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百花 ①


 ボクの実家は、いわゆる隠れ里の中にある、代々続くワーカーの家系だ。里の掟で、5歳の頃から職業の取得条件を満たすための厳しい訓練が開始され、小学校卒業までに取得条件が満たせない者は、転職させてもらえず、里の外に放り出された。


 ボクは才能が無く、取得条件を満たすために必死で努力をしていた。その時に出会ったのが、千花(ちか)だった。彼女はボクよりも一つ年下の女の子で、ボクと同じように才能が無かった。


 ボクと千花は、他の子どもたちにバカにされることも度々あったが、彼女はいつだって明るくて、いつだって前向きだった。


「千花は、どうしてそんな前向きなんです?」


 千花はそんなボクの疑問に明るく答えた。


「修行はいつだって大変ですの。でも、これをやり遂げればいつか皆の役に立てますの。そう思えば、やりがいだってありますのよ」


 やりがいなんて、考えたことも無かった。修行なんて里に残るために必要だからやっていることで、ボクの中ではつまらない、辛いことだった。でも、千花にそう言われてから、世界が一変した。自分が力を手にした後、何ができるのか、何をしたいのかを考えるだけで、辛い修業が我慢できるようになった。千花と一緒に修行することが、楽しくなった。


 それから、ボクたちは次第に力をつけていき、無事に取得条件を満たし、転職を許された。千花も翌年に転職し、それからは二人で次々仕事をこなしていった。




 そんな日々が二年ほど続いたある日、ボクと千花が仕事を終えて里に帰ると、そこは文字通り火の海になっていた。


「こ、これはなんです? お母さんは? お父さんは?」


 混乱したボクは、無警戒で燃え盛る里に飛び込んだ。そして、それに出会ってしまった。


「ぶおおぉぉぉ!」


 紅蓮に燃える炎を身に纏ったそれは、全身から炎を噴き上がらせ、周囲を次々と炎へと変えていく。建物も、人も、何もかも。それの近くにある物は、全てが燃えていく。ただ一人、それの横に立っている男を除いて。


「まだ生き残りが居やがったか。せっかくこの里を浄化したと思ったのになあ」


 男は不機嫌そうにそう言うと、ボクの首を締めあげて体を持ち上げる。


「やめてくださいですの。モモ姉様から手を離しますの!」


 後から追ってきたらしい千花が、男に飛びかかる。しかし、男の体はびくとも動かず、弾き飛ばされたのは千花の方だった。


「千花…ダメ、です。早く……逃げ…」

「誰が逃がすか、この里は『炎神(あぐに)』によって浄化される。決定事項だ!」


 そう言って、倒れていた千花を踏みつける男は、いかにもつまらなそうだった。


「ぶ、ぶ、ぶぶ」


 先ほどまで噴き上がっていた炎の塊が、そんな奇怪な音を上げて動きを止める。


「もう時間切れか。相変わらず燃費が悪いやつだ」


 そう言った男は、ボクを締め上げていた手を離す。


「お前ら、どうやら運が良いようだな。こいつは見ての通り強力だが、燃費は最悪だ。燃料を集めるのも面倒ときた。だから取引しよう。お前らがこいつの燃料を集めてくれば、殺さないでおいてやる」


 千花に乗せた足の力を緩める事無く、男は言う。この男は、ボクの家を焼いた。ボクの両親を焼き殺した。そんな男の言うことを、聞きたくなんてない。


 どうにか千花だけでも逃がしてあげたい。ボクなんかよりずっと、仕事を楽しんでいる千花を助けたい。未来に向かって希望を抱いている彼女救ってあげたい。


 たとえボクがここで死んだとしても、彼女だけは救い出す。


「姉様……姉様だけでも、逃げてくださいませ」


 ああ、ダメだ。きっと千花も同じことを考えている。ボクがこの命をかければ、きっと彼女も命をかける。このままでは、二人とも死んでしまう。


「わかったです。あなたに、従います」

「ダメです姉様! ワタシのことは良いですの。姉様は逃げて…ぐぅ」


 男は千花の腹を蹴り飛ばすと、炎の塊に手を伸ばす。すると炎の塊は小さな球状に姿を変えて、吸い込まれるように千花の体に入って行った。


「ぐ、ぐああぁぁ!」


 その瞬間、千花は絶叫し、その場で苦しみだした。


「な、なにをしたです! ボクはあなたに従うと言ったです。それなのに……」

「そりゃ、人質の一つもとるだろう? 初対面の相手を、口約束程度で信じるバカなんていねえよ」


 そう言って男は、悶え苦しむ千花の頭を掴み上げ、その顔をボクに見せつけた。


「こいつの体の中に、炎神の欠片をぶち込んだ。一年も放置すれば、こいつの生命力は吸い尽くされて死ぬだろうな。それが嫌なら、定期的に生命力を集めてくるしかねえ。どうやって集めようが、その間てめえが何していようが好きにしな」


 この日から、ボクの地獄は始まった。



 人間の『生命力』とは、体力や霊力とは違う。人間そのものを形作る、力そのものらしい。それを失った人間は、砂山が風で飛ばされるように砕けて散っていくそうだ。つまり、生命力を全て奪い去ることは、人間を殺すのと同義だった。


 だからボクは、人から少しずつ生命力を集めることにした。


 駅のホーム。映画館。ショッピングモール。あらゆるところに呪術による術式を設置して、少量ずつ生命力を集めようとした。しかしそれは、ことごとく失敗した。


 どうやら、生命が無い物には、生命力を蓄えていくことはできないようだった。


「どうすればいいんですか」


 冬の終わり。千花があの男に捕らわれてから、半年が経つ。焦りと不安の中、ボクは目的地の見つからない道を歩いていた。


「やばいやばい! 見つかる見つかる! 殺される殺される!」


 大声で叫んでいる少年は、背後に視線を向けながら全力疾走で駆けていた。


「きゃ!」

「うげ!」


 一般人の彼は、ワーカーであるボクを認識することができず、躱すことができなかった。ボクも、殺されると叫ぶ彼に驚いて、動くことができなかった。そんな二人がぶつかって、転んでしまったのは必然だと言える。


「あ、ご、ごめん。前見てなくて」


 そう言って手を差し伸べてくれた彼は、ボクの手を取って走り出す。


「ちょ、ちょっと待つです。なんでいきなり走り出すです!」

「あ、ごめんね。ぶつかったお詫びをしたいんだけど、止まったら追いつかれるから」


 果たして彼は何から逃げていたのか。苦笑交じりにそう言った彼は、どこか楽しそうだと思った。


「お詫びなら結構です。離して欲しいです!」

「いや、こんなちっちゃい子を転ばして、お詫びも無しじゃ申し訳ないよ」

「この状況を申し訳ないと思って欲しいです」

「それはできないんだ。俺は、止まったら殺される」


 千花が捕まってから、こんな気分になったことはなかった。


ただ走っているだけなのに。


言っていることはすごく情けない少年に手を引かれて、走っているだけなのに。


楽しいって、思うなんて……






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