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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第九十四話:憎まれっ子極地にはばかる

「ねえ、ちょっと確認したいことがあるんだけど」


 俺が南極渡航の届出の書類に必要事項を書いていると、市川さんがやって来た。学生が先生に質問をする時の様な顔をしている。


「はいはい? 何でしょう?」


「えっとね、レグエディットを使った移動には三種類あったわよね?」


「うん。ムーブ、ディゾルブ、アブソリュートの3つだよ」


「引っかかってるのはそこなの。移動なんて基本的な機能に三種類もやり方があるのよね……」


「どういうこと?」


「影山さんが一番最初にレグエディットを発動したのって、例の湯呑を物質変換した、あれよね?」


「うん。そうだよ」


「つまり、物質変換もかなり基本的なレグエディットの使い方なのよ……どうして一通りしかないのかしら? 3つ4つあってもいいのに」


 そういえばそうだ。俺は物質変換というと体積や形状を固定して構成物質を変更するというのしかやってなかった。移動の三種類も俺がなんとなく見つけただけなので、物質変換も俺が見つけ切れていないのがあるのかもしれない。


「今あるのが形状固定だとすると、他に元素数固定、質量固定くらいあってもいい筈なのよね」


 なるほど。レグエディットが身体知であるがゆえに術者本人が気が付かなければ永遠に気が付けない類のものだなそれは……と俺は感心した。


 レジストリは基本的に一覧性に乏しい。いくらかは可視化のような処理ができているが、基本は頭の中での出来事だからだ。メソッドについては手探りでずっとやってきたので、見つけ出せていないメソッドは結構あるのかもしれない。


 

「物は試しだ。やれるかどうかわからないけどそれ、やってみよう。どこかにハカリはあるかな?」


「調理室にデジタルのがあったと思うわ。取ってくるわね」


 ほどなくして市川さんは調理室から白い板状のハカリを持ってきた。デジタルクッキングスケールというやつだ。これでも5㎏くらいまでは量れるらしい。


 市川さんはそれを俺に渡すと社長室の鍵を内側から閉め、窓のブラインドも全て閉じた。


「どうぞ。始めてちょうだい」


「じゃあ、この銀だかすずだかわからないペーパーウェイトをまず、100%プラチナにしてしまうね」


 俺は直径8㎝,高さ2㎝の銀色の円柱状のペーパーウェイトを今までと同じやり方でプラチナに変えてデジタルスケールに乗せた。「形状記憶」ってことになるんだろうか。


「2155gだな。これを起点にして、元素数固定で鉄にしてみる」


「うん。やってみて」


 市川さんは理科の実験を見るようにデジタルスケールを見つめている。可愛いところもあるじゃないか。俺は元素数固定、元素数固定と呟きながらレグエディットを発動させた。


「ほい、617gだな……」


「見た目も縮んだわね。ちょっと物差し貸して」


 市川さんが俺の机に置いてあった物差しで鉄の塊の直径を図る。


「3.7㎝。ちょっと待ってね。ええと、鉄の密度を7.874。原子量を55.84とすると……うん。だいたいあってるわね。縮むときは縦横高さ、同じ比率で縮むみたい」


 惜しい。俺は同位体のことまで考えて物質変換していないから原子量は整数でいいのだ。でもまあだいたいあってた。

 ということは俺は元素数固定での物質変換もできるということだ。それに、縦横高さ同じ比率で縮むのは俺が比率について意識していなかったためにデフォルト値が採用されたのかもしれない。これは今後の課題でもあるな。


 なんにせよ、今までは体積固定だろうが形状固定だろうが物質を変換できればそれで良かったが、使いようによっては更に便利になるということだ。仮説と検証の中でうまいやり方が手に入るのならやらない手はない。


「あのさ、オスミウムって言って、比重が金より1割ほど大きな金属があるんだけど、これさ……金→オスミウムに体積固定で変換して、オスミウム→金に重量固定で変換したら無限に金を増殖できるってことなんじゃないの……?」


「そういうことになるね。金を2倍にしたいなら俺は2、3個タネを並べて金にしちゃうかな。そっちのほうが早そうだからね……でもこれも、何かの折に使えるかもしれないから覚えておくよ」


 そう言った俺の顔を市川さんは不思議な笑顔で見つめていた。


◆◆◆◆◆


「あ、あ、あ……影山様! あいつら銃持ってこっちに来ますよ!」


 瞳も銃を持った人間の相手はケニアやヨハネスブルグで何度か経験があるが、軍人相手というのはあまり経験が無いようで、余裕がなさげだ。


「持ってる銃はありゃAKMか。イワンで決まりだな。どうします? 旦那」


「そうだなあ。まずは穏便に行こうか」


 後ろで竹串の用意をしている瞳のことはさておき、まずは良好なファーストコンタクトを取ることに俺は決めた。スノーモービルで上がってきたのは中年風の白人男性1人と若い白人男性が3人だ。


フェデリコの言うことが正しいならこの4人はロシア人なんだろう。


 雪上車は最大速度を出しても時速45㎞程だ。スノーモービルに追いかけられたらとても逃げ切れるものではないのでここは穏便に事を運ぶに限る。


 下から上がってきたスノーモービル隊は俺達の雪上車から30mほど距離を取ったところで散開して停止し、降りた男達はこちらに徒歩で歩いてきた。今のところ銃を構えながら、というほどの状況ではない。


「俺達が自暴自棄になってスノーモービルに突っ込んでも良いように、ああやって少し遠くに止めて、人間だけがバラけつつこちらとの距離をつめてるんでさぁ……」


「詳しいな、フェデリコ?」


 俺の指摘にフェデリコは少し表情を変えたが、すぐにいつもの表情に戻った。


「ちょっと前まで軍隊にいましたんでね……そういうことはちょっとずつね」


「で、状況的にこれはヤバいのか?」


「まあ、ご存知かと思いますが南極条約ってのはこの南極大陸に武器の持ち込みを禁止してますからね……あの連中の肩にかかっているモノを見てしまった段階で結構ヤバいと思いますよ。

 旦那達は『南極条約なんて知らない観光客』ってことでよろしく。それと、パスポート持ってたらマットの下に隠して下さい。今すぐにです」


 そうこうしているうちに、先頭の指揮官っぽい男が両手を大きく上に挙げて振り「車から降りろ」と言ってきた。揉めても勝ち目はなさそうだ。おとなしく従うしかない。


 俺達は耐寒装備を整えるのに少し時間をもらい、大人しく雪上車を降りた。


「どこから来た? 所属と、ここに来た目的を」


 指揮官だろうか。ロシア訛りの英語だ。


「お勤めご苦労様です。あっしぁアルゼンチンのトランスポルテ・アエレオ・アンタルティコって会社のツアーガイドです。皆さんは……ボストーク基地の方で?」


「余計なことは言わなくていい。それと、つまらんことは聞くな。そっちは?」


 違うってことだな。まあそりゃそうか。南極条約があるのにまともな人間が銃を持って歩いている筈がないからな。


「日本人の観光客だ。東京から来た。目的は見ての通り、観光だ」


「お前もか?」


「ははははははい!」


 瞳のこの慌てっぷりは演技なのだろうか?


「証明できるものはあるか?」


 俺は咄嗟にフェデリコのほうを見た。フェデリコはうん、と頷いたが、さっきパスポートを隠させたということは渡すなということなのだろう。


「悪いが、パスポートはベースキャンプに置いてきた。今ここで証明できるものはない」


「分かった……しばらくご同行願おう。なに、すぐに済む」


 ええと、つまり俺達の身元の確認が取れないからちょっと拘束するということか……? この時点で身元が分かってたらどうなってたんだ? フェデリコがパスポートを隠せと言ったのはパスポートを持っていれば別のまずいことがあるってことなんだろうな……。例えば自殺に見せかけて殺されるとか、誘拐されて身代金を実家に請求されるとか……。


 ここは裸にひん剥いて10分放っとくだけで人が殺せる場所だ。奪えるものを奪ったあとで証拠を隠滅する方法にも事欠かない。

 てことは、パスポートを持ってないって言った方が身元確認のための時間分、長生きできるってことか。さすがフェデリコ……っておい。


 結局俺達はその場で拘束され、俺達が乗ってきた雪上車に乗せられて連中のキャンプに連れて行かれた。


 南極の太陽はそんなことをまるで気にせず、朝出発した時と同じようにご機嫌に氷原を照らしている。サングラスを外したせいで、目が痛いぜちくしょう。


◆◆◆◆◆


 拘束された俺達は即席で作られた留置所みたいなところにぶち込まれた。死なない程度の暖房と缶詰のスープが与えられたが、ツアーの食事に比べたら正直美味いもんじゃない。


 俺の時計で18時半、フェデリコが取り調べからふらふらと戻って来た。憔悴しきっている彼の顔が取り調べの苛烈さを物語っている。今度は俺の番だろうか。フェデリコは壁にぐったりともたれかけ、目だけはギョロギョロさせながら、見張りに聞こえないような小さな声で取り調べの内容を俺に話した。


「クッソ……あいつらロシアンマフィアだ。プラトー基地の滑走路のことをさんざん聞かれたぜ。連中、ここで積み込んでるあの砂利をプログレス基地まで陸路で持っていくのが面倒らしい」


 沿岸の基地からだと、通常は宿泊設備を搭載した長距離遠征用の雪上車でなくてはこの付近まで来れる筈がない。ここで作業していた連中は俺達の登場にさぞ驚いたことだろう。

 この過酷な高緯度と標高の中で俺達が乗っていたあのサイズの雪上車がここを走っていること自体がおかしいのだ。ルートは調べられて当然だな。


 しかし、なるほど……連中の興味は俺達がどうやってあそこまでやって来たか、だったか。そして連中はプラトー基地の滑走路に目を付けた……と。確かにあそこの基地に大型輸送機を下せば一度に50トンは運べそうだ。大幅な時間の削減になるだろう。


「あの滑走路は誰でも使えるんじゃないのか?」


 俺は2,3発殴られて少し腫れたフェデリコの顔を気の毒そうに見ながら聞いてみた。


紳士協定(もくにん)ってやつだよ。アメリカの基地にはそれなりの発言力と利権を持ってるお偉方がいて、全体のバランスを見ながらチョイチョイお目こぼしをしてくれるんだ。あそこもそんな場所の一つさ。もしあの滑走路を使ってロシアンマフィアが違法採掘資源を運んでいたなんてことになったらアメリカを巻き込んだ大変な疑獄事件になっちまう……」


「俺達はこの後どうなる?」


「さあ……良くて営利誘拐の人質、妥当なところで氷柱の芯になるかシャチの餌だろうな。連中、どうやらオルガリヒの末端組織らしい。外交問題なんかお構いなしで正規軍がマフィアの片棒担いでるようなもんだよ。北の果てから南の果てまで出張とはご苦労なこった」


 フェデリコの口がやけに軽い。死を感じさせるような恐怖でも与えられたのだろうか。それとも俺の言動にフェデリコの口を軽くさせる要素があったのか。


 何にしてもここに来てフェデリコの言動はおかしい。とても観光ガイド兼パイロットとは思えない。


「フェデリコ……あんた、特殊部隊かなんかの人間なんだろう?」


「なんだ? 急に」


 フェデリコの顔からラテン男の陽気さが完全に消え失せた。


「不自然すぎるんだよ。ロシアの装備にもやけに詳しいし、オルガリヒだの疑獄事件だのと、自分の危険そっちのけで全体を俯瞰したような発言が多いんだ。俺はそういう特殊部隊の所属や出身じゃないが、あんたが一般人とは違うってのは分かるよ」


「てことはあんたはマジで一般人なのか。この状況で妙に落ち着いてるからてっきりCIA(ラングレー)かどこかのお仲間かと思ったぜ」


「で、これからどうする? ここを脱出して、雪上車を奪い返してプラトー基地の滑走路まで走れるか?」


「さて、連中銃を持ってるしなあ……俺達は丸腰だし。どうしたもんか」


「何か騒ぎがあったら行けるか?」


「このクソッタレのドアが開けばな。車からここまでの道順は覚えてる。カギはスペアを靴の中に隠してある」


「わかった。じゃ、ドアと騒ぎは請け負おう。運転は頼む」


「へ?」


「早く帰らないと、ベースキャンプに用意された星付きシェフの料理を食いっぱぐれちまう」


 次の瞬間、どんという大きな音が外で次々と起こり、俺達を閉じ込めていたドアは最初からそこには何も無かったかのように綺麗に無くなっていた。


「あんた一体何をしたんだ⁉」


「いいから、車を頼む! 瞳! 行くぞ」


「はい!!」

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