桜の木は薄っすらと輝く
昨夜の魔獣討伐の影響は、色濃く学校に現れていた。澪と十六夜に引きずられるように校門を通った俺は、校舎裏に生徒たちが続々と向かって行くのを目にした。
「みんな、アレを見に行ったのかな?」
「うぅ、おそらくそうだと思います。日中であればハロージョブで対応してくれたでしょうが、昨夜は営業時間外でしたからね」
ハロージョブでは、表の世界に転職やワーカーのことが知れ渡らないように、情報を隠蔽するための組織があるらしい。しかし、昨夜は完全に業務時間外であったため、笠間神父が作り出したクレーターを隠蔽することができなかった。朝8時半を過ぎれば対応が可能になるらしいが、これだけ目撃者が出た後では、クレーターを急に隠蔽してしまうとまた大騒ぎになってしまう。そのため、このクレーターは学校が修繕するしかないそうだ。
その代り、メディアへの露出については24時間体制で諜報員が監視しているため、どれだけ大事になっても報道されることは無いらしい。
まぁ、一部の情報収集家にとっては意味が無いようだが……
「九十九クン、遅いです! ボクも情報収集したいです。行かせてほしいです」
百花は、玄関前で俺たちが登校してくるのをずっと待っていたらしい。昨日の約束があったため、取材に行きたいのに律儀に俺が来るのを待っていたらしい。
魔獣も無事に討伐できたことだし、桜の木の下に行っても危険はないだろう。だけど、このまますんなり行かせるのももったいない。
「さすが校内一の情報通だな。自分の恥ずかしい写真よりもスクープを優先するとは」
「う、だからここで九十九クンを待ってたです! 許可して欲しいです!」
「ふっへっへ、どうしようかな……うげ!」
ポケットからスマホを取り出そうとした瞬間、両腕に鈍い痛みが走る。
先ほどまでは掴んでいなかったのに、澪と十六夜の腕が俺の両腕に絡みついていた。それはもう、とんでもない力で。
「浅間センパイ、気にせず行ってください」
「九十九のスマホは、私が責任を持って破壊する」
「いいんです? ありがとうです皆さん!」
やめてよね、ちょっとからかおうと思っただけなんだからね。
「二人とも、そろそろ指先がおかしな色してきたんだけど……」
「人の顔色を窺って生きるなと、じいさまから言われていますので」
「指の色は窺って!」
そんな恐ろしい教えを授かった十六夜とは玄関先で別れ、俺と澪は教室に向かった。
教室の中には、ほとんど生徒がいなかった。ホームルームまでまだ時間があると言っても、人数が少ない。どうやらみんなもクレーターを見に行ったのだろう。
「よ~す、九十九。見たかよ、あの大穴~」
しばらくすると、他の生徒数人と共に、いかにもダルそうな様子で祐樹がやって来た。いつもウザいくらいに元気な祐樹が大人しいと、こちらも力が抜けてくる。それに、祐樹だけではない。先ほどから入ってくるクラスメイトは、ほとんどが祐樹のように疲れた顔で教室に入って来る。
不審には思ったが、魔獣を倒した以上、この学校に脅威は無いはずだ。おそらく俺の思い違いだろう。
そう思っていた矢先、俺のスマホが鳴り始める。画面には、『ハロージョブ半田支所』と表示されている。営業時間前に電話をかけてくるとは、急ぎの要件だろう。
クレーターの件でお説教されなければいいな。そう思いながら通話に出ると、声の主はお馴染みの所長さんだった。
『朝から申し訳ありません。現在、和泉さんたちの学校で大規模な魔力反応を確認しております。どこか異常はありませんか?』
異常があるとすれば、思い当たるところは一つしかない。俺は澪の方を向くと、彼女は軽くうなずいた。
「今から確認に向かいます。また折り返しますから」
『了解しました。お気をつけて』
俺と澪は大急ぎで教室を飛び出すと、真っ直ぐに校舎裏へと向かう。そこで、異常な状態を目にすることとなった。
巨大なクレーターから免れた桜の大樹は、薄っすらと光を放ちながら枝を揺らしていた。そして、その下に倒れ込んでいる女子生徒が一人。百花だった。
俺たちは慌てて百花に駆け寄ると、彼女はどうにか意識を保っているようだった。
「ううぅ。気持ち、悪いです」
「澪、俺は百花を保健室に連れて行くから、お前は所長さんに連絡してくれ」
「わかった」
俺は百花を抱き抱えて、保健室へと駆けだそうとする。その足を、恰幅の良い初老の男性に止められる。
「ここで何をしている」
確か、この人はこの学校の校長だ。急いでいるというのに、面倒な奴に見つかった。ここはとっとと通してもらおう。
「すいません、校長先生。廊下を歩いていたら、この子が外で倒れるのを見つけて。友だちと二人で慌てて助けに来たんです。今から保健室へ行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「な、なんだと。それは大変だ。すぐに連れて行ってあげなさい。友だちというのは、どうしたのかね? その子も調子が?」
なんだかすぐに信じてくれた。本当にこの人は悪い奴なのか?
「友だちは、この子の荷物が落ちてないか確認してくれています」
「そうか。すまないがその子を頼む」
「了解です。それでは」
俺は校長に軽く頭を下げると、今度こそ保健室へと向かった。
保健室に着いたが、先生はいなかった。仕方がないので、そのまま百花をベッドに寝かせる。
「百花、大丈夫か?」
「九十九クン。ありがとうです」
「何があったか覚えてるか?」
百花がクレーターの写真を撮っていたら、生徒たちが次々と体調不良を訴えて教室に戻って行ったらしい。そのおかげで誰も映り込まずにクレーターの写真が撮れると思った百花は、自分の体調まで悪くなっていたことにも気づかずに、撮影に熱中していた。
「それで、気持ち悪くて動けなくなったです」
「気持ち悪くなったくらいで済んで良かったよ」
春休みに死にかけた俺としては、この程度で済んで本当に良かったと思う。
俺はそっと百花の手を取って、彼女の無事を実感した。百花の手は、ほんのりと暖かかった。
「ちょ、ちょちょちょっと。これは大袈裟です!」
「ハグの方が良かった?」
俺の冗談に百花がふっと笑うと、俺もやっと人心地がつけた。
「先生に言っとくから、百花は少し休んでろよ」
それだけ言い残して、俺は教室に戻った。
教室に戻ると、すでに澪は戻って来ていた。他のクラスメイトもほぼ席に着いているようだが、祐樹のように気だるそうにしている生徒が多いようだ。百花が、他の人は体調が悪くなって教室に戻って行ったと言っていたから、調子が悪そうな生徒は、クレーターを見に行った者だろう。百花程では無いが、あの桜の影響を受けたようだ。
考え込みながら教室の様子を眺めていると、澪が制服の裾を引っ張った。
「所長には、見た儘を報告した。すぐに調査員が来るって」
今まではこれほど迅速な対応は無かった。それほど、今回の魔力反応が異常だったのだろう。
「昼休みと放課後の調査は、継続して欲しいって」
今までは、桜の木に生徒が近づいても体調を崩すことは無かった。魔獣を討伐したから、状況が変わってしまったというのだろうか?
さっぱりわからん。とりあえず調査員の人たちの報告を待つ以外、俺にできることはなさそうだ。
そう思っていたのだが、放課後になってもハロージョブからの連絡は無かった。昼休みに屋上から監視を行っていた際には、桜の木の下に向かう人物は誰もいなかったのだが、本当に調査員が派遣されているのかな?
「誰か来た」
鳴らないスマホの画面を眺めていると、澪から声がかかった。俺と十六夜も姿勢を低くしながら下をのぞき込むと、その人物はどうやら桜の木に向かっているらしい。
「転職した状態で待機しよう。何かあれば俺と澪で飛び込むから、十六夜は所長に連絡して、上で待機」
監視する時は、高校生から転職しているので一般人からは認識されにくい。例え屋上から飛び降りたとしても、大きな音さえ立てなければ、一般人には気づかれないはずだ。
ここ最近、校舎裏でばかり遭遇しているのだが、果たしてあの人は一般人なのだろうか?




