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賢者の愚行


 決闘が終わると、早々に深山はどこかへ運ばれていった。ダメージと言えば、俺が一発グーパンを叩きこんだぐらいなので、致命傷には程遠いだろう。俺に関していえば、攻撃はかすりもしていないので無傷そのもの。せいぜいグーパンを入れた右拳が少し痛いくらいだ。


「お疲れでしょうから、こちらでお茶でもお飲みください」


 職員さんに案内され、俺たちは応接室にやってきた。応接室なんて初めてだけど、良い椅子使ってんなぁ。


「少しばかり、お話をさせていただきます」


 職員さんの話によれば、深山はハロージョブの職員に相当嫌われていたらしい。しかし、賢者というレア職業を取得し、ハロージョブ所長に気に入られていたため、職員たちは文句を言うことができなかった。


 所長は、数十年国内で誕生していない大賢者と呼ばれる上級職業を誕生させるため、深山に効率の良い仕事を独占的に回すように指示した。


「上級のレア職業を誕生させたとなれば、所長の評価も上がります。深山さんを育てるために、所長は他のワーカーの方が踏み台とされても構わないと」


 なるほど。所長さんとやらも、随分なクソ野郎だったか。


「それだけ所長さんが肩入れしていれば、俺が決めた約束なんか守られないんじゃ?」


 俺の問いに、職員さんは一枚の書類を見せてくれる。その書類には、『決闘契約書』と大きく書かれていた。


「こちらの書類には、お二人が交わされた契約が記されています。そこに所長の承認印が押されたことにより、女神スフィア様に正式に承認されました。勝敗の結果は女神様の加護により自動で記入され、たとえ所長でも改竄を行うことはできませんし、隠蔽もできないことになっています」


 あのバグ女神、そんな細かい仕事ができたのか。あの口約束が、そんな契約になっていたとは聞いていませんでしたよ。


「これで深山さんを正式にここから排除することができました」

「そうは言いますが、俺たちが負けていたらどうするつもりだったんですか?」


 そもそも俺は初期職業の見習い魔導士レベル17だった。それに対して深山は、中級職業で俺の職業の最上位互換でもある賢者だ。普通に考えれば勝てるわけもない。


「我々どもは、万が一にも和泉さんが負けるとは思っておりませんでした」


 なぜか信頼が重かった。確かに蓋を開ければ攻撃の威力は低かったし、霊力も少ないようだったが。


「深山さんは、三度パーティーを変えています。最初のパーティーは、初期職業がマスタリーするまでという契約だったそうです」


 そのパーティーというのは、十六夜が入っていたパーティーのことだろう。


 十六夜が抜けた後、邪魔者がいなくなったから強い魔物を狩ると言い出した深山に、パーティーは三度全滅したそうだ。幸い、近所で仕事をしていたワーカーに見つけてもらい、手遅れになる前に教会で蘇生魔法をかけてもらえたらしい。深山と一緒にいることに不満を覚えた彼らは、転職が終えると逃げるように自分たちの街へと帰って行ったそうだ。


「その後のパーティーが問題でした」


 二つ目のパーティーは、所長が手を回して、将来有望な中級職業のワーカーを4人も手配したらしい。深山はその4人に守られながら、全く戦うことなくレベリングをしていた。本人は特別扱いされていることに満足していたが、他のメンバーの不満は溜まっていった。


 そんな時に、深山は大型魔獣が複数生息する渓谷に行くと言い出した。ベテランの中級職業のワーカーでも近寄らないほど危険な場所で、職員も止めたのだが、所長の権力で無理矢理業務を受注した。


 そこで、事件は起きた。


 複数の大型魔獣に囲まれた深山たちは、重傷を負ったメンバーを犠牲にして逃げ帰ってきた。犠牲にされたメンバーは、蘇生が不可能な程ボロボロになった状態で発見された。今回の責任を咎められた深山は、あろうことか死んだメンバーを散々罵倒した。


「どうせ元から使えねえ奴だったんだ。俺を助けるために死ねたんだぞ? 最後くらい役に立てて良かったじゃねえか」


 そこでパーティーは完全に崩壊した。もう深山の顔も見たくないと、メンバーたちはこの町を去ったらしい。


「三つ目のパーティーは、ご存知の通りです。キングブラックベアに襲われ、深山さん以外のメンバーは重傷を負い、今も療養中です」


 良くそんな奴を今まで自由にさせていたものだ。


「深山さんは賢者です。しかし、戦闘にろくに参加せずに得た経験値からはステータスの上昇が見込めません。ポイントは全て魔法取得に割り振っているとのことでしたので、ステータス値は初期職業のワーカークラスであると、我々は見ておりました。実際に、深山さんが使用した魔法は、どれも威力が極端に弱かった。あれでは魔犬と一対一でも苦戦するでしょう」


 だからこそ、深山が俺と決闘すると言い出した時に職員たちはチャンスだと思ったらしい。決闘を承認した所長は、深山の報告以外まともに聞いていなかったので、彼の惨状を知らなかったようだ。


「これで、他のワーカーの方が理不尽な思いをしなくて済みます。当ハロージョブを代表して、お礼を申し上げます」


 散々職員さんからお礼を言われて、俺たちはハロージョブを後にした。


 もう深山はここのハロージョブが使用できない。だから、もう十六夜が嫌な思いをすることも無いだろう。別に十六夜を救ったなどとは思っていないが、彼女が少しでも安心して仕事ができるなら、それはきっと俺たちにとって良いことだ。


 春休みも折り返しを迎えている。今度こそ、平穏なレベル上げがしたいものである。




「くそ、くそ、くそ!」


 ハロージョブ所長室の中で、深山一太郎は何度も床を蹴りつけていた。


「起きて早々、暴れるのはやめていただきたいですね。深山君」

「だけどよ、所長! あんな初級の相手があんなに強いなんて聞いてねぇぞ!」


(どちらかと言えば、あなたが予想以上に弱すぎたのだと思いますがね)


 所長は日々の活動報告を、深山からしか聞いていなかった。そのため、深山は仕事ができると勘違いしていた。だから、初級職業のワーカーとの決闘で、万が一にも負けるとは思っていなかったので、決闘の承認をした。


 しかし、深山は負けてしまった。それもあっさりとだ。


 所長は、深山が上級職業である大賢者になるために、職員たちに相当な無理を強いてきた。他のワーカーからの苦情も見て見ぬふりをしてきた。


 それが今、この無能者のおかげで全てが水泡に帰そうとしている。


「それで? レベルの低下はどの程度だったのですか?」

「賢者のレベルが2まで下がったよ」


 随分と情けない状態だが、この男には相当の労力と経費をかけてきたのだ。まだ役に立ってもらわなければ、元が取れない。


 所長は机の中から、一つの水晶玉を取り出す。


「これは、『魔封じの水晶』と言われるアイテムです。これを使えば、和泉九十九さんに勝つことができるでしょう」

「本当かよ」

「ええ。ですからもう一度彼と戦い、先の決闘での契約を破棄させれば、またあなたはこのハロージョブで活動出来ますよ」

「ふん、あの野郎をぶっ倒せるんなら、なんだっていいさ」

「戦う場所は私が用意します。ですので、あなたにはこの水晶を使って……」


 こうして二人は自分たちの思惑を達成するために、行動を開始するのであった。








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