第九十一話:犬も歩けば国際問題
少し前から俺は紀伊山地東端付近(注1)の土地を広く買い漁っていた。買ったのは原野商法に使われたことがあるほどの山中の未開地だ。
そんな土地を買ったのには当然ながら理由がある。
以前「聖杯の光」や救世聖杯信教の宗教施設にレールを雨あられのごとく降らせたこともあったが、今後もああいうことがないとは言い切れない。であれば、大質量のものを作りいつでも使えるように置いておける場所が必要だ。
作業環境も欲しい。ナイジェリアで金山を作った時、人も通わぬジャングルの中重機でせっせとで作業をした事があったけど、ああいう感じの場所。
そして、その手の作業をしたり資材を置いておいたりするのにやはり都会は適さない。人目から遠ざかった場所の方が周囲への警戒とか気遣いとかしなくて良い分楽なのだ。
うん。完璧な理由。
そんなわけで俺は市川さんの協力を得て何台かの重機を購入し、入手した土地に持ち込んだ。一通り買った土地の中心部を整地をした後、俺はナイジェリアで世話になった倉庫建設業者に依頼し、居住ブロックもある大きさな倉庫も立てた。もちろん屋上にはソーラーパネルを敷き詰めてある。
いざと言う時の隠れ家としても使う予定なので、住環境には少し気合を入れた。宿直室は俺の趣味で現代的なデザインにしておいたし、宿直室から直接出入りできる倉庫も重機5台を置いた残りのスペースでテニスコートが3~4面は取れそうなくらいだ。ガレージハウスマニアが見たら涙を流して羨む様な環境だろう。
紀伊半島中南部は台風銀座と呼ばれるほど台風に良く見舞われるし、ほんの数十km南は世界有数の豪雨地帯なのでソーラーパネルには正直あまり期待できないが、大きなレドックスフロー電池を導入したので、たまに行って泊まる時にエアコンを点けてテレビを観るくらいはなんとかなるだろう。ライフラインは完璧だ。
まあ、ここは俺にとって、友達を呼んで遊ぶところというよりは作業に没頭して孤独を楽しむところだ。そもそも呼ぶ友達もいないし。試しに一度相田を誘ってみたが
「何が悲しゅうて地元の近く、というかほとんど地元にヤブ蚊に刺されに行かにゃならんのですか」
と丁重に断られた。おそらく婦女子への訴求力はこの倉庫には無い。数十km東に行けば売っている松坂牛のいい肉でバーベキューでもやるとでも言えば誰かしら来るかも知れないが、それは倉庫の魅力ではなく肉の魅力の筈だ。
原野を拓く事については自然環境がどうとかよりも、この辺りは長年放置されて防火防災的に問題があるような場所だっただけに、自治体も俺の活動を逆にありがたがってくれたようだし、地域住民との軋轢も無かった。なにせ、たまに来て自分が買った土地の地ならしをしながら草を刈ってるだけにしか見えないのだ。
倉庫を建てるときはそれなりに騒音や何かで迷惑もかけたが、細い道沿いに点在する飲食店には作業員達は良い客だったらしく、たまに俺がそういった店に行くと「もうあの人らは来やんの?」などと言われたので、迷惑どころか歓迎されていたかも知れない。
俺は休日にはそこで重機で土をほじくり返し、伸び放題伸びた木や草を刈り取ったりして少しワイルドな気分に浸っていた。いつか使うための武器や資源の準備と思えば罪悪感も吹き飛び、ストレス発散にも良い。
ナイジェリアでやっていたように小さなため池ほどの穴を掘ってその穴に水を張り、その水を凍らせて大きな塊にした後で好きな物質に変換するようなこともやってみた。
何事も練習だ。こういった作業は訓練しておくに越したことはない。
何度かここに来て遊ぶと、倉庫は行き場のないレアメタルや貴金属でいっぱいになってきたが、俺はそれをどうするつもりもなかった。
何ならナイジェリアの鉱山にレグエディットで転送して放り込んでやろうかと思ったが、考えてみたらあそこは24時間操業だ。いきなり目の前に小山ほどのレアメタルが出てきたらまずかろう。かといってせっかく作ったお宝の山をもう一度水と二酸化ケイ素に戻すのもなんだか悔しい。
「海の底だと流されてしまうかも知れないしなあ……お、そうだ。あそこがいいかもな」
俺は地球儀とノートPCを持ち出してお宝の山の引越し先を計算し、お宝を全てディゾルブで移動させた。多分、絶対見つからないだろうと思うんだ。うん。
そんな俺のレクリエーションがまさか大問題に発展するとはこの時まだ予想もしていなかった。
◆◆◆◆◆
12月のある日、影山物産は過去に例のないビッグゲストを迎えることになった。
「いやあ影山さん、溜池山王にオフィスがあったんですね。虎ノ門の目と鼻の先じゃないですか」
やって来たのは経産省製造産業局の局長になった五十嵐さんだ。以前俺が竹内に監禁もどきにあった時に誠実な対応をしてくれたので俺の彼に対する印象はかなり良い。五十嵐さんも出世してますます意気盛んといったところのようだ。
「それに、環境も良さそうだ」
五十嵐局長が市川さんと、お茶を淹れてくれた貴子さんを見て少し鼻の下を伸ばした。五十嵐さん、違うから。それと、その2人は弊社の環境じゃないから。
「お陰様でこちらにオフィスを構えてもう3年ほどになりますか。五十嵐さんもお元気そうで何よりです。大変なご出世ですね」
五十嵐さんは貴子さんが淹れたお茶を小声で「いただきます」と言った後ズズッとすすって、そして真顔になった。
「実は、今日伺ったのは他でもありません。影山さんが三重県の山奥でなさっていることなんですけどね」
「……っ!」
背中に冷たい汗が流れた。なんで経産省が俺の最近の楽しみを知っているのだ。というか、俺の行動は経産省にどの程度把握されているのだろう。
「その様子だと、私が何をしているのかご存知なようですが……」
「以前、竹内と中国の繋がりを暴くために餌を撒く目的で『日本でもレアアースを採掘する』と仰ってましたよね。まさか本当に採掘を始めるとは思っていませんでした」
「あ、いや、私はあそこで採掘をしているわけでは……。鯉でも飼おうと思って溜池を掘っているだけですよ」
鯉やハクレンを養殖するための池を作ろうとしたのは事実だ。いい感じに育ったらビクトリア湖に送り込めば漁師がどんどん……おっと。それどころではない。相手は特A級のエリートだ。会話に集中しなければ何を勘付かれるかわかったものではない。
「御冗談でしょう。あんな大きな建物を建てて、重機もいくつか運び込んだようじゃないですか」
「あの、五十嵐さん。経産省は私の行動をどの程度監視・把握しているんですか? 場合によっては私、怒りますよ?」
五十嵐さんが「あれ、まずったか」という顔をした。
「影山さんご安心下さい。我々は別に影山さんを監視なんかしてませんよ。同期で総務省から三重県庁に出向していたヤツがいましてね。このあいだ県知事選に出てなんとか当選したヤツなんですが、そいつと先日飲んだ時、得意げに話してたんですよ。『うちの県は運が向いてきた。すごい金持ちが山で何か掘ってるようだ。調べてみたらその金持ちは鉱物に関してはすごく鼻が効くらしいんだ』って。影山さん、三重県庁の建設業課と建設開発課にいろいろ書類申請したんでしょう? その時いろいろ聞かれませんでしたか?」
本当に監視していないかどうかは怪しいところだが、一応筋は通っている。
倉庫を建てる時に三重県庁に提出を求められた書類の数は、市川さんなら軽いものだろうが俺にとってはハンパなものではなかった。結局、津市の行政書士に頼んでほとんどの書類を作成してもらったが、自分でやっていたら一生終わらなかっただろう。
書類を整えるのが大変だったがゆえに、せっかく提出しても再提出とか言われないように、俺は役人に媚びた態度を取って世間話をしたような気がする。いや、確かにそんな覚えはあるのだが、その内容が県知事まで筒抜けだったのはどういうわけだ?。
何者だあの窓口……? それとも元総務省キャリアの実力に驚くべきなのか……?
「で、あそこではレアアースだかレアメタルだか、掘れたんですか?」
「へ?」
「いやだから、この半年ほど、あそこで何を掘っていたか知りませんが何か出たんですかと聞いているのです」
「五十嵐さん、どうも妙な違和感を覚えますね。日本は今やレアアースのマルチソース化を達成し、中国から買わなくても良くなったんじゃなかったんですか?」
「影山さん、やはり全ての希少鉱物資源をナイジェリアの鉱山から買うというわけには行かないんですよ。中国でしか採掘できない元素もありますしね」
「あ、そりゃそうですね」
でも、俺は確かランタノイド系列を幅広く撒いておいた筈なんだけどなあ……。あ、そうか。
「レアアースでなくレアメタルと幅を広げると、日本はまだまだ中国から買っているということですか?」
「そうですね。ロシアや南アフリカから買うことも出来ますが、やはり中国に頼らざるを得ないのが現状です。しかし、例のギニア湾核テロ以降の米中の疑心暗鬼は未だ続いておりまして、日本もそこに巻き込まれる形で様々な資源の輸出制限を受けとるのです」
おい、話がだんだん大きくなってきたぞ。大丈夫か?
「ちょっと待ってください。話を聞いていると私が日本のレアメタル獲得の希望の星みたいじゃないですか」
「みたい、じゃなくて希望の星なのです。で、どうなんです? レアメタルは採れたんですか? もし何らかのレアメタル鉱床を影山さんが発見なさったのなら採掘には国が全面的にバックアップしてもいいんです」
あ、これなんか、ただレアメタルが欲しいんじゃなくて外交カードに使いたいんだな。
「五十嵐さん、あそこを掘っているのは本当にただの道楽です。もしレアメタルを見つけたらちゃんとご報告しますから」
「影山さん、そんな悠長な事は言っとれんのです。ここだけの話、中国もロシアも最近、南極条約の見直しを狙って各国にロビィ活動を開始しているのですが、彼等の狙いは南極にある地下鉱物資源のようなんです」
「中国やロシアが地下資源欲しさに南極をほじくり返すのを認めろと言ってるんですか?」
「そういうことなんでしょうな……。さて、そこでですね、南極の資源と言っても南極は大きな大陸ですからどこも同じというわけではないのです。南米に近いところでは南米と同じ様な地下資源が見つかりますし、アフリカに近いところではアフリカに似たような地下資源が見つかっています」
「へええ……」
「そして、レアメタルを多く産出する南アフリカに一番近い基地は日本の昭和基地なんですよ……一部の政治家達はそれを知って中国の尻馬に乗り、南極をほじくり返すことを真剣に検討しています。私のところにもその検討要請が来ましたよ」
そう言って五十嵐さんは頭を抱えた。欲ボケジジイの議員の片棒を担ぎたくない彼の気持ちが痛いほど解る。
「なんで今、急に南極をほじくり返そうって気になったんですかね?」
「噂でしか無いんですが、中国の崑崙基地と日本のドームふじ基地の間にある標高3000m位の雪原で、大量のレアメタルや貴金属が雪と氷の上に撒き散らされているのが発見されたそうなんですよ。どこかの国が条約を無視して採掘したものの、輸送を諦めたものではないかと言われています。このあたりにはロシアのボストーク基地もありまして、中国とロシアはお互いがお前んとこが掘ったんだろうと言い合ってますが、これがヒートアップして、ウチにも掘らせろとなったわけですな」
「え……」
俺が誰にも見つからないと思って移動させたお宝の山が国際問題に発展していた。市川さんは青ざめた俺の顔を見て吹き出しそうになっている。おそらく、俺が何をやったのか解ったのだろう。部屋を出ていくタイミングを逸した貴子さんは市川さんの様子を見てしきりに「どうしたのよイッチー?」と小声で聞いている。
「ど……どこの国だか知りませんが、とんでもない奴らですね」
俺はなんとかその場を取り繕った。さすがに五十嵐さんがどれだけ想像力があったとしても、俺がレアメタルと貴金属の小山を南極大陸に送り込んだとは思い至るまい。ここをしのげば後はどうとでもなる筈だ。
「そんなわけで、国内でレアメタルが採れるとなればまた状況が変わって来ます。経産省も影山さんには期待しとるのです! 道楽なんぞと言わず、是非、頑張っていただきたい!」
五十嵐さんはガッチリ俺と両手で握手して帰って行った。
そんな五十嵐さんの期待を一身に背負わされた俺は、思いつきで極端な事はするもんじゃないなあと骨身にしみて反省した。しかしこの案件、俺は今後どうしたらいいんだろう?
(注1)……三重県松阪市飯高町あたりとお考え下さい




