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公園にて


 尽力する、そう思っていたのは、最早2日前の事だ。あれから2日間、俺たちは昼休みと放課後の監視を行っているのだが……


「何も出ないし、誰も来ませんね」


 十六夜の言う通り、この2日間誰も桜の木に近づく者はいない。人が近づかない限り、桜の木にも変化が見られないようで、あれ以来光ることは無かった。


「もう少し監視の時間を伸ばしてみます?」


 どのみち、ただ座っているだけなのだ。時間が多少伸びたところで負担は無い。むしろ、時間外手当がつくので懐的にはとてもありがたい。


「それに今夜はスーパームーンですって。花見も飽きたので、お月見しましょうよ」


 それは最早仕事では無いのでは?まあ、十六夜は待機待機で、一番つまらない思いをしているからな。気分転換を兼ねて、お月見でもしてみるか。そうと決まればということで、俺は監視業務から逃げて買い出しに向かう。二人も着いて来ようとしたのだが、さすがに監視を外すわけにもいかず、二人には残ってもらった。


 飲み物と菓子類、デザート類があれば、十六夜も文句ないだろう。結構な量を買い込んだため、ビニール袋は千切れそうなくらい重くなっていた。


「九十九クン」


学校の近くにある公園に差し掛かったあたりで、背後から急に声を掛けられた。その声は、いつもの元気な様子からは想像できないほど疲れている。背後を振り返ると、泣き腫らしたように赤い目をした百花が立っていた。


「百花、どうしたんだよ」


 こんな弱々しい百花は見たことが無かった。百花はいつだって自分のやりたいことに全力だった。結果失敗することがあったとしても、笑い飛ばしているような奴である。この前桜の木で倒れた時だって、翌日にはケロッとした顔で笑っていた。そんな彼女が、瞼を真っ赤にするまで泣き腫らすなんて、俺には全く想像ができなかった。


「九十九クン、ボクを……ボクたちを……助けてぇ」


 百花は擦れる声でそう言うと、その場に崩れ落ちて泣き出してしまった。



 俺は公園のベンチに百花を座らせると、澪に電話をかけた。どうやらすぐには戻れそうに無い。楽しみにしていた十六夜には申し訳ないが、今夜はお開きにしてもらった。


「少しは落ち着いたか?」

「……はいです」


 袖で目元をゴシゴシと擦りながら、百花は返事をする。涙は止まったようだが、呼吸はまだ荒く、声は震えていた。


 しまった。こういう時にどんな顔したら良いかわからない。笑っちゃいけないことしかわからない!澪や十六夜を撤収させたのは失敗だったかもしれない。こうなったら、流れに身を任せよう。


「話せるか?」


 百花は何も言わず、俺の手に自分の手を重ねる。


「ど、どうした?」

「……」


 何も言わず、彼女はそっと俺を見上げる。あの時のように、熱を孕んだ視線が向けられる。紅く腫れ上がった瞳はそれでも魅力的で、潤んだそれからは視線を反らすことができない。


「ごめん……ごめんです」


 そう言った彼女は、唇を俺の唇に重ねた。


「ん!」


 どうしてこうなった?百花の柔らかい唇が俺の唇にあたって、し、舌が入って来た!絡み合った舌が口の中で動くのが、こんなに気持ち良いとは思わなかった……


 ひとしきり絡み合うと、百花の唇は俺から離れていく。その余韻を楽しむ間も無く、俺は違和感に気付く。


(体が、動かない?)


 声が出ない。全身がふわふわとした脱力感に襲われ、徐々に力が抜けていく。俺の体は、もたれかかる様に百花に倒れ込んだ。彼女はそんな俺の体を、ギュッと抱きしめた。


「今夜で吸血鬼事件は終わり……安心してください」


 百花の声が、震えている。彼女はまた、泣いているのだろうか。


「もしできるなら……ボクを止めて欲しかったです」


 意識が徐々に奪われていく。その中で見た彼女の顔は、やっぱり泣いていた。


「さよならです、九十九クン」


 ぽたぽたと俺の顔に落ちる涙は、果たして暖かかったのか冷たかったのかさえ分からない。ただ、今だけは、彼女を放してはいけない。この手を放すわけにはいかない。そう強く思うほど、俺の体からは力が抜けていく。俺の意識が薄れていく……




「…もさ……九十九さん!」


 目の前で、二つの柔らかそうな膨らみが揺れている。この膨らみは、果たして何と言っただろうか?わかっていたとしても、知らないふりをして触ってみるしかないだろう。俺は躊躇を一切捨て去って、両手でその膨らみに手を伸ばした。


「さすがDカッぶへ」

「どうしてサイズまで知ってるんですか!」


 顔面に突き刺さる強力な正拳によって、俺の意識は完全に覚醒した。


「何かすごく素敵な物に触ったような気がするが……記憶が混乱してる」

「……明らかにわかってて触りましたよね。それに、どうしてアタシのサイズを知ってるんですか」


 胸を両腕で包み隠すようにしながら、十六夜が言った。クラクラする頭を押さえながら、俺は周囲を見やる。ここは学校近所の公園で、俺はどうやら十六夜に膝枕をされながら、ベンチの上に寝ていたらしい。


「「どうしてこんなところに?」」


 なぜか十六夜と声が被った。お互いにきょとんとした顔で見つめ合っていると、突然背後から衝撃が襲い掛かる。


「つっくんつっくんつっく~ん! 良かった目が覚めたんだね嬉しいよ~」

「いだだだだだ」


 スイッチの切り替わった澪が、渾身の力で俺を背後から抱きしめてくる。それはもう、俺の体がギシギシと悲鳴を上げるほど。


「澪さん、止めを刺すのは話を聞いた後にして下さい」


 そこはしっかり助けてくれよ。背骨折れたら、すぐに治療してもらうからな。


「う~んつっくんが生きてるよ~良かったよ~」


 そう言って俺の背中に頬ずりを始めた澪の手の力が、一瞬緩まった。それを見逃さず、俺はするりと澪の手から抜け出す。


「それでは、しっかりと説明してもらいましょう。どうしてこんなところで倒れていたんですか?」


 そうだ、俺は倒れたんだ。百花と話をしていて、肝心なことは何も聞けないまま俺は……


「百花とキスしたら、急に体に力が入らなくなって……」


 そう言った刹那、空気が一瞬で凍り付いた。それは巨大な魔犬や大蛇の魔獣と対峙した時のような、死の危機を感じ取った時のような圧迫感。そしてそれは、俺の前後から発せられていた。


「アタシたちを先に帰して、浅間センパイとキスをしてたんですか?」


 ボキボキと手を鳴らしながら引きつった笑みを浮かべる十六夜。


「私だって、つっくんにちゅーしたことないのに!」


 かちゃりと抜刀した刀を俺の首筋に当てる澪。


 これは、下手な事を言えば間違えなく命は無い。いや、何をどう言っても俺の命は無いのではないだろうか。


「違うんだ! 今は、緊急事態なんだ!」

「ほほう。では聞かせてもらいましょうか。浅間センパイとキスするほどの緊急事態とは、いったいどんなことでしょう?」


 どうしてキミは笑いながらそんな怖い声が出せるの?俺は今から、こいつを説得しなければならないのか。緊急かどうかどころか、今一理由のわからない話で。


「ちなみに、大して緊急じゃなかったらどうします?」

「九十九さんを殺して、三つ隣の教会まで運びます」

「……」


 キスってそこまで重罪ですか?完全に死刑宣告なんですけど?


 俺は恐る恐る、先ほどの出来事を話し始める。二人は黙って聞いていてくれたが、これは無罪放免ということで大丈夫でしょうか?話が終わると、十六夜が重々しく話始める。


「それで、浅間センパイの舌が……その、九十九さんの舌と……」


 あ、違う。これ、恥ずかしがってるんだ。


「そうそう。べろちゅーしたら急に体の力が入らなくなって……」

「べろちゅーとか言わないでください!」


 そして俺は、本日二回目の鉄拳制裁を顔面に食らうことになるのだった。







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