十六夜の将来
道場に戻ると、十六夜が目を覚ましていた。道場の隅で俯いて正座している彼女は、どうやら外傷らしい外傷は残っていないようだった。
「良かった、怪我は良くなったんだね」
とは言ってみたが、十六夜が洞穴でどういう状態だったか知らないんだよね。
「本当に、申し訳ありませんでした」
俺と澪に向かって、深々と頭を下げる十六夜。
困った。
謝られたところで、どう答えたら良いかわからない。最近の十六夜は、何かと対応を誤ると爆発する。こういった地雷撤去作業は苦手なのだ。
ならばもう、地雷を蹴散らして進む澪さんにお願いするとしよう。
「……」
無言!
さっきまでキャラぶっ壊れたくらいしゃべってたのに、なんでこういう時に元に戻るんだよ!
「えっと、十六夜?」
俺が声をかけると、十六夜の体がピクリと震えた。
「重症にならなくて良かったよ」
「なんで……」
十六夜は震える声を必死に絞り出す。
「なんで怒らないんですか?」
「へ? 怒らないけど?」
意外な反応に、少し拍子抜けしてしまう。むしろ俺が怒鳴られるのではないかと、身構えてしまっていたというのに。
「どうしてですか! アタシが勝手に一人で戦いに行って、何もできなくて皆さんに迷惑かけたのに! 和泉さんは、アタシよりもずっと重症だったって聞きました」
あんな化け物に単騎で突っ込んで行ったのに、逃げ回っていた俺より軽傷だとはさすがである。俺がまともに戦おうとしたら、肉塊も残らなかっただろう。
「何もできなかったのは、私たちも一緒」
「逃げ足だけは、俺の方が上手だったけどな」
「その割には、ボロボロだった」
「逃げ切ったんだから、俺たちの勝ちだろ!」
そう言うと、俺と澪は笑い合う。その様子を、ポカンとした表情で十六夜が見つめている。どうやら地雷原は通り越したようだ。
俺は十六夜の頭にポンと手を置いて、軽く撫でてやる。
「俺たちはパーティーなんだ。だから、お前も勝ったんだよ」
「アタシ……アタシは……」
ポロポロと涙を流し始めた十六夜を見て、俺は慌てて手を引っ込める。すいません調子乗りました通報しないでください。
「アタシは、見習い修道女だから……一人で戦う力も無いくせにって……」
ああ、そうか。こいつが最近おかしかったのは、ストレスが溜まっていたわけじゃなかったんだ。一人でも強くあろうと、一人で戦おうとしていたから。その力が無くなったから焦っていたのか。
だったらもう、かける言葉に迷わなくて済む。
「一人で戦う必要なんてないだろ」
「え?」
「俺だって一人じゃ戦えない。というか戦いたくない」
「……知ってます」
え?何、知ってたの?ばれないように必死で戦っていたつもりなのに。少し恥ずかしくなって、コホンと咳ばらいを一つして話を続ける。
「痛いのだって嫌だ。今日だって、怪我してこの有様だよ」
「すいません」
「だからさ、十六夜が治してくれよ」
「アタシが?」
「だって、澪は壊すの専門だし、俺は逃げるの専門。見習い修道女のお前が、治すの専門。それでパーティーだろ?」
俺がそう言って微笑みかけた途端、十六夜は再び、ボロボロと大粒の涙を流した。
外した?外してないよね?
「アタシが、皆さんの、仲間でいいんですか?」
「むしろこっちからお願いしてるだろ。どうか俺たちを助けてくれ」
「はい……ありがとう、ございますぅ」
ひとしきり泣いた十六夜は、今まで溜め込んでいたことをポツポツと語り出した。小さい頃から、見習い修道女は一人では戦えないと馬鹿にされていたこと。前のパーティーでは、給料ももらえず、邪魔者のように扱われていたこと。それが嫌で、一人で戦える力を望んだこと。だから、見習い修道女から転職したかったのだということを。
「すまなかった」
一緒に話を聞いていた笠間神父は、悲痛な表情で十六夜にそう告げる。
「前のパーティーで、上手くいっていなかったのは聞いていたが、まさかここまでだったとは」
「教会を護る聖職者に、何もできないとはのう。教会の役割をなんもわかっとらんわい」
十六夜の元パーティーの惨状に、年長者二人は呆れ返っている。若さ故に、戦える力こそが強さだと勘違いしているのだろう。代々ワーカーの家系だというのに、回復支援の重要性を知らないのか?脳筋パーティー編成は嫌いじゃないが、人の命がかかった状況では、それはダメだろう。
「まあ、そんな奴らとは早々に縁が切れて良かったじゃないか」
先生の言う通りだ。嫌いな奴に嫌がらせをされながら、いつまでも一緒にいる必要なんてない。心が壊れる前にパーティーを抜ける選択をした十六夜は、正しいと思う。お互いの価値を十分に理解して、お互いを正しく利用し合える関係で無ければ、戦いなんてやっていけない。
「それで十六夜。お前はこれからどうしたい?」
「どう?」
「ワシの本心としては、お前には修道女の職業は取得してもらいたい。だが、護りの魔法を覚えられなければ、教会を継がせることはできない。だから、教会には本部から別の聖職者系職業の者を回してもらう、ということもできる。そうすれば、お前は好きな職業を選択して、ワーカーとして働くことも、一般人として働くこともできる」
「まだわからない。急にそう言われても、どうすれば良いのかわからないよ」
「急がなくて良い。とりあえず初期職業はマスタリーしなければならないがな。見習い修道女のレベルが30になってからでも、高校を卒業してからでも。ゆっくり考えれば良い。有限ではあっても、お前には時間がいくらでもある」
「……わかった」
笠間家の問題も、とりあえず先延ばしという形にはなったが、落ち着いたと言える。
今後は十六夜が無謀な特攻をすることも無くなるだろう。なくなるよね?
「澪さん、九十九さん、ありがとうございました」
そう言った十六夜は、出会ってから初めて見る健やかな表情だったように思えた。
これから先の未来が、ずっとこんな表情で過ごせるようになればいいなと、俺は秘かにそう思うのだった。




