2度目の人生ーーsideローゼリアーー
2回目のローゼリアの人生です。グェンの話で、何故繰り返しているのか出てきましたが、その詳しい話が前半です。
誰かの声がする。その声に惹かれて目を開けて驚いた。私の目の前に私ーー。しかもその私は、彼……グェン様に抱きしめられていた。
「ローゼリア様。ローゼリア様。……ようやくあなたをこの腕に抱きしめられた」
グェン様は、壊れたように繰り返し繰り返しそんな事を目を閉じている私に囁く。……ええと、どう、いう、事? どうやらここは馬車の中、みたいなのですが……。
【ローゼリア・ベルヌ嬢】
不意に背後から声をかけられて、ヒッと叫んだ私は悪くない。
【ああ、驚かせて悪いな。私は旅人の守護神だ】
『御伽話の?』
そこで私は自分が声を出していない事に気付いた。何と言えばいいのか。思った事を話したい! と望んだら頭から言葉が出た……声では無い声が出た。そんな感じだった。
【まぁそうだな。私はこうして存在するが、それを知られていようと、いまいと、別に構わない。今はそれは関係ないな。本来なら私は関わる事も無いが。君は別だ。少し話をしようか】
そう言ったその方ーーとは言っても姿は見えず、光だけなのにーー私の手を引いた。引かれたような感覚、というのが実際のところ。そして馬車の外……空に浮かんでいた。
『えっ』
【驚くのも無理は無いが、簡単に説明すると、君は今、魂の存在だ。通常は肉体が滅びれば姿は保たれない。自我も無いのだが。ローゼリア嬢。君はそうだな。仮死の状態だ】
守護神様の仰る事が、理解に追いつかない。けれど、私が呑み込むまで、待っていて下さるようだ。
『仮死?』
【うむ。肉体から魂が飛び出た状態で。ありとあらゆる生き物は、寿命を持っている。例えば、花。枯れた時に寿命が終わる花や、摘まれても寿命は尽きていない花。その寿命がどのように決まっているのか。それは教えられないが、君の場合は、自我が、そして自分の姿が保たれている状態の魂である事から、寿命はまだ尽きていない】
『それは、私はまだ生きられる、と?』
【そうだな。今が死ぬ時では無い。肉体が死んだ時、魂も自我を無くす。そのように姿さえ取れる事は無い。生きてきた人生を忘れる。寿命が尽きていないものだけが、自我を保ち、姿を保つのだ。だからローゼリア嬢。肉体に戻るといい】
旅人の守護神様は、戻りたい、と願えば生き返れる、と教えてくれました。しかし、私はもう疲れていたのです。
王子妃教育は辛く泣きたくて仕方ない日の方が多かったけれど。それもこれも婚約していたから。別にバシリード殿下を男性として思った事は有りません。それでも、王家から望まれた婚約だから、と頑張って来たのに。
とうの殿下から捨てられました。
婚約者候補だと思われていたから、解消というか、候補取り消しという考えみたいですが。
あれ程、王子もあの子爵令嬢も諫めたのに、聞く耳も持たなくて。そして、ようやく楽になれると思ったら、人に刺されるなんて。意識を失う直前に嗅ぎ取ったグェン様の香りがして、私を刺したのはグェン様だ、と分かりました。
グェン様は、王家の護衛。おそらく、駒として動く裏の護衛でしょう。だから王家の秘密を知っている私を刺したのでしょう。
グェン様は、ハイムール侯爵家の方。あの家は爽やかなハーブを使った香水を男女問わず使っていらっしゃるので、直ぐに分かりました。
これで私が生き返ったら、グェン様は再び私を殺さなくてはいけなくなります。あれ程、私を想って下さる優しい方を、そのような目に遭わせたくない。そして何より。好いた方の腕の中で死ねるなら……。
ですから私は、生き返るのを止めました。
『このままで構いません』
【それは困る。自然の理から外れる。そうなると、どのように影響するか、分からない】
本当に困ったような守護神様の声が聞こえてきました。
『影響?』
【寿命の前に命を落とす者も、長い時間の中で居ないわけではなかった。ある者は記憶を持ったまま生まれ変わり。ある者は魂が汚れて生まれ変わる事が出来なかった。
仮死状態から息を吹き返す事が出来た者は少ない。何故ならローゼリア嬢のように、私の話を信じない者や、生き返れると聞いた途端、まともに話を聞かずに、生き返ってしまった者もいるからだ。そういう者は大概、魂が汚れるな。
死んだ後がどうなるかは、その魂次第故に私にも分からぬが……。それでも寿命通りに死を迎えていれば、綺麗な魂のままだったのに、と思うともったいないと思うのだ】
『私もそうなる、と?』
【どうなるのかは分からない】
『ですが。私はもう疲れました。最期くらい好いた方の腕の中で迎えたいものです』
【ふむ。君の人生を覗かせてもらう】
旅人の守護神様の光が私の全身を包む。それに身を委ねて少し。
【成る程。疲れるな、これでは。良かろう。少々手を貸そう。もう一度、ローゼリア・ベルヌの人生をやり直すが良い。本来なら生きられるはずの人生を捨てようとする君へ、贈り物だ。上手くやり直せる事を祈ろう】
『やり直す……?』
【生き返るのではなく、やり直す。何歳のローゼリアに生き返れるのかは分からない。また、私の力を使うことで、周りも巻き込まれる可能性もある。誰が巻き込まれるかは不明だ。本来なら生きられるはずの人生。きちんと寿命を全うしなさい】
そうして私は、ローゼリア・ベルヌをやり直す事にした。どうやらバシリード殿下との婚約前らしかった。
それから直ぐ、殿下がアリリル子爵令嬢を探している事を知った。ーー殿下は確実に記憶がありそうね。それなら私と殿下の婚約は無いはずよ。他の方と婚約出来るわ。
2回目の人生を殿下だけじゃなくてお母様も繰り返しているのは、薄々気付いた。……多分お母様も私が2回目だと分かっていらっしゃるはず。でも、言えなかった。言えるはずも無い。
私が生きられたはずの1回目の人生を捨てるような事をした、と。だから2回目の人生があって、しかもお母様をそれに巻き込んでしまいました。
そんな事、言えるだろうか。
あれ程私の事を慈しんで愛してくれるお父様とお母様だ。お父様は記憶が無いようだけど、お母様には有る。そのお母様に、あなたの娘は生きることを放棄しました。などと言えなかった。
それでも穏やかに日々が過ぎて。私は7歳。王妃殿下主催のお茶会で、バシリード殿下にお会いして、そして案の定罵倒されてきた。つくづく思う。殿下にとって私は、嫌う対象でしか無いのだ、と。
でももう気にしなくて良い。私は殿下の婚約者でも無いのだから。近寄る必要も無い。そう思えば、心は穏やかです。お父様とお母様が私の婚約者を探していて、私としては、グェン様にお心を移しておりますが、この気持ちを告げるつもりは有りません。
殿下との婚約をしなくて良いなら、お父様とお母様にお任せしましょう。
そう思っていたのに。
10歳を過ぎても私の婚約者が決まらない。
お母様が困惑しています。お父様も困惑していたある日。お父様が調べて下さいました。どうやら王家ーー王妃殿下ーーが裏で手を回しているようです。これはもしかしなくても、私をバシリード殿下の側妃に据えるつもり、という事でしょうか?
私の心がゆっくりと受け入れています。おそらく、そういう事なのだ、と。
結局、12歳の時、私は王家から殿下の側妃に請われました。お母様から受け入れるのか確認されましたが、これをお断りすれば、ベルヌ公爵家はお取り潰しで、国外追放の処分を受けます。お父様のご実家にもご迷惑がかかります。ですから私は受け入れました。
同時に再びケビンニルが私の義弟となってくれました。今度は、私達家族を受け入れてくれてホッとしました。
この婚約は、入学した私を皆さまが同情して下さるものと変わりました。殿下の素行や、アリリル子爵令嬢の素行は入学前から噂されており、王家が私を迎えるのは分かる、と思う反面、私の境遇に特にご令嬢方が同情を寄せて下さいました。とはいえ、王家の意向に逆らうわけにはいけないので、こっそりでしたが。
この婚約で唯一良かった、と思ったのは、グェン様に会える事でした。密かにお慕いするだけなら構わないでしょうか。グェン様と時々目が合うだけで私は幸せな気持ちになります。そんな学園生活を終え、私は王家の意向に沿って殿下とアリリル子爵令嬢が結婚してから半年後、側妃として城に上がりました。
殿下は私と顔を合わせた途端「白い結婚だ。お前なんか愛さない」と言い放ち、憎々しげな表情を見せます。前回の私なら何も言い返さなかったのですが、今回は少し思う事を言ってみたいと思います。
「私も別に殿下を愛してなどおりません。それに私が望んだ婚姻でも有りません。私はベルヌ公爵家の跡取り。婿を探していたのに、王妃殿下が直々に側妃として城に上がるよう命を受けたまでのこと。側妃の務めは果たしますが、本来なら正妃様がきちんとしておられれば私は側妃にならなかった事を、重々ご承知の上で、殿下も私と接して下さいませ」
殿下は顔色を真っ赤にさせましたが、私の言う事が正論である事をご理解しているようで、何も仰いませんでした。
そこから再び王子妃教育が始まり、前回の記憶が有るとはいえ、また泣きたくなる日々を送ります。グェン様が正妃となったアリリル様から私の護衛に付いて下さった時、密かに涙を流しました。グェン様も多分記憶を持っていらっしゃると思います。だから、私は彼にだけは今回の事をお話ししたいと思います。繰り返している理由を。
……私の気持ちを打ち明けてしまう事は、恥ずかしかったですが、お話出来て安心しました。それと同時に、1人で抱えている事を吐き出してなんだか肩の荷もおりた気がします。
その油断が不味かったのでしょうか。側妃となってから、およそ1年半後。私は殿下と共に居る時に、結婚してから初めて正妃となったアリリル様にお会いしました。
成る程、癇癪持ちです。これでは確かに王妃殿下が投げ出すのも無理は有りません。殿下も少し疲れているようで、アリリル様はそれに気付いたのでしょう。更に癇癪を起こし、その後お部屋に戻ったと思ったら、今度は殿下に突進してきます。
私はなんだか嫌な予感がして、側妃として殿下の前に立ちました。殿下に手を上げる事になれば不敬罪です。それを止められる立場なのに止めなかったら私にもお咎めが有ります。そう思っての行動だったのですが。まさか刺されるとは思いませんでした。
2回目の人生も刺されてしまいました。1回目の人生をきちんと生きなかった代償でしょうか。ああ、意識が無くなっていきます。でもその直前、良く知る腕の中に居ました。今回も彼の腕の中で私はーー。
という事で、ローゼリアの話でした。旅人の守護神との話がかなり長くなりました。
個人的には、ローゼリアがバシリードに意見をハッキリ言ったのが成長したな、と思っています。1回目のローゼリアだったら決して言い返すなんて、しなかったでしょうから。
さて。明日は2回目の人生、最後のケビンニルの話です。