賢者
ゆっくりとはいかなかったが、昨日一日休めたので、十分リフレッシュはできたと思う。今日からはまた、血生臭い戦場へとご出勤だ。
「お怪我の方はもうよろしいのですか?」
「昨日一日休んだので、何とか仕事できそうです」
「一日でキングブラックベアからの怪我を完治させるとは、さすが女神様に導かれしお方ですね」
今日も大絶賛してくれるのは、いつもの男性職員さんだ。毎日この調子なのでいい加減慣れてきたのだが、今日はいつもよりワーカーの数が多いようなので、勘弁願いたい。
「実は、キングブラックベアの件で、討伐依頼を受領されたパーティーはほぼ全滅。そのため、独占されていた大型魔獣の討伐も他に回されることになりました」
思ったよりも大事になっていたようだ。大型魔獣の依頼を取ろうと、朝からこんなにワーカーが押し寄せてきているわけか。
「だ~か~らぁ! 俺に使えるワーカーを回せって言ってんだろうが!」
バンバンとテーブルを叩きつけながら怒鳴る声に、聞き覚えがあった。あれは先日のクレーマー……基!将来有望なレア職業の少年の声だ。
「申し訳ありません。ソロでお仕事をされている方は皆さん別の仕事をこなしておりまして……」
「それでも使える奴を連れてくるのがここの仕事だろうが!」
「こちらはあくまでお仕事を紹介する場所ですので、パーティーはご自身で探された方が良いと思いますが……」
「あ~そうかい、だったら自分で探すよ!」
そう言って隣の椅子を蹴り飛ばすと、立ち上がってきょろきょろと周りを見回す。しばらく周囲を探った後に、彼はこちらを向くと、にやりといやらしい笑みを浮かべる。
「なんだかものすごく嫌な予感がするんですけど……」
その予感は残念ながら当たってしまったようで、少年はこちらに近づいてくる。
「おいアンタ。こんなところに女連れてくるなんて良いご身分だなぁ」
うわぁ。めっちゃ絡まれちゃったよ。澪は先ほどから我関せずで男性職員さんの方を向いたままだし、十六夜は完全に明後日の方を向いてるし。これ、どうしましょうか?
「それは失礼しました。では、我々は出ていきますね」
こう言うのは逃げるが勝ちだ。二人の手を取って颯爽と立ち去ろうとする俺の肩を、少年はぐっと掴む。結構な握力だ。
「あの、放してもらえないと帰れないんですけど」
「ふざけてんじゃねえぞ! てめえらを俺の部下にしてやるって言ってんだよ」
部下ってなんだ?そんなこと一言も言ってなかったですけど?こいつどれだけ自分が偉いと思ってんの?
「俺はレア職業の賢者だ。そんな俺のパーティーに入れるんだ、光栄に思えよ」
「あ~、うちは駆け出しの初期職業パーティーなので、偉大なる賢者様とご一緒できる力はございませんよ?」
「ふん、囮ぐらいには使ってやる。さっさと着いてこい」
「あははは。お断りしま~す」
嫌だねぇ。うちのパーティーを囮とか。下手すりゃ、キングブラックベア氏の前で囮になれとか言われるかもしれん。逃げるのも命がけだったのに、囮なんてさせられたら死んでしまう。
「俺はここで特別期待されてるんだ。その俺がパーティーに入れって言ったら、断れるわきゃねえだろうが!」
「普通に断れると思いますけど?」
「あぁん? ふざけたことばっか言いやがって……あん?」
それだけ言うと、少年は十六夜に視線を向ける。十六夜はいまだに明後日の方を向いているが、どこか顔色が悪いような気がした。
「お前、十六夜じゃねえかよ。なんだお前、まだ初期のマスタリーができてねえのかよ」
「……一太郎」
「お前が俺の名前を気安く呼んでんじゃねえよ。深山さんと呼べと言っただろうが!」
こいつら知り合いか?いやいや、ワーカーで知り合いと言ったら、以前組んでいたパーティーメンバーに決まってるじゃないか。
せっかく落ち着いたのに、こんな奴とまたパーティーなんて組ませられるか。
「すいません。今日は魔犬の討伐依頼を受けてるんで失礼します」
もうこんな場所に十六夜を置いてはおけない。俺は二人の手をひっつかんで、駆け出した。
「おい、待ちやがれ!」
そんな遠吠えを聞きながら、俺たちはハロージョブを後にした。
あの勢いで追って来られてもたまらないので、俺たちはとっとと道場に移動した。すぐに裏山で魔犬狩りを初めても良かったのだが、ここまで追いかけてこられる可能性も考えて、一度ハロージョブに電話を入れた。どうやらまだハロージョブで喚き散らしているらしいので、俺たちは正式に魔犬狩りを受注すると伝えて、裏山へと向かった。
「十六夜、大丈夫か?」
「すいません」
「思った以上にクソ野郎でびっくりしたよ。よくあんなのと一緒にパーティー組んでたな」
本当に関心してしまう。俺は一日も耐えられそうにないな。
「パーティーにいた時には、我儘は言っていましたが、あそこまでひどい態度ではありませんでした。賢者になってからあそこまでひどくなったんだと思います」
「そこまで賢者ってすごい職業なの?」
「見習い魔導士から転職できる職業の中で、最も強力な職業だと聞いています」
つまり俺の職業の最上位互換ということか。
「見習い魔導士の頃に、使用できる魔法が20種類を超えると転職可能だと聞いたことがあります」
レベル30までで得られるスキルポイントは60で、魔法取得に必要なポイントが3ポイント。つまり深山とかいう賢者は、ポイントのほぼ全てを魔法取得に割り振っているということになる。
でも、初期職業でそんなポイントの振り方はできないはずだ。魔力と霊力の初期値が0である。最初のポイントでどちらにもポイントを振り分けなければ、魔法は使えるようにならない。
「俺みたいに、最初のレベルアップの時に魔石の魔法を使ってた?」
「いいえ。そもそもあいつは、魔導士になる予定ではなかったんです。だから、希少な魔石を準備できるわけもなかったですし、魔法を覚えたのも、レベルが3になってからです」
「じゃあ、どうやって……」
「十六夜みたいに、レベルが下がった?」
レベルが下がるとステータスは下がるが、覚えた魔法やスキルは忘れないらしい。ある意味二週目プレイみたいな感じだ。
「ポイントがどうにかなったとしても、魔法って、そんなに多く覚えられるの?」
考えてみれば、俺がポイントを使用して覚えることができた魔法って、『スタンボール』と『ピットホール』の2種類だけだ。それ以外、取得可能欄に魔法が表示されたことが無い。
「普通にレベルを上げていけば、最低でも20種類は取得可能になるらしいですけど」
なにそれ。俺も普通にレベル上げてるんだけど?女神様、何かの嫌がらせですか?
「普通にやっていても転職できないから、賢者の職業は重宝されているってわけか」
「そうですね。でも、戦闘にもろくに参加しなかったあいつが、まさか賢者になっているとは思いませんでした」
そりゃそうだ。あれは賢者というよりは、愚者とかDQNとかそういう類だ。
「ま、十六夜が嫌な思いをしなくて済むように、俺と澪で上手くやろう」
「わかってる」
そして俺たちは、昨日の遅れを取り戻すように大量の魔犬を狩った。おかげで澪も俺もレベルが17まで上がり、十六夜はレベル21になった。先ほど取得可能欄に新しい魔法が出てこないと文句を言ったおかげか、新たに2つの魔法が取得できた。こういう時のために、ポイントはとってあるんだよね。
レベルが上がり、新しい魔法も覚えてウキウキした気分でハロージョブへ戻った俺たちを、最悪の出迎えが待っていた。
「和泉九十九、俺と決闘しろ!」
賢者深山一太郎は、まさに仁王立ちでそう言った。




