桜の光
俺の体を空中で受け止めてくれた澪は、そのまま再び地面に着地する。その衝撃に口から血が零れたが、どうにかまだ生きているようである。
「つっくん! お腹に穴開いてる!」
そうなんですお腹に穴が開くくらい重症なんですだから揺らすの止めてくださいお願いします!
俺の祈りが通じたのか、澪は俺の体を校舎に預け、ゆっくりと座らせてくれた。
俺から離れた澪は、いつの間にか戻っていた笹田に向き直り、ゆっくりと刀を構えた。俺が怪我をするとすぐに冷静さを欠いていたが、どうやら戦闘中は冷静でいられるらしい。
「よくもつっくんにこんな事をしたな! お前だけは、絶対に殺してやる」
全然冷静じゃなかった!澪さん、激おこである。
澪は刀を鞘に一度戻すと、柄に手をかけたまま、すっくりと息を吸って腰を落とす。
「桜観斬月流剣術・奥義が三……桜花乱撃!」
澪がそう叫んだ瞬間、周囲を刺すような殺気と共に、無数の斬撃が飛び出していく。おそらく物凄い勢いで、刀で空を切って斬撃を飛ばしているのだが、凡夫の俺には知覚することもできない。まさに奥義というだけの事はある。
「お、おやおや、これは少しまずいですかね」
猛烈な速度で降り注ぐ斬撃を前に、笹田は焦りを隠せない。百花に向かって飛び出していた魔犬の群れを、斬撃の盾とするために呼び戻した。
「九十九クン、どうして来ちゃったですか!」
笹田のところに魔犬が戻ったので、手の空いた百花はこちらに来てくれたようだ。
「こうならないように、麻痺の丸薬まで使ったのに。あれはこんなに早く動けるようにはならないはずなのに」
俺が動けなくなったのは、百花の舌技のせいではなく、薬のせいだったのか。てっきりああいうことするのに慣れているんだと思って、ちょっと心配していたのだ。薬のせいで良かった。
「こんな怪我までして、ホントにバカです」
そう言って俺の手を取った百花は、再びボロボロと泣き始めた。この状態になってしまったのは申し訳ないが、頼むからそんなに泣かないでくれ。これでも俺は、格好つけてお前を助けに来たんだよ。
せめて頭を撫でてやりたかったが、俺は自分の体を動かすことができなかった。
「っく。これは、分が悪いですね。」
魔犬の群れは澪の斬撃に数秒と持たずに霧散し、ついに笹田に斬撃が届く。肩口が、腕が、頬が、次々と傷を負っていった。
「アイスウォール」
笹田の前に、分厚い氷の壁が出現する。それを見た澪は、次の技を繰り出した。
「桜観斬月流剣術・奥義が二……天月牙突!」
刹那、澪の姿が視界から消え、氷の壁が崩壊した。
「ぐああぁ」
魔獣の鳴き声と聞き違えるほどの絶叫が、学校中に木霊する。声の主は、杖を握った腕を吹き飛ばされ、膝を折って蹲っていた。
「死ね」
「ホーリーシールド」
澪の刀が笹田の首を弾き飛ばそうとした瞬間、彼の周囲を白銀の膜が包み込む。そのせいで、澪の刀は弾かれてしまった。
「澪さん、落ち着いてください!」
どうやら寸前のところで十六夜が護りの魔法を使い、止めてくれたようである。殺してしまっては、笹田から情報を収集することはできないし、澪は殺人犯になってしまうところだった。こんな奴のために、澪が犯罪者に堕ちなくて良かったと、本当にそう思った。
「こいつは絶対に殺す。つっくんを殺そうとしたこいつは、絶対に生かしておけない!」
叫びながら、澪は再び刀を振り下ろす。そのたびにシールドに弾かれるが、徐々に護りは砕けていく。
「澪……ストップだ」
「……」
澪は笹田を睨み付けたまま、震える手を止めてくれた。
笹田は腕が吹き飛んだ痛みに、表情を歪ませたまま動けない。魔獣も、全て澪によって霧散した。どうやらこちらが勝ったようだ。
「ホーリーヒール」
十六夜は、最近高位の治療魔法を覚えてくれた。以前俺が魔獣に食いちぎられそうになった時、すぐに治療ができずに歯痒い思いをした。そのせいか、ステ振りも治療系の魔法取得と魔力の上昇に努めているらしい。おかげで、俺は痛い思いを長時間しなくて済むわけである。
「十六夜さん、待つです」
治療を行ってくれている十六夜の手を、百花が止めた。まだ俺の腹からは血が溢れ続けているのに、どうして止めたのか。
「この傷、ただの魔法でつけられたものじゃない。呪術の残滓があります。このままだと、普通の治療魔法では完治しません」
まじで?すでに俺の周辺は俺の出血でまさに血の海になっている。これ、たぶんそろそろ致死量超えるよね?
死んだら、教会で蘇生魔法をかけてもらえれば良いが、死んでる間ってどんな感じだろう?時間が止まったようになるのかな?
呪術のせいで治療魔法が聞かないということは、蘇生魔法も効かないのか?それとも腹に大穴が空いた状態で蘇生させられるのかな?
「このままだと、蘇生魔法も効かないです」
なん…だと。俺はこのまま死ぬのか。実際死んでいてもおかしくない傷だ。かろうじて生きていられるのは、体力ゲージのおかげかな?あれが0にならない限り死なないと聞いた。治療魔法を受けたおかげで、現在の体力は『380』も残っている。一般人以上に体力は残っているはずだ。
「蘇生魔法も効かないんじゃ、九十九さん、本当に死んじゃいますよ!」
「一つだけ、助ける方法があるです」
「本当ですか! じゃあすぐに……」
十六夜が伸ばした手を、百花は振り払って拒絶した。
「ボクは、キミたちの敵です。闇ギルドのメンバーなんです。だから、九十九クンを助ける義務は、ボクにはありません」
そんなことを言いながら、どうしてお前は泣いているんだ。俺たちの敵だと言うのなら、とっとと俺を殺して楽にしてくれよ。このままじゃ、俺もお前も苦しいままだ。俺は、自分が苦しいのも嫌だが、身内が苦しんでいるのも嫌なんだ。
「百花……もう泣くなよ」
どうにか腕を動かして、百花の涙をそっと拭う。指先の感覚なんてとっくに無くなっていたが、俺の指を伝う彼女の涙は熱かった。
「九十九クン……ずるいです。反則です。これじゃあ、見捨てられないです」
百花は立ち上がると、再び桜の木の下に移動した。
いつの間にか姿を現した巨大な満月が、桜と百花を照らし出す。
百花が木の幹を撫でると、月光に照らされた桜が、さらに輝きを増していく。その光はぱっと弾けたように強い光を放つと、百花の手元へと収束されていく。
いつしか百花の手には、小さな月のように輝きを放つ球体が乗っていた。
「くっく。それを和泉さんに使うのですね。ならば、私も文句は言いませんよ。痛い思いはしましたが、大方計画通りです」
いつの間にか再起動していたらしい笹田は、そう言って笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
「それでは、今宵はこのあたりで失礼します。皆さんに、世界樹の祝福があらんことを」
「待て!」
澪がそう叫んだが、その時にはすでに、笹田の姿は消えていた。
「澪さん、今は九十九さんの方が大事です」
「……わかってる」
百花は光の球体を手にしたまま、俺のところに戻ってくる。彼女は俺の横に膝をつくと、その球体を俺の腹の大穴に押し当てた。
暖かい。球体が押し当てられたあたりから、冷え切った俺の体を温めてくれるようだ。全身に熱が回り、腹の痛みが消えていく。
「これでもう大丈夫です」
百花が手を離すと、安堵したようにそう言った。俺もその声を聞いて、緊張の糸が一気に切れる。痛みも無くなったことで、急速な眠気が襲ってきた。このまま眠ってしまいたいが、まだ、やることは残っている。
「百花、今度は俺たちがお前を助ける番だ」
これから百花の話を聞かなければならない。しかし、俺はそう言うのが限界で、そのまま本日二回目の眠りにつくのであった。




