ある日常の風景
これで番外編は終わりです。次章のプロット作成が終わったので、明日からは新章突入です!
俺は、大きな荷物を抱えたまま、遊園地のベンチに腰掛けている。すぐにでも降ろしたいのだが、この大切な大荷物は自分の意思があるため、一向に降りようとしてくれない。
「十六夜さ~ん。もうそろそろ降りてよ~」
「うぅ~」
他の三人は、写真がどうのと言ってどこかへ行ってしまった。この状況で二人きりにされるのはとても恥ずかしいので、皆さん、早く帰ってきてください。
「ね~ね~ママ~。あのお姉ちゃん、抱っこしてもらって赤ちゃんだ~」
「うふふ、違うわよ~。お年頃だから抱っこしてもらってるのよ~」
お母さん、それは教育的にどうなんです?こんなお年頃の娘が欲しいですか?
「十六夜。恥ずかしいよ」
「……アタシも恥ずかしいので、半分こです」
「離れれば恥ずかしくなくなると思うんですけど?」
「それだと、アタシだけ恥ずかしいからダメです」
痛いのも辛いのも二人で分け合おうとは言ったけど、恥ずかしいのも分け合わなければいけないんですか?俺は、すごい重たい事を言ってしまったのではなかろうか。まさか、一生このままとかじゃないよね?
「あらら、まだ十六夜ちゃんは甘えてるんです?」
「そろそろ、交代して欲しい」
「笠間さん、さすがに周りの目が……」
戻って来た三人から、それぞれ注意を受けるが、十六夜は微動だにしない。
「俺、一生このままなのか?」
「一生……一緒。ふふ」
こいつ、笑ってやがる。一体何がおもしろいのか。というか、三人が戻って来てから、周囲の視線がさらに集まってきたような気がする。
美少女がこれだけ集まっていれば仕方ない気もするが、こういう時って、変なのに絡まれたりするんだよね。
「ねーねー、みんなカワイーねー。そんなもやしと一緒じゃつまんねーだろ?俺らとあそぼーよー」
ほらね。いかにもナンパ目的でやって来たような四人組の男たち。人の事もやしとか言ってるけど、あんたらだって大差ないじゃん。
「今、九十九を馬鹿にしたの?」
「ふふふ。ボク、最悪な気分になったです」
あ~。やばい奴らのスイッチ入っちゃったよ。下手しなくても、これは血を見ることになってしまうぞ。
「何々~、キミたち、みんなそんな奴の事が良いの~? どう見てもツマンネー顔してんじゃん」
やばいやばいやばい。澪も百花もガチの得物を用意し始めた。血を見るどころではなく、死人を見る羽目になってしまう。俺は慌てて立ち上がり、男たちとの間に割って入る。十六夜を抱き抱えたまま。
「おう? なんだよ、やんのか?」
「アタシの幸せを邪魔しないで!」
男たちを睨み付けながら、十六夜は低く、唸るような声でそう言った。耳元で聞いていた俺までビビるような迫力である。
「す、すいやせんでした~!」
哀れ四人組の男たちは、全力で逃げて行った。公衆の面前で少女に威圧されて逃げて行った姿は惨めだが、命があっただけ良かったと思ってもらわなければ。
「十六夜ちゃん十六夜ちゃん、『アタシの幸せ』ってなんなんです?」
「アタシの幸せ、俺の不幸せ……痛い痛い!」
十六夜の奴、首に噛みつきやがった。痛いのも分け合うんじゃないの?俺だけ痛いのは不公平なんですけど?
「九十九さんの言葉でアタシの心が傷つきました。アタシの心も痛いんで公平です」
どうしよう。すっげー面倒臭いんですけど。
「か、笠間さん。今日は私が和泉先輩を誘ったんです。笠間さんが一人で先輩を独占するのは不公平です」
「……ぷい」
赤城さんの言葉に、擬音をつけてそっぽを向く十六夜。子どもか!
「赤城ちゃん。こういう時は……」
百花が赤城さんに何か耳打ちしてる。こういう時の百花は、十中八九ろくなことを言っていない。女神様に何を吹き込んでやがるんだ。
しばらく赤城さんに耳打ちした後、こちらにやって来る。若干赤城さんの顔が引きつっているんですけど。百花、お願いだから赤城さんを汚さないでくれよ。
「笠間さん、ほらこれ。さっきの観覧車の写真ですよ~。笠間さんと和泉先輩の2ショットもありますよ~。きゃ~笠間さんだいた~ん。この写真、明日皆に見せちゃお~」
赤城さんの棒読みなセリフを聞いて、十六夜がぴくっと揺れる。もう一押しのようだが、赤城さん、本当にすいません。
「じゃあボクは、報道部主催の恋愛写真コンテストに応募しちゃうです。この写真のせいで、学校ではもう九十九クンと一緒に居られなくなるかもです」
「……離れれば、良いんですか?」
俺を抱きしめる手に力を入れながら、消え入る様な声で十六夜は言った。
「今日はもう良いだろ?」
俺が背中をポンポンと叩くと、ようやく観念したように十六夜は俺から離れてくれた。
「絶対……アタシの顔見ないでください」
「はいはい」
それから閉園時間まで5人でいろいろなアトラクションを回ったが、十六夜はずっと俺の後ろにくっついていた。
翌朝は、いつもより早く目が覚めた。まだ春が終わったばかりだというのに、暑苦しさを感じたせいだろう。
額の汗を拭って軽く伸びをすると、俺はふらふらと寝ぼけ半分に、ベッドから降りる。
「九十九さん、どうしてラッキースケベも無く起きちゃうんですか!」
ベッドからかけられた声に、嫌な予感がして振り返る。ベッドの上には、制服姿の十六夜が横たわっていた。こいつ、どうやって俺の家に入って来たんだよ。
「アタシは今、すごく残念な気持ちになりましたよ? 九十九さんはどうやって半分もらってくれますか?」
「いや、俺も十六夜の体が触れなくて、すごく残念な気持ちになったよ」
正確には、朝から俺のベッドに潜りこんで、こんなアホな事を言っているお前を見て、物凄く残念な気持ちになったよ。
「それで? 何やってるの?」
「九十九さんに甘えようと思って」
どうしよう。十六夜が物凄く面倒な女になってしまった。
「九十九、朝食ができたよ」
うちのお母さん。随分若くなってしまったな。制服まで着ちゃって、全く。
「澪さん、メニューは何ですか?」
「焼き鮭とだし巻き卵。十六夜が好きな明太子を入れた厚焼き玉子も作ったよ」
なんで俺の家で十六夜の好物まで作ってるんだよ。ちなみにお味噌汁は?
「九十九が好きなオクラの味噌汁」
朝から至れり尽くせりである。怒るに怒れないのが困りものだ。俺は手早く着替えを済ませると、のそのそとリビングに降りた。
「先にいただいてるです!」
「さすがにそれは怒るよ!」
ちゃっかりと朝食を摂っている百花。昨日から本当にこいつは何がしたいんだよ。
三バカに囲まれながら、俺は朝食もいただくことにした。さすが澪だ。味噌汁もだし巻きも、しっかり俺好みの味付けになっている。
「これは毎日飲みたい味です。ね、九十九クン?」
「何ちゃっかり毎朝うちで朝食食おうとしてんだよ」
「で? 澪が早朝から俺の家の鍵を開けて、十六夜と百花も一緒に入ったと?」
朝食が終わると説教タイムである。毎日こんなことをされては、俺の平穏はどこにも無くなってしまう。
「昨日はボクの家でパジャマパーティーだったのです。せっかくなので、皆で九十九クンの家に突撃したです」
「明日からは勘弁してくれよ?」」
「ふっふっふ。今日だけこの家から通学できれば十分です」
どうしよう。嫌な予感しかしない。こいつは何を企んでいるのだろうか?
「それじゃ、学校に行きましょう、九十九さん」
そう言って、俺の背中に飛び乗って来る十六夜。なんでおんぶなんだよ。
「それは、こうするから」
そう言って、澪と百花が俺の両腕をホールドする。これ、今日だけだよね?そう思って玄関を開けると、百花の企みを理解した。
「い、和泉先輩おはよう……ござ、います? どうして皆さんが先輩の家から?」
我が家の前には、赤城さんが一人で立っていた。百花の奴、これを知っててこんな女塗れの状態で俺を外に出したな?
「夕べはお楽しみだったです」
「お前、本当にいい加減にしろよ。赤城さん、嘘だよ? こいつら、さっき家に来たんだよ」
本当の事なのだが、もはや言い訳にしか聞こえないだろう。とりあえず、ご近所の目もあるから全員離れてくれ。
「先輩、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃないです。こいつらに、赤城さんを見習ってもらいたいよ」
そうすれば、もう少し日常も穏やかになると思う。でも、もしかしたらそれは、今の俺には物足りないのかもしれないな。
「赤城さん、アタシも絶対に負けませんよ」
「これは、難敵ばかりで大変そうですね」
何かを話して笑い合っている後輩二人を眺めながら、俺の日常も大した物だと思うのだった。
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