お家のルールを作ろう
十六夜が戻ってくるまでに、1時間もかかった。本当に準備に時間がかかったよ。俺なんか10分もかからなかったのに。
「女の子には準備する物がたくさんあるです。ちなみに、どんな物って聞いたら、セクハラで訴えるです」
まあ、どれくらいの期間泊まるのかもわからないんだ。準備をしっかりとしておかなければ、後々困るかもしれない。
俺は小さめのキャリーバッグを左手でガラガラと引きずりながら、玄関先へと向かう。玄関先には、何時ぞやの黒塗りのワゴン車が停車していた。
「忘れ物はありませんか?」
運転席のパワーウィンドウが下がると、所長さんが顔を出した。って、所長さんが送ってくれるんですか?
「いつ炎神の構成員に襲撃されるかわかりませんので、私が護衛も兼ねてお送りいたします」
とんでもないVIP待遇に、恐縮してしまうよ。俺なんかのために本当に申し訳ありません。
「研究所は、二つ隣の町にあります。40分もかからないで到着しますよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
所長さんに頭を下げてから、乗車する。後部座席には、相変わらずの装備がずらりと並んでいた。今日は所長さんがこれを使うことが無いと良いな。
「急にこんな大人数で宿泊することになって、先方は大丈夫なんですか?」
俺一人のはずが、気がつけば4人だ。どれだけ大きい施設なのかは分からないが、宿泊施設でない以上、部屋を用意するのは大変だろう。
「最初から4名と伝えていますから、大丈夫ですよ」
さすが所長さんだ。こいつらが着いてくるのも予想済みだったのか。俺なんかより、よっぽどこいつらの事を分かっている。俺はというと、未だになんでこいつらが一緒に着いて来たがるのか分からない。学校にも行けないし、自由に外を出歩くことも出来なくなるらしいのに。
もしかして、公休扱いで学校がさぼれるからか?
「九十九クン。ボクは、いつか九十九クンが女の子に刺されるのではないかと、本当に心配してるです」
なんで女の子限定なの?ついこの間も、笹田が俺の腹に大穴開けてくれたけど、あの人はおっさんだし。今日の集団も、ほぼ中年男性の集団だった。いつか刺されるなら、中年男性なのではなかろうか。
「そうならない様に、この機会にボクたちがしっかり調教してあげるです」
「え? アタシもやるんですか」
「十六夜ちゃんは、今のままが好みなんです?」
何の話になったんだ?料理の話か?『しっかり調教』と聞こえたのだが、『調理』の聞き間違いだったのかな?
料理と言えば、利き腕がこんなだから食事も作れないうえに満足に食べられないぞ。
「大丈夫。私が食べさせてあげる」
「え~! それは公平に交代制にしましょうよ」
「そうです。お世話は交代でやるです」
その言い方だと、俺ペットみたいじゃね?そのうち散歩の当番とかできたりしないよね?
「お風呂とか、トイレの当番はどうしますか?」
「お風呂は、皆で入れば問題無い」
「大ありです。さすがにお風呂を一緒にはいるのは、まだ、もうちょっとだけ、時間が必要です」
風呂もトイレも一人でできますよ?なんでそんなとこまで世話してもらわにゃならんのだ。恥ずか死ぬわ!もう少し、俺が男だと意識して欲しいんですけど?
「ふふふ。研究所には天然温泉が引いてありまして、大型の入浴施設があります。露天風呂は最高ですよ」
「温泉! 近所にそんなところがあるなんて知りませんでした」
俺も、ここら辺に天然温泉が湧いているなんて初めて聞いた。湯治には良いかもしれないけど、なぜか嫌な予感しかしない。大体、なんでこの話の流れで温泉の話なんてしたんです?
「いえいえ。皆さんで入るのなら、温泉が良いかと思いまして」
「しょ、所長さんまで何を言うです!」
「研究所の職員は滅多に使いませんから、貸し切りで使えますよ?」
それなら問題無い?無いのかな?まあ、百花が嫌がるなら、三人で入れば良いのかな?
「いつもは十六夜より百花の方が乗って来るのに、珍しいな」
「今回は十六夜ちゃんの方がおかしいです」
「ふっふっふ。アタシには、秘密兵器があるんです!」
「おっぱい?」
「おっぱいです!」
「それ、全然秘密になってないじゃん!」
「ち~が~い~ま~すぅ!」
遊びに行く訳じゃないんだけど、すっかり旅行気分になってしまった。まあ、命を狙われているとビビりながら部屋に籠っているよりは、よっぽど健康的に過ごせそうだ。
こうやってバカな話をしていれば、腕の痛みも忘れられる。出来ればずっと、こんな時間が続けば良いのにな。
車に揺られること40分弱。到着したのは、研究所というにはあまりに大きな建物だった。中央に巨大なビルが3つそびえ立ち、その周辺を複数のドーム状の建物が囲むように併設されている。正門は二人の警備員が並び立ち、敷地の周囲を3メートルはあろうかという塀が囲んでいた。
「それでは、宿泊棟まで車で移動します」
車で移動しなければならないほど、敷地内は広大らしい。見学とかさせてもらったら、間違えなく一日では見て回れないだろう。所長さんいわく、千葉のテーマパークの3分の2の敷地面積があるそうだ。
「敷地内には、運動場やプール、娯楽施設、温泉施設を完備しております。長期間の滞在でも、退屈無く過ごしていただけると思いますよ?」
力を入れるところ、おかしくないですか?研究施設ではなく、リゾートホテルにでも宿泊するみたいだな。部屋まで豪華だったら、気を使い過ぎて疲れそうだ。
「あ~、研究者は自身の研究室に布団や寝袋を持ち込む人が多くて、宿泊施設にはあまり力を入れていないのです。今回皆さんにご滞在いただくのは、コテージの一つです」
「コテージ、ですか?」
「ええ。研究に行き詰った職員たちが、新たな発想を得るために自作で建築しています。先週で20棟を超えた、と言っていましたね」
研究者、すげえな。頭脳労働ばかりで、大工仕事なんてできないイメージだったが、現実は違うらしい。家を建築するなんて、技術的にも予算的にも、気分転換のレベルをはるかに超えているよ。
そうこうする間に、車は先ほどの話にあったコテージが集合している区画に到着した。一戸建ての家が乱立しているようにしか見えないので、住宅地の一画のようである。
俺たちは、先週完成したばかりだというコテージに案内された。名称はコテージだけど、普通に2階立ての家だよね。オール電化で、水道もしっかり引いてあるらしい。間取りが、なんと4LDKもあるという。敷地面積を考慮すると、我が家よりも豪邸である。
家具も最低限は設置されており、大型の冷蔵庫の中には3日分の食材まで入っていた。冷蔵庫の横に設置されたタッチパネルを使用することで、必要な食材を届けてもらえるらしい。引き籠るにはまさに楽園ではないか?
所長さんは俺たちを降ろすとすぐに帰ってしまった。ハロージョブに戻って、炎神の構成員への尋問を再開させるそうだ。いくら快適な環境とは言え、早く今回の件が解決して欲しいものである。
「とりあえず、部屋割り決めちゃおうぜ」
ここの間取りは、一階に一部屋、二階に三部屋となっていたので、俺は必然的に一階に決まった。二階の部屋も、特に内装に違いが無かったので、揉める事無く決まったようだ。
各自、自室となる部屋へ荷物を置いてくると、リビングに集合した。今から、決める事がたくさんあるのだ。
「まず、九十九クンの二階への立ち入りは禁止です!」
「トイレも、女性陣が使用してから30分は使用禁止にしましょう!」
ルールという名の俺への禁止事項が、百花と十六夜の二人で次々と提案されていく。悲しいかな、俺の意見はほとんど採用されない。
そして、以下のルールが可決された。
・食事の準備は一日毎に交代する
・掃除はリビング、トイレ、風呂、台所を4人でローテーションして行う
・テレビは、最初に見ていた者にチャンネルの権利がある
・お互いの生活スタイルに深く干渉しない
ここまでは、普通だった。
・和泉九十九は二階への立ち入りを禁止する
・和泉九十九は、女性陣がトイレを使用する際、自室で待機する
・和泉九十九は、女性陣がトイレを使用した後、30分は使用してはならない
・女性の誰かが入浴する際、和泉九十九をリビングにて他の女性が監視する
・和泉九十九は、自身の物も含め、洗濯物に触れてはならない
俺に対する禁止事項が厳しかった。これなら、俺だけ別の家を借りた方が良くない?トイレとか、タイミング被ったらどうするんだよ。
「これでも妥協したんですよ? 九十九さんが一人で大丈夫って言うから、九十九さんのお風呂係も、トイレ係も決めなかったんです」
「私が全部やってあげたかったのに」
妥協する部分がおかしいよね?それなら、後の四つの決まりをもう少し妥協して欲しいんですけど。
「ボクたちはまだ高校生です。なので、女子としての恥じらいとかもあるんです」
恥じらいがあるなら、それこそ俺は別の家に移った方が良いのではないか?高校生の男女が一つ屋根の下で寝食を共にするって言うのはどうなの?
「それは、九十九クンのちょうきょ……リハビリを兼ねてるから良いんです」
俺の右腕のリハビリって事?治ってもいないのにリハビリっておかしいよね?後、何か不穏な単語を言いかけませんでしたか?
「九十九クンは、女性との付き合い方を学び直した方が良いです。このままでは、性犯罪者街道まっしぐらです」
「後、乙女心についてもしっかり学んでください」
学校では教えてくれない難問奇問である。俺としては女性の扱いはそこそこ上手いと思うんだけど?乙女心は落第点だけどさ。
なぜか女性陣が俺を見てため息吐いてるんだけど、どういうことでしょう?
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