3度目の人生ーーsideネジェリアーー
3度目の人生。最初はネジェリアです。この話から最終話まで、1話完結にはならないです。5人の視点が通しで3度目の人生。
グェンとケビンニルに看取られて、私はゆっくりと目を閉じた。
ーーその次の瞬間、私は公爵家の寝室で目を開けた。
あら。あらあら。あらあらあら。……これは、3度目のネジェリア・ベルヌ、かしら。うーむ。こうなると、また今回の生が終わった途端に、繰り返すというループ現象に陥りそうだわ。原因を突き止めないと、これはちょっとまずいかしら。首を捻ったところで、2度目の人生では、私が看取った夫が寝室に入って来た。
「あなた」
「ネージェ。目が覚めたかい? 体調は?」
「大丈夫でしてよ? ローゼは?」
「うん。ローゼも気にして、そこで待っているよ」
一体、何歳のローゼリアなのかしら。そして、1度目と2度目の人生の記憶がありますが。ローゼリアにもあるのかしら? 寝室に入って来たローゼリアが、可愛らしく微笑む。
「お父様。お母様が心配なのは分かりますが、少しは私もお母様と話したいですわ」
「ああ、そうだね。ごめんよ、ローゼ」
「お父様。私とお母様と2人で話したいのです。女同士の話ですわ」
「むっ。お父様を除け者かい?」
「女同士の話というものもありますわ」
やれやれ、と言った表情で夫は寝室を出て行った。
「お母様。困った事になりました」
「どういう事?」
ローゼが私に、ある話をしてくれた。1度目にバシリード殿下から婚約者候補解消を突きつけられて、命を落とした時、旅人の守護神から寿命があるからやり直せ、と言われたのに生き返らなかった事。それを守護神が気紛れで2度目の人生としてやり直しを受けた事。
「それで、私だけじゃなく、誰にどんな影響が及ぶか分からない、と言われながら2度目を迎え。私はお母様に記憶がある事に気づきました。それから殿下にも。また2度目を生きていく中で、グェン様とケビンニルにも記憶が有る事も」
それには私も気付いていた。
「それで。どうやら私、2度目の人生で正妃であるアリリルさんに殺され、あの年齢で死ぬのも寿命だったそうですが」
「まぁ! 可愛いローゼがあんな若さで死ぬのが寿命だ、と?」
「今はそこは重要では無いのです。やはり2度目の人生という自然の理を無視したので、歪みが出来た、と旅人の守護神様に言われてしまいました。寿命を全うした私の前に現れないはずの守護神様が現れた事自体、守護神様にとっても意外な事らしくて」
「ええと……どういうこと、かしら?」
「その。守護神様曰く、記憶を持っている者が複数居た事で、私の最期が変わっているそうです。特例として教えてもらった事によりますと、私が正妃でアリリルさんが側妃。私が居なくなれば正妃の座が狙えると思ったアリリルさんが、殿下と一緒に私を殺す、というのが1度目の人生で迎える最期で、それが正しいのだそうです」
「でもあなた、婚約を解消されたわね?」
「そもそも、そう言われても私は王家からの意向に逆らえない、と、殿下の言葉を突っぱねて殿下と結婚するはずだったそうです。まさか私が受け入れるとは思わなかったって」
「それでは未来が決まっているという事?」
「いえ。人間、誰しも寿命があって、その時に迎える死に方も定まっているらしいのですが。人生そのものは自分で選び取る。だから私が婚約解消を受け入れる未来は、間違いなく私自身で選んだ未来。それは誰であろうと、それこそ神であろうと、介入出来ないそうです。
だからこそ、私の決まっていた死に方と寿命が違う可能性を考えて、守護神様は急ぎ私の元にいらっしゃったそうです。殆どの人は、どんな選択をしようと、あまり変わらないそうなので、守護神様が駆けつける事も無いそうです。稀に居るみたいですけれどね。
そして、案の定私は寿命より早く死んでしまった。守護神様は、寿命や死に介入出来ないので、せめて私を生き返らせようとしていた。でも私が拒んだ。
そこで守護神様は2度目の人生で正しい死と寿命を全うさせようとしたらしいのですが、やはり自然の理から外れたので、私の死に方が変わってしまい……」
「変わってしまい?」
ここまで饒舌だったローゼの口がピタリと止まる。私は嫌な予感がした。
「旅人の守護神様でもこの先が分からない事態になってしまった、と」
嫌な予感的中ー!!!
「それってつまり」
「何故3度目の人生を始める事になったのか、守護神様も困ったようで……。ただ、もし解決するヒントが有るとしたら、お母様なのだそうです」
「……私?」
「旅人の守護神様が、お母様は1回死んで、生まれ変わった前世持ちだ、と。そう、なのですか?」
「ええ、そうね」
しかし。私が前世持ちでも、解決するヒントが有るなんて思えませんけどー⁉︎
「旅人の守護神様曰く。お母様はこことは異なる世界から魂が運ばれて来た、迷い人、なのだそうです」
「迷い人」
「私のように寿命より早く死んでしまう者より更に珍しい存在だ、と。普通は魂だけが世界を渡って来る事は無いし、身体が世界を渡って来る事など無い。ましてや、上手くこの世界の身体と異世界の魂が馴染む事など殆ど無い、奇跡のような存在だ、と」
まさかの私、奇跡の人間! 神様からでさえ奇跡認定されるって、ラノベと違うじゃん! ラノベじゃ、異世界転生ゴロゴロしてるがな! 現実はまさかの奇跡……。
ううむ、そうか。でもそうなるよねー。異世界転生ゴロゴロ居たら、この世界というかこの国、もっと中世じゃなくて現代日本化してるよ! 街中がゴミだらけで不潔! って叫びながらベルヌ公爵領の領民に、ゴミはきちんと捨てろ! 病気が流行る! なんて通達する過去は無かっただろうよ……。
あ、ついうっかり、元日本人の思考と言語になっていました。
「お母様、そのようなわけで、お力添えをお願い出来ますか?」
「そうね……。いくつか確認をしても良いかしら?」
「はい」
私は記憶を遡ろうとしても、前回とは違い、今は昨日までの記憶が無い。つまり、前回はローゼをもう一度産んだ記憶もそれより前に夫と結婚した記憶もきちんとあって、なんていうか本当に2回目の私、でしたが。(でも記憶だけしか無いから、それまでのネジェリアの心はどこにいったのかしら?)
今回は、どう振り返ってみても、昨日までの記憶が無くて、今、起きた時からの記憶しかない。
「あなたは、今、どういう状況?」
「私もそれは一番に考えましたわ。それで侍女にチラリと訊ねました。私、殿下と約束あったかしら? と。侍女は、本日はございません。本日のご予定は、旦那様と奥様とご一緒に王城へ伺われて正式に側妃としてのお話を頂くって泣かれてしまいましたわ」
……ああ、今、そこなのね。確かに前回でも側妃として迎えられる話が来た時、使用人一同が泣いていたわね。こんな扱いをされるようなお嬢様じゃない、と。
「では支度をしないと、ね。帰ってから話し合いましょう」
「分かりました」
……それにしても困ったわ。私、確かに異世界転生していますけれど、だからといって、このループ現象から抜け出す方法なんて分からないわよ。でも、そうね。もしかしたらケビンニルとグェンの話を聞いてみれば、何か掴めるかもしれないわ。
本当は、あのバカ王子の話も聞きたいところだけど。恨みしかないのよね。
そんな事を考えながら王城へ向かい、側妃の話をされた時だった。前回は立ち合う事すら無かった第三王子が現れた。驚いた。
「話が、ある……んだ。ローゼリア」
しかも、ローゼの名前を呼んだわよ! 初めてだったはずよ。今まで“地味女”しか言われてなかった、とローゼが言っていたから。
ぎこちない2人をハラハラして見守っていると、国王陛下と王妃殿下が2人だけにさせよう、と余計なことーー失礼ーーを言い、庭園散策に行きました。まぁエスコートもしないところを見れば、乗り気じゃない事は分かりますけれど、だからこそ何故歩み寄って来たのか、不思議だわ。行動を訝しむ私は、突然目眩を起こしてしまった。
「……リア。ネジェリア。ネージェ!」
耳元で誰かに呼ばれて、目を開ける。夫が真っ青な顔で私を見ていた。
「あなた……?」
「ああ、ネージェ。良かった……。倒れたから驚いたよ」
「お母様!」
「ネジェリア!」
ローゼと王妃殿下の声も聞こえてくる。見回せば、国王陛下とバカ王子も居た。
「私……」
「まだ体調が万全じゃなかったんだよ」
夫の支えで起き上がると、先程までいた謁見室ではない。ソファに横たわっていたらしい。これは公爵夫人としてマズイ状況では?
「国王陛下。王妃殿下。お見苦しいところを……」
「いや。病み上がりだ、と聞いた。無理はせずに良く休め」
私の謝罪に国王陛下が手を振って退出する。
「ローゼリア。近いうちに伺う。話を聞いて欲しい」
なんだかやけに決然としたバカ王子。ローゼは複雑そうな表情を一瞬だけ浮かべて、頭を下げた。実は倒れていた間に、私はとんでもない状態だった。ローゼと急ぎ話し合う必要があるから、帰れるのは助かる。とりあえず、ケビンニルを急いで男爵家から呼び寄せた方が良さそうね。
夫に手配を頼んで、私はローゼと2人で話し合う時間をもらった。
「ローゼ」
「はい」
「私、先程倒れている間に、魂が身体から離れていました」
「えっ⁉︎」
「そこで、私の魂をこの世界へ運んでくれた神様にお会いしました。どうやら私がこの世界に生まれ変わったのは、あなたの運命を変えるためだったようです」
「私の?」
「私が会った神様によると、あなたも実は、私と同じ世界で生きていたそうです。病弱でベッドから離れる事が出来ない生活を送っていて。10歳にもならない頃に息を引き取ったそうです。そういう子は、大体において、数多いる神様のうちの誰かに気に入られるらしくて。あなたは私が会った神様に気に入られました。
不憫に思った神様は、あなたをこの世界に生まれ変わらせる事にしたそうです。詳しくは教えられない、と言われましたが、あなたを生まれ変わらせるのに、私が母親になる事が条件だったとか。
そうして生まれ変わったあなたを見守る予定だったのに、1度目の人生をあんな形で終わりを迎えてしまった。それを悲しまれた神様が、あなたの会った守護神様とは別に、あなたにもう一度人生をやり直すよう、願われたのだとか」
「もしや、それがこの3度目の人生、ですか?」
「ええ、そうみたい。あなたが2度目の時に亡くなった原因が、守護神様の予定と変わっていたのは、あなたが死ぬ直前に3度目の人生を送るように、私が会った神様が介入したから。あなたはそれだけ神様に愛される魂なのでしょうね。しかし、無理な介入のせいで、2度目の人生とは違い、3度目の人生は、記憶が無い。正確に言えば、2度目の人生の途中から、3度目の人生が始まっているようです」
「……お母様、私、混乱しそうです」
「私もよ。ただ言えるのは、3度目の人生は、私もあなたも、おそらく記憶持ちの皆、2度目とは別の人生を送る必要があること」
「2度目とは別の人生?」
「私が会った神様曰く。あなたが幸せだと笑える事と、あなたが老婆になるまで生きる事が繰り返さない条件だ、と」
「……それですと、私、側妃の話を断らないと無理では?」
「そうなの。あなたが第三王子の正妃だろうと側妃だろうと、あんなに早く亡くなるのではまた繰り返すのよ。でも、断る事は出来ないわ。既に王家から正式に通達されたのだもの。それで思ったのだけど。隣国へ逃亡しましょうか」
「お母様⁉︎」
「あなたが老婆になるまで生きる事が条件なら、今のままでは無理だもの。この国に居る限り、あなたは……私も、王家の意向に逆らえない。だったらこの国を出ましょう。幸い、私は前世は平民だったから何の問題も無いわ」
「お母様……暫く考えさせて下さい」
さすがに、急なことだからか、ローゼが困ったように笑って、肯定も否定もしなかった。とりあえず、まだ側妃として王城に上がるまで時間が有るし、考える事は必要。私も今日はここで話をやめよう、と頷いた。
これでネジェリア視点の話は終わりです。明日は、ケビンニル視点の話で、この続きから始まります。今までとは違った書き方ですが、その点について、何故書き方を変えたのか等のご指摘は無しでお願いします。
最終話を迎えるにあたり、このスタイルが1番スムーズかな……と思っての書き方ですので。