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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第九十六話:下手の結婚談義


 溜池山王のオフィスの周りは年始の長閑(のどか)さから抜けきっていない様子だ。


 ビルの入口に正月飾りが残っていたり、ビルの谷間にある神社仏閣への参拝客が道端のベンチで甘酒をすすっていたり。よくある東京の正月というやつだろうか。

 久しぶりの影山物産のオフィスも正月独特の気の抜けた様な空気だったが、南極で切った張ったをしてきた後だけにそんな雰囲気が俺にはありがたかった。


「ふうん。大変だったわね。無事に帰って来れて良かったじゃない。でも、そのロシアンマフィアには面が割れちゃったんじゃないの? 大丈夫なの?」


 南極での事の顛末を市川さんに話してみたが、気になるのはやはり今後のリスクのようだ。


「あー……俺は取り調べとか受ける前だったけどフェデリコの顧客名簿から俺の名前とかは漏れるかもしれないなあ……」


 あそこにあった書類やノートPCなどは全部始末して来た筈だ。後は取り調べをしていた連中の記憶と、フェデリコが何をどこまで連中に話していたかだ。

 まあ、フェデリコもそれなりの組織の人間らしいからマフィアに捕まってペラペラ情報を話すことなど無いと思いたいが……。


「そっちはこれ以上自分達ではどうにも出来ないのね。じゃ、それはいいとして……。

 確か南極に行くかどうかの話をしていた時、前から温めていたアイデアがどうのって言ってたわよね? あれは結局どうなったの?」


 やっぱり覚えてるもんだな。さすが市川さん。年末年始の日本のおめでたい空気で脳を洗い流されたりしていないようだ。


「あれかぁ……うん。ちゃんとやってるよ」


「え? 現在進行形なの? 何をやってるの?」


「ええとね……」


 俺は南極海に浮かぶ中型の流氷や、雪上車から外を見渡して運良くレジストリが見れた数十万トンくらいの氷塊を見つけてはせっせと太平洋・大西洋の暖流が流れる海上に送り込んでいたのだ。もちろん、うんと冷やして。

 超巨大氷山と言われ、日本でいうと県と同じくらいの広さもあるような氷山はいきなり姿を消すとなるとそれなりの事件扱いになるが(注)、高緯度地域にある氷塊などはそうでもあるまい。


「暖流が流れる海に氷山なんか放り込んだらすぐに溶けるでしょ? なんでそんなムダなことしたの?」


「溶けるよ。太陽からのエネルギーってのは凄いからね。でも、氷山ってすぐに溶けるかと言うとそうでもないんだよ。マイナス100℃とかに冷やしてから転送してあるから逆に周りを凍らせちゃったかもね。そうなると、例年に比べて海流の温度が少しだけ下がるだろ」


 市川さんが腕を組んで天井を見上げ、目を瞑って考え出した。俺が何をしようとしたのかをまだ計りかねているらしい。


「数にもよるでしょうけど、少しは下がるかもしれないわね」


「少しでいいのさ。極端に下がると天変地異ってことになって『あいつ』から苦情が来てしまう。ただ、暖流の温度がちょいと下がると北半球の沿岸部は『いつもより寒いね』ってくらいで済むけど、内陸部はどうだろう? あと、もともとギリギリの寒さのところで作っている穀物はどうなるだろうって考えたのさ」


「ちょっとまって。南極の天然素材で気象兵器を作ったってこと?」


「気象兵器……うん。確かに俺がやったことは気象兵器の製造と設置だね。即席のラニーニャ現象を起こそうとしているわけだから。これから北半球は結構寒くなると思うよ。いつもより半月くらい春が来るのが遅くなるかも。逆に夏は暑くなって、台風とか大変になるんじゃないかな。タイタニックじゃないけど油断して氷山の監視を怠ってる船とかも危ないと思うよ」


 俺の狙いは寒波で凍死する人の数を増やすことではなく、気候変動で世界の食糧自給事情に少しばかりの混乱を引き起こすことだ。

 北半球の先進国で大量に生産されている穀類の値段が高騰すれば、一時的には穀類を買えない人達が飢えることになるだろう。先進国からの輸入穀類に国内供給を徹底的に破壊され、嗜好品をプランテーションで作るしか無くなったような国にとって、それがどのような意味を持つのか。

 

 1年か2年なら輸入穀類の値段が戻るまで我慢する国もあるだろう。相応の備蓄があってびくともしない国、主食となる作物を増産する国、他人の食い物を奪うために銃を取る困った国なども出てくるかもしれない。そして、既得権益を守るために何かをしでかす、国ではない勢力が出てくる事も考えられる。


 俺は何が起こるかを見極めたいのだ。

 

 俺が暖流のルート上に送り込んだ氷塊と氷山は千個に満たない。温暖化激しい昨今のことだから、氷山も氷塊もあっという間に溶けてしまって、思ったほど大げさなことにはならない可能性だってある。

 しかし「風が吹けば桶屋が儲かる」の喩えもあるが、その喩えからすると今回俺はそれなりの風は起こしたわけで、後は桶屋がどう儲かるかということだ。


「あ、市川さん、先物取引で小麦とか買おうとか思ってるでしょ」


 俺は市川さんの顔が商売人の顔になっているのを見てすかさず指摘した。市川さんは以前にも俺の情報を基に金相場で大儲けしたことがある。あとで聞いたがあの時は新興市場の上場企業ならまるごと買えるくらいの金額を儲けたらしい。今回もどうもそれを狙っているっぽい。


「バレたか……駄目かな?」


「駄目ってわけじゃないけど、儲け過ぎるとまた変な連中が寄ってくるから気をつけてね」


 そう言えば変なやつの筆頭、三箇山とかどこでどうなってるんだろう? あ、市川さんも誰かを思い出したらしく露骨に苦い表情になった。


「そうね。考えとくわ。ところで、さっきからそれ、何を始めたの?」


「ああ、向こうから逃げてくる時、兵隊や作業員の持ち物のレジストリを記憶しておいたんだ。これやっとくと、今の連中の位置がわかるから、それを書き出して地球上の緯度(ラト)経度(ロン)に変換して定期的にトラッキングしてるんだよ」


「……何よ、その便利機能は……?」


「ああ、レジストリのリファレンスについて解説してなかったか。そのうちパワポで資料作ってきちんと説明するから面白い使い方考えてよ」


「うん、今度しっかり教えて。ちゃんと把握しておきたいから。

 ああそれから貴子と、それと相田さん……あなたの能力についてこの2人には聞かせておいたほうが良いと思うんだけど、そろそろちゃんと考えてくれない?」


「え、貴子さんはお父さんの件があるから解るけど相田まで……? なんで? どうして?」


「うーん……なんというか、座り? バランス? そういうのがどうにも悪いのよ。私と貴子が見た目歳を取らないのに相田さんだけ歳を取ってるのもホラーだし。

 何より彼女は有能よ。リスクの分散とプロジェクトの推進をするのが私なら、彼女は専門は偏るけどモノを作ったり思いついたりする領域では天才的だし常識や善悪のバランス感覚もいいわ。

 正直『あいつ』さんは彼女にお役目お願いしたほうが良かったんじゃないかと思うこともあるくらい」


 それは俺も思わないでもなかったし、実際アイーダ月ヶ瀬先生の発想には何度も助けられている。しかし、俺が担当者になったからこそ市川さんは念願の若返りを果たせたわけだし、人生も好転した筈なんだが。


「それでも私は影山さんが担当者になって良かったと思ってるよ。相田さんだと今頃人口が何億人か減ってるだろうけど、私はこんなに楽しい人生送ってないだろうからね」


 あ、なんか涙出てきた。


◆◆◆◆◆


「あー、嫁さん欲しい……」


 例年よりかなり寒い2月のある日、俺はいつもと同じように皆のいるフロアで人工知能のコーディングをしていたが、ふと寂しくなってそんな言葉がつい口から出た。

 よくある独身男性の独り言だ。少なくとも俺にとってはそうだったが、周囲を見る限りそうではないらしい。オフィスが今まで見たこともないくらいざわついている。


「かっ影山さん! 職場でなんて事を……!」


 近くに座っていた相田が顔を真っ赤にして俺に抗議をしてきた。嫌だなあ、こんなの誰だって場所を選ばずポツリと呟くセリフじゃないか。余裕がなさすぎるぞ相田。


「あ、いや、セクハラじゃないぞ。誰か特定の人を指して嫁に欲しいとか言ってないしな!」


「そういうことではなくてですね!」


 考えてみれば市川さんも貴子さんも見た目は若いが俺とたいして変わらない年齢だし、相田も若作りで頑張っているがそろそろ三十路だ。俺が結婚に向けて何かしらの態度を示せば当然、彼女達3人も何かしらの行動をとるのではないかと皆に注視されるかも知れない。相田はそういう事を言いたかったのだろうか。


 俺と相田の会話を皮切りに、オフィス中にslackのメッセージ到着音がポンポンとあちこちで鳴り続けていた。皆チャットで何を話してるんだ?


 既婚の田辺さんは俺のセリフなど気にも留めず仕事に戻っているが、他の連中にとっては「影山さんお嫁さん募集中」というのは近年まれに見る大ニュースのようだった。


「影山社長って、市川さんとご婚約なさってたんじゃなかったんですか?」


 数ヶ月前に入社してきた大井という若造が軽口を叩いてきたが、この場に市川さんがいたら眼光で射殺されるところだったぞお前……。

 というか、そうか。皆にそういう共通認識があったから今まで誰も俺に言い寄ってこなかったのか。


 俺は、市川さんが俺とお似合いと言われただけで凄い表情で言った相手を睨みつけるのを今まで何度も見て来た。だから市川さんは俺を男性として見ていないことはなんとなく分かっていたのだが、案外世間の目というのは俺の認識の逆を行っているものだ。


「お黙りなさい。影山さんくらいのお方になると、ご結婚や婚約は貴方が思っているほど簡単なことではありませんよ」


 米国に出張に行った市川さんの代わりに貴子さんが厳しい目で大井を睨んだ。俺は彼を別に悪いとは思わないのだが、貴子さんにピシャリと言われてしまった大井はなんだかバツが悪そうに自席へと引っ込んでいった。可哀想に。


 ヒソヒソと小声のざわめきが止まないオフィスで、不本意な形で周囲の好奇の目にさらされてストレスが溜まっていた俺のslackに相田からメッセージが飛んできた。


aida 15:00

@kageyama

自分がどれだけの資産と影響力を持っているか考えて下さい。


kageyama 15:15

@aida

すまん……


aida 16:43

@kageyama @takako @ichikawa

影山さんがオフィスフロアで嫁募集発言をしました。本件対応のため、近い内に会議を開きます。万障繰り合わせの上ご参加を。場所と日時は追って連絡します。


Ichikawa 16:45 このスレッドに返信しました:

@kageyama @takako @aida

了解



 うん? 俺の資産目当ての女性が俺という人格を無視して群がってくるということか、それともその群がりようがウザそうだからそういうのは会社と関係ないところでやれということか? 確かに、俺のせいで変な騒ぎになったら申し訳ないな。


 え、市川さんがノータイムで即答? ねえ、俺そんなにまずい発言したの? 市川さんを米国から呼び寄せなくてはならないほど?


 一日もすると俺の「嫁さん欲しい」発言はTwitterや掲示板で拡散されており、女性週刊誌や経済誌からも取材申し込みが舞い込んだ。

 この雑誌記者の連中との話やSNSでの議論を見るに、どうやら俺の日本での立場というのは「玉の輿狙いの独身女性にとっては最高峰の大穴」というものであるらしい。

 いつもお役目のことと人工知能のことくらいしか考えてないからその辺最近無頓着だったが、確かに最高峰が自分から門の扉を開けたってのは大ニュースかも知れない。それを自覚してないことを相田は怒ったんだな。ようやく理解できた。


「影山さんのタイプの女性は……」


「今までお付き合いした女性はどのような……」


「お嫁さんにしたいタイプの女性像をお聞かせ……」


 それまでの仕事の関係もあって無下に断ることも出来ない雑誌社からのインタビューに応じると、仕事のことなどそっちのけでほとんどそっち関係だった。

 俺は芸能人じゃないぞと何度も言ったがそういう抗議は記者の耳には届かないらしい。ズケズケと下半身関係の質問までも織り交ぜて来る辺り、わざと怒らせようとしているようにも見える。


 しつこく食い下がる雑誌記者に俺が「過去に付き合った女性なんてどうでもいいじゃないか」と答えたら「女性なんてどうでもいい」という部分だけを翌朝のワイドショーで取り上げられて炎上したりとか、もう俺には何が起きているのかも分からなかった。


 壬生家からもチクチクとプレッシャーは来るし、クロエやルーカスからも変なメールが来るし、この話一体どこまで広がってるんだろう?


===


通知:【逃亡禁止】影山社長のプライベート発言について

 20XX/02/14(水)18:00〜20:00(JST)

(aida@vc.kageyama_XXXXXX.co.jp)

 ─────────────────────────

各位


 お疲れ様です。相田です。


 先週影山社長が発言した「嫁さん欲しい」発言について、関係者間の意見調整と今後の対応方針について検討を行いたく思います。

   :

   :

   :


===


 ほとほと疲れてきたところに相田から会議招集メールが来た。どうやら俺の人生の何かしらの方針がその日決められるようだ。


どうしよう……。




(注)巨大氷山は行方が国際機関、南極研究機関によってきっちり監視されている。

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