襲撃者 ③
百花の攻撃によって意識を失った男たちは、現在ロープで手首と足首をグルグル巻きにされた状態で床に転がされている。
こいつらを拘束した直後は戦闘が続く音が聞こえていたが、現在は静かになっている。侵入者を鎮圧したか、警備についていたワーカーが全滅したか。後者であった場合、正門での戦闘に向かった澪は無事だろうか?
「澪さんも心配ですが、今は絶対動いちゃダメです。九十九クンが捕まれば、間違えなく殺されるです」
そうは言っても、現状でいつまでもここにいるのは危険だろう。この二人の男は、俺がここに居ると知ってやって来た。下手をすれば増援が回される可能性もある。
「でも、今はどこが無事かもわからないじゃないですか。情報も無く、敵がウロウロしてるところに出て行ったら余計危ないですよ」
情報が無いなら、聞けば良いじゃない。こういう状況も把握してそうなのは、やっぱり所長さんだろう。というか、この研究所の人の連絡先を知らないので、結局あの人に連絡するしかない。
スマホを取り出すと、すでに所長さんから10件以上の着信が入っていた。どうやら向こうもこの状況を把握しているようだ。
急いで電話を掛け直すと、所長さんは待っていたかのように、呼び出し音が鳴る前に電話に出てくれた。
『和泉さん、ご無事でしたか。そちらの状況は概ねこちらでも把握しております。詳細をお話する余裕がありません。大至急、中央棟に向かってください』
「中央棟? そこは安全なんですか?」
『わかりません。ですが、中央棟には彼女がいます。そこよりは安全なはずです』
「彼女?」
『はい、おそらくザザ…は、私よザザザ…すかザザザ…ブツン……』
通話の途中でノイズが走り、所長さんの言葉を最後まで聞く事無く、電話が切れてしまった。結局情報はろくに得る事が出来なかったが、中央棟に向かえば安全が確保できるらしい。
問題は、中央棟まで無事にたどり着けるかどうか。というか、中央棟には炎神の双剣が保管されているんだから、敵がいない訳が無い。
「この状態で中央棟へ移動ですか? 正直、アタシは止めた方が良いと思いますよ?」
確かに危険があるのはわかり切っている。それでも、所長さんが移動しろと言うのだから、『彼女』という人は信頼できるはずだ。
「所長さんを信じて、中央棟へ行こう」
「…わかりました。それなら、アタシは置いていってください」
「な、何言ってんの?」
「だって、アタシは二人ほど俊敏は高くないんです。敵がいる可能性があるなら、少しでも早く移動できた方が良いでしょう?」
バカな事を言ってくれる。危ないのなら、それこそ十六夜を一人にするわけにはいかない。移動が遅いって言うなら、俺が背負ってでも安全なところに連れて行くぞ。
「九十九さんこそバカな事言わないでください! 敵は九十九さんの命を狙ってるんですよ? アタシは捕まっても殺されないかもしれません。でも、九十九さんは捕まれば殺されるんですよ!」
「十六夜だって、捕まって殺されるかもしれないだろ! やっぱり、みんなで移動した方が良い!」
「ダメですよ! せめて九十九さんだけでも助かってください!」
「え~い、イチャイチャはそこまでっすよ! いつまで経っても来ないから、あたしの方から迎えに来たっす!」
バ~ン!という効果音が聞こえてきそうな登場に、一瞬目を疑った。砕け散ったガラスが散らばる窓の前に、仁王立ちで腕組みをした思川さんが立っていた。
「思川さん、どうしてここに?」
「さっき所長さんから電話があったんす。すぐに中央棟に来るって聞いたんで、玄関前で待ってたのに、全然来ないじゃないっすか! 待ちきれなくてここまで走って来たっすよ」
もしかして、所長さんが言っていた『彼女』って言うのは、思川さんの事なのだろうか。いくらハイスペックだからと言って、戦闘までこなせるのか?
「ふっふっふ。こう見えてあたし、頭脳労働専門なんす!」
いや、それ見たまんまだから。なんだってー!とかって反応できないから。
「まずいです。思川さんの後を追って、敵が何人か来たみたいです」
「あちゃ~、これは申し訳ないっす。調子こいてスキップしながら来たのがいけなかったんすかねえ」
むしろこの状況でスキップできる神経を疑うわ。敵もよくこんな変人の後を追ってきたな。
「さっきより人数が多いです。4…いえ、6人はいるです。ボクが引きつけるので、その隙に逃げて欲しいです」
「なんすかなんすか? 浅間さんの愛情はそんなに重いんすか~? いや~、自己犠牲は美しいんすけど、その愛情は、あたしの研究で使わせて欲しいっす。な・の・で。あたしがその6人をちょちょいっと捻ってくるっす!」
この人は何を言っているのだろうか?ちょちょいっと捻るって、思川さんが戦うって事?さっき頭脳労働専門って言ってたのに、無理でしょうよ!
颯爽と外へ飛び出して行った思川さんを慌てて追いかける。焦りながら外へ出た瞬間に、目の前に爆炎が上がった。
うっそ~!思川さん、燃えちゃった!雑魚っぽいしゃべり方だったけど、戦闘シーンも無く燃え尽きちゃったのか!
「何言ってんすか! 雑魚キャラっていうのは、こいつらのことっす!」
その声を聞いて、慌てて周りを見回した。コンクリートの地面はひび割れ、その割れ目からは轟轟と炎が噴き上がっている。その周辺には、服が燃え上がっている男たちが6人、倒れ伏していた。
え?え?今の一瞬で6人を倒しちゃったって事?もしそうなら、この人めっちゃ強いんじゃないの?
「こう見えてあたし、『賢者』っすから」
どこかで聞いたことのある職業が、ここに来て本格登場してしまった。
「賢者って、こんなに強かったんですか?」
「ふっふっふ。賢者と言えば、魔導士の最高峰っすよ? 弱い訳ないじゃないっすか」
俺の知ってる賢者って、下級職業の見習い魔導士に手も足も出なかったんですけど?
「なんすかそのパチモン。良いっすか? 賢者ってのは上級の魔法も余裕で扱えるんすよ、こ・う・やって! ビックバン!」
思川さんがそう言った瞬間に、俺たちの周辺が紅蓮の炎で包まれ、外からは大きな爆発音と悲鳴が響き渡った。
「ぎゃあぁ!」
「ぐおぉ!」
さっきの爆炎はこれだったのか!紅蓮の炎は一瞬で治まり、辺りには新たに2人の男が燃えながら倒れていた。そして、足元にはほとんどコンクリートは残っておらず、地面はボコボコに抉れていた。
「こんなもんっすね。んじゃ、ご飯でも食べるっすか!」
この人、すっごい自由人だ。さすがの俺でも、この状況でご飯食べようなんて言えないよ。
俺の気持ちは完全に無視して、スタスタと家に入って行く思川さん。この人、本当に今から飯食うつもりなのだろうか。
「和泉さん、知らないんすか? 腹が減っては破壊と創造は出来ないんすよ」
そんな創世神話を生み出すくらいなら、あなたは空腹でいた方が良いのではないでしょうか?まだ敵が残っているかもしれないのに、そんな目立つ事をしないでくださいよ。
「まあまあ。現状を聞けば、ご飯食べたくなるっすよ?」
余裕の思川さんは、リビングに戻るとソファーにどっかりと腰掛ける。それに促されたように、俺たちもソファーに腰掛けた。
「敵はもう目的を達成したんで、撤収作業に入ってるっす」
「「「は?」」」
衝撃の事実に、俺たちは揃って間抜けな声を上げることしかできなかった。
「えっと、俺は無事なんですけど、敵の目的って?」
「炎の神剣に決まってるじゃないっすか。あたしが玄関前で皆さんを待ってる間に、取られちゃったっす」
愚者と賢者は紙一重の職業なのだろうか。




