3度目の人生ーーsideバシリードーー
すみません。リアルの方が忙しくてバタバタしました。エブリスタでも執筆しているので、そちらの事もあって、遅くなりました。
酒浸りで身体を壊して死んだ。……はずだった。だが、次の瞬間には王城にいた。どうやらまたやり直しているらしい。これはどういうことだ。……俺があのように死ぬ事を神が憐んでくれている、のか?
それならば、俺は皆が良い人生を送った、と褒め称えてくれるような死を迎える必要がある。それには先ず、アリリルを遠ざける必要が有るな。
正妃として迎えようにも淑女教育すらまともに勉強出来ず、当然妃教育も出来ず。あんな癇癪持ちでは無理だ。それにしても、今俺は何歳で、どういう状況なのだろう。前回死んだ時は赤子からやり直したが、今はどう見ても赤子ではない。
「殿下」
「なんだ」
「本日は、側妃候補としてベルヌ公爵令嬢様がいらっしゃいますので、ご同席するよう、王妃殿下からのお達しでございます」
侍従の言葉に、ああ、あの日なのか。と深く納得する。2度目の俺は、あの地味女が嫌で。側妃に迎える事すら嫌悪して、顔合わせにも出なかった。今でもあの地味女を側妃に迎える事は嫌だ。
けれど。
ひとつ気になる事がある。
あの日。
アリリルが俺を刺そうとしたあの日。
何故、あの地味女は俺を庇ったのだろう。その疑問に答えて貰わなくては、俺はなんだか中途半端な気持ちのまま。
その事を尋ねる。
ただ、それだけの事なのに、俺は暫く躊躇っていた。だが、聞かねば前に進めない気がして。俺はあの地味女に会った。
目を丸くして、俺を真っ直ぐ見た地味女。それも一瞬で直ぐに顔色を悪くして目を伏せた。なんとなく勘が働く。この地味女も繰り返している記憶があるのだ、と。
それならば、あの日の事を聞ける。何故、お前は俺を庇ったのだ、と。だが尋ねる機会を奪われ、俺は俺から会いにいく、という事しか言えなかった。
「バシリード。あなたローゼリアちゃんと向き合う気になってくれたの? あんなにローゼリアちゃんを嫌っていたのに」
「嫌いのままだけど。話してみた事が無いから」
「ああ、そうね。話すって大事よね! こうは言いたくないけれど、あなたが選んだアリリルさんより、よっぽどローゼリアちゃんの方が第三王子妃としても、淑女としても、外交を担う人材としても上よ?」
それは、前回の時に身に染みた。
常に微笑みを浮かべて周囲からの欲に塗れた視線や、言葉の裏に潜んだ毒から上手く躱す女。自在に他国の言葉を操り、外交面で手腕を発揮する女。余計な事を言わず、人を上手く褒めて相手を自分のペースに引き込む女。そうやってローゼリアは、俺を第三王子として支えた。
俺の王子としての面目を立てていたのは、アリリルではなく、地味女の方だった。
「父上。母上」
2人から視線を向けられた俺は、思いを口にした。
「アリリルを正妃候補から外して下さい。少し距離を置いて、色々と考えてみたいのです。アリリルを子爵の元へ帰らせて下さい」
「まぁ! やっと目が覚めたのね! いいわ! そうしましょう!」
「母上。距離を置くだけです。距離を置いて、私とアリリルの気持ちを確かめる。お互いに変わらなければ、再びアリリルを正妃候補としてもらいます」
やっと俺の目が覚めた! などと言っている母上に釘を刺しておく。母上は即刻撃沈した。
そうして嫌がるアリリルに、偶には帰ってご両親に顔を見せるよう説得して、下がらせた。それからベルヌ公爵家に先触れを出して会いに行く日を尋ねれば、3日後なら大丈夫だ、という事で、3日後にベルヌ公爵家を訪れる事にした。
「グェン・ハイムール……」
そこには、王家の駒であるはずの男がいた。
「ようこそ、いらっしゃいました、バシリード殿下」
恭しく頭を下げてベルヌ公爵が俺を見た。地味女は、家でも地味だが、自分の家だからなのか、随分と柔らかい印象を受けた。その隣にグェンとケビンニル。まるで地味女を守るかのように、2人がそれぞれに半歩前で佇んでいる。
ふと、自分を振り返った。
ーー俺は、アリリルにこういった態度を見せた事が有っただろうか。
常に隣に居た。恋人として側に居る事を許していた。だが、慈しみ守る気持ちは抱いた事が無い。可愛いと思っていた。素直で誰に対しても笑顔で、けれど、いつも誰かと共に居たから、俺が守る必要など無かった。俺を含めて男との距離がやけに近いせいも有ったからだろう。慈しむ気持ちも持たなかった。
……ああ、そうか。俺は心の何処かで気付いていたんだ。アリリルが俺1人の愛情で満足出来るような女じゃない、と。アリリルは常に複数の男から愛されたがり、その奥底には浪費して、自身を着飾る事に徹底したい欲の深さが隠れていた。
今頃になって、こんな事に気づくとは。
「殿下、サロンへどうぞ」
ベルヌ公爵の案内でサロンに足を踏み入れた俺は、その華美では無いが落ち着いた一級品の調度品を目にして、ほぅ……と唸った。丁寧に使い込む事で味が出ている。長く愛用しなくては、こうならない品々だ。王子教育の一環で、宝物庫や年季の入った調度品も目にしてきた。そういった調度品に近い。
「派手さは無いが、良い物だな」
「お言葉有り難く頂戴します」
俺の褒め言葉に世辞でも言われたような素っ気なさで、公爵は眉一つ動かさず、礼を述べた。侍女が茶を出してサロンから退出する。どうやら深い話をする事になるようだ。使用人を全て下がらせるとは、そういう事だろう。
俺がどんな話をするのか、ベルヌ公爵を見た時。口火を切ったのはベルヌ公爵夫人・ネジェリアだった。
「殿下。私はあなたをお恨みしております」
王族である俺に、仮にも公爵夫人が、そんな事を言った。不敬罪に問うて処罰してもおかしくないのに。だが、そういった怯えは皆無のように、公爵夫人は俺を睨んできた。本当に俺を恨んでいるようだ。
その目付きのまま、公爵夫人が語り出した話は、第三者から聞けば荒唐無稽だ、と笑われる。だが、俺は笑わない。何故ならその荒唐無稽の話の当事者だから。
「そういう、こと、だったのか」
俺に聞かせる気も無いような内容だってあったのに、全てを話した、らしい。相当な葛藤があっただろう。同時にここまで話されたなら話さないといけない気がした。
「殿下の話をお聞かせ下さい」
淡々とローゼリアの声が繋げた。
俺は仕方なく話す事にする。地味女を助けたい、なんて思っちゃいない。だが、繰り返す人生の先を知りたかったから。
俺の話は、客観視すると、よく反旗を翻さなかったな……とベルヌ公爵家の面々を見据えた。
「成る程。やっぱりだわ」
静かに公爵夫人が1人で納得する。
「お母様? やっぱり、とは?」
「仮説に対する検証結果が予想通り、ということですよ」
公爵夫人は、さらりと告げた。俺はその仮説を耳にして、今後の事を考えるしか無かった。
明日で本作品は完結します。