながら、澪が冷たく言い放つ。
「なんで、さっきと全然違うじゃねえか!」
「だって、さっきはつっくんエネルギーがなかったんだもん!」
だもんじゃねえよ!やっぱすげえな、つっくんエネルギー。これなら澪が炎神倒せるんじゃねえの?
「そうかいそうかい。桜観斬月流じゃあ、俺っちはお嬢には勝てねえって事か。それじゃあ、今の俺っちの力で戦わせてもらうぜ」
壬生は膝をついたまま、神剣を握った右手に力を込める。
「来い! 防刃水」
神剣が薄っすらと青い光を放つと、壬生の体を薄い水の膜が包み込む。それを見た澪は、両手で刀を握り直して壬生の眉間に突きを放つ。
それは、完全に躱すことのできない攻撃だった。
それは、完全に壬生の命を絶つ一撃だった。
「え!」
しかしそれは、壬生の体に触れた瞬間に弾き飛ばされた。澪は思わず後方に飛び退いて距離をとる。様子が変わった壬生に、俺も臨戦態勢で注意を向ける。
「澪、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。でもあれ、今までの水の壁より硬いよ」
水量は明らかに以前の壁よりも少ないというのに、硬度が増したというのか。
「こっからは、俺っちが神剣の力を引き出すために編み出した、究極の剣技をお見せしますぜ」
そう言った瞬間に、壬生と澪の距離が一瞬で詰められる。壬生はそのままの勢いで、澪の腹に拳を叩きこんだ。
「くはっ」
拳を叩きこまれた澪は、そのまま後方にあった木に激突するまで吹き飛ばされた。背中を木に打ち付けた澪は、小さく悲鳴をあげるとその場にうずくまってしまう。
「どうでい。水の噴射を利用した高速の移動法でい」
今の攻撃が剣を使った突きであったらと思うと、ぞっとしてしまった。
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