第59話
「……八重様にとって、その方はとても大事な方なのですね……」
「あぁ、多分あいつにとっては命よりも大事なんじゃないか?」
そう繁村は話しながら、高志が無事に紗弥の元に向かう事が出来たのかを考えていた。
*
「はぁ……はぁ……」
「ごほっ……ごほっ……」
優一と伊吹は膝をついて互いを睨んでいた。 お互いに苦戦を強いられ、長期に及ぶ殴り合いで体力は共に限界だった。
「クソジジィが……少しは……やるな……」
「……クソガキには……負ける訳に……いきませんからね……」
伊吹はまさかこんな子供に自分がここまで追い込まれるとは思っても見なかった。
一体どんな武道や格闘技をやっていたのか気になりながらも、伊吹は早く屋敷に侵入したくせ者を排除しようと必死になっていた。
「……そろそろ遊びは終わりにしましょう……」
「遊び? あんたも息が上がってんだろうが……強がんなよおっさん……」
「強がりですか………確かに半分はそうです……しかし、半分は違います!」
「え……」
伊吹はそう言うと、立ち上がり優一の懐に飛び込み、そのまま優一の腹部に拳を打ち込む。
「ぐがっ……」
「ふん!」
「あぐっ!!」
腹を殴られた次は背中を両手で殴打され、優一はその場にうつ伏せで倒れ込んだ。
「げほっ!! げほっ!! はぁ……はぁ……」
「私は……この家を……お嬢様を……旦那様を……お守りする盾なのです……だから……負ける訳にはいきません」
伊吹はそう言いながら、優一の背中を足で踏みつける。
「あぐ……」
「諦めなさい、もう貴方は立つことも出来ない………惜しかったですが、貴方と私では大きな覚悟の差があったようですね……」
「か、覚悟?」
「はい……己を犠牲にし、誰かの為に拳を振るう覚悟です……」
覚悟、そう言われた優一は力を振り絞り、立ち上がろうと腕に力を込める。
「ん……か、覚悟なんて……俺には……ねーよ……」
「ほう……ならば、何故貴方は立ち上がろうとするのですか?」
「あぐっ!!」
立ち上がろうとする優一を押さえつけるように、伊吹は足に力を込めて優一を地面に押さえ込む。
「はぁ……俺は……ただ……あいつの力になりたいだけだ………」
「……力?」
「あぁ……覚悟だの責任だの……俺にはそんなもんは無い……俺があいつに出来ることは……あいつが困ってる時に……文字通り力を貸してやることなんだよ……だから……だから……俺は!!」
「なっ! まさか……」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
優一は雄叫びと共に体を起き上がらせ、伊吹をひっくり変えさせる。
「はぁ……あいつに出来ることなんて……俺はこんなことしか無いんだ! さっさとそこどけよおっさん!」
「……こんな状況じゃ無かったら、私の下に欲しい人材ですよ君は……」
二人は再び向かい合う。
そして、お互いに構え互いの動きを伺う。
そんな時……。
「伊吹さん」
「……お嬢様……なぜここに?」
お屋敷の方から伊吹の名前を呼んだのは、瑞稀だった。
瑞稀の脇には繁村と土井もおり、その後ろにはメイドさんと執事が待機していた。
瑞稀は伊吹に近づく。
「伊吹さん……お話があります」
「……お嬢様……知ってしまったのですね……」
「………はい」
伊吹は瑞稀の顔を見て、瑞稀が何を言いたいのかを察した。
その瞬間、伊吹は拳を緩め、瑞稀に頭を下げる。
「申し訳ありません」
「私以外に謝る方がいるはずです」
「………」
「お父様に会いに行きます。ついてきてください」
「……はい」
優一は瑞稀と伊吹のやりとりを黙って見ていた。
話しの流れや繁村や土井がやってきたことから、作戦が成功したことに気がつく。
「優一!」
「大丈夫かお前!」
土井と繁村は急いで優一に駆け寄る。




