休憩は戦場の中で
ぼんやりとした意識が、徐々に覚醒していく。体の疲れは、どうやら随分と回復したようだが、足がまだ熱を持っているような感じがするな。
重い瞼をどうにか開くと、ぼんやりとしていた視線がクリアになってくる。
「すぅ……すぅ……」
目の前に、澪の顔があったのだが……
こういう時は、状況の確認が大事だ。
俺は澪に膝枕された状態で眠りに落ちた。どれくらい寝たかはわからないが、目を覚ましたら澪が目の前で寝ていた。以上だ!いや、異常だ?
どうして澪が目の前で寝ているのかわからない。俺の中で澪は、常に木刀を握りしめ、俺を叩き切ろうとする恐怖の象徴だ。そんな彼女の、こんな無防備な姿を見るのは、十年以上の付き合いの中で初めてのことだ。
整った顔立ち。長いまつげ。艶やかな黒く長い髪。そして、道着の上からでも確認できる、主張的な胸。
実はなかなかの美少女だったのだなと、今さらながら実感する。小学生のころ友達がほとんどできなかったのは、常に澪に追いかけまわされていたせいかと思っていた。しかし、本当は澪と一緒にいる俺を妬んでいたからではないだろうか?
ごくりと唾を飲むと、俺の手は澪の胸に吸い寄せられるように……
「触ったら、女神スフィア様の御許にお送りしますよ?」
触る前に、あまりにも冷たい声が背後から聞こえてくる。恐る恐る振り返ると、腕を組んで俺を侮蔑の表情で見下ろしている十六夜の姿があった。
「触って良かった」
そう言いながら、先ほどまで寝ていたはずの澪が立ち上がる。
「あなた、女の子? さっきまで、ちゃんと認識できなかったのはなぜ?」
「アタシのことが、眼中になかったからではないですか?」
そう言いながら、向かい合う二人。
十六夜は拳を構え、澪は木刀をゆっくりと構える。
なにこれ?いきなり戦闘が始まりそうな感じになっちゃったんだけど?っていうか、俺は二人のちょうど中間地点にいる。この位置はまずい。俺は必死に息を殺しながら、這いずって場所を移動する。
「なんで、九十九と一緒にいるの?」
「それは、まあ成り行きというかなんというか。不本意ですが、しばらくの間和泉さんのお世話をすることになりました」
十六夜は迷惑さを隠さずそう言うが、そもそもこいつがおトイレ我慢できなかったのが原因の一端である。俺だって、不本意でお世話?されているのである。
「不本意なら、私が代わる」
「そうしていただければアタシも嬉しいのですが、そういうわけにもいかない理由があるのです」
「どんな理由?」
「それは教えられません。アタシと和泉さんの、二人の秘密です」
十六夜がそう言って笑った瞬間に、バキンという音が道場に響き渡る。どうやら、澪が木刀を振り下ろし、床の木材を叩き割ったようだ。
なんだかよくわからんが、澪がぶち切れている。先ほど一瞬美少女かもと錯覚したが、どうやら般若か鬼の類であったか。相手を視線だけで切り刻めるような、鋭い視線で十六夜を睨み付けている。
「アタシも闘士を目指しているので、よければ手合わせをお願いできませんか?」
「わかった」
そう言った途端、二人は一瞬でその距離を詰め、十六夜の拳と澪の木刀が激突する。
二人はまさに一進一退の攻防を繰り広げる。十六夜が攻めれば澪が木刀でいなし、澪が切り返して反撃しようとすれば、十六夜は拳で斬撃を受け止める。
避けるという発想が無いのか、逃げたら負けだとでも思っているのだろうか、お互いがお互いの攻撃を受け止めている。俺には絶対に理解できない、漢同士の戦いというやつだ。
「ほう。あの嬢ちゃんもなかなかやるようじゃな。見習い修道女と聞いておったが、なかなか武術の才能があるようだ」
「本人は、見習い闘士に転職したいらしいですが」
いつの間にか道場にいた先生と、そんな話をしながら二人を観戦する。徐々に十六夜の手数が増えていくが、澪は技術でその全てを打ち落とし、隙を見ては反撃を繰り出していく。
澪は落ち着いて攻防を組み立てている。対する十六夜は、身体的な強さだけで戦っている。技や技術で押されれば、十六夜の方が弱いようだ。
「九十九と一緒なら、澪も転職させてもいいかもしれんな」
「……え?」
「いやいや、なんでもないわい。それより、昼飯の準備ができとる。二人はもう済ませとるから、九十九も食ってこい」
「はい」
なんだか不穏な言葉が聞こえたが、今は聞かなかったことにしよう。腹が減っては戦ができぬ。午後の訓練がどんなものかわからないので、とっととご飯を食べて食休みをしよう。
勝手知ったるなんとやらで、俺は桜山家の台所にお邪魔すると、用意された昼食を口にする。
「そろそろ終わりにしないか?」
あまりの惨状に、俺は思わず声をかける。
道場の床はめくれ上がり、踏み抜かれ、砕かれていた。壁にも斬撃の跡や、殴りつけた跡が複数残っている。
ボロボロになった道場の中心で、二人の少女は肩で息をしながら向かい合っている。
「和泉さん、女にも、引けない時はあるんですよ」
「九十九の周りには、女はいらない」
いやいるよ。超必要だよ!特にこんな惨状を見た後は、優しく慰めてくれる女の子が必要だよ。
小学校の頃は毎日木刀を抱えた少女に追い掛け回され、中学校はその少女から逃げ切るためにこそこそと生活し、高校生になってからは、バグった女神やモンスターシスターに殴られて死にかける。
癒しがなければ、そろそろ女性恐怖症にでもなってしまうのではないか。一応俺、思春期で血気盛んなお年頃の男子なんですけど。
「先生、そろそろ止めてもらえませんか?」
「ふ~む」
道場すでにボロボロなんですが、困らないんですか?道場主ですよねアナタ。
「そろそろ、本気で行くから」
「なら、こっちも全力でお相手しますよ!」
そう言って、二人は再び切り結び始める。ミシミシと聞こえてくるのは、澪の木刀か、十六夜の拳か、はたまた道場の悲鳴か。
これ、俺帰っちゃダメかな?
「九十九、良い物を貸してやるから、これで二人を止めてくれんか?」
「無理です」
良い物というのが何かはわからないが、あの二人を止めるのは俺には無理だ。転職したとはいえ、俺はレベル1で超人的なステータスアップはしていない。初期装備初期ステータスで中盤のボスに戦いを挑むようなものだ。
「そういうな。ほれ、これがあればお前でもあの二人を止められるじゃろう」
そう言って先生が投げて寄越したのは、黄色の二つの小石だった。
「それはスタンの魔法が封じられた魔石じゃ」
「スタン? 魔石?」
「その石を対象に触れさせて『スタン』と唱えれば、相手を昏倒させる位の雷撃が発生する」
おお、久しぶりにファンタジーだ。これを使えば雷撃の魔法が使える……それ、スタンガンでよくね?
「とりあえず、二人を昏倒させられれば、午後の訓練は終了で良い」
まじでか!すぐにこの地獄から解放されるのか!
二人はお互いに対して意識を集中しているから、どちらかの背後から忍び寄って魔法を使うか?でも、それだともう一人が残ってしまう。だったら、二人がつばぜり合いをしているところに忍び寄って、同時に魔法を使えば!
一瞬光明を見た気がしたが、それは本当に一瞬で現実に引き戻される。
「二人とも、今から九十九が参戦するからな! 九十九にも殺す気で攻撃を入れろよ!」
「わかった」
「必ず仕留めて見せます」
どうしよう、俺へのヘイト値が一気に上がってしまった。これでは、忍び寄るのは不可能だ。俺が近づこうとしただけで、戦いの邪魔だと真っ先に狙われるかもしれない。
「九十九、これに成功すればきっと、今後のレベリングが楽になる。だから、ちょっと位痛いのは我慢して見せろ」
「逃げではなく、攻めろってことですか……」
全ての攻撃を躱して相手に一撃を叩きこむ。それはおそらく不可能だ。
できれば、痛い思いも大変な思いもせずに済ませることができれば良いのだが……
「仕方ないですね」
俺は覚悟を決めて、十六夜に視線を向ける。




