#2 タイタンキラー
「もう一曲歌ってくれ」
「それでは、特別な歌を…『ハープソング』を、奏でましょう」
黄金のハープが楽しそうに笑う。そして美しい音色を奏で始める。その音は俺の耳だけではなく、心までもを満たしてくれた。いつしか、彼女の曲を聞くことだけが、生き甲斐になっていた。
「それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
そんな何気無い会話が、俺とローラの最後のやり取りだった。
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「ちっ…」
嫌な夢を見た。
アレからスノウは一旦城へと戻り、準備をし始めた。いつでも依頼を渡すから、常に準備をしておけとのことだ。
ベッドから起き上がって着替えると、朝の新聞を拾う。どうやら多少の争いはあったが、今は互いに拠点を設営し睨み合っている状態らしい。
新聞をテーブルの上に置き、家を出る。向かう先はすぐ近くの、俺の倉庫だ。辿り着くと、予想通りの汚れようだった。鍵が開いたのが奇跡くらいだ。
数年ぶりにみる中の様子は、俺が戦いを辞めたあの夜とほぼ一緒の状態にあった。
まず、正面にあるのは巨大な二つの斧。戦斧ではないが、俺の戦いの相棒たちだ。次に、大きなリュック。『アレ』を登った時よりかなり古くなってはいるが…
気づけば、涙が頬を伝った。あの時の俺はどうしようもなく好奇心旺盛で、純粋で、無知で…馬鹿だった。
奥にある頑丈な金庫を開けると、中には美しい女性がついているハープの片割れがある。これこそが、入手できれば一生遊んで暮らせると言われた、黄金の歌うハープ。俺は奥歯を噛み締め、止めようのない涙を食い止めようとしながら、震えた声で言った。
「あと少しだから…待っててくれ」
静かに金庫を閉じ、斧二つを手に俺は倉庫を出た。涙を流すのは、これで最後だ。
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家に帰ってからずっと俺は斧を磨くことに専念していた。数年が経っただけありかなり錆びていたが、やはり使い慣れているものが手にしっくりくる。持ち手や刃の部分の汚れを完全に落とし、ただひたすらと研ぐ。
そしてちょうど二つ目の斧の手入れが終わった頃、窓をコツコツと叩く音が聞こえた。見ると、大きなフクロウが窓の向こう側から俺を見つめている。窓を開けると、案の定、フクロウは聞きなれた声を出した。
「ゴルディロックス側に動きがありました。奇襲を仕掛けてきたらしく、戦況は最悪。来てくれますか?」
「遠隔操作の魔道具か」
「ご名答」
「んじゃ、行くぞ」
当然の如く俺の肩に乗ったフクロウをどうにかする事を諦め、俺は二つの相棒を持って、数年ぶりの戦いへと向かった。
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戦場はなんとも悲惨な状況だった。明らかに巨大すぎる熊の群れが白雪王国の騎士達をなぎ倒して行くのだ。白雪王国の騎士は守りに特化した装備だ。どんな攻撃をも受け止める最強の装備は対人戦ではかなり有効だが、人外の超パワー相手には為す術もなかった。盾で攻撃は受けれても、盾ごと吹き飛ばされてしまっては意味がないのだ。
「確か帝国の女帝、ゴルディロックスは二つ名持ちだっけか」
妖精の神母、フェアリーゴッドマザーが認めた者に授ける特別な技能、それこそが『二つ名』だ。
確か最強の熊を前に恐れを見せなかったその勇気を認められ、授けられた二つ名が『ベアークイーン』。
熊の女王と言うだけあって、熊を好きに操れる能力らしい。
「ボケっと見ている暇ではないですよ、加勢しましょう」
肩の上に居座る口うるさいフクロウにため息をこぼしつつ、俺は戦場に身を投じた。
パッと見える熊の数は10体。
一番近くの巨大熊へと走っていき、ダランと下げていた右手に握った斧を無造作に下から上へと振り上げる。熊が唐突に立ち止まったかと思えばすぐ後にその上半身がズレ落ちた。
血の噴水と化した熊の下半身を蹴り飛ばし、三体で群がっている熊達へと突進。
熊達との接触直前で跳躍。二つ合わせて俺と同じ重さの斧を持ちながら、空高く跳ぶ。
そして、斧の重量を利用し正面の熊を右斧で叩き斬る。
地面へとめり込んだ右斧を中心に緩く回転し、左斧を回転の力を利用して振る。二体目の熊が絶命した。
だが最後の熊は味方が殺されている間にも俺へと接近し、爛々と瞳を輝かせて殺意の一撃を俺に喰らわせようとしていた。そんな熊の腹を思い切り蹴ってやると、予想外の攻撃に熊はよろめいた。その隙に右斧を地面から引っ張り出し、上から下へと一刀両断…基、一斧両断。
「さて、次だ」
そう言って周りを見渡すが、熊達は焦って蜘蛛の子を散らすように逃げていた。
「久しぶりの戦闘にしては上々ですね、『タイタンキラー』」
「そりゃどうも」
空から観戦していたフクロウに苛立ちを感じていると、生き残りの騎士達が俺のところにおずおずと寄って来た。
「その...助けて頂き、感謝します」
代表らしき騎士が俺に声をかけるが、俺はもう家に向かって歩いていた。
「せめてお名前を、教えてください!!」
騎士が走りながら叫ぶ。
「ジャックだよ」
俺は、名乗りたくもない名前を敢えて名乗った。
「ジャック・スプリガンだ」
かつて王国中に轟いた、神々の豆の木を斧一つで叩き斬った少年の名を。
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