彼女が分からなくて
澪による夕食を、腹がパンパンになるほど頂いた。やっと人心地着いた気分だ。これでやっと、本題に入れる。
「嫁入り前の女の子が、一人暮らしの男の家に泊まるのは良くありません。すぐ帰りなさい」
俺はこれでも結構真面目な顔で言ったつもりだ。それなのに、なんで三人ともきょとんとした顔してるの?
「九十九さん、アタシたちにエッチな事するんですか?」
「し、しませんよ!」
「じゃあ、泊まっても大丈夫じゃないですか」
確かにその通りだ。俺が変な考えを起こさなければ、特に問題は……
「み、皆は俺に、変な事、しない?」
「女子ですか!」
「変な事はしない。ただ、掃除はする」
掃除って、こんな時間にそんなことしてくれなくてもいいのに。
「そうです。残りも全部、焚書するです」
「掃除ってそっちかよ! ブルーレイは全部百花が踏み砕いて、本は早朝から焼いてただろ!」
あれだけ大量に処分したんだ。これ以上は勘弁してくれよ。あいつらは、本当に大切な物なんだよ。
「九十九、私が買い足した幼馴染ものと、剣道少女ものが見当たらないの。どこかに隠し直した? 九十九の部屋のどこにもなかったけど」
しまった。よりによって、澪が持って来た物も一緒に隠してしまったのか。
「あのね、九十九。もう、どこに隠しているのかはわかってる。ただ、私は勝手に入れない。出してくれないと、『八雲ちゃん』に電話することになる」
最悪の脅迫だった。俺がここに持って来なければ、あの部屋の主に入室許可を取るということか。どちらにしろ、俺にメリットは無い。澪の持って来た物だけを取ってくれば良いのでは?
「わかりました。ですから、あいつにだけは電話しないでください」
そう言って、俺は『八雲』と書かれた部屋へ移動する。澪たちと一緒に。
「なんで着いてくんの?」
「残念ながら、九十九クンの考えはお見通しです」
「ところで、ここは誰の部屋なんですか?」
「……妹」
「「え!」」
そんなハモって驚くことはないだろう。俺にだって妹ぐらいいる。正確には『実妹』ではなくて『義妹』なのだが、ここではそんなこと説明する必要は無いだろう。
「九十九クン、自分の妹さんの部屋にエロ本隠したんです?」
改めてそう言われると、本当に悪い事をした気がする。だってしょうがないじゃない!ここ以外に澪の手を逃れる方法が無かったんだもん。
「妹さんがいるって話、聞いたことなかったですよ?」
そう言えば、八雲の話をしたことは無かったな。
「八雲ちゃんは、十六夜と同い年。中高一貫の、全寮制の学校に通ってる」
「だから今まで会ったことが無かったんですね」
「私も、3年くらい会ってない」
うちの妹の話に皆さんが熱中している間に、俺は澪の私物を回収しよう。皆がみていないうちに。
「あれ、あの写真なんですか?」
十六夜が指差したのは、机の上に置かれた写真立てだ。そんなに興味があるなら、これを存分に見ていてくれ。
「この九十九さんちっちゃいですね。横に居るのが、八雲さんですか?」
「この、フリフリの可愛い女の子は誰です?」
「私」
「「え!」」
またハモったよ。確かに雰囲気とか全然違うから、驚くのも無理はないかもしれないけどね。10年も前の写真なんだから、変わってて当然だ。
「すごいです。別人さんです。もっと写真みたいです!」
俺はそういうのに興味無いからな。アルバムとかは、両親の部屋か、この部屋にあるくらいだ。
「ほら、澪の本。それから、昔のアルバムだったらこれだよ。コーヒーでも淹れてやるから、それ見ながら一息入れよう」
俺は澪の私物とアルバムを澪に渡して、とっとと八雲の部屋から撤収する。こいつら、感が良いからな。下手な事言うと、まだこの部屋にお宝が隠されていることを気づかれてしまう。
もうこれ以上何も言わない俺よりも、女性陣はアルバムに夢中らしい。リビングに着くと、きゃあきゃあと声を上げながらアルバムを眺めていた。
「きゃ~、見てくださいよ。この澪さんめっちゃ可愛くないですか?」
「本当です。すっごい笑ってるです。天使みたいです!」
おかしいな?あいつら、うちのアルバム見てるんだろ?なんで澪の話題しか出ないの?
「げ、見てくださいよこれ。九十九さん、澪さんのスカートめくってますよ。この頃からなんですか?」
待てよ。俺、お前らのスカートなんてめくったこと無いだろ?
「うわぁ、こっちもひどいです。九十九さん、澪さんの胸を後ろから鷲掴みにしてるです」
「この頃は、良く私にエッチな事してくれた」
「言い方―! それじゃ俺、しょっちゅう澪に変な事してたみたいじゃん」
「してた。ほら」
そう言って指差した写真には、澪の服を脱がそうとしている俺が写っていた。
「今以上に変態です!」
これは違うんですよ?当時の事は全く覚えていないですけど、これはきっと、着替えを手伝っているとかじゃないですかね?
「ちょ、ちょっと待ってください! こっち、妹さんにキスしてますよ!」
「は、犯罪です!」
「もうやめてくれよぉ」
なんでこんな写真を取ってあるんだよ。これは、俺が後で処分するしかあるまい。
「妹さんは全寮制の学校に行って正解です。こんな変態と一緒に生活してたら、どんなことをされていたかわからないです」
そんな変態の家に、二日続けて泊まろうとするお前は何なんだよ。
「それにしても、この頃の澪さんはいつも笑ってますね」
「ですです。服装も可愛くて、まるでお姫様みたいです」
確かに、昔は人懐っこくて明るい性格だった。しゃべり方だって、もっと口数が多かった気がする。今のように変わってしまったのは、道場に通い始めてからだったかな?
どうしてお姫様から、魔王の如き凶悪な存在に転職してしまったのだろうか。あの性格のままなら、トラウマを植え付けられることも無かったし、もう少し近しい関係になれたと思うんだけど。
「なんでこんなに変わっちゃったのかね?」
ポツリと俺の口を吐いた言葉は、なぜか和やかな空気を、一瞬で凍り付かせてしまう。十六夜と百花の表情は固まり、澪は、あろうことか涙を流していた。
「み、澪? どうした」
「ごめん。お風呂、入って来る」
涙を拭いながら、澪はパタパタと走り去ってしまう。それの意味が理解できない俺は、動揺するしかできないでいた。
追いかけた方が良いのか?そう思って立ち上がると、十六夜と百花に両肩を掴まれる。
「正座です」
どうやら、一番踏み抜いてはいけない地雷を踏み抜いてしまったようだ。ここで俺を正座させるということは、この二人は澪が泣いた理由を知っているのだろう。正座で聞かせてもらうしか無いようだ。
「なんで澪さんが泣いたか、わかるです?」
「いいえ」
「なんでボクや十六夜ちゃんの気持ちには寄り添ってくれるのに、澪さんの事は考えてあげないです?」
そんなつもりは無い。俺は、澪も百花も十六夜も、いつだって同じように扱ってきた。澪にだけ寄り添っていないなんて、そんなはずない。
「放課後に澪さんが渡したおにぎり、覚えてますか?」
もちろん覚えている。空腹で限界だったのだ。あれが無かったら所長さんの話なんて頭に入ってこなかった。
「アタシ、九十九さんが調子悪そうなのはわかったんですけど、お腹空いてるなんて、思いつきもしませんでした。朝から何も食べていなかったのは、アタシたちのせいなのに」
「澪さんは、ボクたち以上に九十九クンの事を見てくれてるです。だから、九十九クンもしっかり澪さんの事を見てあげて欲しいです」
そうだよな。澪が作ってくれるお弁当は、いつだって俺の好物ばかり。最近は朝食だってちょくちょく作ってくれてる。俺が戦闘で怪我をすると、真っ先に激高して敵に切り込んでいくのだけはどうにかして欲しいと思うんだけど、あいつは、いつだって俺の事を考えてくれてる。
俺だって、澪と一緒に戦うことには慣れてきたし、昔ほど苦手意識は無くなった。だから、二人と同じように、大切に扱っているつもりだ。
「それでも、九十九クンは澪さんの事が全然見えてないです」
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