教会での死闘 ②
神楽坂は初めて動揺したように表情を歪めた。俺たちはそんなのは御構い無しで、神楽坂への追撃を敢行する。
「ライトニングバレット」
「雷拳」
所長さんの弾丸が、炎の塊を神楽坂の手の届かない場所まで吹き飛ばす。それを見た俺が雷の拳を腹に叩きこんで、神楽坂の全身に雷撃を流し込んだ。
「ぐ、こんな、攻撃をして、こいつにまで電撃が……」
ダメージを負っても放さなかった左手の少女を見て、神楽坂は言葉を止める。つい先ほどまで、それは少女の姿をしていた。神楽坂は人質をとっているはずだった。
しかし、左手が掴んでいたのは、『一本の太い枝』だった。
「な、なんだこれは!」
「枝だな」
「棒だね」
「木」
「丸太ですね」
「技です」
神楽坂の問いに、悲しいかな、俺たちパーティーの答えは全く合わなかった。っていうか作戦会議の時に『枝』を使うって言ったじゃん!全然カッコ良く決まらなかったんだけど!それに所長さん、あのサイズは丸太って言わないよね?それに誰だ、一人だけ物ですら無かったぞ!
「枝でも棒でもなんでもいいんだよ! なんであの女がいなくなってんだよ!」
神楽坂の問いに誰も答えない。答えてやる義務も無い。だから代わりに、一つのスキルを使用して答え合わせをしてやることにした。
「幻影」
「な!」
百花がスキルを使用すると、俺と澪の体が百花の容姿に変化する。神楽坂はそれを見て愕然としている。
残念ながらあくまでも幻影で相手を騙すスキルのため、対象以外の俺が胸を揉んでみても、それは自分の胸を触っている感触しかないし、服の中を覗いて見ても、自分のTシャツしか見えないのだ。
「今、おっぱい揉んだです?」
「揉んでないよ?」
「下着、見ようとしたです?」
「してないよ?」
百花さん、あなたの宿敵を前にふざけないでくださいよ。まだ、倒してないですからね。
「九十九、百花の胸が好きなの?」
「大好きです!」
「九十九さん、この戦いが終わったらお話がありますからね」
思わず全力で肯定してしまった。いや、嫌いじゃないよ。おっぱいは正義だよ?
「……」
そして百花は、無言でスキルを解除してしまった。なんかすいません。
「格好が変わったからなんだってんだ! どうしてあのガキと枝が入れ替わって……」
「サークルチェンジ」
百花はさらにスキルを発動させる。それによって、神楽坂と炎の塊が位置を入れ替わる。
このスキルは、半径10メートル以内のものであれば、自由に位置を入れ替えることができるらしい。
百花は、事前に『幻影』のスキルを使用して、枝を千花の姿に偽装していた。それを車の中に残しておき、千花の体を俺が抱き上げた時に『サークルチェンジ』を使用して入れ替えたのだ。
「な、なんなんだ! こんなスキル聞いた事ねえぞ!」
それはそうだ。この男は、百花の職業すら知らないのだから。どんなスキルを持っていて、どんなことができるのか、深く知ろうとしなかったのだから。
俺は目の前に転がって来た炎の塊を蹴り飛ばし、神楽坂へと歩み寄る。これで作戦終了だ。いい加減、この茶番を終わらせよう。
「もう終わりだ。降参しろ」
「ふっざけんじゃねえぞ! クソガキがあ!」
降伏勧告を即拒否されてしまった。人質もいない。右腕は無い。腹部にもライフルで抉られた傷が残っている。それなのに、どうしてこの男は降伏しないのか。
死んでも降伏したくない、とでも言うのだろうか。今回はまだ傷も負っていないので、できれば俺が怪我する前に終わりにして欲しいのですが。
「降参しなければ、仲間のスナイパーがお前を撃つぞ。まずは右足。次に左腕。最後に左足を撃って、あんたは四肢の全てを失うことになる」
「和泉さん、さすがにそこまではちょっと……」
うちのスナイパーから拒否されてしまった。あっれー、さっき失敗したから、今度は格好良く決めようと思ったのに。
「それは悪役のセリフみたいですよ」
十六夜さんにならわかってもらえると思ったのに……
「九十九がやって欲しいなら、私が切り飛ばすよ?」
これは果たしてボケなのか? 俺にはこいつの考えていることがわからない。
「ふざけた奴ら! ふざけた奴ら! 本当にふざけた奴らだ! 全員残らずぶっ殺してやるよクソガキ共があぁぁぁ!」
神楽坂は咆哮する。それに呼応するように、先ほど遠くに蹴り飛ばした炎の塊が激しく燃え上がり、神楽坂の体に吸収された。神楽坂の体は烈火の如く燃え上がり、その姿もまた炎と化していく。
「喰らえ、喰らえ、喰らえ……我が身、我が魂を喰らい、現界せよ、原初の炎たる神よ!」
炎の中から神楽坂の声が響くと、轟轟と燃え盛る炎はうごめきながら姿を変える。
「ぶおおぉぉ」
巨大な二本の剣を携えるそれは、二メートルを超える人の姿をしていた。熱波によるものか、あれの強烈な存在感のせいか、息をするのも憚られるほどの息苦しさがあった。
「しょ、所長さん! 目的は達成してるし、ここらで逃げませんか?」
まさに切実な願い。先ほどの炎の渦とは比べ物にならない、強烈なプレッシャーに押し潰されそうだ。
「幸いここは人里から離れていますので、山が二つほど全焼するだけで済むかもしれませんが……」
所長さんの言葉を遮るように、炎神は双剣を構えて切り込んでくる。それを澪が刀で受けるが、双剣と切り結んですぐに、その熱に負けてドロドロと溶け落ちていく。
「どうやらあちらは、逃がしてはくれないようです」
刀を失った澪は、炎神と距離をとって両手を震わせている。切り結んだだけだというのに、熱によって両手をやられてしまったようだ。
「アイシングバレット」
乾いた炸裂音と共に炎神に炸裂した氷弾は、一瞬腕を凍らせたが、瞬時に蒸気と共に消滅してしまった。
澪は刀を失った。仮に刀があったとしても、剣に触れただけで溶かされてしまう。所長さんの弾丸も、あれほどの威力がまるで効果が無い。つまりアタッカーの攻撃が効かないということだ。
これ、勝てなくね?
俺が躊躇しているところに、炎神はすかさず攻撃を仕掛けてくる。
「い、十六夜!」
「ホーリーシールド」
十六夜のシールドで攻撃を防ぐ。どうやらシールドは熱には耐えられるらしく、一撃で破壊されることは無かった。しかし、炎神が振り下ろす一撃一撃に、天井から白銀の粉を落として悲鳴を上げている。これでは、シールドも数十秒と持たないだろう。
「この魔法、重ね掛けとかできないの?」
「そんな便利な機能無いですよ!」
ですよね。
「じゃ、じゃあシールド張ったまま移動とかは?」
「無理ですってば!」
百花の情報にも、ここまで強力な化け物に姿を変えるなんて話は無かった。当初の作戦でも、千花を救出したら神楽坂から炎神の核を引き離し、神楽坂の身柄を確保するつもりだった。まさか、遠隔で融合できるなんて思っていなかった。
俺一人でこいつの前に出て、燃料切れになるまで逃げきる。その隙に皆には撤退してもらう。
もうそれしかないかな?
そう思って俺が立ち上がろうとした瞬間、俺の手を百花がそっと握った。
「どうした?」
「ここは、ボクが時間を稼ぐです」
決意を籠めた強い瞳で、百花が俺たちにそう告げたのだった。
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