#5 白雪姫と聖騎士
「にしても、あなたは本当に規格外ですね。斧二つ持っているだけで並大抵の敵は瞬殺だというのに、それに加えて森を丸ごと消滅させるようなスキルを持っているなんて」
ヘンゼルの手足を縛っていると、空高くから観戦していたスノウが肩へと着地して来る。
「いや、あの技…『タイタンズディナー』というらしいが、アレはそもそも巨人のために作られた技だ。人間の俺には、三日に一発が限界だな」
俺の異能は、斧装備時の怪力に加えて、大地を操作する事もできる。斧は豆の木を切った事で得た能力で、大地操作は豆の木を咲かせた事によって得た能力だろう。
俺のようなパターン、二種類の能力を持っているというのは少なくないらしい。
基本的に異能はパッシブスキルとアクティブスキルとして分けられる。『二つ名』は、パッシブスキル一つとアクティブスキル一つを授けるケースが多いのだとか。
ちなみに、パッシブとは常時発動系の能力(斧を装備していると筋力が上がる)で、アクティブは任意発動系の能力(大地を操作する)のことを意味する。
「三日に一度のペースで森を消滅させるとか、それはもう天災と言っても過言ではないと思います」
「まぁそれもそうかもな」
そんな他愛ない話をしていると、ヘンゼルの体がピクピクと動き始める。手足は完全に拘束されているから心配はない。
「お目覚めか、『アウトスマーター』のヘンゼル」
「お、お前なのか、さっきの地震を起こしたのはッ!!」
「あぁ、そうだな」
反抗的な態度で来ると思いきや、ヘンゼルは酷く怯えていた。
「んで、お前はなんで俺を殺しにきたわけ?って、まぁ当然ゴルディロックスの傭兵だろうけど」
「ヒッ、こ、殺さないでくれ!なんでもするからッ!」
斧一つ持ち上げただけでこの怯えよう。本当に歴戦の傭兵か?
「なんでも、ねぇ。見た目若いし顔も整ってる、一層の事物好きのおっさんにでも売り飛ばすか?」
「そ、それだけはやめてくれ」
「なんでもって言ったよなァ?」
わぁ、すんごい怖がる。さっきまでハエの如く俺の周りをブンブンブンブン飛び回ってたのになぁ
「まぁ流石にそこまではやらねぇよ。まぁ、ゴルディロックスの知りうる限りの情報をくれた後、今度は白雪のために戦ってくれや。スパイってやつだよ」
「そこまでとは何ですか…まぁ、こちら側にとってかなり便利なコマになりそうですしね、私もそれでいいと思います。」
絶望的な表情で俺たちの事をみるヘンゼル。それもそのはず、軍事力の高い国のスパイほどリスクの高い仕事はないからな。
「返事はァ!?」
「は、はいぃいッ!!!」
こうして、俺たちは情報を入手した。
その後、ヘンゼルは帝国のありとあらゆる情報を教えてくれた。
なんでも、世間に公開している女帝の能力は熊を操る事だが、その実二つ名の異能はそれだけではないらしい。熊の寿命を犠牲にその肉体を思いの儘に改造、そして使役できるのだとか。だから明らかに巨大すぎる熊や俊敏に動く熊などがいるわけか。
そして、最近その肉体改造をギリギリまで施した熊を大量に準備させているらしい。恐らく最大勢力で一気に白雪を攻め落とす気なんだろう。
「ジャック、情報が入りました!睨み合っていたゴルディロックス側が遂に王国へと行進を始めた模様です!その最大勢力とやらの前に小手調べ、と言ったところでしょうか?行けますね?」
「はぁ、面倒だな」
そこでヘンゼルとは一旦別れ、戦場へと向かう事にした。
ちなみにヘンゼルは妹も説得してスパイを助けてもらうらしい。
_______________
________
__
戦場にたどり着くと、戦いはもう始まっていた。熊の軍勢相手に白雪の騎士たちが連携して戦っている。一人が攻撃を受け止め、もう一人が叩くと言う人外相手の戦い方を短時間でマスターしたらしい。前回からちゃんと反省しているな。
とりあえず後ろの方にいるこちら側の大将、聖騎士に挨拶をしておく。
「どうも、ジャックです。加勢に来ました。」
「と言うと、あの奇襲から私の騎士達を守ってくれた救世主殿か!助かった、礼を言わせてくれ。俺の名はゴルドってんだ」
王国に7人しかいない聖騎士に褒められて悪い気はしないが、戦いの最中だと言うのに気楽な事だ。
「どうもよろしくお願いします…そんじゃ、ちょいと戦ってきます」
そう言い残し、敵へと駆けていく。
最前線で戦っている騎士たちの邪魔にならないように少し横に逸れ、敵の群れを横から攻めるのが一番効果的だろう。
「まずは…一匹ッ!」
走りの勢いそのまま右斧を上から下へと大きく振り落とし、一匹を絶命させる。
その勢いを利用し左斧も同じように振り落とし、もう一匹。
その頃にはもう敵の軍勢のど真ん中にいるわけで、敵に囲まれている。
「燃えてき…たァッ!!」
その場で跳躍し、空中で体をうねらせ回転する。右斧と左斧を横に薙ぎ払う。そのまま、独楽のように回転。爽快に、熊がどんどん吹き飛んでいく。
勢いが少し収まり始めると、今度は土操作スキルを発動。俺を中心に半径五メートルくらいに大量の大きな棘を発生させる。棘でそのまま死んでいく熊もいるが、大半は足が止まる程度。その止まった熊達を無慈悲に斧で斬りすてていく。
そんな事をしているうちに、完全に熊達の注目は俺に集まった四十匹はいる熊が俺の方を向く…計算通りだ。
「今だああああッ!!」
「「「「ウォオオオオオオッ!!!!」」」」
ゴルドの掛け声と共に熊の軍勢へと突進していく騎士達。俺は少しずつ戦線を離脱し、後は騎士達に委ねる事にした。
その判断は正しかったのだろう、戸惑う敵に畳み掛けるように騎士達は剣を振り続けた。後ろで気楽そうに笑っていたゴルドさんもかなりのやり手なのだろう、一気に先頭まで上がり数多くの熊を一撃ごとに屠っている。
その原因は、彼の前にいる熊身動きを取れなくなっている事に起因しているように見えた。
「人外レベルに強い聖騎士達…その仕業はお前か、スノウ」
「ご名答!私が二つ名を分け与えました」
そう、二つ名というのは人に分けることができるのだ。自分の力の一部を他の人間に授ける…俺には無縁だが、女王たる彼女は重宝するのだろう。恐らく聖騎士7人は全員、彼女の相手を眠らせる異能を持っている。
ちなみにだが、この眠りの異能は相手の精神状態によって必要な力が変わってくる。例えば相手が平常心で眠気に対する抵抗がなければすんなりと眠りに導けるだろうが、興奮状態の戦士なんかは眠らせるのにかなり体力を使うだろう。なのに興奮状態の動物に対して異能を乱用できるとは、やはりゴルドは一流の戦士ということか。
「そういえば、なんでゴルドには敬語で私にはタメなんですか?」
「ゴルドさんは立派な聖騎士だろ?それに比べてお前はなんだ?腹黒ババアか?」
「不敬罪で殺して差し上げましょう」
おっと、この女をババア呼ばわりしてはいけないことを忘れていた。
そんなこんなでボンヤリと観戦していると、敵側に動きがあった。
「熊の大将のお出ましか」
そいつは、巨大だった。既に大きい普通の熊達の2倍は大きい。動物のくせに漆黒の鎧を身につけており、拳にも熊用のガントレットらしきものを装着している。その身から発せられる異様な覇気は感じて寒気がする。
ゴルドはいち早く大将が現れた事に気付き、息を深く吸い込んだ。そして、
「熊の大将と見た、そこの武人…否、武熊に、一騎打ちを申し込む!!」
そう、叫んだ。騎士達は即座に戦いをやめ、ゴルドさんを半円の形で囲む。そして熊達もなんと言葉が理解できるのであろう、自らの大将を囲む。二つの半円が融合し、決闘のアリーナと化す。
両者が睨み合い、その部下達が固唾を呑む。
ゴルドの手元が僅かに震えた。動揺しているのだろう。
「異能は効いてないみたいだな」
「そうですね。恐らく肉体改造の過程で精神力も鍛えられたのでしょう。」
先に動いたのは、ゴルドだった。右足で強く踏み込み、その大きな両手剣を大上段で構える。そして敵大将ーー黒熊が間合いに入った瞬間、両手剣を驚くべき速さで振る。黒熊は紙一重で躱すが、それで終わりはしなかった。両手剣は地面に辿り着くスレスレで急停止し、今度は下から上へ全く同じ速度で振り上げられる。黒熊は予想外の攻撃に準備をしておらず、目元を浅く斬られた。
「燕返し…確か東の大陸の技か?」
「えぇ、彼はあの大陸で数年間武者修行をしていたらしいですから」
なるほど、確かにゴルドの身のこなしはまさに達人の域に達している。
「グルゥァアアア!!!」
黒熊は激怒した様子で、右拳を放った。その速さに、俺は目を疑った。恐らく拳を放ってからゴルドの顔面に到達するまでのスピード、約0.001秒。俺でさえギリギリ見えたレベルだ。しかもその威力は絶大。大きく吹き飛ばされたゴルドを見て、俺は戦慄を覚えた。
そして黒熊はその大木のような足で吹き飛ばされたゴルドへと踏み込んだ。これもまた恐ろしいほど早い。今度は左のフックのような殴りを、ゴルドは辛うじて両手剣で受け止めた。
(ゴンッ)
そんな音が鳴った。攻撃の一つ一つがとてつもなく速く、とてつもなく重い。
俺は静かに歩き始め、一騎打ちの場へと乱入した。
ゴルドには荷が重すぎた…バトンタッチだな。
より多くの人に二つ名の力を分け与えるほど、自分の力も弱まります。
感想等いただけると作者のモチベがググッと上がります!!