お化け屋敷の少女は危険でした
昼食を済ませると、俺たちは足早に『恋人たちの庭園』を後にした。赤城さんはもう少しゆっくりして行きたかったようだが、俺が耐えられなかった。
全く、最近の若い者は真昼間っからなにしてるんだか!赤城さんの手作り弁当の味が全然わからなかったじゃないか!
「先輩! こういうのって、苦手ですか?」
そう言って赤城さんが指差した先には、『体験型お化け屋敷』と書かれた建物があった。
体験型っていうのは、ゾンビを倒しながら進むとか、そういう感じなんだろうか?とりあえず入場しようと思って受付に向かうと、スタッフの人から日本刀の模造刀を渡された。思ったよりもしっかりと作り込まれた模造刀は、赤城さんが振るには重量がありそうだ。
「その刀を使って、迫り来る落ち武者の亡霊を切り倒してください!」
「これ、結構重量あるんですけど、切りつけて大丈夫なんですか?」
「はい。亡霊は全て立体映像ですので、気にせず切り伏せてください」
VR全盛のこの時代に、立体映像とは珍しい。俺はちょっとワクワクしながら刀を鞘から抜いた。
「せ、先輩。私、怖いのは大丈夫なんですけど、この刀、重くてうまく使えません」
プルプルと腕を振るわせながら刀を振る姿は、とても可愛らしかった。ここは俺が漢を見せるしかあるまい。
「大丈夫。任せて!」
俺が先頭に立って、ゆっくりと順路を進んで行く。すると、一定の間隔で足元が光り出し、地面から鎧を身に着けたゾンビが溢れだしてくる。
「ぐるあぁぁ!」
「ぎゅああぁ!」
俺に目掛けてゆっくりと歩み寄って来るゾンビの首を目掛けて、刀を振る。その瞬間に、ゾンビたちの首が落ち、光の粒子となって消えていく。どうやら刀に仕込まれたセンサーに連動してゾンビの映像が動いているようだ。
魔犬の動きに比べれば止まって見えるような動きだったので、楽々薙ぎ払うことができた。これくらいなら、赤城さんにも倒せるだろう。
「動き遅いし、赤城さんも切ってみなよ」
「う、うぅ。頑張ってみます」
両手で刀を持った赤城さんは、どうにか上段まで持ち上げると、ゾンビ目掛けて思い切り刀を振り下ろした。振り下ろされた刀は、ゾンビの左腕を叩き落としたが、まだ本体は消えていなかった。
「ぎゃああぁぁ」
「赤城さん、もう一発!」
「は、はい!」
赤城さんは振り下ろした刀をどうにか地に浮かせて、今度はバットのスイングのように横に薙いだ。
「き、きゃあ!」
「おっと」
思いっきり振り回した反動で、バランスを崩した赤城さんの体を、転ぶギリギリのところで抱き留めた。
「大丈夫?」
「あ、は、はい。ありがとう、ございます」
「なんか、あの時と同じ感じだね」
抱き留めた彼女は、荷物から助けた時と同じように、パクパクと口を動かしている。そんな赤城さんの顔を見ていると、突然背後から殺気を感じた。
赤城さんを抱き上げて振り向くと、長い髪をだらりと垂らした、白い着物を着た少女が日本刀を持って立っていた。落ち武者だけじゃなくて井戸の幽霊みたいのにも戦わせるのかよ。
「赤城さん、立てる?」
「すいません。腰が抜けちゃったみたいで」
そう言って、赤城さんは俺の首に手を伸ばしてきた。日本刀振り回しただけなのに、腰って抜けるものなのだろうか?そんな事を考えていると、少女は刀で突きを放つ。その速度に驚いて、思わず横に飛び退いてしまった。
その突きは、凄まじい殺意を感じさせた。まるで本物のような。
「……お前、澪だろ!」
「違う。井戸の幽霊」
しゃべっちゃったよ。立体映像が受け答えできるわけないだろう。
「その女を置いていけ。そうすれば、ちゅーしてあげる」
「どっちも嫌なんですけど?」
「じゃあ、九十九を気絶させて人工呼吸をする」
せめてしっかり役作りしてくれよ。もう赤城さんに誤魔化せないじゃん。しかもこれ、どうにか逃げ切らないと、赤城さんの目の前で澪にキスされてしまう。
「赤城さん、あれは倒せないみたいだから、全力で逃げるね。危ないから、ちょっと目、瞑っていて」
「えっと、知り合い、ですか?」
「いや、知らない人だよ?」
俺は赤城さんが目を瞑ったのを確認すると、ウィンドウを開いて職業を変更する。澪相手では、全力で逃げるしかあるまい。
「ファントムラッシュ」
俺は20体の分身を出現させ、澪を取り囲む。さすがに崩拳を使用するわけにはいかないので、模造刀で斬りかかる様に指示を出す。
「瞬動」
その隙に、瞬動を使用して出口までの順路を疾走していく。分身に足止めされた澪は追って来ることができないようで、俺たちは無事に脱出することができた。ここまで来れば、職業を戻しても大丈夫だろう。
「和泉先輩、やっぱり足速いですね」
「逃げ足だけね。普通に走れば平均くらいだよ」
スタッフさんに日本刀を返して建物を出ると、やっと赤城さんが俺から離れてくれた。
「赤城さん、さっきので髪が乱れちゃったみたいだよ」
「えぇ! ちょっとトイレで直してきます」
「うん。俺はそこのベンチで待ってるよ」
「わかりました。ちょっと行ってきますね」
赤城さんは、髪をいじりながらトイレの方へ小走りで駆けて行った。その姿が見えなくなったところで、背後に声をかける。
「二人とも、いるんだろ?」
がさがさと、背後の植込みが揺れる音がした。返事は無いし、どうやら姿を見せるつもりもないらしい。それならば、こちらにも考えがある。スマホを操作して、一枚の写真を表示させる。
「懐かしいなぁ、百花のキス待ち顔」
『がさがさがさ』
「これ、スマホの待ち受けにしちゃおうかなあ」
『がさがさがさがさ』
「せっかくきれいに撮れてるし、半田高校報道部主催恋愛写真コンテストってのに応募しちゃおうかなあ」
「それだけは絶対ダメです! あ!」
一瞬植込みから飛び出した百花の顔は、すぐに植込みの中に戻って行った。やっぱりふれあいコーナーでエサを投げつけたのは、百花だったようだ。
そう考えると、赤城さんに膝枕してもらった時に感じたあの温かい感覚は、十六夜の回復魔法だったのかもしれない。
「十六夜、さっきはありがとね」
「……どういたしまして」
姿は見せなかったが、植込みの中から小さな声が返って来た。
そして、正面から白い着物を着た少女が、ゆらゆらとした足取りでこちらへやって来る。どうやら俺のファントムたちは全て倒されてしまったらしい。
「百花さん。あれ、どうにかしてもらわないと、遊園地が地獄と化してしまうんですけど」
「九十九クンがどうにかして欲しいです」
マジかよ。さすがにこんな公衆の面前で派手なスキルは使えないんですけど?しかも、赤城さんが戻って来るまでにどうにかしろと?無理ゲ―にも程がある。
赤城さんも乗りたかったアトラクションには全部乗れたみたいだし、今日はもうこの辺で良いだろう。これ以上の抵抗は、明日以降の生活に支障が出る。
「澪、早く着替えて来いよ。赤城さんが戻ってきたら、一緒に回ろう?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! デート中ですよ!」
澪に声をかけたのに、百花を小脇に抱えた十六夜が飛び出してきちゃったよ。驚きながら視線を向けると、今日初めて見たはずの十六夜の姿は、どこか見覚えがあった。
「あれ? その服……」
「ひゃ!」
春休みに俺が買ってやった服だよな。普段着てないから、気に入らなかったのかと思ってた。
「あららららら。十六夜ちゃん、可愛いです~」
なぜか頬を染める十六夜の頭を、百花が撫でまわして楽しんでいる。とりあえず、二人もこっちに来て座ってくれ。
「九十九、大変!」
大変というよりは、残念そうな表情をしながら澪が駆け寄って来た。いつの間にか私服に着替えていたのだが、もしかして着物の下に着ていたのかな?
「私も九十九に買ってもらった服、着て来れば良かった」
そんなことで、この世の終わりのような顔をするのは止めて欲しい。別に誰が買った物でも、気に入っていればなんでも良いんじゃないの?
「えっと、和泉先輩。これは?」
そうこうしている間に、赤城さん帰ってきちゃったじゃん。どうやって説明するの、これ。
評価・ブックマークなどいただけると励みになります。
よろしくお願いします!




