#3 騙し討ち
「白雪が『タイタンキラー』を持ち出したァ!?」
熊の帽子と、ラフな衣服。そして、大股で会議室の席に座るその態度。無知な人間が彼女を女帝ゴルディロックスだと見破る事はないだろう。
「なんで消息不明なはずの『タイタンキラー』が白雪王国側に立ってんだよッ!!!」
女帝の見慣れた激怒をほかの会議室の出席者は全員静かに見守った。
「あぁもう、聖騎士さえどうにかすればいいって話だったのに!!」
テーブルに置いてあるグレープジュースを一気飲みし、件の男、ジャックの資料をビリビリに破く。コピーがあるとはいえ、大事な文献をゴミのように扱う自らの主人を見て参謀はため息を吐く。
「「そんな男、ボク達にかかればどうって事ないさ」」
信頼できる二つの声を聞き、ゴルディロックスの怒りは治り、代わりにニヤッと笑みを浮かべた。
「お前達に頼めるな?」
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あの戦い以来、ゴルディロックス帝国は一度も攻めていないらしい。ただ拠点自体はまだあるらしく、そこにいる大将も顔を出していない。こちら側は聖騎士が大将だから、お互いカードは出し尽くしていないという事だ。
「にしても、戦争だというのにのどかですね」
「国の内部は戦争で大忙しだろうが、国民自体は全然自覚なんてねぇんだ。新聞で戦況を読んでても、他人事にしか感じないってのが本音だろうな」
現在、俺はスノウことフクロウを肩に乗せ散歩中だった。曰く、俺は英雄になるから印象をよくするため規則正しい生活を送るべきらしい。だからこんな真昼間、いつもだったらエールを飲んでいる時間帯に散歩なんざしているんだ。
少し街を外れた、森の方へと歩いていく。
「どこへ行くのですか?」
「この先にある自然の広場があってな、考え事をしたりするときのお気に入りの場所なんだ。リラックスするのにもいいと思うんだ」
そう言って、俺は倒木の上に座る。
「驚きました。酒飲むしかやることがなさそうなのに、以外と考え事とかしてるんですね」
「いやお前の俺に対するイメージが酷すぎる」
そんなやりとりをしていると、俺たちがきた方向から反対側…ゴルディロックス帝国の拠点側から、足音が聞こえてくる。
「近くに一人、そいつの後ろに一、二、三…五人分の足音だな。近くの方が到達するまで30秒ほど」
「了解しました。先の戦いではあなたに任せすぎました。今回は、逆に私に任せてみてください」
「わかったよ」
フクロウが大きな羽を広げ、空を飛び始める。一番最初に森から出てきたのは…小さな女の子だった。
「た、助けてくださいぃっ!」
怯えた様子でこちら側へと駆け寄ってくる。その後ろには、五人のゴルディロックス兵が。帝国の軍事勢力の大半は熊らしいが、精鋭には人間も含まれているらしい。つまり、この五人はかなりのやり手ということになる。
「スノ…レイア、本当にお前だけで大丈夫か?」
このフクロウが敵勢力の女王だと知られたらまずいので、咄嗟に偽名で呼ぶ。それに応じ、スノウは答えた。
「えぇ、あれくらいなら…大丈夫です」
そう言って、フクロウは目を大きく開けた。すると、ピタッと兵達の動きが止まる。よく見れば、彼らの顔にはうっすらとリンゴの模様ができている。
「おやすみなさい」
彼女の声が兵士の耳に届くのと、彼らがその場で倒れこんだのは同時だった。
さすが『眠り姫』。毒林檎を食べ、永遠の眠りについても尚、挫けずに王子を待ち続けた女王の姿がそこにはあった。
まぁフクロウだが。
「おつかれさん、女王陛下」
彼女にしか聞こえない声で俺は言った。疲れ果てた様子で寝てしまった少女は、一旦俺の家に引き取ることにした。
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起きると、少女はことの成り行きを説明してくれた。彼女はアリアというらしい。兄と一緒に探検していたら見慣れないテントをいっぱい見つけ、はしゃいで近づいたらゴルディロックスの拠点だったのだとか。剣を抜き出しで走ってくる兵士達を兄が体を張って足止めし、妹のアリアは命からがら抜け出してきたらしい。
言葉足らずな説明で、途中から泣き始めてしまったが、要約するとこんな感じだ。
「お兄ちゃんはっ…まだ、あそこで戦ってるかもしれないのっ!だから、だから…」
まだ戦っていることはないだろうが、人質として捕らえられている可能性もある、か。
なるほど。
「それじゃ、お兄ちゃん救いに行くかねぇ」
「ちょっとそんな気楽でいいんですか!?」
「いいんだよいいんだよ」
壁にかけていた相棒二人を持ち、俺は家を出た。
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小一時間ほど歩き続け、アリアの案内で辿り着いた敵拠点。
アリア曰く、その一際大きなテントで兄と別れたらしい。
「なるべく兵士たちに見つからないように救出するのが良さげだな」
そう言い、拠点内部へと侵入する。予想通り、テントに辿り着くのは簡単だった。こっそりと中に入ると…そこでは、ゴルディロックス兵が十人ほど待ち構えていた。
「だろうなとは思ったよッ!?」
振り返り、少女を蹴り飛ばす。すると、テントの壁にぶち当たった彼女の体が8歳児のものからみるみる大人のものへと変形して行く。
「騙し討ちのグレーテル。戦場じゃ有名な名前だよ」
気絶した彼女に吐き捨てるように言ってから、両手に持った斧を固く握る。ゴルディロックス兵達は、上司が気絶してもやる気らしい。
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数分後、テントの中は兵士達の死体で溢れかえった。
「そんでもってグレーテルの体はーー」
ない。恐らく兄ヘンゼルの仕業だろう。
その昔、ヘンゼルとグレーテルは冒険をしに遠出していたという。帰り道を見失わないように、ヘンゼルは歩きながら石を撒いていたらしい。
お菓子でできた家にいる魔女を撃退し、見事撒いた石で家へと帰って見せた幼き二人に妖精の神母は『アウトスマーター』の二つ名を授け、グレーテルは変身能力、ヘンゼルは『ワープストーン』を設置した場所にワープする能力を手に入れたのだ。
ゴルディロックス帝国に雇われてから、兄妹はその能力を騙し討ちや暗殺に使い始めた。それが、今のヘンゼルとグレテルという事だ。
若い頃はどれだけ清い心を持っていても、年を重ねるにつれ段々と霞んでいく。
老いたくはないものだな。
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