2度目の人生ーーsideネジェリアーー
ローゼリアのお母さん、ネジェリアの2回目の人生です。
今度は、ローゼとバシリードを婚約させないぞ!と意気込みます。
燃えて行くベルヌ公爵邸の中で、夫と共に毒を口にして、可愛いローゼの亡骸と共に意識を失った。……はずだったのだけど。
「ネージェ、寝ているのかい?」
政略結婚ながら、婚約してからゆっくりと愛情を育てて来た愛する夫の笑い声が聞こえて来た。ゆっくり目を開けると、最期に見た顔より若干若い。……あら? どういう事かしら?
「お父様。お母様はおきた?」
可愛いローゼの声がした。ローゼ⁉︎ 死んでしまったはずでは……⁉︎
慌てて起き上がると、なんだか小さなローゼが居た。あらまぁまるで時が戻ったみたいだわ。そこまで考えて、ハッとした。
記憶がある。
けれど、夫も娘も若い。いや、娘に関しては小さい。と言うべきか。時が戻っていることは確定らしい。まぁ細かいことは気にしても仕方ないし、良いわ。気にしない。
……いや、やっぱり良くないわね。
どうして時が戻ってしまったのかしら。
これは、もしかして私が元日本人の転生者だから?
うーん。でも、別に生まれ変わる時、神様に会って使命をもらった、とか、何にも無かったわよね?
生まれ変わる時の事、覚えてないし。日本人だった頃の記憶もあまり無いし。
……。考えても無駄ね。
ここまでを、昼寝(外が明るいところを見ると、そうとしか思えない)から起きて、ローゼを抱きしめるまでで考え終えた私は、夫に微笑みかけた。
「あなた、寝てしまってごめんなさい」
「いや、いいよ。昨日から熱が有ると言っていたからな。下がった、と言っていたが、やはり無理をしたんじゃないか?」
そう言いつつ私の額に手を当ててくる夫。不自然なところは無い。どうやら夫には記憶が無い。つまり、前回の記憶を持ったまま、2度目の人生をスタートさせたのは、私だけ、みたいだ。
そこでハッとした。
ローゼの姿はまるで5歳くらい。王家から第三王子・バシリード殿下の婚約話が来た年齢だわ!
あれは5歳の誕生日直後のはず。どうにかして回避出来ないかしら。愛する娘が不幸になると解っていて、婚約なんかさせたくないわ。私が勢い込んで、夫に話をしようと思ったのだけど。
「そういえば、バシリード殿下なんだが」
夫が切り出してきた。……えっ? このタイミング? もしかして夫にも記憶があるの?
「え、ええ」
「なんでも夢の中で見た女の子に夢中らしくて、その子が見つかったら、その子と一緒に勉強を頑張る、とか言っているらしいよ。可愛いよね」
……夢で見た女の子? 外見を詳しく言って、探させているらしい。その特徴って、あの子爵令嬢の外見! そう。私だけでなく、バシリード殿下も記憶を持っている、と見るべきね。
でも、あの子爵令嬢が見つかって婚約すれば、私の可愛いローゼが婚約者に選ばれる事も無いわ。良かった。では、こちらもローゼに婿入りしてくれる人を探しましょう。
それにしても夫はやっぱり記憶が無いわね。だって、子爵令嬢の外見を口にしても何とも無いもの。でも、夫には早めにローゼの婚約者探しを頼んでおくべきね。
そんな事を考えつつも、取り敢えず今は体調を回復する事に努めましょう。……やっぱり熱を出した影響か、身体がおかしいのよね。
「あなた。もう少しだけ寝ていても大丈夫、かしら?」
「ああ。大丈夫だよ。ローゼは私が面倒を見るから。夕食は食べられそうかい?」
「ええ、大丈夫だと思うわ」
「そうか。じゃあ軽めの物を料理長に頼んでおこう」
ニコッと笑った夫がローゼを抱き上げて寝室から出て行く。残った私付きの侍女に水を頼めば、果実水が出て来た。
前世の記憶が蘇った子どもの頃は、誰かにやってもらうのが申し訳ない、と思っていたけれど。その人達の仕事だ、と理解すれば納得した。とはいえ、居ないもの、として振る舞う事が出来なくて、私は侍女長と執事長に話をした。
お客様が来たり、外へ出かけたりする時は、貴族令嬢としての振る舞いを心がけます。でも、家族しか居ない場合は、私がお礼を言うのを許してね。
と。子どもの頃に話したからこそ、許されたのだろう。三つ子の魂百までとは良く言ったもので、未だに私は何かしてもらうと、礼を言う癖が治らない。
夫は婚約した頃、そんな私に驚いていたけれど、私のために何かをしてくれている人に、居ないものとして振る舞う事は心苦しい、とこれまたお互いが子どもの頃に打ち明けたせいか、素直に受け入れられた。
ついでに夫もそうしていて、結婚してからは、使用人達から変わった主人だと思われているだろう。
そんな取り留めもない事をつらつらと考えてしまったのは、やはり燃えていく邸の中で、毒を飲んで亡骸となったローゼを抱きしめていた記憶が鮮烈だから、だと思う。
ローゼを愛して育てていたのに、あのバカ王子は、悉くローゼをバカにして、虚仮にして、ローゼの自信を奪い、立場を奪い、愛情を粉々にした。
その挙げ句がバカ王子の婚約者候補解消。候補じゃない事を全く認めず、ローゼを捨てたあのバカ王子。絶対許さない!
ローゼが死ぬ原因もあのバカ王子だと思えば、余計に腹立たしい。絶対、今回は婚約を阻止してやる!
そう思ってはいたけれど、あのバカ王子が子爵令嬢を見つけたようなので、これで婚約は無いとみた。ゆっくり我がベルヌ家に婿に来てくれる相手を探す事に致しましょう。
子爵令嬢の事も怒ってはいるのよ?
婚約者が居る男に愛想を振り撒いてベタベタベタベタしていたのだから。ああいうの、尻軽って言うのよね。
でも最も恨んでいるし怒っているのは、やっぱりあのバカ王子なのよ。陛下も妃殿下も自分の子なのに、全く性格を矯正しなかったのは、結局ただの親バカだったからでしょう。
臣下とはいえ、公爵であるベルヌ家をバカにしているわよね。
まぁでも今回は婚約しなくて済みそうだし。関わり合わない事にしましょ。
やがてローゼが7歳を迎えて、王家のお茶会に招かれた。正直行かせたくないのが本音だけど、相変わらずあのバカ王子は、アリリルとかいう娘にご執心のようだし。あのバカ王子は、ローゼに見向きもしないだろうから、行かせる事にした。その結果。
「はぁあああ⁉︎」
「ね、ネージェ? どうした?」
公爵家の妻として有り得ない程の叫び声を上げてしまったのは仕方ない。
王家からお茶会でのローゼの様子に、極秘で第三王子の妃候補にならないか、と打診があったのだ。
「あなた! これ、お断り致しますわよ!」
手紙を見せると、夫は眉間に皺を寄せた。
「これ、断ってはマズイんじゃ……」
「あなた。第三王子は既にご執心の娘がいらっしゃるわ。子爵令嬢の娘を正妃に、公爵令嬢であるローゼを側妃にしよう。って事でしょう? ローゼは我がベルヌ家の跡取りなんです。その一点でお断りして、婚約者を見つけましょう!」
私の剣幕に夫は、う……うむ、とか言っている。前回は、ローゼが5歳になった途端に王家から打診されたから知らなかったけれど、どうやらこの夫、ローゼを嫁に出すのもローゼに婿を取るのも反対、らしい。
要するに娘を結婚させたくないようだ。
王家からの打診は、臣下だから断れなかっただけ、らしい。
「あなた。ローゼが正妃で子爵令嬢が側妃だろうと、子爵令嬢が正妃でローゼが側妃だろうと、ローゼが幸せになれると思いますか?」
「それは……」
「こう言ってはなんですが。王家のお茶会で、ローゼはバシリード殿下に嘲られたそうですわ」
「そうなのか⁉︎ 可愛いローゼを⁉︎」
「あなたと私が相談してローゼに似合う星が輝く夜空のようなドレス姿を、地味だ、と嘲笑ったそうですわ。そして子爵令嬢のアリリルさんがピンク色のレースをふんだんに使ったドレスで、殿下の隣に立って、アリリルの方が断然可愛い、地味な女は可愛くない。と言われたそうです。ローゼからも、第一王子殿下の婚約者様・第二王子殿下の婚約者様からも聞きました」
「なんと……。いくら殿下とはいえ、そんな方の元に嫁には出せん。早急に婚約者を探そう!」
夫をなんとかその気にさせてホッとした。けれど、そうは上手くいかなかった。先ず、跡取り男性は当然除外される。大概長男の方だけど、中には次男や三男の方も居る。そのような家は得てして上の方達は、病弱なので、やはり却下。
ベルヌ家は公爵であるので、爵位の釣り合いを考えると、伯爵家か侯爵家。その伯爵及び侯爵家の中で、跡取り以外の男性で良さそうな家があった。
そこで話を持って行ったところ、相手方も乗り気だったので、婚約が出来そう……と思っていたのに。
いざ、子ども同士を会わせる段階で、やはり……と断られた。
仕方ない、何か事情があったのだろう、と切り替える。不審が無かったわけじゃないけれど、相手側の都合だ、という一点張りで断られてしまったのだから仕方ない。そこで次に良いな、と思っていた相手に話を持って行き、結論から言えば、最初の家と同じく子どもを会わせる段階で断られた。その次も同じで。
ここまで来て、不審が強くなった。
我がベルヌ家は醜聞を抱えているわけじゃない。使用人も真面目に仕えてくれる者達が多い。借金も無い。ローゼに会っていないのだから、ローゼが至らないわけじゃない。どう考えても3回も断られるのはおかしい。
「あなた。もしかして、断ってくれ、とお願いしてます?」
疑いたくはなかったけれど、娘を結婚させたくない夫が、ウラで何かしているのか、と尋ねてみた。
「そんなわけない!」
夫が目を丸くして否定する。……その否定具合を見れば、どうやら嘘はついていないみたい。とすると。
「もしかして王家が裏から手を回しているのかしら……」
私の呟きに夫が疑惑を晴らす為か、速攻で調査して来た。
私の夫はめちゃくちゃ優秀な方です。
「ネージェの読み通りだね。どうも王妃殿下が、ローゼの婿探しを邪魔しているらしい」
重々しく告げてくる夫。前回もバシリード殿下との婚約は、妃殿下の強い押しがあった。私は溜め息をついた。婚約者を決めてしまいたいのに、邪魔をされる。正直、ふざけんな! と本気で叫びたい。
とはいえ、王家相手に真っ向から邪魔すんな! なんて言えない。不敬罪で咎め立てされるなら構わないが、不敬罪で無理やりローゼとの婚約を取り付けて来られても困る。
「あなた。国外逃亡します?」
私の提案に、さすがの夫もギョッとした。
「えっ。何の罪も無いのに、国外逃亡なんて、この国でどんな噂が流れるか」
「私は構いませんけど、あなたのご実家には、ご迷惑をおかけしますわねぇ」
さすがに夫の実家に迷惑をかける気は無い。
さて、どうしたものか。
なんとか王家を出し抜けないか、と私が考えている中。月日が過ぎて、ローゼは12歳を迎えた。
12歳の誕生日を迎えて早々。
やはり来てしまった。婚約話が。
「あなた……」
「断れなかった……」
夫の項垂れ具合に私も責めるわけにはいかない。この国で暮らしていく以上、王家には逆らえないのは仕方ない。
とはいえ、せめてローゼに確認くらいはしておきたい。
「ローゼ。あなたに第三王子・バシリード殿下との婚約話が来ております。断りましょうか?」
実は確信は無いものの、薄々思っている事がある。
ローゼも、前回の記憶があるのでは無いか、と。バシリード殿下の話題になると、決まって居心地悪そうな顔をする。
お茶会で嘲笑われただけの事では無くて。でも、敢えて尋ねなかった。私は辛い記憶を話して欲しいわけでは無いから。
でも、今回は敢えて確認しましょう。ローゼが嫌ならば、何としてでも断る。
「いいえ。断れば、我がベルヌ家が潰れてしまいます。ベルヌ家とお父様とお母様のために、参りますわ」
「ローゼ、家の事も私達の事も気にしなくて良いのよ?」
「いいえ。……どう足掻いても断れないなら、受け入れるしか有りませんわ」
ローゼが目を伏せて困ったように微笑んだ。
「ローゼ……」
「お父様。お母様。私の代わりに一族の男爵家から三男の子を引き取って頂けます? ケビンニル殿を。一度お会いした時に、しっかりしていて、気に入りましたの」
ケビンニル……。ああ、そうね。あの子が居たわね。でもあの子は納得するかしら。前回は、勝手にベルヌ家の跡取りに据えてしまった事で、私達の愛情を拒絶したけれど。
今回は受け入れてくれるかしら。
それにしても、やはりローゼは記憶があるのね。それでも、あなたはこの婚約を受け入れるのね。
それで本当にあなたが幸せになれるのならば、私は構わないのだけど。
結局、意志の固いローゼの決断でこの話を受け入れる事にした。
それと同時に、私達はケビンニルを養子に欲しい、と切り出した。男爵家の借金を肩代わりするから、と。養子話だけだと渋っていた男爵が、借金の返済額を出す、と言っただけで掌を返してきた。
正直、ケビンニルをお金で買い取った気がして、前回も今回も良い気持ちはしないのだけどね。
「ようこそ、ケビンニル。今日からここがあなたの家よ。親元を離れて寂しいかもしれないけど、私達を本当の家族だと思ってね」
ケビンニルを迎えると、満面の笑みを浮かべて「はい」と頷く。……前回と違う。引き取った年齢が違うから、自分でも納得しているのかしら。
「姉上。(今度は)どなたと婚約を?」
……ああ。ケビンニルも記憶を持っているのね。それでも笑みを浮かべてくれる、という事は、私達を受け入れてくれているのね。
微かに聞こえて来た「今度は」の一言に私はそう気付いた。ローゼは嬉しそうにケビンニルの頭を撫でつつ、少し困ったように笑った。ローゼも気づいたのね、ケビンニルが記憶を持っている事に。
「バシリード殿下よ。側妃に、と王妃殿下からお話があったの」
ローゼの返答に、ケビンニルが目を見張り、それから苦しそうな表情でローゼを見る。
「姉上は……幸せになれます……か」
それは、ケビンニルだから尋ねられたのかもしれない。私と夫では無理だわ。
「何が幸せか、それは私が決める事でしょうけれど。これはケビンニルにもお父様・お母様にも聞いて頂きたいのですが。私は家族の幸せが、私の幸せです。そのために側妃でも、殿下に好かれずとも、婚姻を受け入れます」
その決意に、私は涙をこぼす。夫も目を潤ませた。王妃殿下からのお話を断る事は、この国を出て行く事。
それは夫の実家に迷惑がかかる。
そんな私達の迷いに、ローゼは気付いていたのね。だから、家族が穏やかで過ごせるように、あなたは……。
「姉上。でしたら、父上と母上の事はご安心下さい。何が有っても、私がお2人を守りますから」
ケビンニルのその覚悟の横顔は、前回では見られなかったもの。そう。あなたは、今度は私達を家族として受け入れてくれるのね。
「頼みますね、ケビンニル」
それから私達家族は、ローゼが側妃として輿入れするまでの短い期間、家族としての絆を深めていった。
第三王子と子爵令嬢の結婚式には夫が出席した。その半年後にはローゼの輿入れが決まっている、というのに、第三王子から通達された手紙には、結婚式は行わない、という一言だけ。
望まぬ結婚は、こちらも同じ。
それなのに、式すら行わない?
どんな結婚でも娘の晴れ姿を見たいと思うのが親心だというのに。
第三王子はどこまでいっても、ローゼを省みない。今回でも、私に貴方を恨め、というのね。それならば望み通り恨んでやるわ。可愛い娘を蔑ろにするなんて、許さない。あの子爵令嬢共々、追い落としてやるわ!
ローゼは、諦めたように笑って結婚式を挙行しない事を受け入れていた。夫とケビンニルは、烈火の如く怒り、国王陛下と王妃殿下に訴えていたけれど、実は癇癪待ちの子爵令嬢改め正妃に気付かれないためには、結婚式を挙行しない方が良い、と宥められた。
王家はその代わり詫びとして慰謝料を納めて来た。
ローゼの晴れ姿を金に替えて来るなんて、と私が怒れば、寧ろその方がせいせいするわ。とローゼが笑うので、仕方なく私達は怒りの矛を収めた。
そうして、ローゼは公爵令嬢という身分で有りながら、ひっそりと王家に、第三王子の側妃に、輿入れした。各貴族には既に通達されており、ローゼの境遇を憐む家が多数ながら、第三王子に望まれない可哀想な令嬢と揶揄する家も一定数いた。特に、あの子爵令嬢の実家は。ーー言われっぱなしは癪に触るから、痛い目を見てもらったけれどね。
嫁いだローゼから時折手紙が届いた。王子妃教育を頑張っていること。護衛がついたこと。グェンというのは、前回ローゼの命を奪った……と胸が痛む。でも、そのグェンは、ローゼを裏切らない、と誓ってくれたそうで、味方が居る事は嬉しいのだ、と書いてあった。
その味方はたった1人、なのだろう。でも王家の検閲が入る手紙に、そんな事は書けないから、味方が居る事は嬉しい、とだけ書いたのね。側妃という尊い身分で有りながら、味方が護衛1人。その環境に、私は涙を流さずにはいられない。
せめて、今回は長く生きて欲しい、と願うしか無かった。
それはつまり、王家の意向に沿って欲しい、という願いにもなるけれど。
娘なのに、不自由を強いてしまう事に申し訳無さが込み上げる。それでも長生きして欲しかった。
その願いが叶わないことを知るのはローゼが側妃となって、およそ1年半後。
王家から、ローゼが正妃であるあの子爵令嬢に殺された、という知らせが届く。
「何故! ローゼが何故このような変わり果てた姿にならなければならないのですっ!」
私と夫とケビンニルが駆けつけて、国王陛下と王妃殿下とバカ王子に問い詰める。バカ王子は、心此処に在らずという風で、何の返答も無い。国王陛下と王妃殿下は、目を伏せて状況を教えてくれた。
それによれば、子爵令嬢の代わりに公務を果たしていたローゼに怒り心頭だった、と。
「何故伝えていなかったのですか! ローゼを側妃にする事も、代わりに公務も外交も果たす事も納得させた、と仰ったじゃないですか!」
夫の悲痛な声。だが、私は気付いていた。納得などしていないから、この事態に陥ったのだ、と。それどころか説明すらしていなかったのでは無いか、と推測する。
「陛下。ベルヌ家は爵位を返上致します。そして国外へと追放して下さい」
私は静かな声で申し出た。それには国王陛下が顔色を変える。我がベルヌ家は、いくつかある公爵家でも最も中立の立場だ。第一王子妃及び第二王子妃の実家も元は中立だったが、王太子を陛下が決めていないため、それぞれ、偏ってしまっていた。それに他の公爵家や侯爵以下の貴族達も巻き込まれ始めている。
その中で公爵家唯一の中立派である我がベルヌ公爵家が爵位返上をしてしまえば、抑えが無いため、内乱にもなりかねない。
「それは、ならぬ!」
陛下のお達しにも私は冷めた目を向けるのみ。
「娘をこのような目に遭わせておいて、何を非道な」
「ネジェリア! あなたが、ベルヌ公爵家が居なくなってしまったら、我が国は内乱が起きかねません!」
「おそれながら妃殿下。ローゼを側妃として嫁がせる前に、正妃は納得している、説明した、というお話では?」
王妃殿下が、言葉を詰まらせる。王家が臣下に謝罪をするわけにはいかない。それでも、謝ろうとするのか、お二方が頭を下げる。
「此度の事はこちらの落ち度。すまぬ」
「申し訳無いのですが、陛下に謝罪をされても受け入れる気は有りません。正妃に説明すら、していなかったのでございましょう? 説明などしなくても散財する事にしか興味ない娘だから、と侮った挙げ句がこの結果では」
夫が、低く怒りを抑えた声で断じる。夫も王家の失態に気付いたのだろう。
「それは」
「臣下だから、何をしても許される、と。そういう事でございましょう。そのような王家を信じる事など出来ませぬ。爵位返上が許されないのであれば、取り潰して頂いて結構。私どもは平民として、国を出ます。気に入らないならば、どうぞご随意に。咎人として捕らえようが、処刑されようが、私達には恐るるもの有りませぬ」
夫の言葉に、お二方は黙り込み、ややして掠れた声で「爵位返上を受け入れる。平民であるお前達がどこへ行こうと、王家は一切感知せぬ」と国王陛下が告げた。
それはそうだろう。
側妃が正妃に害された、それも城で。という話は、口外無用には出来ない。既に城中で噂されているだろう。
第一王子夫妻。第二王子夫妻の耳にも入っているはず。
王家の動向如何によっては、王家が臣下を蔑ろにしている、と分かれば政は立ち行かなくなり、内乱が本当に起こりかねない。そこにつけ込んで周囲の国々のどこかが戦争を引き起こすかもしれない。
天秤にかける事もなく、私達の条件を受け入れる方がいい。
ローゼは既に側妃として国内外に認知されていたのだから当然だ。第一王子の正妃・第二王子の正妃も同じ公爵家だったからローゼとは仲が良かった。
故にローゼの死を隠す事も出来ない。
ローゼの葬儀は王家が執り行い、葬儀が済み次第、私達はこの国を出る事に決めた。
「償いとも言えぬが、第三王子であるバシリードは、平民に落とす。正妃であったアリリルは斬首刑に処す」
最後に国王陛下が言葉を放てば、バカ王子が肩を跳ねさせて、父親である国王陛下を信じられない、というような表情で見た。
だが、バカ王子にアレコレ口出しされる前に私達は、ローゼの亡骸と対面したい、と告げて陛下の侍従の案内で、ローゼの遺体が安置されているところへ来た。
その場には、まるでローゼを守るように、いいえ、ローゼを恋人のように亡骸を慈しんでいる彼がいた。ーー前回ではローゼをその手にかけた、護衛のグェン。
「側に居たのに、お守り出来ず、すみませんでした。まさか、側妃様が、名ばかりの夫を庇うとは思わなかったのです」
ーーそう。ローゼは、望んでいない婚姻だったのに、バカ王子に刃物を向けた正妃を見て、バカ王子を庇って命を落とした、と、国王陛下から説明を受けている。
同時に、グェンが直ぐにローゼを助けようとした、という事も、聞いた。今回はローゼを助けようとしてくれたのね。と、嬉しくなった。
「あなたを責めるつもりは有りません。ローゼは私達家族を守るために、私達家族の幸せを願うために、妻として夫を庇ったのでしょう。助けられるのに助けなかった、となれば、私達家族も咎められますから」
ローゼは、そういう娘だった。
それが分かっていたのに、何故、娘にばかり不自由を強いて、不便を強いたのか。
娘を犠牲にしてまで欲しい幸せなど無かったのに。私達は様々な柵に囚われて、ローゼに無理をさせたーー。
婚約の話をもらった時に、やはり国外へ逃亡していれば良かった。
「ローゼの側に居てくれて、ありがとう」
私がグェンに言えば、グェンは涙を一筋溢して、私達家族に譲ってくれた。
「ケビンニル。あなたは男爵家に帰りなさい。もう継ぐ爵位が無いのですから」
「いいえ。私は姉上に頼まれました。父上と母上をお願い、と。私はお2人の息子として、共に参ります」
前回は、男爵家に帰る事を選択した義理の息子は、今回は迷いなく私達と一緒に居る、と言ってくれた。前回、私達が死んだ後、何が有ったのか。分からないけれど、ケビンニルの心境に変化を起こす事があったのだと思う。それならば。
娘は失ったけれど、息子のために、生きていこう、と、私と夫は決めた。
「俺……いえ、私も共に行ってもよろしいでしょうか」
グェンが静かに宣言してくる。私達は目を丸くした。
「側妃様を一生お守りする、と私は決めていました。そのために、既に父であるハイムール侯爵に絶縁をお願いしてあります。廃嫡してもらい、弟を嫡男として王家にも届け出てある今、ハイムール侯爵家に帰っても居場所は有りません。亡きローゼリア様の代わりに皆様を守りたいのですが」
おそらく、だけど。このグェンも前回の記憶があるのだと思う。ハイムール侯爵家嫡男という輝かしい未来を捨ててでもローゼを守る、と決めたのは、きっと前回の贖罪では無いか、と。推測でしか無いけれど。
だから私は、グェンを受け入れた。
「あなたをケビンニルの兄として、私達の息子として受け入れるわ、グェン」
それから数日。ローゼの葬儀が大々的に執り行われ、私達は爵位返上後、国を出た。
隣国に渡り、早速家族四人で生活を始めた。ぎこちなく、けれど徐々に家族になっていく私達。意外にも息子2人はあっさりと平民生活に慣れ、私も前世が平凡な日本人だった記憶のおかげか平民生活は快適だ。
案の定というか、期待を裏切らないのは夫で、慣れるまでに大変時間がかかり、職を探すのも大変だった。
けれど、1年が経ち、3年に差し掛かる頃には、なんとか家族四人。ささやかに生きていく事が出来た。ローゼの命日には、四人で生国の方を向いて、追悼して。
ねぇ、ローゼ。
あなたが守ってくれた幸せが、天国から見られますか?
そんなわけで、ローゼのお母さんのお話でした。
長くなった……。
1回目の人生では、ローゼ亡き後、速攻で後を追いましたが、2回目の人生では、夫と2人の息子と共に生きることを選択しました。
3回目の人生は、どうなるのでしょう。
さて、次はグェンの2回目の人生です。