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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第九十五話:仏の串は三本

 留置場から出た俺達は慎重に通路を見渡したが、見張りや指揮官の姿は無かった。人員の問題か、さっきの爆発で皆出払ったからなのか。


 これ幸いとばかり通路から出口へと向かい始める。距離はそんなに長くない。簡素なプレハブが4つ、渡り廊下でL字型に繋がっていてその片方の端が出口だ。


「影様、これ!」


 俺とフェデリコが部屋一つ横切るのにも苦労している間に、瞳が俺達の手荷物と防寒着を回収してきた。彼女の手には竹串がすでに装備されている。いつも3本持っているところが2本になっているところを見ると、荷物の回収時に何があったかは推して知るべしだ。


 急いで取り返した防寒着を着込み、物音をたてないように出口に向かって前進する。普通に歩く5倍以上の時間をかけてやっとL字の通路を曲がるところまで来たが、曲がった先には銃を持った見張りが通路に一人、さらに出口付近にも一人残っていた。無線機で何やらしきりに話をしているが彼等の言葉は俺には分からない。


「フェデリコ、あの銃、お前なら扱えるか?」


「なんだ旦那。あれを奪おうってのか?」


 こんな状況だ。能力を出し惜しみしていてもしょうがない。

 自棄になった俺の顔が歪み始めた直後、瞳が俺の背中をとんとんと叩いた。


「あの……銃が必要ならさっき私が入った部屋にいくつかありましたよ?」


「でかした! だけど頼むからもうちょっと早く言ってくれ!」


 俺とフェデリコは瞳が強襲した部屋に入り、見張りが持っているのと同じ様なアサルトライフルと短機関銃、それに拳銃を2丁手に入れた。

 短機関銃はビゾンというらしい。フェデリコが言うには「ここで使うには最高」なんだそうだ。

 正直使い方は分からないが、構えるだけでもハッタリは効くだろう。とりあえず俺も瞳もその部屋で入手した銃を装備した。


「ニェットザルズィニカフ!」


 突然の大声。見張りの一人がばんと扉を開け、凄い勢いで部屋に入って来た。


 銃器の補充でも命じられたのか、それとも閉じ込めておいた筈の俺達が居なくなったことに気がついたのか、何にしても間が悪い。

 見張りの男は銃を構えた俺達と白目をむいて寝ている仲間を見つけると、状況を理解するのに一瞬戸惑った後、俺達を睨みつけて銃を構えた。


「ウミェレーツ!」


「何いってんだかわかんないわよ」


 扉の近くで出入り口の確保をしていた瞳が見張りの死角から手を伸ばして口を塞ぎ、その首に竹串を1本刺した。躊躇無く根本までぶっすりとだ。


 刺された見張りは最初の10秒ほど、手足をばたつかせて瞳の手を振りほどこうとしたが逆に瞳にあっさり銃を取り上げられ、次の10秒で呼吸と動作がおかしくなり、次の10秒で膝から崩れ落ちて息をしなくなった。


 瞳はほんの一瞬、片手を顔の前に持ってきて「南無」みたいなポーズを取ったが、あいつの信仰的にこれはありなんだろうか。


「うわぁ……彼女、何者なんだ? お前らほんとに特殊部隊じゃねえの?」


 フェデリコがあまりに手慣れた瞳のやり口を見て思わず声を漏らす。無理もない。彼女の行動には素人にありがちな躊躇ためらいが全く見当たらないのだ。


 時代劇なら物悲しいトランペットの旋律が高らかに聞こえて来そうなところだが、「ばっ! がしっ! ずびしゅっ」で終わってしまう。

 一連の動作にはタメとか情緒とかそういうものは見当たらない。相手の絶命を見届けた時にかろうじて瞳の顔に笑みが浮かぶのが情緒……と言えば情緒なのだろうか。


「うん……なんかごめん」


 外ではまだ大騒ぎが続いていた。外で派手に音を立てている爆発はスノーモービルの、正確にはスノーモービルだったものの爆発だ。


 俺は連中に連行される途中、連中のスノーモービルのレジストリをそっくり頭に叩き込んでいた。


 このレジストリのリファレンスをレグエディットでいじることでスノーモービルの構成成分を全て元素数固定で水素化珪素(シラン)に変えてしまったのだ。シランはメタンを構成する炭素の部分が珪素になっているだけの単純な分子構造なので俺の軟弱な理系知識でもなんとかなった。頑張ったよ俺!


 シランは空気に触れると爆発を起こし、二酸化珪素と水になる気体だ。爆発でできた二酸化珪素は微小なガラス粉末、フュームと呼ばれるものになって空気中を漂うが、これはアスベストと同様、呼吸器には有害だ。つまり屋内にいた俺達は勝ち組ということになる。


 ちなみに、シランに似た気体でリン化水素(ホスフィン)というのがあるが、こいつは爆発する上に猛毒の気体だ。うっかり自分が吸い込む危険があるので使わないに越したことはない。


 ともあれ、俺のレグエディットで満載重量220㎏のスノーモービルは4000m近い高度とマイナス30℃の低温下で27万リットルの気体シランへと変換された後、大爆発をおこして数百度の熱風の嵐を巻き起こし、周りの施設と人々を吹き飛ばしていた。踏ん張っていたのは極地輸送用の雪上車や重量級ショベルカーくらいだ。


 爆発させたのは4か所。俺が同時処理できないので順番に爆発させたが、結果として最初の爆発で何事かと飛び出していった連中が次の爆発、そのまた次の爆発で吹っ飛ばされていった。これで俺達が雪上車で逃げたとしても追ってこれる高機動車両は無くなったわけだ。

 だがすぐに飛び出して行くわけにも行かない。周囲に結構な濃度で漂っているフュームをなんとかしないと、将来的に肺がんなんかになってしまう。


「悪い、フェデリコ。この部屋に3分とどまれるか?」


「3分は無理だ。1分で頼む。何をするか知らんが、状況が許せば1分未満でも脱出する」


 フェデリコにフュームの有害性を説明している時間はない。1分……でなんとかできるだろうか?


「瞳、その辺にある目出し帽や服を引っぺがしてマスクを作ってくれ。あと、外に出るときはサングラスを。クソっ、その辺に防毒マスクでもあればいいんだが」


「分かりました! 影様!」


 さっきから瞳が俺を「影様」と呼んでいるが、緊急時の短縮形だと理解しておこう。さて、俺はこのフュームの霧をなんとかしなくては。


 部屋の二重構造の小さな窓からはレアメタルがソリに山と積まれているのが見える。そういえばあれの始末が本来の目的だった。こちらもなんとかしなくては。さて、どうしてくれよう?


 ご存知の通り俺の能力は俺が「ひとかたまり」だと認識できる状態になっているものに作用できる。なので空気中の小さなゴミや、石礫の山、流れる水などには不向きで、そこを考慮した能力発動が今、求められているのだ。

 俺は放置していたレアメタルの中に忍ばせておいたいくつかのマーカー、実際には握りこぶしくらいの金鉱石だが、そのマーカーを同体積のオスミウムに、そして同重量の鉄に連続的に変換することで体積を増やした。これを7往復すると体積が1600倍を越える。


 ここで大きく膨れ上がった鉄の塊を一旦金に変え、温度を2万度にまで上げる。本来なら蒸発し爆発する筈の金は周囲の他のレアメタルに熱を奪われ、当のレアメタルもまた吸収した高温により融解していく。


 こうしてマーカーだった金鉱石はレアメタルの山の中で合金となり、最終的に2m四方、高さ50㎝くらいの大きさのレアメタルの塊へと変貌した。これが仮に全部金でできているなら38.6トン。市場価格1930億円のホットプレートの出来上がりだ。


 ほどほどの大きさの塊となったレアメタルは南極にあっても周囲の空気が生暖かいと感じるほどの熱を発している筈だが、俺はその塊をディゾルブでフェデリコがDT-30と言っていた大きな輸送車両の下に潜り込ませ、次にそのレアメタルプレートを1500度ほどに熱し続けた。


 正直、レグエディットによるレジストリ操作の中では熱の操作が一番楽で、他に何かやりながらでも出来るくらいだ。


 レアメタルプレートが置かれた氷原の氷肌からバチバチというすさまじい音が鳴り響いた。氷原の氷がレアメタルプレートから受けた熱で融解・蒸発し、もうもうと水蒸気を上げる。その、熱を含んだ水蒸気がDT-30の周囲の気温を徐々に上げていった。


 次の瞬間、どばぅっという音とともに、それまでとは違う音の風が吹いた。


 俺は気温の極端な不均衡が突風を引き起こすことを利用したのだ。洒落にならない強さの風が吹き荒れると、それまで薄ボンヤリしていた周囲の視界がにわかにクリアになった。

 よし成功。風が空気中に浮遊するフュームをきれいに吹き飛ばしたようだ。


「OKだ。フェデリコ! 外には有毒ガスがあると思ってくれ! マスクとサングラスを忘れるな!」


「何か知らんが分かった! ああ、それからな……」


「なんだ?」


「1分待ってる間にお前がやってた百面相、あれ何の意味があるんだ?」


「……」


 一回だけなら1秒かそこらでできるようになったレグエディットだが、あれこれぶっ通しで1分やっているときっちりアヘ顔になっていたらしい。


 俺はフェデリコの質問に答えることなく雪上車に向けて走りはじめた。

 向こうでは DT-30 は足元の氷が溶かされて半分氷原に沈み、一部で火災が発生している。

 これで生き残っている連中に残された帰還の手段は、残された小さな雪上車に乗ってどこかの基地に辿り着くくらいしかなくなった。


「乗れ! 早く!」


 フェデリコが俺と瞳を雪上車に押し込め、エンジンをかけようと躍起になったが悲しいかなここは空気が薄い上に通年で零下何十度の世界。チョークを引いたくらいではそうそうエンジンがかからない。


 俺はエンジンがかかるのを待っている間にレアメタルを積んだソリをムーブでひっくり返した後、重量固定メソッドで水に変えてやった。


 ぱしゃん! という音がしてソリは無くなって、ソリから変換された水はレアメタルの山に降りかかる。大量の水は融解しなかった小石や割れたホットプレートを巻き込みながら瞬時に凍り、ひとかたまりとなった。

 俺はそれを見逃さず、その塊を三重山中に掘った溜池(ためいけ)へと転送した。まだソリに載っていない山も同じだ。指揮所の建物をムーブでレアメタルの小山に載せ、水に変えて小山をまるごと凍らせ、さっきのと同様に溜池送りにしてやった。

 でも、本当にこの手順は面倒くさい。今度から土とか小石とかを変換するのはやめよう……。


 まあ、これで南極に来たミッションの半分が終わった。あとは無事に帰るだけだ。




 クァカカカカカッ クワァカカカカカッ


「くそっ! くそっ!」


 フェデリコが焦って何度もエンジンの点火を試みるがなかなかうまくいかない。

 俺達の脱出に気がついた技術者や兵隊達も居ないわけではなかったが、目の前で起こった状況があまりに荒唐無稽過ぎて呆然としているのが大半だ。


 銃を持って俺達を追いかけてくる者は二人しか居ない。その職務に忠実な二人は瞳の銃撃によってあっさり始末されてしまった。


「ねえ影様……ロシア兵って全員スペツナズ(注1)出身で全身を撃ち抜かないと死なないって思ってたんだけど、随分弱いんだね……」


「その影様っての気持ち悪いからやめろ。でもそうだな。確かに思ってたより弱いな……」


「……俺はあんたらのほうがおかしいと思う。確かに連中はマフィアだか財閥だかの手先でこんなところに来るくらいにはどうしようもない連中だが一応プロなんだぜ……」


 聞いたことがある。ロシアやウクライナには政治体制の変化の混乱に乗じて国有財産の所有権ををいつの間にか掠め取り大きな富を得た新興財閥が、軍や犯罪組織と手を組んで巨大な闇の権力を持っているのだとか。それがフェデリコが言ってたオリガルヒというやつだ。

 オリガルヒにもいろいろあるが、カネを持っているのを良いことに政治と癒着して政策にまで口を出していたオリガルヒ達は大統領の目の敵にされて力を失って解体されたり大きく規模を削がれたりしたらしい。


 そういう意味ではレアメタルのため、カネのために南極(こんなところ)にまでやって来る連中はおそらく政治より利益優先の連中なのだろう。

 南極条約の見直しにまで口出しできるところを見ると、政権に寄り添ったオリガルヒなのだろうか。だとしたら次に大統領に目の敵にされるのはこいつらの雇い主かもな。


 ブォン!


「かかった!」


 雪上車のエンジンにようやく火が入り、フェデリコは一安心したように大きく息を吐いた。


 見れば、あちこちで既に避難をはじめた作業員達がいる。他人事ながら良い判断だ。

 運ぶべき荷物や運ぶ車、指揮所がなくなり宿泊棟も爆発で大ダメージを受けた今、こんな寒いところに留まるのは命にかかわるからな。乗れる車がまだあるうちに逃げたほうが賢いというものだ。


 一方、こちらもこの寒さと高度ではエンジンが暖まるにも数分はかかってしまう。その間に連中に再び捕まっては元も子もない。俺達の目は雪上車のタコメーターに釘付けになった。


「まだか……? 早く……早く逃げないと」


「まだだ。今こいつの機嫌を損ねると後々苦労するからな」


 フェデリコとて焦っていないわけがないだろうが、だからといって無理をしないのはさすが南極のプロといったところか。こうなったら腹をくくるしか無い。フェデリコと心中だ。


「よし! ずらかるぞ!」


 待ちに待った発進の声。永遠にも感じたエンジンの暖気がようやく終わり、雪上車は雪の上を静かに発進した。


 幸いにも追手は来ない。彼等も今は自分達の命を第一に考えているのだろう。


 俺達は後ろを気にしつつ、来た時に見つけておいたクレバスをうまく避けながらノンストップで雪上車を走らせた。プラトー基地に到着したのは5時間半も経った頃だ。幸いなことに、あそこに居た連中の中で俺達の後を追いかけてくる者はいなかった。


「映画なら、ここでもう一山あるんだけどなあ……」


「ちょ……影山様、フラグ立てるのやめてください!」


 そう言われると不安になる。俺は周囲を見渡し、もう一山ないことを何度も確認してようやく安全を実感できた。


「さ、戻るか。ああ、銃は捨てておけよ。持ってるだけで条約違反だ」


 俺達はツインオッターに搭乗してベースキャンプに戻った。復路もツインオッターは寒かったが文句はない。なにせ安全なのだ。銃を持ったおっさんに凄まれることはないというだけで大満足。これが安全という名の愉悦ってやつか。ククク。


 キャンプには戻ったものの、あんなことがあった後だ。気が高ぶっているのに加え、白夜で時間感覚が狂っているのも手伝ってベッドに寝転んでも目が冴えて眠れたものではない。しょうがなく持ってきたエチゾラムを飲んだところ、意識がそこでぷつんと途切れた。


 瞳が言うにはまるで気絶したように見えたらしい。やばいなエチゾラム。


 翌日ツアーガイドに揺り起こされてようやく起きた時には皆、帰り支度を始めていた。楽しみにしていたシェフの料理は既に他のツアー客の腹の中に撤収済み。


 南極海には俺の慟哭が響いたとか。いや、雪崩が怖いからやんなかったけどさ。

(注1)スペツナズ……ロシア軍の特殊任務部隊。映画や漫画では米軍のグリーンベレー(アメリカ陸軍特殊部隊群)と並ぶ、フィジカル最強サバイバル最強格闘技最強のなんでもあり部隊。創作物においては肉体の屈強さに反比例した道徳観を持つ人物が描かれることが多い。

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