桜の木の大蛇
「九十九クン、お昼休みもお楽しみでしたね」
放課後に俺を迎えにきた百花は、お決まりのセリフを告げる。これはもう、挨拶の定型文みたいな感じになったね。
「昼休みは、一人でご飯食べてたんだけど?」
「残念でした。澪さんに膝枕されながらお昼寝してたのを確認済みです」
「見てたの!」
お昼休みはちゃんと仕事してたもんね。お昼寝なんて、10分くらいしかしてないもんね。
「それじゃあ行くです」
「そういや、百花とデートは初めてだな」
「……改めて言っとくですけど、デートじゃないですからね?」
少し顔を赤らめる百花は、そう言って俺に背を向けると歩き出した。
「そう言えば、何するか全く聞いてなかったな」
そうだ。冗談ばっか言って、本題を何も聞いていなかった。俺はこのまま何をさせられるのか?いくら何でも無警戒が過ぎた。
「ちょっと、ボクに告白して欲しいんです」
「愛してる!」
「ちょ、い、今じゃないです。なな、なんでいきなり告ったです!」
動揺して慌てふためく様がすごく可愛かった。今回は不意がつけたようだ。だが、今じゃなきゃどこで告白しろと言うのか?シチュエーションが大事とか?
「校舎裏の桜の木の下です」
そこは今、女子が告白されたくない場所ナンバーワンなんじゃねえの?俺としては、百花を危険な目には合わせたくないんだけど。
「なんでそんなとこで告白されたいの?」
「吸血鬼事件のおとり捜査です」
「なんでそんな危ないこと……」
「学校は何の対応もしないで、被害者が増えてるです。情報部として、生徒さんに安心してもらえる情報を伝えたいのに、どれだけ調査をしても、今以上の情報は得られないです。だったら、もうおとり捜査しかないのです」
できれば百花には、この件に深く関わって欲しくない。何より、俺も直接的に関わりたくないのだから。呪術がかけられている可能性がある以上、下手に手を出さない方が良いに決まっている。
しかし俺が断れば、百花は別の男子を連れてここに来るかもしれない。それなら、俺が近くにいた方がいくらか百花は安全かもしれない。
「危ないことがあったら、すぐ逃げるぞ?」
「ボクのことも連れて行ってくれるです?」
「俺の特技は逃げ回ることだからな。百花と一緒にどこへでも逃げてやるよ」
「それ……信じてもいいんですか?」
なんでこのタイミングで、そんなに辛そうな顔をするんだ?ここは笑ってツッコむところだろ?
「大丈夫だよ。逃げるのは得意だからな」
そう言って頭を撫でた俺を、百花は嬉しそうに見上げていた。
「ここです」
桜の木は、花びらを散らしながら立っている。聞いた話によると、樹齢80年程の桜だそうで、立派な佇まいである。
「それで、桜の下にはどっちが立つんだ?」
「う~ん……そういう決まりは無いようです」
シチュエーション的には、呼び出した方が、桜に背を向けて相手を待っているものだろう。桜の木に何かあるのなら、俺が木に近いところにいた方が良いだろう。
「とりあえずこっちに俺が立つから」
「いいんです?」
「何かあったら、こっち向きの方が駆け抜けやすい!」
それから、職業は変更しておいた方が良いだろう。もう放課後だし、話しかければ俺を認識できるはずだから、百花がよそ見している間に変更して声を掛けよう。
「あ、あそこに吸血鬼が!」
「なんですと!」
百花の背後を指差すと、彼女はくるりと回ってカメラを構える。その隙に、俺はウィンドウを開いて『高校生』から『魔拳士』へと職業を変更する。
「ごめん、百花。見間違い」
「なんなんです! こっちはすごく緊張してるのに……って、九十九クン、ですよね?」
「え? そうだけど? かっこよく見える?」
「……いつも通り、胡散臭いです」
いつも通りって、俺のこと、普段は胡散臭く思ってるってことかよ。
「まあいいよ。早く始めよ」
「はい。では、よろしくお願いするです」
で、どっちが告白するの?冗談で言うのは簡単なのだが、改めて告白するとなると勇気がいる。
「も、百花が告白してよ」
「え、そ、それは、九十九クンから、して、欲しいです」
マジかよ。百花は首まで真っ赤になってもじもじし始めた。俺も顔が赤くなっている自覚がある。耳がめっちゃ熱い。
ここは一度落ち着いて、軽い感じでいけば良いはずだ。だって本気で告白するわけじゃないんだから。それなのに、百花の奴、キス待ち顔でこちらを向いている。なになに?告白すっ飛ばしてキスしろってことなの?こういう経験が無いので作法が全く分からない。
「な!」
完全にテンパっていたタイミングで、背後から異様な雰囲気を感じ取って振り返ると、背後には木の枝に巻き付いた黒い蛇のようなものがこちらを睨んでいた。
枝という枝に全身を絡めている蛇は、どれほどの大きさかもわからない。蛇はちょろちょろと舌を出した後、首を一瞬引っ込めると、大きな口を開けて百花に向かって飛びかかる。
「百花、ごめん!」
「きゃ! ハグはまだ早いです。告白してからです!」
俺は百花を抱きかかえると、全力でその場を離脱した。
蛇は全身を地に這わせてこちらを追ってくる。しかし、速度は俺の方が圧倒的に早く、徐々に距離を放すことができた。
「澪! 頼んだ!」
俺が叫ぶと、澪は屋上から躊躇い無く飛び降り、蛇の体に向かって刀を突き刺す。
「きしゃあぁぁ」
蛇は悲鳴を上げて体をよじっているが、刀が突き刺さったままなので思ったように動け無いようだ。俺はそれを見て、一気に速度を上げる。
「瞬動」
瞬動で一瞬のうちに距離を開けると、すでに蛇も澪も見えなくなっていた。俺は一安心して、百花を下ろした。
「大丈夫か、百花」
「へ、え、えっと……何がどうなったです?」
「桜の木に大きな蛇がいたんだよ。それがお前に噛みつきそうだったから、ここまで逃げてきた」
「あ、あそこから? ここ、結構距離があると思うですけど?」
うん。転職した俺の全力疾走だからね。おそらく校舎の外周を半周ぐらいしたよ。
「どこか痛いところは?」
「ない、です。でも、何が何やら、説明されても全然わからないです」
まあそうだよね。でも、ここで時間をとられるわけにはいかない。澪はともかく十六夜は屋上からダイブなんてステータス的に無理。今はあの蛇を相手にしているのは澪だけのはずだ。早く救援に行かないと。
「百花、とりあえず教室で待っててくれ。俺は、さっきの蛇がまだいるかどうか見てくるから」
「嫌です。ボクも一緒に……」
「悪いけど、今日は我慢してくれ」
「……わかったです。その代り、何があったか教室でちゃんと教えて欲しいです」
百花を残して、俺は先ほど澪が飛び降りてきた場所まで駆け戻る。
先ほどの場所には、すでに鞘に刀を収めた澪の姿しか無かった。
「あの蛇は?」
「消えた」
「倒せたの?」
「いくら切っても、切ったところが霧になって、すぐ元に戻った。しばらくしたら、黒い霧みたいになって消えた」
切ってもすぐに戻るというところは、あの時の魔犬と同じようだ。ならば、呪術で生み出された魔獣である可能性が高い。
「貴様ら、そこで何をしている!」
背後から聞こえた声に、びくりとしながら振り返る。そこには、恰幅の良い初老の男性が立っていた。どこかで見たことがあるが、今一思い出せない。
「うちの制服を着ているようだが、ここの生徒ではないな」
制服を着ていても、職業が違うと校内からつまみ出されるって言われてたっけ。しかし、この状態で『高校生』に職業を戻したら正しく生徒と認識されるのか?
それに、スーツを着ているのだから、この男性はうちの教師だろう。下手に認識されて、呼び出しでもされたら大変だ。ならば、ここでとる行動は一つしかあるまい。
「逃げるぞ」
「わかった」
俺たちは全力で駆け出し、一目散に逃げるのであった。
「あの人、校長先生」
「え?」
道理で見たことがあると思ったが、あの人がこの学校の校長先生だったのか。呪術が用いられた可能性がある蛇の魔獣と、そこにやってきた校長先生。これはきな臭くなってきた、というやつか。
一応走って追ってきているようだが、恰幅の良い老人に捕まるわけもない。俺たちは校舎の角を一つ曲がり、彼の姿が完全に見えなくなると、職業を高校生に戻すように澪に伝える。
「澪、このまま普通の生徒として校長が来る方に歩いて行こう」
「わかった」
俺たちはゆっくりと歩き出すと、しばらくして息を切らせた校長がやってきた。
「こ、校長先生。そんなに息を切らせてどうしたんですか?」
「はぁ、はぁ……ここの生徒だな。キミたち、こっちに不審者が走って来なかったか?」
「不審者ですか? こっちには誰も来なかったですけど。なぁ」
「うん。誰も、来ませんでした」
「そ、そうか。まだここら辺に不審者がいるかもしれない。キミたち、十分気をつけなさい」
「はい。ありがとうございます」
なんだか、思ったよりもちゃんとした先生のようだ。百花がいうように、悪い噂があるようには見えないのだが……
校長については、第三者にしっかりと調べてもらった方が確実だろう。
「澪、十六夜と一緒に、さっきのことを所長さんに伝えてきてくれ」
「やだ」
「なんで?」
「九十九と百花の、監視ができない」
お前ら、屋上でなんの監視をしてたんだよ。




