表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/102

澪の怒り


 私の目の前で、九十九が苦しんでいる。どうして?


 私が一緒に居たのに、どうして九十九が苦しんでいる?


 私は、あの人を護れなかったの?どうして?


「くっくっく。これで一仕事終わりだ。さてお嬢さん、私たちは撤収します」

「どうして?」

「ここでの調査は終わりました。和泉九十九も退場させた。ここでの仕事は、全部終わったんです。だから、撤収しますよ」


 こいつは何を言ってるんだ?九十九をあんなに苦しませておいて、仕事が終わったから帰る?


「お前ら、生きて帰れるわけが無いでしょう?」

「何を言ってるんだ? お嬢さんが私たちを倒すとでも?」

「倒す? お前こそ何を言ってるの。生かして返さないって事は、殺すってことでしょ?」


 残りの敵は、姿が見えないけど周囲を囲んでいる。まだ誰も逃げてはいない。だったら、ここで全員殺す。


「おい、撤収するぞ。急げ!」

「逃がさない! 桜観斬月流剣術奥義が五……大斬月!」

「な!」


 男の首の高さを狙って、大斬月を放つ。加減はしない。全方位に向かって放った斬撃は、複数の手応えを伝えてくれる。でも、おかしい。目の前の男だけは、斬れていない。


「この技は、あの時の男と同じ……無事な者は全力で散開。合流はポイントCだ。急げ!」


 周囲でドタドタと人の倒れる音が聞こえる。数は4人。まだ半数は生きている。その内の一人、目の前の男はピンピンしている。斬撃が効かないのか?


「桜観斬月流剣術……月牙」


 男の喉を狙って突きを放つが、やはり手応えが無い。スキルか魔法か。そんなことはどうでも良い。私は、一秒でも早くこいつらを殺せれば、それで良い。


「それじゃあ、お嬢さん。これにて失礼」


 男の体から、先ほどと同じ黒い霧が噴き出す。九十九の時と同じ魔法?違う。男の気配が希薄になっていくのが分かる。このままでは、逃げられる。


「桜観斬月流剣術・奥義が三……桜花乱撃!」


 逃がさない!絶対に逃がさない!殺す!絶対に殺す!


「やめるです! 九十九クンも巻き込まれるです」


 九十九が巻き込まれる?ダメだ。それだけは絶対に。


「澪さん、落ち着いてください! 九十九さんは生きてますよ」


 そう聞いて、手の力が抜けた。良かった、九十九は無事なんだ。そう思ったら、急に全身がだるくなってきた。少しだけ、休んでも良いかな。




 頭を支配していた恐怖が、全身を駆け巡っていた様々な痛みが俺を支配していたのは、どれくらいの時間だっただろうか。永遠のように続く苦しみは、気が付くと消えていた。


「大丈夫ですか?」


 全身が冷や汗でびっしょりになっている俺を、汚れることも気にせずに十六夜が抱き抱えていた。


「澪は?」

「大丈夫。今は疲れて眠っています」


 疲れてって事は、やっぱり逃げなかったのか。1対8で無事だったんなら良かったよ。


「九十九さんも、今治療しますね。ホーリーヒール」


十六夜の魔法が、温かい感覚と共に全身を包み込む。その瞬間、異変が全身を駆け巡る。


「ぐああぁぁ!」


脳が、内臓が、手足が、十六夜の魔法を拒絶する。拒絶反応に合わせて、体が勝手に暴れまわっている。地面を掻き毟り、叩きつけ、空を幾重も蹴りつけた。


「え? え?」


 苦しい。怖い。痛い。どうして俺は生きてる?いっそ死んでしまった方が、楽になれるのに!


「こ、殺してくれ」

「何バカな事言ってるんですか!」


 どうして十六夜は俺を殺してくれない?俺はこんなに辛いのに、どうして死ぬことを許してくれないんだ。


「死なせてくれ! 殺してくれ! 怖いんだ! 痛いんだ! だからもう、殺してくれよ」

「嫌です! 絶対に殺しません。絶対に死なせませんよ」


 十六夜が、俺の体をきつく抱きしめる。止めてくれ、痛いんだよ。苦しいんだ。


「バカ! バカ! なんでアタシが……冗談でも、そんな事、言わないでよ」


 ポタポタと、首筋に温かい物が流れ落ちる。この感覚は、以前にも体験したことがあった。それはいつの事だっただろうか。あの時も、甘い香りと柔らかい感触、そして少しの罪悪感を感じていた。


 苦しい。どうして十六夜は泣いている?


痛い。俺が泣かせたのか?


 辛い。十六夜を泣き止ませないと。


「十六夜。泣かないでよ」

「だって、九十九さんがバカな事言うから」

「ごめんな。もうちょっとだけ、ぎゅっとしてくれ」

「しばらく離してあげませんから」


 十六夜の香りが、柔らかさが、俺を支配していた恐怖を、全身をめぐる痛みを和らげていく。


「ありがとう。もう大丈夫だ、離してくれ」

「離しませんよ、バカ!」


 まだ泣いてんのかよ。ごめんな。頭を撫でてやりたいのに、体がピクリとも動かないんだ。


「少しは、落ち着きましたか?」


 そう言って、十六夜はやっと体を離して顔を見せてくれた。目元に溢れる涙は、ようやく治まってきたようだ。柔らかく微笑んだ彼女の顔を見たら、恐怖は完全に消えていた。


 全身の痛みは和らいだが、なぜか右腕だけが未だに強い痛みに苛まれている。まるで、全身の痛みが右腕に集められてしまったような感覚だ。


「なんだか、右腕に呪いでもかけられたみたいだよ」

「呪い、ですか?」


 あの闇は、笹田が呪術を用いる時の黒い霧とよく似ていた。ワーカーが用いる魔法とは種類が違う可能性が高い。そのせいで、十六夜の回復魔法を拒絶したのかもしれない。


「せめて、あの魔法を使った連中がいればな」

「いますよ? 瀕死の重傷で4人も転がってたので、拘束して死なないように処置してあります。帰ったら、所長さんたちが取り調べることになってます」


 それはつまり、澪が1対8の戦闘で、4人に瀕死の重傷を与えたということか。本当に澪は頑張ってくれたようだ。何もできなかった俺とは大違いだ。情けない。


「たまにはいいでしょう? 九十九さんは、いつもアタシたちを助けてくれているんですから」


 俺の方が、いつも皆に助けられている。でも、仲間にそう思われているのは素直に嬉しいと思った。お互いに助け合い、良い結果が残せるのなら、最高のパーティーだ。


「昔のアタシなら、そんな風には思えなかったです。パーティーは、一人で戦う力を得るための踏み台だと割り切っていましたからね。今は、大切な人が出来て、その人を護りたいって思えますから」

「大切な人、か。いつか十六夜もそんな男が出来て、俺に紹介しにくるのかな」


それはきっと喜ばしい事なんだろうけど、少し寂しい気がする。娘が嫁に行くって、こういう気持ちなのかな。


「……九十九さん。元気になったらぶん殴りますからね?」

「なんで?」

「そんなだから、澪さんを泣かせることになるんです!」


 そんなってどんなだよ?こういうのって、相手も具体的に、どこが気に障ったのかはっきり言ってくれないとダメだと思う。察する文化は勘違いの文化なんだよ。


「はっきり言っても、九十九クンにはわからないと思うです」


 そう言いながら、百花が姿を見せた。後ろには、ロープでグルグル巻きにされ、猿轡を噛まされた4人の男が横たわっていた。


「こっちはある程度の情報が集まったです。詳しい話は、所長さんも交えて聞いてもらった方が良いです。それに、九十九クンは思ったより重症のようです」

「そうだな。こっちはもう限界だよ」


 永続的に続く痛み。これは精神的にもかなり辛い。軽口を叩くくらいなら問題無いが、難しい話は、今は無理だ。


「拘束した連中の護送車が到着した後、ボクたちも撤収するです」

「了解」


 予想以上にボロボロになってしまったが、予想以上に早く、予想以上の成果が出せたことに安堵し、俺たちは迎えを待つことにした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ