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1度目の人生ーーsideケビンニルーー

義弟ケビンニル視点です。

彼はローゼリアが死んだ時、16歳。ローゼの1歳下です。


公爵家が燃えてから実家に帰ったケビンニル。その後の人生。


ケビンニルは本当に、ベルヌ公爵家で肩身の狭い思いをしていたのか?という話。

燃え行く公爵家の屋敷を僕は呆然と見ていたーー。


僕は、ケビンニル・ベルヌ。いや、ベルヌ公爵家は無くなったからケビンニル・ボートル。男爵家の三男に戻った。こんな結果を望んでいたわけじゃないのに。


「ケビンニル様。あなたの望み通りになりましたか」


燃える公爵家の屋敷を見ていた僕に、ベルヌ公爵家の使用人達が冷たい目で問うて来た。僕の、望み通り?


「何を……」


僕が掠れ声で問えば、執事が代表して答える。


「何を? それはこちらの方です。あなたは、男爵家の三男で、跡取りにはなれない。けれども旦那様に認められて公爵家の跡取りとしてやって来たのに、旦那様にも奥様にもお嬢様にも心を開かなかったのは、あなたでは有りませんか」


「それは。別に僕はベルヌ公爵家の跡取りになんて、なりたくなかった」


「ええ、ええ、そうでしょうとも。だから旦那様達は、あなたに厳しい跡取り教育を施しながらも、愛情を注いでいましたよ。それにあなたは気付いていたのに、気付かないフリをしていた。

愛情を注がれていたのに、跡取りになりたくなかった。と、義務を放棄して、肩身が狭いと勝手に視野を狭めて。

そして、お嬢様が第三王子に見向きされず、とうとう婚約を無かった事にされた事でさえ、無関心だった。

その結果が、コレです」


執事の指摘に、僕は何も言えなかった。


「僕はただ、両親と兄達と一緒にいたかったのに」


ぼんやりとしながら、僕が零せば、だから、と執事が言う。


「だから、これでお望み通りでしょう?」


「ああ、そうだ。望み通りだ! 俺を無理やり家族から引き離した癖に、自分達はのうのうと家族で居るのだから!」


「もうあなたは、ご生家に帰れますよ、良かったですね。二度と会う事は無いでしょうが、お達者で」


「ああ、君達も、な」


執事の最後まで冷たい視線に、僕も我に返って家を目指す事にする。久しぶりに会う、家族だ。主人の最期の頼みだから、と執事が責任持って、僕を家まで送り届けてくれるらしい。


無言で僕の屋敷についてきた執事が、僕と別れようとした時だった。


「あなたの生家です。例えどんな現実を見ようと、あなたが望んだ事だ。それをお忘れなく」


随分と謎めいた言い方をする。怪訝に思うが、執事はもう背を向けていた。僕はちょっとだけ舌打ちをして、懐かしい……はずの男爵家へ足を踏み入れた。


「どちら様ですか」


おそらく、男爵家の執事。


「ケビンニル、と言います」


どこか他人行儀になってしまうのは、僕が6歳でこの男爵家を離れてしまったからだろう。でも、何となく彼の顔は覚えが有った。


「ケビンニル……。ああ、旦那様が公爵家へ売った三男か……」


執事は独り言なのだろう、呟いたが。

僕を売った?

父が?

どういう事だ、と思いながら、執事を見る。


「それで、ケビンニル様は何故こちらに?」


「ベルヌ公爵家が無くなった」


「は?」


僕が簡潔に言えば、執事が目を丸くする。詳細を話すより前に、屋敷内が……いや、屋敷外が騒がしくなり……結果、屋敷内も騒がしくなった。

ベルヌ公爵家の王都の屋敷が燃えている、という叫び声が屋敷外から聞こえ出したせいだろう。


その後の事は、正直なところ、僕は放って置かれていた。それも玄関先で。

やがて事態を把握し、ベルヌ公爵邸が焼け落ちた頃、ようやく僕の存在が思い出されたらしい。

両親と兄達が僕を取り囲んでいた。


「ケビンニルか」


「はい、父上」


「何故、ここにいる」


「何故、とは……」


僕の生家だろう?


「お前は公爵家の跡取りだろうが。何故、ベルヌ公爵家と共に最期を迎えていない」


僕は父の言葉に戦慄した。僕はあなたの実子だろう? なのに何故。


「義家族が、僕を男爵家へ帰す、と」


「それでお前は帰って来たのか! 何故だ! お前は我が男爵家の事業の失敗で作られた借金の肩代わりで、公爵家へ行ったんだぞ! それなのに、何故お前は帰って来た!」


僕は愕然とした。そんな事は知らない。僕が聞いていたのは、義姉上が嫁ぐから、跡取りの居ない公爵家に跡取りとして引き取られた、という事だけ。


「し、しかし、義家族が共に最期を迎えずとも良い、と」


「本当にそうか?」


父の怒り狂った声ではなく、静かな声は長男か次男かどちらだろう。僕は実の家族の事なのに、どちらの兄なのかも分からない。


「どういう、意味でしょうか」


「俺は学園の後輩から聞かされた。ベルヌ公爵令嬢・ローゼリア様の婚約者である第三王子・バシリード殿下が、堂々と浮気している、とな。

その側には、宰相令息・ルーク。騎士団長子息・ニルヴァーノ。そして、ベルヌ公爵令息でローゼリア様の義弟・ケビンニルが居るというのに、誰も殿下を止めない、という事を」


「それは、僕も彼らも殿下の側近候補であって、側近では無かったために、止める権利を持たず」


でも。それだけじゃない。

僕は義姉上がどうなっても別に構わない、と思って殿下の恋を応援しない代わりに、殿下を諫める事もしなかった。


「成る程、確かに側近候補ならば、口出し出来ないかもしれない。だが、お前は、お前だけは、口出し出来る権利が有った。ベルヌ公爵令息だったのだから」


僕は実兄に論破されて項垂れた。


「まぁいい。戻って来てしまった者は仕方ない。暫くはこの男爵家に居ると良い」


父の言葉に「はい」と返事をしてから直ぐに気付いた。


僕は“帰って来た”つもりだったが、父は“戻って来てしまった”と言った。


それは、予定外という事だろう。


つまり、僕は、男爵家の三男としてこの家に居る事を望まれていない……?


暫くは、という前置き付きで「居ると良い」という事は、裏を返せば「居るのは邪魔だが、それも少しの間だけ」という事になる。

僕は、またどこかに行くわけか?


その僕の考えは直ぐに当たっている、と分かった。

2日も経たないうちに、子爵家の跡取り令嬢や伯爵家の跡取り令嬢との縁談が僕にもたらされた。

それに否は言えない。考えるまでもなく、僕は三男なのだ。男爵家では不要な存在。

どこかの跡取り令嬢に婿入りするしか価値が無い。


どうしてそんな事にも気付かなかったのだろう。


元公爵令息、という事に価値があるのか、伯爵家からの縁談は割と多い。

父上が頬を緩めて、嬉々として僕の婿入り先を選んでいる。母上は、僕が帰って来た時からよそよそしい。僕とどう接すれば良いのか、分からないのだろうか。


「あの子はどうしてますか?」


僕は偶然、客間(僕の自室は既に兄達の物置にされていた)から、サンルームを通りかかっていた。母上だ、と分かって、そこから動けない。


「おとなしく客間におりますが」


執事が返事をしている。


「そう。それなら良いのよ。全く、我が男爵家の借金返済のカタに公爵家へ差し出したのに、役に立たないどころか、帰って来るなんて。公爵様に顔向け出来ないわ」


「全くでございます」


「公爵家がお金を肩代わりしてくれなければ、我が男爵家は破産の上、爵位返上の憂き目に遭っていたのに。そんな事も分からなかったのかしら、あの子」


「公爵家は、そういった裏事情を教えなかったそうです。ベルヌ公爵家に居た使用人の1人と私は知り合いでしてね。昨日、その使用人を探して事情を聞いたところ、そのように」


「まぁ、ベルヌ公爵様は温厚で公爵にしては、お優しい方ですものね」


「左様でございます。あの公爵家が無くなった事で、さてどうなりますか」


「……。ベルヌ公爵様は、その性格とは裏腹に、政治は辣腕を奮っていました。宰相様を陰ながらお支えしつつ、暴走するようなら抑える事も出来た方。そして、第一王子派の貴族も第二王子派の貴族も第三王子派の貴族も、上手く捌いていらしたのに」


深々と溜め息をついた母上は、それきり黙ってしまった。僕は音を立てずに客間へ戻るしか無かった。

一体、僕はどうすれば良かったのか。

6歳で公爵家に引き取られてしまい、家族から引き離されたことが寂しい、と思った事はいけなかったのか。


義家族のせいで、家族と引き離された。

義家族のせいで、僕は肩身の狭い思いをした……。


「ふふ。可愛いわ。ケビンニルと言うのね。ケビンだわ! よろしくね、ケビン。私はあなたのお姉様よ?」


不意に、初めて義姉上に会った時のことが蘇った。1歳年上の女の子は、2年前に第三王子の婚約者に決まり、ベルヌ公爵家には義姉上しかいなかったから、公爵一族だった僕が跡取りに引き取られた。


「お……ねぇさま?」


「そうよ。ケビン。あなたにはお兄様はいるけれど、お姉様は居ないのでしょう? 私はたった1人のあなたのお姉様よ!」


顔立ちは平凡で、金髪や銀髪……あるいは緑や黒といったハッキリとした色合いの髪では無く。目の色も地味な色の、けれど、笑うと太陽のようだった義姉。

家族から離されて泣いていた僕に、ハンカチを渡してくれ、頭を撫でてくれて泣き止むまで側に居てくれた義姉。

泣き止んだ僕の手を引いて、新しい家族と仲良くなろうと言ってくれた人の手は優しくて暖かくて。


……ああ、なんで僕はこんな事を忘れていたのだろう。


そう思うけれど、そんな義姉の優しさを受け入れてしまったら、僕は万が一、公爵家から追い出されて男爵家に帰って来る事になった時、辛くなる、と思っていたからだ。

だから義家族の優しさと愛を受け入れられなかった。


それ以上に。


僕は、優しい義姉に、笑顔が可愛い義姉に、一目惚れしてしまったんだ。


でも、同時に僕は初恋が叶わない事を知っていたから、この気持ちを抑える為に、冷たく接して、家族を受け入れなければ、肩身が狭いと嘆いていれば、僕は初恋から逃げられた。


いつしか僕は、その事を忘れて、義姉への気持ちも蓋をしたまま、ただ只管に義家族を受け入れない、と固く誓っていた。


それは裏を返せば、誓わないと、受け入れてしまうくらい、義家族は優しく温かい家庭だったのに。


僕はなんて馬鹿な事をしたのだろう。

そのせいで、一番大切にしたかった女性を亡くした。

義姉上の、ローゼリアの冷たい手が、今もこの手に残っている。

あんなにも温かい手をしていた人だったのに。


僕は後悔の渦に飲み込まれて、公爵家を失ってから初めて、涙を流した。

このまま悲痛で義家族の後を追えないか、と馬鹿な事を考えるくらい、涙を流し続けた。


もちろん、そんな事は無くて。


結局僕は、1年も経たずに、とある子爵家の結婚適齢期を過ぎたご令嬢の元に婿入りすることになった。

結婚適齢期を過ぎたご令嬢は、我が儘で傲慢な性格が災いして、最初の婚約者から婚約を解消され、その後は縁談で断られ続けていたらしい。

それでも性格は直らないのだから、ある意味逞しいのかもしれない。

一応、婿の務めとして、彼女に跡取りを産ませた後は、彼女がやらかす度に後始末に追われる日々を送った。

彼女は子育てもしないで、子爵家の妻という役割も果たさないで、愛人を取っ替え引っ換え。

たまに僕を思い出しては、僕に辛く当たった。


そんな僕に同情した若いメイドに僕は慰められていた。ただそれだけの関係だったけれど、彼女がそれに悋気を起こして、メイドを辞めさせ、僕を散々打ったり蹴ったりした後、僕を放置した。

逆らえば、更にヒステリックになる事を知っていた僕は、妻にどんな目に遭わされても抵抗しなかったのだが。

今回の件で負傷した怪我を放置したのが悪かったのか、傷口が悪化して、それが元で僕は死んだ。


……ああ、これでようやく義家族と姉さんに謝れる、と安堵した。


公爵家が燃えたあの日からちょうど8年後の事だった。

というわけで、20代という若さで亡くなったケビンニルです。


初恋が拗れたんですね。


もちろんケビンニルも人生を繰り返します。


さて、次は、グェンのお話です。

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