月下の桜、時々拳の雨
夜も10時を過ぎると、学校は静寂に包まれている。施錠された正門を飛び越えると、澪と十六夜、そして笠間神父の姿が見えた。
笠間神父は、呪術で生まれた魔獣がどういうものか確認するために、所長さんが同行を依頼したそうだ。職業変更をしているから一般人からは認識されにくいが、未成年だけの夜間外出は世間体も良くないので、同行を了承してくれた。桜山先生にも同様の打診があったらしいが、澪が全力で阻止したらしい。
そりゃそうだ。これから澪は、十六夜にガチ告白をするのだから。
「はっはっは。まさか孫娘が愛の告白をされるところをこの目で見れるとはな。長生きはするものだ」
などと、今日のイベントを一番楽しみにしているのも笠間神父である。
「じいさま。これはあくまで魔獣をおびき寄せる作戦だからね。アタシは、そういう趣味はないからね?」
「うむ。ワシとしても後継者が生まれなくては困るからな。それはそれ、これはこれということで楽しませてもらおう」
ちなみに、ビデオカメラを持参しようとしたらしいのだが、十六夜に涙ながらに止められたそうだ。俺がスマホ持ってるから、安心してください。
「そろそろ行きましょう。誰かに見られると厄介ですから」
そう促して、みんなで桜の木まで移動する。今日は半月であるが、桜の木は月の光に照らし出され、美しくそびえていた。
「月夜の告白とは、随分ロマンチックなシチュエーションだな。ワシも、ここまで洒落たことはできなかったぞ」
ノリノリなのは良いですが、お宅のお孫さん、なぜか目が死んでますけど大丈夫ですか?
「笠間神父。俺たちは戦闘準備をしておきましょう。いつ魔獣が出ても、十六夜が暴れ出しても良いように」
「ふふ。ワシも久しぶりに、拳闘士に転職するか」
以前笠間神父の筋力は、1000を超えていると聞いたことがある。先生もそうだが、このクラスになると拳圧だけで壁を破壊することも容易いらしい。容易いって、本気出されたら校舎も全壊するんじゃないの?
よくよく考えたら、笠間神父がいれば俺、戦わなくていいんじゃね?
「笠間神父。撮影は俺に任せて、魔獣をお願いします」
「相分かった! 後でデータはしっかり送ってくれよ!」
楽しんでいる俺たちを、十六夜は随分と恨めしそうな目で見つめている。最近はこいつらにからかわれてばかりだったので、たまには良いだろう。
「はい、それでは役者さんたち、立ち位置大丈夫ですか?」
「ぐぬぬ、後で覚えておいてくださいね」
「大丈夫。忘れないようにしっかり録画するから」
俺は二人から少し距離をとると、スマホのカメラを起動させる。月明りだけでは若干光量が足りないので、ライトを点灯させれば準備は完了だ!
「笠間神父はスタンバイオーケーですか?」
「いつでもいいぞ!」
「じゃ、澪。よろしくな」
月明りに照らされて、桜の木の下で二人の少女はゆっくりと手を取り合う。しばらく見つめ合っていたが、澪は十六夜をしっかりと見つめて言葉を紡ぐ。
「好き。大好き」
「あ、アタシも、澪さんのこと……好き、です」
心の通じ合った二人は、どちらかともなく近づき、お互いを優しく抱きしめる。
「……」
「……何も出んな」
笠間神父は桜の木を見つめて、臨戦態勢をとっている。俺もちらりと視線を向けるが、桜の木に大蛇は現れない。
「これ、女子同士じゃダメなんじゃないですか?」
「九十九、十六夜と交代して」
二人は抱き合ったまま、こちらを向いてそう言った。
今は同性愛だって寛容な世の中なのに、大蛇にはお気に召さなかったらしい。それとも、二人の恥じらいが足りなかったのだろうか?俺と百花が相対した時は、お互いにお互いを意識しすぎて告白らしい告白はしていないが、大蛇は現れた。
「二人とも、恥じらいが足りないんじゃない?」
「祖父に見られながら告白される以上の羞恥は、そうそうないと思いますが?」
う~ん、ここは二人に新たな世界に目覚めていただくしかないのだろうか。
「相手のことを、自分の好きな人と置き換えてやってみれば?」
「だったら最初から九十九さんがやってください!」
「九十九がやればいい」
ありゃ、あんまり俺がうるさく言うから怒っちゃったよ。
「俺が代わっても大差ないだろ?」
「和泉君、キミはもう少し、乙女心の勉強をしよう」
そう言って俺の肩を叩く笠間神父は、心底俺を心配しているようだ。
「じゃ、じゃあ、一回俺が代わってみる?」
「二回です!」
「平等に!」
パーティー三人とも、平等に二回ずつ羞恥プレイを体験しろと言うのだろうか?俺は日中に一度羞恥プレイをさせられたんですけど……
そしてこの後、澪と十六夜によるじゃんけん大会が幕を開けることになる。
「「じゃんけんぽん……あいこでしょ……」」
十回勝負という長期戦を接戦で制したのは、澪だった。しかし、澪はせっかく勝ったというのに告白をされる役をやりたいという。それだったら、最初からじゃんけんなんてしないで済んだのでは?
俺は昼間のように桜の木に背を向けると、澪と向き合う。百花の時も思ったが、いざ告白をしようと思って女性に向き合うと、心臓が爆発しそうなくらい緊張する。
澪も表情の変化はないが、頬は真っ赤に染まり、呼吸は少し熱を帯びているような気がする。
「緊張してるの、つっくん?」
上目遣いでそう尋ねてくる澪は、まさに反則だった。俺は澪を見つめたまま、何もできずに硬直している。
「そこまでです! 出ましたよ!」
突然響いた十六夜の言葉に、はっと我を取り戻す。危うく澪に惚れてしまうところだった。
「ホーリーシールド」
十六夜が発動した魔法によって、俺と澪は包み込まれる。それとほぼ同時に、シールドに何かがぶつかる音がした。
「きしゃあぁぁ」
不気味なくらいに大口を開けた蛇の魔獣。それはシールドに牙を突き立てて、必死にそれをかみ砕こうとしている。
「一番槍はワシがもらうぞ」
笠間神父がそう言った直後、大蛇の腹部が地面に叩きつけられてはじけ飛ぶ。しかし、はじけた部分が黒く靄がかかった直後、その体は元に戻っていた。
「なるほど。これが回復能力か」
この状況を楽しむように、笠間神父は笑った。
「これはちょっとやばいですね」
そう言って、シールドの中に逃げ込んでくる十六夜。果たして何がやばいのだろう。
「じいさまが本気になると、周囲がクレーターの山になります」
クレーターが大量にできたら、山じゃなくて谷だろうというツッコみを必死で飲み込む。なぜなら、すでに周囲には複数のクレーターが出来上がっていた。
大蛇は臆する事無く笠間神父に食らいつこうとするが、そのたびに頭部は地面に叩きつけられて霧散する。
「ぎやぁぁぁ」
悲痛な叫び声をあげるが、笠間神父の攻撃は緩まない。頭部、腹部が次々はじけ飛び、復活を繰り返す。しかし、その回復速度は徐々に低下していく。
「ほれほれ、どんどんいくぞ!」
桜の木に巻き付いていた部分も力任せに引き抜き、拳の雨を降らせていく。
「ぎやぁぁぁ」
黒い霧の回復も拳の雨には耐えきれなかったようで、大蛇は絶叫と共に消失していった。
「ふぅ。なかなか骨が折れたな」
額の汗を拭いながら満足そうに笑う笠間神父の後ろには、大量のクレーターが出来上がっている。これは、今夜中に修復することは不可能だろう。校舎や桜の木に傷がつかなかったことだけが、せめてもの救いである。
俺たち、恥ずかしい思いをしただけで全く役に立たなかったな。
「では九十九さん。今度はアタシの番です!」
「何が?」
「告白ですよ。澪さんだけずるいです!」
いやいや。だってもう魔獣倒したじゃん。これ以上の羞恥は必要ないよ。
「これ以上大蛇が出ないかどうかちゃんと確認しないと、仕事が終わったとは言えませんよ」
一理ある。が、また俺がやるのかよ。正直しんどい。精神的に。
「わかった。それじゃあ今度は、十六夜が俺に告白してくれよ」
「ふぇ! そ、そそそ、それはハードル高いですよ」
そんなハードルを飛ばせようとしたのはこいつらだ。拒否権は認めない。
「じゃ、俺はここで立ってるから」
「うぅ。わ、わかりました」
そう言って、十六夜は俺の前に立つ。
潤んだ瞳で俺を見上げる彼女の顔は、すでに真っ赤である。
胸の前で手を握って、必死に言葉を紡ごうとしている少女の姿は、とても愛らしい。
「つ、九十九さんは、アタシのことが必要だって言ってくれました。それが、すごく嬉しくて……アタシは、あの時からあなたのことが、だ、大好き、です」
そう告げた彼女は、すがるような瞳で俺のことを見つめ、返事を待っている。
だから俺は、彼女の勇気に応えるようにこう告げた。
「はい、カットー」
「ちょ、ちょっとー! なんで今話の内容ぶった切ったんですか!」
「はっはっはっは。しっかり動画に残したぞ。安心しなさい」
「全然安心できないよぉ!」
どうやらもう、魔獣は現れ無いようだ。ポコポコと俺の胸を叩く十六夜の頭を撫でながら安堵する。
もう、こんな恥ずかしい思いをしなくてもいいんだな、と。




