カップル専用観覧車 後編
頭真っ白放心状態の俺を置いて、赤城さんは少し寂しそうな表情を浮かべて降りて行った。それと入れ替わる様に、不満たっぷりな表情の十六夜が乗って来る。その顔を見て、俺も我に返った。
十六夜は迷う事無く俺と向かい合って、そのまま俺の膝の上に腰を下ろした。十六夜は俺の目を見つめたまま動かない。何も言わないで、膨れた顔でただ俺の目を見つめている。
「何これ? にらめっこ?」
「……なんで、赤城さんにアタシたちの事話したんです? 二人で最後まで回れば良かったのに」
なんでそんなことで怒ってるの?それはあくまで俺と赤城さんの問題だ。確かに急に人数が増えて、赤城さんに迷惑だったかもしれないけど、十六夜が怒ることじゃない。
「一緒に回るの、嫌だった?」
「……はい」
「なんで?」
「……」
いや、なんでよ。百花は肝心な事は教えてくれないし、こいつは何にも言わないし。この前ちょっと機嫌が直ったと思ったらまたこれだ。
そう言えば、この前百花がヤキモチ焼いてるって言ってたし、十六夜も俺の事大切に思ってるって言ってたから、かまって欲しいのかな?
じゃあ、ぎゅっとしてやれば機嫌が直るかな?そう思って、俺は十六夜の背中に手を回して、彼女の体を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと! いきなり何するんですか!」
「ん? かまってやらないからいじけてるのかと思って」
「ち、ちち、違います~!」
あれれ?違いましたか。それじゃあなんでこんなに怒ってるの?
「十六夜さん、そろそろ答えを教えてください」
俺はいい加減この状態を終わりにしたい。以前から怒ることは日常的にあったが、これだけ不機嫌な状態が続くことは無かった。きっと何か、俺のせいで悩ませてしまっているのだろう。
俺はいつもみたいに冗談を言って、ぶん殴られて、笑い合える関係が気に入ってる。せっかく二人きりになれたのだから、今この状況を解消してしまいたい。
「教えてくれなきゃ、いたずらするよ」
「……したら良いじゃないですか?」
え?マジで良いの?それじゃあお言葉に甘えて、とりあえず脇腹をくすぐってみよう。
「きゃ! な、何するんで…わひゃ! や、めて…止めてよぉ」
十六夜は俺の首に飛びついて、体をよじらせて抵抗する。なんか、すんごい楽しい!さらに指の動きを早く、そしてなめらかに!
「あ…ほんとに……もう、ダメ…」
ヤベ、調子に乗ってやりすぎた。十六夜はぴくんと一瞬体を跳ね上がらせると、そのまま俺に体を預けるようにぐったりとしてしまう。吐く息は熱く、耳まで真っ赤になっている。
「はぁ…はぁ…、止めてって、言ったのに」
「なんか、めっちゃエロいね…ぐへ」
久しぶりに、渾身のボディーブローを頂いた。どうやら元気なご様子である。
「で、話す気になった? もうワンラウンド行くなら、俺も本気を出すけど?」
「い、嫌です。絶対話しません!」
「それはつまり、もうちょっとエロいことをして欲しいと?」
ちょっと胸触っただけで、瀕死になるほどのグーパンお見舞いしてくるくせに、今日はOKということなのか?ごくり。
「ち、違う! けど……」
「けど、やっぱり触って欲しいんです?」
「違うもん! どうして九十九さんはいつもバカみたいなこと言うんですか! 真剣に悩んでるアタシが、バカみたいじゃないですか!」
俺なんかの事で真剣に悩んでるんなら、本当にバカみたいだと思うけどね。けど、悩んでいることがあるんなら、ちゃんと話して欲しいと思う。
「十六夜。俺はさ、お前の事大切な仲間だと思ってるよ。俺はこんなんだからさ、嫌な事からはすぐに逃げるし、痛い思いもしたくない。チートで最強な格好良いヒーローじゃない。だからさ、いつも護ってくれる、お前が必要なんだよ」
「アタシがいなくたって、ワーカーを辞めれば、そんな思いしなくてよくなるじゃないですか」
転職して世界から外れてしまったのに、元に戻る事なんてできないだろう。できるんなら、春休みの時点でレベル上げなんかしなくて済んだはずだ。それに、俺はもう、外れた世界を知ってしまった。こんな危なくて痛くて、そして、楽しい世界から、離れられるわけないじゃないか。
「辞めないよ。こんな楽しい仕事、辞められないだろ? それとも、俺と一緒のパーティーが嫌になった?」
「そんな訳ないじゃないですか! アタシは、ずっと九十九さんと一緒に居たいです!」
そう言って、十六夜は俺の首に回した腕に力を込める。俺は笑いながら、十六夜の頭に軽く手を置いた。
「だったら、ずっと護ってよ」
「でも、赤城さんが……」
「なんでこのタイミングで赤城さん?」
「九十九さん、赤城さんの事、好きなんじゃないんですか?」
どうしてそうなった?確かに赤城さんは女神様みたいな存在だけど、好きになる程彼女の事を知らない。それに、さっきの件もあるしなぁ。
「赤城さんは、九十九さんの事が好きです。だから、彼女と付き合って、ワーカーを辞めて、普通の生活に戻れば、元通りじゃないですか」
「さっき赤城さんにそういうニュアンスの話をされて、丁重にお断りしたよ」
先ほどの赤城さんの言葉に、『今はバイトで忙しいから、恋愛とかは考えられない』と、真っ白な頭でどうにか返答したのだ。別に、ちゃんと告白されたわけじゃないから、フッたわけでも、お断りしたわけでもないんだけどね。
「なんでですか?」
「赤城さんは女神様みたいな人だけど、付き合いたいとかいう気持ちは無かったし。誰かと付き合うとなると、澪が恐ろしいし。それに、十六夜の様子がしばらくおかしかったからさ。他の女の子を気にかけてる場合じゃないだろ?」
「また、アタシのせいなんですか? どうして…どうしてアタシは、いつも九十九さんを不幸にするんですか」
また、という言葉に引っ掛かりを覚えた。十六夜はいつだって俺を護ってくれてる。お弁当も分けてくれるし、いつも一緒に居てくれる。
「十六夜と一緒に居て、不幸だなんて思ったことないよ?」
「嘘だよ。アタシがいなければ、九十九さんは転職なんてしなくて済んだ。ワーカーになって、大怪我したり、辛い思いをすることだってなかった。全部、全部アタシが悪いんだ」
十六夜は、そう言いながら泣き出してしまった。首筋に、十六夜が流す熱い涙が、ポタポタと落ちてくるのがわかった。そんなことを、こいつはずっと我慢していたのだろうか。
「転職したのは、俺とお前、二人の責任だって言っただろ? だったら、お前一人で抱え込むなよ。大怪我したり、辛い思いをしたらさ、お前が助けてくれよ。痛いのも辛いのも、二人で分け合えばいいだろ?」
「二人で?」
「そうだよ。俺を巻き込んだ責任が取りたいなら、ちゃんと半分、もらってくれよ?」
「うん……うん」
ぎゅっと強く抱きついてきた十六夜の体を、俺も強く抱きしめた。
「十六夜。そろそろ離れて?」
「無理です。九十九さんの顔見れません。アタシの顔も、見せられません」
そうは言われても、もう観覧車は下に到着するんですけど。まだぐずぐずと泣いているのだが、どうやってこいつを降ろしたものか。
「仕方ないなぁ。じゃあ、しっかり俺に捕まってろよ?」
「ぐす……はい」
ぎゅっと捕まって来た十六夜の体を抱えながら、俺はゆっくりと立ち上がる。こういう時、十六夜の低身長がありがたいと思う。
「お疲れさま………でした~」
俺たちの様子を見て、スタッフさんが一瞬固まった。すぐに仕事に戻る辺りは、さすがプロである。
コアラの親子状態で観覧車から降りると、そのままの状態で三人のところに戻った。
「あららららららら。十六夜ちゃん、甘えん坊さんです~」
「九十九、九十九。私もそっちの抱っこがして欲しい」
「二人とも、さすがにこれはちょっと……」
三者三様の声をかけられて、俺はものすごく恥ずかしい気分になる。周囲の客からも、ひそひそと何かを言われている。とんだ羞恥プレイだ。
「十六夜、そろそろ……」
「嫌だ~、離れない~」
そう言って、十六夜は俺の首下で微笑んだ。




