忍者からは逃げられない
帰りのホームルーム、いつもはだらだらとした気分で聞いているのだが、今日は命がけである。
小学校の6年間、俺は一度も澪から逃げ切ることができなかった。それは偏に、澪と同じクラスだったからである。帰りの挨拶が終わった瞬間に教室を飛び出しても、澪は必ず校舎内のどこかで追いついてきた。
つまり、スタートが同じだと、逃げ切ることができなかったということだ。
だが、今は昔とは違う。転職して魔拳士の職業を設定しておけば、澪が追いつくことはできないはずだ。
挨拶と同時に瞬動で廊下に移動し、そこからさらに生徒のいない廊下で瞬動を使用して距離を稼ぐ。そのまま廊下を高速で移動して下駄箱に到着した。よし、後は校門までもう一度瞬動を使えば、校外に出られる。
「水遁・水縛陣」
「なんで!」
背後から聞きなれた声が聞こえ、俺の全身に水流がまとわりつく。もがけばもがく程逃げ出すことができなくなり、とうとう俺はあきらめた。
「どうやって追いついたんだよ」
「帰りのホームルームが始まる前に、『影同化』で九十九クンの影に潜ってたです」
マジで忍者万能すぎる。
「そ、そうか。さすが百花だな。それじゃ、また明日な」
百花に軽く手を振って、俺は自然な形で歩き出す。そう、自然な感じで帰れば……
「逃げられないです」
やめてよね、首筋に短剣押し当てるの。一応ここ、校内なんだから。
俺は、ゆっくりと百花に向き直って、短剣を握った彼女の手を取った。
「百花、愛してるよ」
「ボクもです」
あれぇ?いつもなら真っ赤になって動揺するのに、百花さん微動だにしないんですけど。むしろ俺の方が恥ずかしくなっちゃったんですけど。
「百花さん?」
「なんです?」
「俺、帰りたい」
「ダメです」
「……」
俺は百花の手を離そうとしたのだが、逆に手首を掴まれてしまう。これはもう逃げられないな。こういう時、引き際を弁えなければ大事に至る。大人しくしていれば、無駄な怪我はしないのだ。
俺は百花に手首を掴まれたまま、教室へと連れ戻されてしまう。すれ違う生徒たちがひそひそと話しているのは、俺たちの事ではないと思いたい。
「お帰り、九十九」
今回はしっかりと役割分担がなされていたようで、澪は教室から動かなかったようだ。俺も澪ばかりを警戒して、百花の事を意識から外していた。完全に俺の負けだ。
「九十九クン、ボク、言いましたよね? 赤城さやかさんとの接触は、絶対、絶対に禁止ですって」
そうは言っても、向こうから訪ねて来たんだからしょうがないだろう。
「それで? 遊園地に行くんです?」
百花は大体の情報を掴んでいる。そのうえでこんな茶番をしている。つまり、俺に謝罪を要求しているということなのではないか?
俺は無言で額を床につける。なんだか最近、土下座し慣れてきた。
「九十九、謝って欲しいんじゃないの。私たちは、行かないで欲しいだけ」
「そうです。ボクたちはお願いしてるだけです」
本当なら、二人に嘘を吐くのは心苦しいのだ。だが、一度OKした以上、赤城さんに断りの連絡を入れるのも心苦しい。ならばどうするか。二人にばれないように行っちゃえばいいのだ。
今日は金曜日だ。こいつらにばれずに遊園地に行けるとすれば、明日か明後日のどちらかだけだ。赤城さんと予定を確認するにも、こいつらにばれないように、家でメッセを使ってやり取りすれば良い。
だから、今この時だけを乗り切れれば良いのだ。
「わかったよ。二人のお願いを聞かない訳にはいかないもんな」
無事に解放された。それはもうあっさりと解放されてしまった。その行為に若干の不安を抱きながらも、俺は無事に二日ぶりの我が家に帰ってくることができた。十六夜のベッドも快適だったが、やはり自分のベッドが一番安心して休むことができるなぁ。
とりあえず赤城さんと遊園地の日程を決めてしまおう。スマホを取り出してメッセの画面を開く。さて、なんと送ったものか。
『今月はバイトが休みなのが今週末しかないんだけど、赤城さんの予定はどう?』
別にどうしても行きたいというわけではない。予定が合わなくて、この話がなくなれば、それはそれで良いのである。まあ、せっかくだし、赤城さんと出かけたいという気持ちが無い訳でもないけどね。そう思っていると、返信はすぐに来た。
『それでは、日曜日ではどうでしょうか?』
これで無事に遊園地に行けそうだ。了解のメッセージを送って、メッセの画面を閉じる。後は、最大の懸念を晴らしておかねばなるまい。俺はスマホで百花に電話をかける。
『もしもし、どうしたです?』
「いや、今何してるのかなと思って」
こいつがまた、俺の影の中に潜んでいるのではないかと心配になった。
『今ちょうどお風呂に入ってるです』
本当か?確かに音が響いてるような気がするが、実は影の中でも音が反響している可能性はある。
「本当にお風呂?」
『え?』
「ちょっとビデオ通話にしてもいい?」
音だけでは判断がつかない。せめてちゃんと映像で確認ができれば、確信が持てる。
『い、いい、良い訳ないです! な、何考えているです』
「いや、ちゃんと映像で確認したくて」
『か、確認て、何を確認するつもりなんです! バカぁ!』
あれれ?電話切れちゃったんですけど。俺、何か気に障る事でもしたかな?とりあえず、俺の影に呼びかけてみよう。
「おーい、百花やーい、出て来ておくれー!」
ふむ、反応は無いようだ。まあ、お風呂の映像送れ、なんて言ったら、影の中にいるんなら飛び出してきそうだしな。本当に影の中にはいないんだろう。
これで懸念は全て取り払われた。後は、赤城さんと日曜日の予定を決めるだけだ。
昨晩に引き続き、今夜も百花さんの家で女子会?が開催されることになった。お昼の件でかなり気まずいのだけれど、緊急事態と言われれば来るしかなかった。
「今、お風呂の映像を確認させろって言われたです」
百花さんがお風呂からあがって来て、そんな報告をしてくれた。あの変態は、どうして普通にそういうことができるのか。アタシたちじゃなければ、今頃警察のご厄介になっているはずだ。
「なんで百花ばっかり。私、もう一回お風呂入って来る」
澪さんはブレない。本当に。
「澪さん、今はそんな事してる場合じゃないです。なんで九十九クンは、あんな電話してきたと思うです?」
「百花の裸が見たいから?」
「ち、違うです! そんな理由で電話してきたことなんて……無いです」
間があったのはどういうことです?アタシ、今からあの人シバイてきましょうか?
「たぶん、ボクが影の中にいないか確認しようとしたんです。つまり…」
「クロ、ということ?」
今日の集まりは、あの人とさやかさんの、遊園地デートについての対策会議だ。あの人は百花さんと澪さんの前で『行かない』と宣言したらしいのだが、悲しい事に、ここにいる誰もその言葉を信じていなかった。そして、今の電話でそれが確定してしまったようだ。
アタシとしては、あの人がそれを望むのなら構わないと思うのだが、お二人には許容できないらしい。
「問題は、いつ行くか、だね」
「ふふふ、赤城さやかさんが明日の午後に美容院の予約をしてるです。さらに、チケットは万葉ハイランドパークのフリーパスだと確認してるです」
お昼休みから今までで、どれだけ調査したんですか。もしかして、さやかさんに見張りでもつけてるんですか?
「九十九の性格からすると、私たちにバレない、今週末に必ず行く。なら、日曜日しかない」
それは、アタシにもなんとなくわかる気がする。けど、もしかしてこの三人で尾行するとか言い出さないよね?
「その通り。できれば九十九の家から尾行したい」
「ボクは、赤城さんを自宅から尾行するです。当日は、職業を高校生以外に設定して、赤城さんに気付かれないようにしましょう」
「了解」
これ、アタシ行く必要ありますか?むしろ二人の妨害工作を全力で阻止したいんですけど?




