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1度目の人生ーーsideネジェリアーー

ローゼリアの母・ネジェリアの話です。

彼女は元・日本人の設定ですが、別に日本人設定は活かしません。無くても良いような設定。

ただ、日本人らしい母親の愛情って、結局のところ、こんな感じかな、と。

夏月自身、子どもが自分より先に……って思ったら、こんな行動を取るかもしれない、と。


ネジェリアさんは、37歳の設定。学園卒業後、直ぐに夫と結婚してます。

私はネジェリア・ベルヌ。ベルヌ公爵家に生を受けた元・日本人。

異世界転生、というヤツらしい。

正直、そうだ、と気付いた時は、人生なんて一度きりじゃないの⁉︎ と思ったし、大体異世界なんて、ファンタジーの話ではないの? と自分の思考を疑った。


だが、仕方ない。


私は間違いなく、異世界転生をしてしまっている。

とは言っても、あまり日本人だった頃のことは覚えていない。名前や住所も思い出せないし、転生という事は、日本人の生を終えているわけだが、何歳で死んだのか、死因は何なのか、さっぱり思い出せない。


朧気ながら覚えているのは、子どもが居た事。我が子なのか、身内の子なのか、年の離れた弟妹なのか。

それすら思い出せないけれど、私はその子をとても可愛がっていた。その記憶だけは、はっきりしている。


何故、それだけを覚えているのか。


多分、今、私が命をかけて産んだ女の子の存在だろう。産んだ後になって、私は自分が元・日本人だった、と思い出した。

多少の混乱はあるけれど、私が無言なのは、周りは産婆を含めて、出産の疲れだと思っているらしい。赤子の声が聞こえて来たのか、夫が顔を見せた。


アスクス・ベルヌ。我がベルヌ公爵家に婿入りしてくれた私の夫である。侯爵家の三男で、政略結婚ながら、私を穏やかに支えてくれる素敵な夫。私もこの夫と穏やかな生活が築けて幸せだ。

その夫は、恐々と赤子……私と夫の娘を抱いて、静かに涙を流している。


「あなた?」


「ああ、いや、お疲れ様。ネジェリアに似た茶色の目と私の灰色の髪を継いだ姿を見たら、なんだか涙が出てきたよ」


「ええ、そうですわね。私とあなたの可愛い娘ですわ。あなた、名付けをお願いしますわね」


「名前か。ネージェと同じ、リアを付けようと思うんだが」


リア、というのは、この国では古語で幸福という意味を持つ。私のネジェ……夫は、ネージェと呼ぶけれど……は、唯一という意味を持つので、唯一の幸福という古語だ。もう、こんな古い言葉を使った名前など最近は無いけれど。

夫がそう言ってくれるなら。


「アスクスにお任せしますわ」


私は微笑んだ。アスクスも古語で、輝きを意味する。その名の通り、夫は輝き溢れた笑みで頷いてくれた。

そして、アスクスが名付けたのは、ローゼリア。ローゼは古語でたくさんという意味だから、たくさんの幸福という意味の名前。


身体の弱い私は、ローゼリアしか産めなかったけれど、私と同じようにローゼに婿を取れば良い、とアスクスが言ってくれたので気にしなかった。

そして、3人で幸せに笑っていられた。


王家が、ローゼを第三王子の婚約者に、と話を持ってこなければ。


王家からの話に、家臣が反対など出来ない。既に第一王子と第二王子の婚約者も他の公爵家の娘が決まっていて、我がベルヌ家しか、第三王子と近い年回りの娘はいなかった。というより、同い年だったのだが。


仕方なく、ローゼが第三王子の婚約者という身分になる事を認めた。ローゼが5歳の時だった。王子妃として将来は窮屈な思いをする事もあるだろう。それでも、バシリード殿下と仲睦まじい夫妻になってくれれば、と願わずにはいられなかった。


だが、その願いは、とうのバシリード殿下によって無残にも散らされる。

最初は、初めての顔合わせ。もうこの時には、婚約者と決まっていたローゼに、平凡な顔だ、と失笑する。子どもの言動だから、と我慢したのが悪かったのか。


そこから、月一回のお茶会や、長じての夜会も、ローゼを悉く侮辱し、失笑し、暴言を吐く。ローゼが私と夫に見守っていて欲しい、と微笑むから黙っていた。けれども、あのバカ王子は私が手塩にかけて、慈しむ娘をどこまでも蔑む。


この頃、我がベルヌ公爵家の一族にある男爵家から、三男を養子に迎えた。ベルヌ公爵家の跡取りにするためだ。

バカ王子はムカつくけれど、養子のケビンニルは可愛い。ローゼと一緒に公爵家の跡取りとして厳しくも、甘やかした。親元から離れて寂しそうなケビンニルの顔を見れば、甘やかしたくもなる。


そんな日々だが。王子妃教育を受け始めたローゼを、愛想笑いしか出来ない無能扱い。何を考えているか分からないキミの悪い女。そんな事を言う。

王子教育も紳士教育もサボり続けるバカ王子のクセに、可愛いローゼを嘲笑うとは……っ。


「あなた」


「うん。私も思っているよ」


ここまで、愛する娘をコケにされて、それでも尚、婚約関係を続けてなどいられない。私と夫は、国王陛下と王妃殿下に、婚約解消を申し出た。


「それはならぬ。バシリードには、ローゼリア以外、婚約関係を続けられん。出来の悪い息子だが、だからこそ、せめて王子妃には優秀なローゼリアが付いて欲しいのだ」


陛下。出来の悪い、と分かっているなら、あのバカ王子の再教育をなんとかして下さい! と、内心で文句を言う。


「いくらベルヌ公爵夫妻の申し出でも、もう無理よ。ローゼリアには、王子妃教育を開始しているわ。王子妃とはいえ、国と王家に関わる秘密もあの子は知っている。こう言っては、脅しになってしまうけれど。婚約を解消してしまえば、王家の秘密を知った娘が、自由でいるという危険性があるの」


王妃殿下の言葉に、私と夫は戦慄した。


「それはつまり。王家の秘密を知っているローゼリアが、バシリード殿下と結婚しなかった場合、ローゼリアの命を……?」


奪うって言うんですか、王妃殿下。私がそこまで尋ねれば、王妃殿下は重々しく頷いた。なんて酷い事だろう。ローゼリアの命さえ、王家のものだ、なんて。


「監視を兼ねた護衛を付けているわ」


王妃殿下の言葉に、私は瞑目する。監視を兼ねた護衛は、魔術師しかなれず、魔術師は王家の駒。非常時には国王陛下の命を待たずに、王家に対して危険だと判断されれば、独断で命を奪う事も出来る、と言っているようなもの。


愛しい娘が常に、命を狙われているなんて……と、私は耐えがたい事態に意識を失ってしまった。だから、夫と陛下がどんな話をしたのかは、知らない。

私が公爵家の夫妻の寝室で、意識を取り戻した時には「済まない」と頭を下げるアスクスが居た。


「王家に逆らえなかったのね」


つまり婚約続行なのね、と私は尋ねる。項垂れた夫が頭を上下させた。仕方ない。もう後には引けない。

せめて、ローゼが殿下と結婚出来るまで、見守るしかなかった。


その間も、ローゼは粛々と王子妃教育を受け続け、だけどバシリード殿下との仲は変わらず。……いえ、学園に通い始めたら、悪化した。

ローゼを婚約者候補だ、と思っていることも有り得ないし、婚約者が居ながら、堂々と他の女を侍らせている事もあり得ない。


ローゼが学園に通い始めた時に、公爵家お抱えの手の者を密かに送り込んでいた。その結果は逐一報告させている。

だからローゼがどんな目に遭っているか、知っていた。


許すまじ。


これが日本だったら浮気男に制裁が与えられるはずだったのに。

身分なんて日本には無かったし、けれど法に訴えれば慰謝料はきちんと支払われた。


けれど、この国では身分差が有って、上位の者に逆らえず。そして訴える場も無ければ、慰謝料すら貰えない。

そんなこの国の法に、私は憤っている。法改正を訴えたい気分だ。

陛下にも妃殿下にも、バシリード殿下の悪行について抗議している。


その度に言い聞かせる、と言われていたから、何とか見守っていた。

だから私は知らなかった。見守っていた事で、手遅れの事態を生み出すなんて。


ある日、いつもより早い馬車が入って来るのを見て、嫌な予感がした。

慌てて向かえば、見知らぬ男が、馬車からローゼを抱えて降りてきた。よくよく見れば、ローゼと同年代の少年らしい。


その腕の中のローゼは、眠っているようだ。急いでローゼを少年から奪い返したところで、私は息を呑んだ。


ローゼは……たくさんの幸福を願った、私とアスクスの娘・ローゼリアの身体は、生きた者とは言い難い冷たさだった。


「ひっ」


思わず悲鳴を上げる。少年を見れば、淡々と今日のローゼの様子を話し出した。


「抵抗一つなく、ローゼリア様は、婚約破棄というか、婚約解消を受け入れました」


ローゼが婚約を解消された。

それは、同時に一つの事実をもたらす。


「反論一つ無かったのは、王子に逆らえなかったのでしょう。しかし。それ故に、ローゼリア様は王家の秘密を知る者として、お命を奪う必要が有りました」


ああ、そうか。

この少年が、監視兼護衛の、王家の駒か。


頭では理解しても、感情は受け入れられなかった。少年を平手打ちにし、ローゼリアの身体を受け取る。ローゼリアの寝室に横たえた。

まるで、眠りから目覚めそうな表情なのに、その背中からは、変色した血が出て……止まっていた。


私の慟哭が、屋敷中に響き渡る。城での仕事を早くに切り上げてきたアスクスは、呆然としていた。

ローゼが、可愛い娘が物言わぬ骸になるなど、親より早く死んでしまうなど、アスクスも私も思っていなかった。


「ただいま帰りました」


「ケビンニル!」


学園から帰って来たケビンニルを、ローゼの寝室で迎える。


「義姉上の寝室なんて、義姉上に悪いと思うのですが……」


困った顔のケビンニルに、私はそっと頭を撫でてから、背中を押してローゼの側にやる。


「義姉上は寝ていらっしゃるようですが、具合が悪いのですか?」


「あなたは知っているのでしょう? 今日の出来事を」


「……はい」


ケビンニルが顔を伏せる。アスクスがローゼから少しだけ視線を外して、ケビンニルを見た。


「出来れば、義理とはいえ、ローゼリアを姉と思えなかったかもしれないけれど、弟として、あのバカ王子を止めて欲しかったよ」


アスクスがケビンニルに言いながら、ケビンニルの手を取って、ローゼの手の上に重ねる。

ケビンニルは愕然とした顔をした。


「義姉上のこの手の冷たさは、なんなんですか! 義姉上!」


「無駄よ。ケビンニル。ローゼリアは、死にました」


「……えっ」


「あなたには、ローゼが結婚出来たら話すつもりだったの。陛下と妃殿下から言われていました。ローゼが婚約を破棄または解消したならば、王家の秘密を知っているローゼは危険だと判断されて、命を奪う、と」


私は淡々とケビンニルに話す。ケビンニルは、真っ青な顔色をしていた。


ああ、もっと早くケビンニルに話していたなら、ケビンニルは、あのバカ王子を止めてくれたかしら。

でも、もう遅い。


「ケビンニル。あなたは無理やり実の両親と引き離されて辛かったと思います。でも、私もアスクスもローゼリアも、あなたを本当の家族のように思っていました。だけど、その気持ちは、あなたには届かなかったのね。ローゼが殿下に酷い仕打ちをされていても、我関せずを貫いたのだもの」


「それはっ」


「ケビンニルからすれば、私達家族は、あなたの生活を踏み躙った悪人なのでしょう。喜んで良いわ。ローゼリアが死んだ今、我が公爵家は、王家から見捨てられたのと同じ事。王家から望まれて無理やり結ばれた婚約でしたが、勝手に婚約を無くされた以上、そして、王家にローゼが殺された以上、我が公爵家は終わる。

あなたは、晴れて男爵家へ戻れます」


私は、それだけ告げると、使用人にケビンニルを男爵家へ帰すよう告げた。それと、全ての使用人に、暇を出す。もう、今日でベルヌ公爵家は終わるのだから。


「アスクス。あなたも、侯爵家へ戻って、身の振り方を考えて? 私は、ローゼリアの後を追いかけます」


「馬鹿を言うな。私は、ネージェの夫であり、ローゼの父だぞ。死後もお前達を守るのが私の務めだ」


アスクスは私とローゼの亡骸を抱きしめる。私は、給金の在り処を教えてから、出て行く使用人達に最後の仕事を頼んだ。皆、泣きながら、仕事を果たしてくれた。


燃え始めた屋敷と共に、私は公爵家の人間として教えられた通り、万が一の事態には……と言われていた先祖代々の指輪から、毒物を口に入れる。

私の指輪をアスクスも受け取って、残った毒物を口にした。私達はローゼの亡骸を抱きしめながら、毒による痛みと共に目を閉じた。

名前の由来シーンは、創作です。リアとか、ネジェとか、アスクスとか、ローゼとか。創作ですので、悪しからず。


ネージェは、ローゼを手にかけた監視兼護衛の少年に怒っていますが、恨んでいません。彼を恨むのではなく、王家とバカ王子を恨んでいます。


監視兼護衛の少年……グェンの立場が分かっているので。こういうところは、貴族的な考え方なのかも。

ローゼリアは、監視兼護衛から王家へ連絡はいくだろう、と考えていたものの、命を取られるとまでは思っていなかったので、危機感ゼロでした。


ネジェリアも人生を繰り返していきます。


次話は、義弟であるケビンニル視点です。

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