幸せは自分の手で掴まなければいけませんでした
昨日のことを考えると、学校に行くのがすごく、すごく嫌だ。春休み中に死ぬ思いをしてまで高校に戻ってきたというのに、どうして授業が始まる前に、このような気持ちにならなければいけないのか。
「九十九クン九十九クン。昨日はお楽しみだったようですね!」
朝から百花に絡まれる。やめて、何一つお楽しんでいないから。すでにクラスメイトがひそひそ話始めてるから。
「ちなみに、その時の動画がこちらです」
百花がスマホをこちらに向けると、画面には両手を広げた十六夜の姿が映っている。
『じいさまひどいです! 愛し合う二人を引き離そうとするなんて!』
なんて物を再生してくれてるの!こんなのどうあっても消してもらわなければなるまい。
俺は慌てて百花のスマホを取り上げようと、前のめりになりながら立ち上がる。それを躱すために百花が体を翻すと、俺は百花の腕を掴んで床に倒れてしまう。
「いったたた。なんで引っ張ったんです!」
「いや、こういうのは一緒に倒れ込んでラッキースケベが鉄板かと」
しかし残念ながら、俺が仰向けになって床に倒れ、その上に覆いかぶさるようにして乗っているのが百花である。女神様はスケベには厳しいのだ。
「ラッキーは自分の力でつかみ取る物です」
「なるほど」
百花の提案に、俺は言われるままに胸を鷲掴むことにした。
「なんで胸を揉むんです!」
顔を真っ赤に染めながら言う百花を見て、完全にやらかしたことに気が付いた。だって自分で掴めって言ったから。
「百花、さすがはCカップだね」
「……」
百花は真っ赤な顔のまま、無言でスマホの操作を行っている。
「拡散したです」
そう言って再び見せられた画面には、『半田高校報道部ネット』と表示されていた。確かこのサイトは、全校生徒が自由にニュースや活動報告が投稿できる。ここに、百花は何を表示したというのだろう。
「も、百花。今何投稿したの?」
「十六夜さんの動画です」
うわぁ。これ全校生徒の半数以上、およそ300人近くが使用しているっていうのに、何してくれてんの。
「…すです」
「な、なに?」
「いい加減手を放すです!」
言われるまで、百花の胸を掴んだままだということを忘れていた!
「九十九、お前ってやつは~」
騒ぎ立てるように教室へやってくる祐樹。そして、スマホで写メを撮り始めるクラスメイト達。
なぜだ。どうしてこうなった。
どうにか周りは落ち着いたが……
「百花、いい加減機嫌治して。そして動画を削除して」
「乙女の胸を鷲掴みにしたんです。そうそう許されることではないです」
百花は頬を膨らませて怒ったまま、ちっとも目を合わせてもくれない。
「十六夜ちゃんを誑かしただけでは飽き足らず、ももちゃんの胸を揉むなんて~!」
祐樹は祐樹で怒りを顕わにしている。
「百花の胸は事故だし、十六夜のことは、あいつの悪ふざけだよ」
「ボクの胸は事故じゃないです。故意に揉みました」
「はいそうですすいません。自分で掴み取っちゃいましたごめんなさい」
春休みにこんなことしてたら、十六夜に殺されていたかもしれないな。
「九十九、お前十六夜ちゃんとはどんな関係なんだよ~」
「そうです。しっかりくっきり真実を教えていただかないと、胸の件もネットに流すです」
どういう関係か……
「ただのバイト仲間だよ」
「うそだ」
「うそです」
なんで信じてくれないの?即否定されると、俺泣いちゃうけど。
「あいつは俺のことが嫌いなの。だからあんな嫌がらせしたんだろ?」
「はぁ。どうやら揉まれ損です」
「……これなら俺にもチャンスがある~」
なぜか可哀想な物を見るような視線を向けてくる百花と、小さく拳を握る祐樹。よくわからんが、納得したなら良しとしよう。
「お~っす、席着け~。ホームルームやるぞ~」
なんとも気だるげに教室へやってきたのは、担任教師の石川五郎。今年度異動してきた社会科教師だ。
石川先生が教壇につくと、生徒たちはわらわらと自分たちの席へと戻って行った。
「あとでとっちめてやるです」
そんな不穏なことを言い残して、百花も自分の席に戻って行く。どうやら転職してから、俺は女子から命を狙われるという呪いをかけられているようだ。実は『女運×』とかいう隠しステータスとかないよね?
「あ~、とりあえずだ。今日はあれだ、転校生がいるんだ」
石川先生の言葉に、教室中がざわつき始める。そう言えば、物凄い美少女だと百花が言っていたな。
「お~っし、入ってこ~い」
がらりと入り口を開けて入ってきた少女を見て、クラスの男子が歓声を上げる。しなやかな艶がある黒髪を靡かせながら一定のリズムで歩いた少女は、石川先生の横で立ち止まり、軽く一礼する。
「それじゃ、あいさつ」
「桜山澪、です。よろしくお願いします」
俺はすでに机の下に隠れているよ?もちろん、澪が教室に入ってきた瞬間にね。だって、なんで転校して来てんの?お前が通ってたの県内一の進学校だったじゃん。こんな中の中くらいの学校に来る意味が分からないんだけど!
何か予想と違ったのか、澪は教室内を見回した後、明らかにがっかりとした表情をする。おそらく、設備が前の学校より悪かったとか、そんなところだろう。
「おい九十九~。あの子、どっかで見たことないか~?」
そりゃそうだ。お前、2年前までそいつと同じ学校に通ってただろう?なんで9年も一緒の学校にいたのに覚えてないんだよ。
「それじゃあ桜山の席は……あ?なんで席が二つも余ってるんだ?」
いえいえ先生。きっと余っている席は一つです。ここの席には俺がいますよ。
「まあいいか。桜山、右か左、好きな方選んでいいぞ」
「……はい」
ちなみに、昨日の席決めの時に、俺は窓際から二列目の最後尾というなかなか良い位置についている。その右隣に祐樹がいて……左には誰もいなかった気がする。
俺は恐る恐る左側をのぞき込むと、その席には誰も座っていない。つまり、そういうことか?
「先生、私、この席にします」
そんな声が、俺の背後から聞こえる。その距離わずか数センチ。俺は観念して、机の下から頭を出した。
「九十九、見つけた」
そう言って俺に抱き着いた澪を見て、教室中の男子生徒が悲鳴を上げている。
「桜山~、それは抱き枕か?」
「そうです」
「明日からは持ってくるなよ~」
「そんなわけないでしょ先生! あなたの可愛い教え子です。抱き枕じゃありません! 助けてください」
「……」
「せ、先生?」
「会話機能は切っておけよ~」
「はい」
そしてホームルームは終了するのであった。
ホームルーム直後、クラスメイトたちがわらわらと俺の席にやってくる。
「桜山さん、その抱き枕、素敵ですね」
「ありがとう」
男子生徒が中心で会話をしているのだが……なに自然に俺を抱き枕扱いしてくれてんの?
「でも、その抱き枕があったら座れないでしょ? オレが代わりに持っててあげるよ」
俺に不敵な笑みを向けながら男子生徒が言う。持っているというか、八つ裂きにでもするつもりだろう。
「座らなくても大丈夫。こうしてれば、一日立ってられる」
「そ、そうなんだ。すごいね」
そう言ってすごすごと引き下がっていく男子生徒。せめて俺を解放するまでは粘って欲しかった。
「み、澪さんや。そろそろ冗談は止して、席に座ってください」
「ダメ。九十九と違うクラスだと思って悲しかった。この悲しみが癒えるまでは放さない」
なんで俺が傷つけたみたいになってんの?十六夜といい、澪といい、どうして俺をおもちゃにして遊びたがるの?
そんなことをしていると、始業のチャイムが鳴り出してしまう。このままでは、マジでこの体勢で授業を受けさせられる。どうにかこいつを引き離す方法は……
「あ~、抱き枕のままだと澪と一緒にお昼が食べられないな~」
そう言った瞬間に澪は手を放し、窓際最後尾という最高の席へと移っていった。
「和泉君よぉ、随分良い思いしてるじゃんか」
なぜか男子生徒に囲まれた俺は、早く一限の先生来ないかな~と思うのだった。




