これはケンカですか?
冷蔵庫の横に設置されたタッチパネルは、食材だけでなくデリバリーにも対応しており、夕食は大量のピザやハンバーガーが食卓を彩った。しゃぶしゃぶの時も思ったけど、こいつら上限が無いと引く程食うんだよね。食費が全額ハロージョブに請求されるといっても、限度があると思う。
これで女性の付き合い方だの女心だの言われてもな。大食い女子の気持ち、くらいなら分かるようになるかも。
「引き籠ってそれだけ食ったら、ここを出る頃には成長してるかもな」
「九十九クン、遠回しにでも、女の子に体重の話はしちゃダメです」
軽口を叩いただけで指導を頂いた。俺に女性のご機嫌をとるのは無理なようである。
「ちわっす。お邪魔しまっす!」
しばらくリビングでくつろいでいると、来客があった。どうやらここの職員さんらしい。白衣は着ているが、年齢はかなり若く見える女性だ。
「当研究所の研究員で、この家を設計、建築した思川っす。はじめましてっす」
この人がこの家を建てたの?普通に華奢な女性なんだけど、一人で組み立てとかもやったのか?
「こんなの、等身大のプラモ作ってる気分でちょちょいっす。最近電気と水道の施工資格も取ったんで、全て一人で作れたっす」
本当に全部一人でやってた。研究所の研究職員っていうのは、ここまでハイスペックでアクティブな人間でなければなれないのか。
というか、それを自慢しにやって来たんでしょうか?
「ああ、違うっすよ。こういうのは、完成したら興味無くなるっす」
「じゃあ、どのような御用で?」
「和泉君って人の呪いを見せて欲しくてきたっす。キミがそうっすよね?」
そう言って、思川さんは俺の右手を取った。彼女は俺の手をマッサージするように揉みながら確認していく。触られている感覚すら分からないので、思川さんがどれだけの力で握っているのかも分からない。
「なるほどっす。霊力の流れが阻害されている訳では無い。じゃあ、霊力を消費? してないっすね。霊力に反応しているようっすけど、どういう仕組みで痛みを与えている? いったん研究室に持ち帰って、少しバラシてみたいっすね」
どうやら呪いの研究をしたいようなのだが、最後に恐ろしい事を言ってたぞ。もしかして、マッドなサイエンティストなのか?俺、バラバラにされちゃう?
「いやいや。さすがにそんなことしないっす。右腕だけ、ちょっきんさせてくれれば良いっすから」
「それ一緒だから!」
全身だろうが片腕だろうが、バラバラにされてたまるものか。今は動かなくても、俺と苦楽を共にした、大事な相棒なんだぞ。
「でも、動かないなら無いのと一緒じゃないっすか? それなら、後世のためにサンプルを提供することこそが、世のためになると思うっす」
どうしよう。ここにもう一人、理解できない乙女心をお持ちの女性がやって来たよ。
「それじゃあ、ちょっきんするのはあきらめるんで、スキルを使ってもらっても良いっすか? 拒絶反応を起こした時の様子を見てみたいっす」
「いやいや。無理ですよ。使用すると全身に痛みが走るので、まともにスキルが発動しません」
おそらく、発動はするだろう。しかし、発動した瞬間にあの恐怖と痛みが発生するから、まともに制御なんてできない。
「じゃあ、そこの修道女ちゃん。ちょっと回復魔法使ってくださいっす。それなら、問題無いっすよね?」
「ぜ、絶対嫌です。あんなに苦しんでいる九十九さんの姿なんて、もう見たくないですよ!」
「でも、あなたは別に苦しい思いしないっすよ? むしろ、和泉君のためになるっす」
「どういうことですか?」
「呪術について解明できれば、この呪いも、原因不明で昏睡状態の浅間千花さんも、治療の糸口が見つかるかもしれないっす」
できればあんな思いはもうしたくない。でも、それで千花さんが治る?もしそうなら、百花のためにも協力したい。
「わ、わかりまし……」
「絶対ダメです!」
俺の言葉を、百花が遮った。だからそんな顔をするのは止めなさい。思川さんが言った通り、痛い思いをするのも怖い思いをするのも俺だけだ。百花に不利益はないはず。
「百花だって、早く千花さんに良くなって欲しいだろ?」
「そんなの当たり前です! でも、それと同じくらい九十九クンに辛い思いはして欲しくないんです!」
嬉しい事を言ってくれるじゃないか。でも、だからこそ思川さんの実験に協力したくなる。今の俺はただの足手まといだ。その俺が、皆にしてやれることがあるならするべきだ。
「思川さん、せめて外に出ましょう。スキルを発動しても、制御が出来なくて建物壊したら大変ですから」
「マジっすか! やってくれるんすか! いや~、無理だと思ってたんっすけど、言ってみるもんすね~。だったら、実験棟に来て欲しいっす。そこなら色々とデータが収集できるんで」
せっかく痛い思いをするなら、多くの成果を出していただきたい。何回もやるのは嫌だしな。ちゃんと機材を使用してデータ収集してくれるなら、願ってもないことだ。
だから、無言で俺の服の裾を引っ張るのを止めてください。百花はわかるけど、なんで澪と十六夜も引っ張ってんの?服伸びちゃうし、思川さんが見てるのに恥ずかしいじゃん。
「くっふっふ。和泉君、愛されてるっすね~。できれば装置を諸々くっつけてデータ集めたいんで、修道女ちゃんに回復魔法をお願いしたいっす。あたしは実験器具の準備しますんで、明日の午前中に実験しましょう」
「待つです。拘束中の炎神の構成員なら、きっと情報を持ってるです。もう少し待っていれば、必要な情報が手に入るはずです」
「あ~、その構成員さんたち、ついさっき燃え尽きちゃったっすよ? それも呪術の一種なんすかね? 呪術に対する機密を漏らそうとしたらボン! って感じで、一瞬で塵になったっす。だから、あたしがわざわざここに来たんすよ」
なるほどね。もうこれ以上情報が入ってこないから研究したいと、そう考えたのか。そうであるなら、取れる選択肢は一つしかないわけだ。
「百花、これはあくまで俺のためだ。それなら、良いだろ?」
「……」
「それじゃ、朝9時に迎えの車を寄越すっす! 修道女ちゃんが無理そうなら、この町の神父さんにお願いするんで、早めに連絡欲しいっす」
それだけ言い残して、思川さんは鼻歌交じりに帰って行った。さて、後ろで怖い顔してるこいつらを、どうすれば説得できるかな?
「いや~、十六夜が一緒に来てくれて助かったね」
「……」
無視である。そっぽを向いて頑なにこちらを見ようとしない、確固たる無視である。これを納得させろっていうのは、結構難題なんですけど?
「十六夜がやりたくないなら、この町の神父さんにお願いするよ。立ち会わなくて良いし。なんなら、皆で遊んで来れば良いよ。そういう施設、いっぱいあるって言ってたろ?」
「……バカ」
そう言って背中を殴りつけた十六夜の拳には、力が無かった。これじゃあ、明日は無理かな?
「二人も立ち会わないでくれよ。いくら俺でも、身内の前で恥を晒すのは恥ずかしいんだ」
そうすれば、百花も澪も余計な罪悪感を背負うことも無いだろう。これは、俺が一人でやるべき仕事だ。
「……ボク、もう寝るです」
「アタシも、お先に失礼します」
そう言って、百花と十六夜は怖い顔のまま部屋に行ってしまった。
「澪も、もう寝るか?」
「私は、九十九とお話したい」
澪にしては珍しい。女の子二人を怒らせたばかりで、一番コミュニケーションをとるのが難しい澪と二人きりか。これは、長い夜になりそうだ。




