表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/102

戒めの楔


 澪とは一番付き合いが長いのに、その実あいつの事を一番分かっていないのは、俺だって言うのか?


 ショックなような、納得せざるを得ないような。確かに、澪は俺の好物を知っているし、エロ本の隠し場所まで知っている。それなのに、俺は澪の好きな食べ物すら知らないのだ。何も知らないと言われれば、本当にその通りだと思う。


 俺と澪の今までは、常に戦いの日々だった。彼女の剣筋を見極め、その癖を見抜き、逃げ続けた日々だった。その中で知ったのは、彼女の技術だけ。澪個人が何を思い、どう感じているかなど、知ろうともしなかった。


 道場に通うになってからの澪が強烈で、それ以前の澪の事なんて、このアルバムを見るまで忘れていたくらいだ。どうして変わってしまったのかなんて、考える余地も無かった。


「教えてくれ。さっきの俺、何がいけなかったんだ?」

「教えません!」


 なんでよ。こういうのは、時間が経つと余計にこじれる。早いうちに解決した方が良いだろう。だから、答え教えて!


「澪さんが、九十九クンの好きな性格になろうとした、という話を聞いたことがあるです。だから九十九クンは、澪さんがなんでそうしようとしたかを知らなければならないです」


 どうして変わったのかを知らないとダメだって事?こんがらがってきたぞ。


「それをわからないから、九十九さんなんですね。アタシたちも苦労しそうです」


 よくわからんが、俺も苦労しそうだよ。とりあえず、澪と話をしなければならない。風呂にでも行って来るか。


「いやいや。行かせませんよ? 澪さん、今お風呂入ってるんですよ?」

「ひどい! この状況で俺が覗きをするとでも?」

「相手は澪さんです。九十九クンが来たら、平然と裸で出てくる可能性もあるです。最悪、九十九クンが裸に剥かれて、混浴させられるかもしれないです」


 何それ怖い。本当に今夜、こいつらを泊めても大丈夫なんだよね?俺、お婿に行けない体にされたらどうしよう。


「ボクがいるから大丈夫です!」

「アタシがいるから問題ありません!」


 それは二人が護ってくれるって事かな?いくら何でも、澪はそこまで無茶はしないよ。


「だから九十九クンはダメなんです!」

「どうしてわかってくれないんですか!」


 なんで怒ってるの?こういうのも、皆をちゃんと見ていないってことなのかな?澪一人の気持ちもわからないのに、無茶言わないで欲しいよね。


 結局その夜は澪と肝心な事は話せず、明日に備えて寝ることになってしまった。




 翌朝、6時45分に家のチャイムが鳴った。どうやら所長さんが手配してくれたタクシーが到着したようだ。幸い俺たちの準備は出来ていたので、そのままタクシーに乗せてもらった。高校生が二時間もの長旅にタクシーを使うなんて、金額を考えたら絶対できないよね。


 現地に到着後、運転手さんは俺たちに連絡先を教えて帰って行った。夕方まで近くの町で時間を潰しているそうだ。


「それじゃあ、二手に分かれて調査するです」


 効率を考えれば、分担して調査した方が良いだろう。しかし、どんな敵が潜んでいるかわからないのに、戦力を分けるのは不安である。


「九十九クンのバカ! せっかく澪さんと二人になれるように気を使ってるんです。どうしてわからないんです!」


 仕事中にプライベートな事で気を回すなよ。あの所長さんが直接依頼する仕事なんだよ?安全な仕事の訳無いじゃん。こういうのは、仕事が終わってからでいいんだよ。


「もう! なんで変なところで真面目なんですか! せっかくアタシが我慢するんです。九十九さんも頑張ってください」


 なんかこれ以上断るのも面倒そうだ。それに、俺がこれ以上拒否すると、澪が傷つくかもしれん。なんて面倒なんだ。


「それじゃあ、何かあったらすぐ連絡。それで良いか?」

「はいです。ボクたちは教会跡地を捜索しますから、九十九クンたちは炎神を倒した辺りをお願いするです」

「教会って、大丈夫か?」

「ボク以上にあそこに詳しい人もいないです。それに、千花を助ける手掛かりがあるかもですから」


 百花がそう言うのなら、俺に文句は無い。教会跡地を調べるのに、百花以上の適任者がいないのも確かだ。それに、炎神を倒した俺がその周辺を調べるのが道理だろう。



 炎神が通った後に、命は一つも残っていなかった。森の木々は炭となり、大地は焼け焦げ草花の一本もありはしない。炎神は、それほどに強力な力を持った化け物だった。これが人里であったらと思うとぞっとする。


「九十九、こっちに地面が抉れている場所が複数ある。これは、九十九たち?」

「たぶん違うな。俺たちが戦闘したのは、あそこの大穴が空いているところの周辺だけだ」

「じゃあ、所長が言ってたのはここ、だね」


 せっかく気を回してもらったのに大変申し訳ないのだが、未だに昨日の話は出来ていない。だって、百花の話を聞いても何が何だかさっぱりわからない。つまるところ、何が分からないのかが分からない、という最悪の状態である。


 もうこれは、直接聞く以外の選択肢は無いよね?


「なあ、澪。昨日の事なんだけど……」

「九十九、敵。囲まれてる」


 澪が刀を抜いて戦闘態勢をとる。このタイミングで襲撃とか、空気を読んで欲しいものである。


周囲は炭になった木々しか無いというのに、どこに隠れているのか。こちらからでは全く視認できない。スキルか魔法で姿を隠しているのか?


「数は?」

「少なくても、8人はいる」


 2対8って、数の上で相当不利だ。力量が分からない以上逃げたいところだが、囲まれている以上、ある程度戦うしかなさそうだ。


「一応百花に連絡を入れとくけど、逃げられそうなら逃げよう」

「わかった」


 メッセで百花に連絡を入れると、俺も戦闘態勢をとる。


「そこで隠れている方々、何か御用でしょうか」


 拳を構えたまま、どこへとも無く声をかける。周囲に変化は見えないのだが、澪がいると言えばいるんだろう。


「お前たちこそ、そこで何をしている」


 ゆらりと空気が揺れたかと思うと、黒いローブをすっぽりと被った人間が一人、突如として現れた。声から察するに、それほど若くは無い男だろう。


「俺たちですか? 見ての通り、デートですけど?」

「こんなところで逢引だと? 男の甲斐性を疑うね」


 こちらの軽口に乗って来るとは、随分と余裕がありそうだ。余裕を見せるだけの戦力があるということなのだろうか?


「おじさん以外は、姿を隠したままなんですか?」

「必要無いだろう? 話なら、私だけで事足りている」

「そうですか。なら、俺たちはこれからお楽しみなんで、失礼しますね」


 澪の肩に腕を回して歩き出そうとした瞬間、周囲に熱を感じた。魔法か、スキルを使おうとしているのだろうか?


「澪、しっかり捕まってろよ」

「うん」


 俺は、姿が見えているおじさんに向かって歩き始める。


「逃がさないよ、和泉九十九君」

「瞬動」


 おじさんが俺の名を呼んだ瞬間に、こちらは瞬動を発動する。おじさんに向かって突撃するように発動した瞬動だったが、手応えが無い。躱されたのか?


 瞬動の高速移動が終わり、俺たちの姿が現れた時に、後方から先ほどの熱源が飛んでくる。


炎系の魔法か?


俺はさらに瞬動を発動して、魔法を回避する。複数の魔導士が潜伏しているのは確定的だ。


「このまま逃げるぞ」

「させないよ。せっかく君の方から私たちのところに来てくれたんだ。だから、君にはここで退場してもらいたいんだよ」


 いつの間にか背後に回り込まれていた。おじさんに突撃した時には姿が無くなっていたが、その隙に背後を取ったのか?


 おじさんの職業すらわからないが、強敵であることは間違いない。それを相手取り、さらに複数の魔導士となんて戦えるか。


「澪、絶対俺から離れるな。逃げ切る」

「いいや。君はこれで終わりだ」


 腹部に衝撃が走る。腹に攻撃をもらったのか?気が付くと、澪と引き離され、俺だけ後方に吹き飛ばされていた。


「やれ!」

「「「「戒めの楔よ。彼の者に闇の封印を!」」」」


 複数の声が聞こえた瞬間、周囲が一瞬で闇に染まる。その闇は霧の粒子となって、俺の体になだれ込んできた。


「ぐああぁぁ!」


 全身になだれ込んできたのは、ただの霧じゃない。恐怖が、痛みが、俺の全身を駆け巡る。


 怖い、怖い、怖い。理由のわからない恐怖が、俺の思考を飲み込んでいく。


 痛い、痛い、痛い。頭の先から足の指先まで、痺れが、鈍い痛みが、刺すような痛みが、俺の体を壊すように駆け巡る。


「澪、逃げて、くれ」


 そう告げるのが、精一杯だった。






ブックマーク・評価をいただけると励みになります。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ