回復魔法に助けられました
「うぎゃあああああぁぁ!」
痛ってええぇぇ!腕もげる腕もげる腕もげる!
全力疾走で、ここまで怪我した腕に痛みがあると思わなかった!走る速度も上がらない。さっきから耳の後ろでブオンブオン音がしてるのは、熊の腕が空を切ってる音だろうか。その都度距離が離れるのだが、いつの間にか追いついてこられている。
こいつの頭が悪くて良かった。突進して、そのままつぶされれば確実にお終いだった。
ゴールまであと少し。あそこの電柱を越えれば結界の中に入れる。そう思って、気を抜いたのがいけなかった。
「ぐわあぁ」
一声そう吠えた熊の腕が、俺の背中を切り裂いた。俺は地面に叩きつけられ、そのまま坂道をゴロゴロと転がり続ける。
痛い痛い痛い!もうどうしようもなく痛い!だが、おかげでどうにか結界の中まで転がりこむことができた。
「へ、俺の勝ちだ!」
「ぐおおぉぉぉ!」
地面に転がりながらそう言った俺に、悔しそうな咆哮をあげると、魔獣は踵を返して山へと戻っていった。どれだけ強力な魔獣でも、結界の内側には入って来られないらしい。結界様様である。
「随分と派手にやられたようじゃなぁ」
そんな呑気な声出してないで、助けてください先生。
「おかげで十六夜たちも無事に帰って来られた。礼を言うよ、和泉君」
笠間神父もご一緒でしたか。良いから早く助けてください。最後の一撃のせいで、俺死にそうなんですけど。体力ゲージ、『3/560』って、転職して一番の瀕死なんですけど。背中の傷のせいで、継続ダメージとか入らないですよね?
「とりあえず、背中の傷はこれで塞ぐか」
「うげ」
笠間神父にうつぶせにさせられ、背中に何かをぶっかけられた。一瞬燃えるような熱が発生したと思ったら、そこから急に痛みが引いていった。
「裂傷は塞いだが、両腕が折れているな」
「ワシが運ぼう。お前は先に、孫娘の治療をしてやれ」
「すみません、桜山さん」
そう言って、笠間神父は一足先に去って行く。どうやら二人とも無事に帰って来られたようだ。腕が折れてるとか言ってたけど、くたびれ儲けにならなくて良かったよ。いまだに背中以外はめっちゃ痛いけど。
「歩いてもどるか?」
「いやいや先生! 運ぶって言ったんですから、責任持って運んでくださいよ」
「う~ん、歩いて帰った方が、最終的にはダメージが少ないと思うがのう」
どういうこと?今日はもうこれ以上ダメージなんていらないんですけど。むしろ、一生分のダメージを今日一日で受けたので、生涯痛みを感じたくないんですけど?
今日の苦しみはもう終わったのだと思っていたのだが、道場に運ばれると、先生の言葉が正しかったと理解した。
「つ、つっくん大丈夫! どうしようどうしよう、つっくんが死んじゃうつっくん目を開けてよぉ~!」
澪は先生から俺の体を奪い取ると、渾身の力で俺を抱きしめる。すでにボロボロの俺の腕は、めきめきと言いながら変なところが変な方向に曲がっている。
「み、澪。死んじゃうから、放して」
「やだやだやだやだ、死んじゃやだよつっくん! ちゅーすれば大丈夫? ちゅーすれば生き返る?」
死んでないし、むしろ今から殺されそうだし。なんかキャラがぶっ壊れたくらいに退行しているんだが、澪を落ち着かせられるだけの体力が無い。
「ほれほれ、いい加減に落ち着かんか澪。九十九が本当に死んでしまうぞ」
「お、おじいちゃん……あ!」
先生に軽く頭を小突かれて、澪はやっと落ち着きを取り戻した。俺を抱きしめる腕の力が弱められて、やっと体の痛みが和らげられる。
「澪さん、だったね。治療をするから和泉くんをそこに寝かせてくれるかな」
「はい」
どうやら完全にスイッチが切り替わった澪が、静かに俺を道場の床に寝かせてくれる。
先ほどまで燃えるように熱かった腕に、床の冷たさが気持ち良い。
「さて、始めるか。ホーリーヒール」
そう唱えた笠間神父の手のひらから、白銀の光が降り注ぐ。光が体に触れると、程良い暖かさを感じる。その暖かさは全身を包み込むと、痛みが少しずつ薄れていく。
体力を示す表示は『355/560』と変化したので、体力は大幅に回復したようだ。すげーなファンタジー。さっきまで全然動かなかった腕が、だいぶ動かせるようになってきた。
「すごいですね。回復魔法」
「そうだろう? このすごさを、十六夜にも実感して欲しい物なのだがね」
「そういえば、十六夜は?」
「澪さんの部屋で寝かせてもらっている。改めて、十六夜を助けてくれてありがとう」
軽く頭を下げる笠間神父に対して、俺も頭を下げる。何だかんだで、転職してしまってからは、十六夜と笠間神父にお世話になりっぱなしだ。
「右腕は大丈夫そうだが、左腕の骨はまだ完治していないようだ。今日一日固定しておけば、明日の朝には治っているだろうさ」
笠間神父に左腕を吊り上げて固定してもらう。これでどこからどう見ても怪我人だ。これで澪も無茶はしない……
「つっくん良かったよー!」
「ぐへ」
俺に抱き着いて泣き出す澪。左腕を気遣って腰に抱き着いてくれるだけ、気を使ってくれているのだろうか。ならせめて、腕の力をもう少し弱めて欲しいです。
「澪、とりあえずハロージョブに行って、今日の仕事はできないと伝えてこい」
「やだー、つっくんと離れたくない―!」
またスイッチが切り替わってしまった澪が、さらに腕の力を強めて抱き着いてくる。やめてやめて、それ以上締め付けられると何か出ちゃうから。
「わ、わかった。俺も一緒に行くから、とりあえず放して!」
「つっくーん!」
完全に退行してしまった澪を引きずって、ハロージョブへと向かった。道すがら、澪が落ち着きを取り戻すまでの間、べたべたとくっついてきたのは大変だった。
「和泉さん、その怪我は!」
いつもの職員さんが、開口一番そう言った。確かに、数時間前に元気で出かけた知り合いが、腕を吊って現れたらびっくりするよね。
「魔犬を狩ろうとしたら、大きな熊の魔獣に襲われまして……先ほど笠間神父に回復魔法をかけてもらったんですけど、治りきらなくて。もう一人のメンバーもまだ意識が戻らないので、今日受注した仕事はキャンセルさせてもらいたくて」
「熊の魔獣というと……キングブラックベアですか? あれと戦って生き残るとは、さすが和泉さんです」
あれはキングブラックベアという名前だったのか。話から察するに、本当に化け物だったようだ。
「普段は縄張りの洞穴から滅多に外に出ないのですが、運がなかったですね」
すいません、本当は洞穴から引きずり出したんですごめんなさい。
「今朝お話ししたパーティーが討伐に向かっていたのですが」
それは何とも重ね重ね申し訳ない。正直に話したら問題になりそうだから何も言わないけどね。
「本来は上級職業の方に依頼する仕事なのです。洞穴の外で見たということは、周辺で別の仕事をしているワーカーの方も危険です。直ちに周知しなくては。報告してくれてありがとうございました」
おそらく洞穴に戻ったと思うのだが、周囲で襲われた人がいないといいな。そう思いながら視線を反らすと、隣のブースで机を叩いている少年が目に入った。おそらく年齢は俺たちと変わらないくらいだろう。ローブを着ているところを見ると、魔導士かな?
「キングブラックベアがいきなり背後から襲い掛かって来たんだ!」
お、おう。被害者いたよ。
「おかしいだろうが! 俺たちはちゃんと指定の洞穴に入った。中にキングブラックベアがいると聞いていたからな。それなのに、中には何もいなかった!」
「魔獣も稀に獲物を求めて外に出ることもありますので……」
「ふざけるな! だったら注意事項にでもしっかりと記載しておけよ! こっちは背後から奇襲を受けて二人が大怪我したんだぞ!」
すごいクレーマーだった。背後から襲われたのは災難というかごめんなさいと言う感じだけど、それを職員さんのせいにしてどうするのか。警戒を怠ったあなたたちの責任ですよ。
「あちらが、今朝話したレア職業をお持ちの方です」
ああ、特別扱いされてるっていう人か。いくらレア職業といっても、あんなに偉そうにする人とは関わり合いになりたくないな。
「なんだか大変そうなので、今日はこの辺で失礼しますね」
「はい。お大事になさってください」
俺と澪は、職員さんに会釈をして席を立った。隣では、いまだにレア職業の少年が怒鳴り散らしていた。
どれだけ偉い職業に着いたとしても、あそこまで勘違いした人間にはなりたくないな。俺は心底からそう思った。




