決闘
「お断りしま~す」
そう言って深山の横を通り過ぎようとした時に、彼の後ろで控えていた男性の姿が目に入った。いつも俺を担当してくれる男性職員さんだ。
「和泉さん、申し訳ありません」
そう言って、俺に深く頭を下げる職員さん。
「この決闘を正式に執り行うよう、所長から指示がありました」
「所長から?」
ハロージョブの所長がどれだけ権力を持っているか知らないが、いきなり決闘しろとか言うだけの権力があるの?
「決闘は、あくまでワーカー同士の合意の上で行われるはずですが?」
十六夜が恐る恐るといった感じでそう言うと、深山はにやりと笑う。
「十六夜、お前、俺たちが受注したキングブラックベアの討伐横取りしようとしたろ?」
「え? 何を……」
「お前たちが一昨日、キングブラックベアと戦ったってのは知ってるんだよ」
「それは、魔犬を狩ろうとしていたら、たまたま出くわしただけで……」
「それ、証拠はあるのか? 本当は、お前たちが洞穴で戦おうとして、倒せなかったから逃げ出したんじゃないのか? お前らが外に連れ出したせいで、後から洞穴に入った俺たちが、不意を突かれて全滅したんだぞ」
「それこそ、証拠はないでしょ」
十六夜がそういうと、職員さんが俺たちの間に歩いてくる。
「どちらも明確な証拠はありません。しかし、和泉さんがキングブラックベアと戦ったという証言だけは私が聞いております。そのため、深山さんとの決闘を受けていただくことで、この件は不問とすることになりました」
「受けなかった場合はどうなりますか?」
「業務妨害行為として、一か月間のワーカー活動の停止処分になります」
なんじゃそりゃ。いやいや、深山が言ったことはまさにその通りなんだけど。でも、一か月も活動停止されたら、俺は高校2年生になれないじゃん!
「お前はこの決闘、受けるしかないんだよ」
勝ち誇った顔でそう言う深山。しかし、中級職業の賢者と、見習い魔導士をマスタリーしていない俺で決闘って、まさにレベルが違いすぎるだろう。
「俺が勝ったら、お前たち三人は一生俺の奴隷だ」
法治国家日本で、奴隷が認められるわけないだろ。馬鹿なのかこいつは。
「奴隷というのは認められませんが、深山さんが勝利された場合、深山さんが上級職業に転職されるまで、三人は同じパーティーで活動していただくことになります」
「俺が勝った場合は?」
「好きに決めろよ! なんだっていいぜ。どうせ俺が勝つんだからな」
「じゃあ、ここのハロージョブの使用禁止で」
どうせやらなきゃいけないなら、勝った時に最大限利益を得てやろう。深山がここの利用ができなくなれば、毎日びくびくする必要はなくなる。職場が重なることも無くなるだろう。
「九十九、ダメ。危ない」
「そうです。相手は賢者です。何も和泉さんが戦わなくても」
そう言ってもらえるのはありがたい。俺の特技は剣術でも魔法でもなく、逃げることなんだから。
「別に、そっちの見習い剣士でも、役立たずの十六夜でも俺は構わないぜ」
「いや。俺がやる」
レア職業を得たからって、権力で好き勝手やって、偉そうにふんぞり返る。それはまだ良い。
だけど、人の仲間を馬鹿にして、奴隷にすると言って笑うのは許さない。
いい加減、俺も頭に来たんだ。
「あいつの顔面に、絶対一発くれてやる」
ハロージョブの地下には、さらにもう一階地下があった。そこには正方形のリングのような物があり、その周りをガラス状の壁が囲んでいる。
「決闘は5分後に行います。二人とも、装備などの準備をお願いします」
職員さんにそう言われて、俺たちはステージ右側に移動していく。深山は一人、左側へと移動していった。
「十六夜、回復お願いしてもいい?」
「もちろん良いですけど、勝算はあるんですか?」
「わからない」
「へ?」
そりゃあわからない。だって、賢者と戦ったこと無いし。そもそも魔導士系の職業と戦ったことが無い。つまり、自分が所持している以外の攻撃魔法が一体どういう物かわからないのだ。
「では、ステージに上がってください」
職員さんの呼びかけに、俺はステージに上がる。すでにステージ上で待機していた深山は、ローブを羽織って、タクトのような棒を手にしている。魔導士って、やっぱり魔法の杖を使う物なのか。
「相手が降参するか、相手を戦闘不能にした者の勝ちです。魔法の使用制限はありません。それでは、はじめ!」
職員さんの合図で、深山は俺に杖を向ける。
「ファイヤーボール」
深山がそう唱えると、杖の先から拳サイズの火球が飛び出してくる。俺が横に飛んでそれを躱すと、深山は次の魔法を発動する。
「ウォーターボール」
今度は同じサイズの水球が飛んでくるが同じ要領で躱していく。
相手は俺を舐めているのか、避けるのが容易い魔法ばかりを続けて放ってくる。このまま避け続けるのは容易だが、相手がどのような魔法を持っているのかわからない以上、下手に近づくことができない。
「おいおい、避けてるだけじゃ勝てねえぞ!」
深山はそう言って煽ってくるが、乗ってやる必要は無い。まずは距離を取って相手を分析しなければ。
「エアカッター」
先ほどから放たれる魔法は、威力があまり高くなく、連射はしていない。攻撃範囲も狭いため、避けることはできる。魔導士タイプは近距離戦闘が苦手なはずだが、今までの攻撃では躱しながら懐に潜り込むのは容易だ。
一気に懐に潜り込んで勝負に出たいが、そう思わせることが相手の作戦である可能性もある。俺だけでなく、澪や十六夜もかかっているのだ。慎重にことを運ぼう。
「へ、いい加減疲れてきたろう? 俺のとっておきをくれてやる」
本気を出すということか。俺は深山の杖の先を見つめ、臨戦態勢を取る。
「いくぞ! アイスキャノン!」
杖の先端に、深山の身長程あろうかというサイズの氷の塊が現れる。それは突如として砕け、氷の雨のように俺がいる場所目掛けて降り注ぐ。
「ハイクロック」
俺は先ほど取得したばかりの魔法を発動させる。ハイクロックは、使用者の移動速度を飛躍的に向上させる魔法。そのおかげで、氷の雨から難なく脱出することができた。
「な、なんだと!」
アイスキャノンを躱した俺を見て、深山は驚愕の表情を浮かべている。どうやら本当に今の攻撃がとっておきだったようだ。
「てめぇ、今、何を、しやがった」
深山は肩で息をしながら言う。先ほどの魔法で随分と霊力を消費してしまったようだ。
賢者、思ったほど強くないのか?
「スタンボール」
「っち、ファイヤーボール!」
試しに軽く放ったスタンボールは、深山のファイヤーボールとぶつかって相殺される。
やっぱり、思ったほどの威力は無いようだ。俺はハイクロックの効果が残っているうちに、深山の背後へと移動する。
「な、どこに行きやがった!」
「スタン」
「ぐああ」
俺は背後に回った直後に深山の首筋に触れ、スタンの魔法を放つ。深山の全身に瞬間的に電撃が走り、意識を奪う。
だが、このまま済ませるつもりはない。俺は深山の正面へと高速で回り込み、顔面へ渾身のグーパンを叩きこんだ。
「女神直伝! グーパン!」
「ぶはぁ」
何とも情けない声を上げて、深山はガラスの壁へと全身を叩きつけられた。
「それまで! 勝者、和泉九十九!」
職員さんがそう告げると、完全に意識を失った深山の体が発光し、その光が俺の体に流れ込んでくる。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
さすが中級のレア職業。一気にレベルが6も上がった。
最後のグーパンで使った右手が痛いだけで、全く疲れなかった。そう思いながら、二人のところへ戻って行く。
「全然大したことなかったんだけど」
「アタシも、和泉さんが勝って、好きになっちゃったらどうしようとか思ってたんですけど、勝利の感動すらなかったです」
「なんだよ。そこは勝利の抱擁とか、ほっぺにちゅーとかさ……」
「ほっぺにグーパンなら全力でプレゼントできそうですよ」
「ちゅーなら、私がしてあげようか?」
勝利の喜びを俺たちが共有しているところに、職員さんがやってくる。
「和泉さん、さすがでした!」
おそらくこの勝利を一番称えてくれているのはこの人だ。俺の両手を取ってブンブンと振っている。
「でも良かったんですか? 俺が勝ったから、あいつここのハロージョブ使えなくなっちゃいましたよ」
「はい。うちとしては、そうなることを望んでおりましたので」
え?どういうこと?




