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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました

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第九十二話:ロビィより証拠


「らしくないヘマをしたものね。珍しいじゃない」


 経産省の五十嵐局長が帰って、貴子さんがお茶を片付けている横で市川さんが俺をいじり始めた。そんなに俺の顔色が変わっていたのなら五十嵐さんもきっと何かを感じ取っただろう。どういう解釈をされたのだろうか?


「で、レアメタルが見つかる以上のヘマはしてないわよね?」


「ああ、そこは大丈夫だと思うんだけどな。レアメタルの山も一応南極に持っていく前に2箇所ほど経由してあるんで、花粉やら生物が紛れ込んでいてもどこのものかは特定できないと思う」


 これは俺なりの自衛策だ。倉庫や裏庭に積んでおいたために虫や花粉が紛れ込んでいるだろうとは思っていたので、どうせなら他の国の虫や花粉も紛れ込ませてやれと思って2,3カ国ディゾルブで移動させたあと南極に運んでおいた。何かしら生物が紛れ込んでいたとしても、到達不能極近くに持って行ったから虫や菌は生き残れない筈だし、多少根性があってもまさか繁殖は出来まい。


「それにしても、どうやって小山ほどもあるレアメタルを一度に運んだの?」


「簡単だよ。庭に穴掘ってレアメタルぶち込んで水を注いで凍らせて、カチカチになったら取り出して南極へディゾルブ。これの繰り返しさ。ナイジェリアでやったのと基本は同じだよ。水は一応、南極環境を配慮して純水仕立てにしておいた。

 小山ほどとか言うけど、2000トンも無いと思うよ」


 トン、という重さの単位を聞くと人はすごく重いと感じるかも知れないが、縦横高さ1mの水でも1トンあるのだ。小中学校の教室が一つ160立方mくらいとして、水で満たせば160トン。これをレグエディットで体積を変えずにレアメタルの一種、ビスマスに変えてしまえば1565トン、金なら3088トンになる。ほら、たいしたことない……よな?


「……もの凄い時間と能力の無駄遣いを聞いた気がするわ……。心配するのが馬鹿らしいような……で、どうするの? そのままにしておくの?」


 市川さんが右手の中指を眉間に当てて下を向いた。市川さんにとっては2000トンはたいした量だったらしい。まあ、10トントラックで200往復しないと全部持って帰れないんだから多いと言えば多いのか……。日本ならともかく南極の氷の上を運ぶのは車両の調達からして大変だろうなあ。てことは、まだ大半はあそこにあると考えたほうがいいのか……。


「うーん……見つけた人達ってのが南極条約の緩和とかを言い出さなければそれで良かったんだけどなあ……あれを放置しておくとまずいよね。南極で高額で良質なレアメタルが採れる証拠ってのが目の前にあると説得力ありすぎてみんな目の色変わっちゃうだろうだし、なんとかしたいところだね」


「現物が持つ説得力って侮れないわ。実際中国やロシアはそれを見て国際世論の扇動に動いているわけだし。で、なんとかするって具体的にどうするの?」


「え……と、現地に行って回収してこようかと」


「やっぱりそうなるわよねぇ……。そう来ると思った。で、場所はわかるの?」


 市川さん、わざとらしくため息をつくのはやめて。俺の心がすり減るから。


「ディゾルブ先を計算した時のデータはPCに残ってるし、置いてきた場所はなんとか分かるよ。それに、風に飛ばされた時の事とか考えて一応マーカーを用意してあるから、どこかの国の基地に持ち帰られてる分もなんとかなるかも知れない」


「なんだか、まるで見つけてもらうためにレアメタルを置いていったみたいね。ずいぶん用意周到じゃないの……で、行く場合のリスクは?」


「そうだな。まず移動。現地にディゾルブで跳ぶのが怖い。場所は標高3000m級の雪原で、レアメアルは標高3200mへ跳ばしたんだ。これが高すぎたのかギリギリだったのか解らないんだよ」


「同じ3200m地点に跳べばいいでしょう?」


「俺がレアメタルを送った時はそれで良かったかもしれないけど、その後雪がどれだけ積もったか解ったもんじゃないだろう?」


「ああ……そういうこと。じゃあ、余裕を持って4000m上空に行けばいいじゃない」


「真っ逆さまに落ちて赤いシャーベットになっていいならそうするよ」


 再び市川さんが大きなため息をついた。うーん……傷つくなあ。いかに俺がメンタル強化人間であったとしても、目の前の美女にことさら失望されるというのは結構傷つくんだよなあ……。


「なるほど。じゃ、合計2000トンのレアメタルを少し余裕のある高さからボトボトと五月雨式に落としたのね……。あー頭痛くなってきた。それ、もしかしたらすごい衝撃か下手したら地震か雪崩が起きたんじゃないかしら……。そんな移動のさせ方したんじゃ原因調査とかで見つかるのも無理ないかもね。で、能力を使わないならどうやって現地に行くの?」


「南極は今、夏だ。観光シーズンだからカネさえ積めば行けるだろ? 観光業者と交渉して飛行機と雪上車をチャーターして現地まで行ったほうが良いと思う」


「結構時間かかりそうね。トータル何日くらいかかるかしら?」


「ケープタウンからフィッチャウェイルートで行って帰って3週間くらいじゃないかなあ」


 俺があまりにテキパキと答えるので市川さんは面食らっていた。俺も市川さんとの会話でイニシアチブを取るのは久しぶりな気もする。


「……ねえ、なんか妙に先回りされてる感じがするんだけど、五十嵐さんが南極条約がどうこうと言う前から南極に行こうと考えてたの? えらく詳しくない? まるで旅行会社のツアーのカタログを熟読した人みたいな感じよ?」


「いやまあなんとなく……スマン。予備知識は入れてたよ。ついでだからお役目的なことをして来ようかなと思ってる」


「あんな世界で一番人がいなさそうなところでお役目も無いでしょう?」


「そこはまあ、前から温めていたアイデアがなきにしもあらずで……」


 俺は南極にレアメタルを置いておくと決めた時に、南極の環境保全についてはいろいろ調べた。その過程で妙に南極に詳しくなったのは否定できないし言い訳もしない。


 だが俺は本当に考えていたのだ。あそこにある膨大な氷を使って何か出来ないか、と。


「わかったわよ。せいぜい成果を期待するわ……で、他にリスクは?」


「レアメタルを拾ったのがマトモな研究員なのか、マトモでない何かなのかがわからない。そもそも俺がレアメタルを積んでおいた場所はどの基地からも100㎞以上離れていた筈だ。レアメタルを拾った連中はなんでまたそんなところをうろちょろしていたのか……市川さんが言うように、飛行機か何かが墜落したのかと見に来た連中ならいいんだけど」


「そうねえ。でも、きちんとした装備がなければ行けない場所なんだから何かしら理由があって動いてる人達なんでしょうね。それに中国とロシアの二か国はもうロビィ活動をしているんだから現物をある程度持って帰っていると考えていいわ。

 黙って自分達だけ掘れば良いのにわざわざ南極条約の改訂を求めてるってことは、今回の2000トンがどこでどうやって掘られたものか場所も手段もわからないんじゃないかしら。ま、わかるわけないけど。

 なるほどね。両国とも、南極条約を改訂して条件をオープンにして各国が試掘をする中、一番最初に大規模採掘を始めた国や企業の隣で掘り始める気なんだわ……」


 よくそこまで考えられるな……と俺は市川さんの洞察力に感心し、あらためてその顔をまじまじと見た。照れる市川さんの手元を見るとタブレットを持っており、いそいそと指で画面をなでながら操作している。ああ、南極までの旅費とかを検索しているのか……。


「えええ! なにこれ! 南アフリカからの航空機ルートって1人800万円以上もするじゃない! 一番豪華なルートを選んだわね⁉」


 ばれた。


 宇宙に行くのには1億円以上かかるが、星付きシェフの料理を食べながらビジネスジェットで南極点に行ったりペンギンの営巣地に行ったりするツアーは1000万円ほどで行けるのだ。ちなみにニュージーランドから船で南極まで行くなら200万円ほどで行けるツアーも無いわけではない。それなりに海が荒れているのは覚悟しなければならないらしいが。


 サラリーマン時代の俺なら信じられないことだろうが、2000年以降、南極を訪れる観光客は毎年二万人以上もいるのだ。


「まあ、今回は金額よりもスピードを重視しようと思う。あと、せっかく能力を使わない通常ルートで行くんだったらもめ事が起きた時の用心のためにもう1人くらいいてもいいかもな」


「もう1人……私はさすがに3週間もオフィスを空けられないし、貴子や相田さんもダメよね。もめ事対策なら例のデルフィノさんがいいんじゃないかしら。ナイジェリアからなら南アも近いし。ここのツアーの説明にも『耐寒ポッドは2人用です。1人でってのはナシです』って書いてあるから2人で行くのが前提なんじゃないのこれ」


「そうだな。頼んでみる」


 翌日、「俺の次の出張先は南極になった」と会社の皆に言ったら「出張じゃなくて休暇でしょうよ」と皆から冷たい目で見られた。これからブリザード吹き荒れる南極大陸に行くというのに今からそんなに冷たい目で見なくてもいいじゃないか……。ああ心が寒い。


 ちなみにデルフィノさんには「寒いのはダメだ。寒いのは」とあっさり断られた。どうもアフガニスタンで仕事をしていた頃に、寒い中腹を壊してトイレに長くこもっていて大変なことになった経験があるらしい。歴戦の勇士の経験は得難く貴重だ。俺も南極のトイレがどんなものか想像していなかったし、気を付けておこう。


 しかし……じゃあ用心棒は誰にしよう……?


◆◆◆◆◆


「久しぶりにお声がかかって嬉しいです! 頑張りますからよろしくお願いします!」


 俺は瞳に声をかけた。というか、適任者が瞳くらいしかいなかったのだ。残念なことに俺の知り合いでプロの戦闘ができる人間はそう多くないのである。


 以前から「なんでも良いから役に立ちたい」としつこく俺に食い下がる瞳に、俺は東南アジア発の麻薬ルートを調査してもらっていたのだが、今回はそれを中断させて呼び戻すことになってしまった。朝令暮改は俺の最も嫌う行為だ。猛省しなくてはなるまい。


 2年前、ベアタミイロタテハが猛威を振るったおかげで南米のコカイン市場は上へ下への大騒ぎになったわけだが、さして生物環境に影響がなかったことが分かるとブラジル・コロンビア両国の政府はベアタミイロタテハの養殖を始め、それらを定期的に野に放つようになったらしい。そのため例の三国国境地帯ではコカノキをこれ以上栽培してもコストに見合わないと判断されたらしく、それまでコカノキを栽培していた農民達が離農したり栽培する作物を変えたりしたのだそうだ。


 その流れでコカノキの主要栽培地も南米から東南アジアに移ったという事なので、芥子とコカノキの栽培状況について調査してもらうべく、瞳にはしばらくの間ミャンマー・タイ・ラオスの三国国境地帯、通常「黄金の三角地帯」に潜入してもらっていたのだ。


 俺は瞳の分も合わせて環境省への南極上陸の届出など、必要な手続きを終えた後、タイのスワンナプーム国際空港へと向かった。タイで瞳と合流した俺はシンガポール経由で17時間かけてヨハネスブルグに向かい、旅行会社の指定するグレードの耐寒装備を瞳のぶんも揃えるためにガイドブックを持って街を歩いた。


 迂闊な耐寒装備はツアーを開催する会社による事前のチェックで刎ねられて、南極へ行けなくなるらしい。まあ、そのツアー会社の売店でも何かしら買えるようではあるのだが例によって選ぶ幅が少ないのと観光地価格なのとでいい気分はしない。街で買えるものは買ったほうがいいだろう。


 瞳はケニア以来2度目のアフリカだ。今回、彼女はヨハネスブルグで2度も誘拐されかけたが2度とも相手を返り討ちにしてしまった。瞳の武器の竹串はバッグのビニール芯にでも入れておけば空港の検査でも引っかからない上に殺傷力は特上だ。竹串に塗ってある毒も俺達と対決した時よりもバリエーション豊かになっているらしく、瞳を誘拐しようとした男は苦しんで死ぬというよりは恍惚とした表情で道路に飛び出して行って車に跳ねられていた。どういう種類の毒が塗ってあるんだろう……?


 うん。他は知らんがお役目の実行部隊としてのこいつは優秀だわ。


 俺達は買い物を終えると一晩ヨハネスブルグで過ごし、翌日ケープタウンのO.R.タンボ国際空港へと向かった。もちろん例によってバーではスポーツバッグが盗まれてしまったが以前より食いつきが悪いのは少々気になるところだ。コソ泥やかっぱらいの人も風の噂か何かで学習するということなのだろうか。


 俺達はケープタウンに事務所を構えるツアー会社で、特別アクティビティとしてドームA方面へのフライトをお願いしたが、さすがに安全を保証できないからと渋られ、ついには断られてしまった。


 しかし人の世は縁。結んだ糸が絡みつき……じゃなくて、運よくそこにたまたま居合わせたフリーのガイド兼コーディネーターのフェデリコというアルゼンチン人が諸々手配してあげようと自分を売り込んできたのだ。少々不安だが他に方法もない。俺達はダメ元でフェデリコにチャーター機の手配を依頼することにした。


 聞けば彼もレシプロ飛行機を持っていて、ドーム方面のツアーを企画しているらしい。俺達はツアー会社のアクティビティがない7日目と、8日目の「一枚岩のモノリス観光」というのを不参加にすることで時間を作り、フェデリコにドームAまで運んでもらうことにした。


 6日目のペンギン営巣地訪問もキャンセルしようとしたら瞳が珍しく食い下がったのでそこは折れてやったのだが、あれは聞くと見るではえらい違いと聞く。知らんぞ。


 


 モノリス観光のキャンセル料としてツアー会社からそこそこの額をふんだくられたが、俺達はへらへら笑って金持ち喧嘩せずを通した。南アフリカでカネでもめると命が危ないのは百も承知だからだ。


 準備と交渉と少しの観光でケープタウンを楽しんだ3日後、俺達はガルフストリーム社のG550という極めて快適なビジネスジェットに乗って南へと飛んだ。片道5時間30分。目指すは南極大陸、ウルフズファン氷上滑走路だ。


「さて、レアメタルはまだ残ってるかなぁ……?」

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