第九十話:手押し耕運機と宇宙船
世界人口の抑制を考えた時、最も必要なのはさっさと多産多死型社会を多産小死型社会へと移行させ、さらに少産少死社会へと転換を図ることだ。アフリカなどではマラリアを始めとした伝染病や内戦など様々な理由で「多死」の理由が無くならない状態が続いていて、なかなか「少死」への移行ができていない。
とある局地的な実験ではマラリアの伝染を徹底的に抑えることで児童の小死化を無理やり達成すると、親世代はそれ以上子供を作らなくなるという結果が出たらしい。これを人類一般の法則とするには性急過ぎるが、少なくとも多産の原因は多死にある可能性は否定できない。
もっとも、多産少死国家が数十年その状態を保ちうるところを見ると多産の原因は他にもありそうなのだが。
口さがない世間によると多産とは、親が労働力目当てに次々に子供を作ってしまうことで起きる現象のようだ。農業が機械化される前の日本もそんな感じだったらしい。
「夜が暗いとやる事がないからって説明の方がいくらか救いはあるよな……まてよ?
労働力目当てで子供をたくさん産むのなら、アフリカで機械式農業が普及したらどうなるだろう?
先進国向けの1000万円を超えるようなトラクターは無理にしても、ホンダが作っているような7万円の手押し耕運機なら?」
俺はラゴスに住むライラさんと連絡を取ってみた。ライラさんならナイジェリアのホンダと農機具を専門に製造する合弁企業くらい作ってくれるかも知れない。
もちろんライラさんには本当のところは隠して話さないとな。「アフリカの人口を減らしたいから機械化農業流行らそうぜ」なんて言えるはずもない。あくまで機械化農業のビジネスポテンシャルを尋ねる体だ。
「……というわけなんだけど、どうかな?」
「うーん……アフリカでも農業は機械化してないわけじゃないけど、やっぱり小さな農家の畑なんかは未だに手作業よね。そういうところには需要があると思うわ。年に数回しか使わないものだったらレンタルにすると良いかもね……あ、データ見つかった。いい?」
「うん」
「ええと、耕すのは人力が31%、家畜が43%だって。これが除草作業になると85%が人力で、収穫は98%が人力。穀物の脱穀作業の95%が人力。他に運搬作業の35%が人力なんだって」
収穫の人力依存度が高いな。まあ日本でもダイコンやネギを手作業で収穫しているところは多いし、そんなもんだろう。
「人力天国だな。じゃ、除草作業の効率化と脱穀機の公共サービスがあればみんな助かるんだな」
「でもねえ……問題もあるみたい」
「何?」
「日本や欧米のトラクターが売れると、すぐに中国メーカーが作るコピー農機が出回るそうよ。それで先行企業は価格競争力で勝てず、早々に撤退してしまうみたい。
その後しばらくはみんな安い中国メーカーの農器具を使うんだけど、だんだん中国製品のいい加減な質とサービスに嫌気がさして人力に戻るんだって」
粗悪な製品が市場そのものを崩壊させるわけだな……それにしても中国企業はどうしてその崩壊の一翼をいつも担っているんだろうか。
「最低だな。いろんな意味で」
「最低よね……でも、国も、せっかく独立したのにガンガン農業を機械化した結果、農村から人間が減っていくのは嫌なんじゃないかしら。
あと、多民族国家だと自分とこの部族の人口を増やしておいて優遇政策を誘引するとか、いざとなると抗争の時なんかも……」
なるほど、ナイジェリアも部族間で揉め事多発してるからな。ライラさんはヨルバ族の出身だが、やはり最大部族だけあって何かと有利らしいし、人口というのはすなわち交渉や権利獲得のための戦力なのだろう。
どうやら農業の人力依存度を下げるという作戦も、俺のような門外漢が何か思いついたくらいでどうにかなるようなものではないらしい。
「ところでそっちはどう? ルーカスから何か連絡あった?」
「無いわね。今はサンフランシスコで研究員をやってるって聞いてる。……預かってるお金は好きに使っていいって言われてるから節度を持って使わせてもらってるわ。増える一方だけどね」
ルーカスはあの後サンフランシスコに引っ越しして米国医師免許を取り、ネオイリアに入社した。さらにルーカスはそこでの研究員としての立場に飽き足らず、ネオイリアの増資を引き受け、今では影山物産を抜いてネオイリアの筆頭株主になってしまった。
ロスアンゼルスで生きた屍みたいになってた頃よりは遥かにマシだがちょっとアクセル開けすぎな気がしないでもない。
「そうだな。ナイジェリアで派手にカネを使うと殺されるからそこは気をつけて」
「あとはそうねえ……ニュータウン構想を起ち上げて衛星都市開発と不動産業と道路整備やってるわよ。ほら、南アフリカのヨハネスブルグ知ってる? 昔は南半球の先進国のモデル都市だったけど、今じゃ街のあちこちがスラムで治安が酷く悪いの。今のラゴスと同じね。
で、ヨハネスブルグの金持ち達はみんな住み慣れた大都会を捨てて、少し離れたサントンってところにオフィスも住居も移したのよ。権益だけはガッチリ握ってね」
……都心はさすがに喧騒が激しいから田園調布へ移動したってことだな。
「なるほど。で、サントンに当たる都市をナイジェリアでさっさと作ったってことか」
「ええ、壬生の大場社長とも上手く提携して電力供給とかで協力してもらってるわ。海外のIT企業や富裕層が入居し始めたところよ。今度州知事になった前産業局長のアフマドさんが、ルーカス絡みだって言ったら支援を約束してくれたし、今の所問題ないわね」
大場社長、無事だったのか……よかった。あのギニア湾核テロ以来、大場社長とは連絡を取っていなかったがそれなりに気にはなっていたのだ。
それにしてもライラさんの手腕は見事の一言に尽きる。成長初期の国で一定のシェア、一定のインフラを担えば後は国の経済成長とともに自動的に資産は増大していく法則が解っているようだ。
電話を切った後、俺はアフリカ各国の出生率だけでなく、その年次推移を見てみた。どの国の出生率もこの20年で0.2〜0.4くらい下がっている。まあこれはこれで良いか。
◆◆◆◆◆
「あら、何をなさってるの? ロボットかしらこれ? いや……違うわね」
東京オフィスの執務スペースでCADソフトを操る俺を見て、貴子さんが声をかけてきた。
「これは破綻した宇宙開発ベンチャーが解散時に公開した開発資料で、宇宙船の基本設計図だよ。それを誰かがCADに起こしたらしい。参考になるかなと思って」
俺はマウスのセンターホイールを手前に回して3Dモデルの全体像を映し出した。巨大なエンジンと大きな三角翼を持った若干丸いデザインの飛行機が画面に映る。
「参考って何の参考に? ……宇宙に行くんですか? やめてくださいよ。調子に乗ったベンチャーの社長が宇宙に行くとか言い出すと世間様がうるさいんですから」
貴子さんの顔には嫌悪感が顕に出ていた。
そういえば何年か前に大成功したe-コマースの会社の社長がTwitterで現金をばらまいたり宇宙に行くとか言ったりしていたことがあったな。そいつと何かあったんだろうか?
「いやあ、別に金持ちひけらかして宇宙に行こうなんて気はないから安心してよ。
これ、偶然見かけたんだけど推進部はともかく気密性とか居住性とかどうなのかなと思ってさ。
これさ、もし月まで行けるだけの燃料やらがあったとして、この中ではTシャツ一枚で過ごせるんだろうか? それともこの中でさらにゴツい宇宙服着なきゃいけないのかな? JAXAとかに聞いても答えてくれないだろうなあ……」
「単なる興味ですか? それとも宇宙系の出資のお話かしら……? もしそうなら、壬生の重工に聞いてみるとかでは駄目でしょうか? 確か航空宇宙部門ありましたよ」
貴子さんは俺のやることにあまり疑いを持たない。一方で通り一遍の理解では俺の考えについていけないということはうすうす勘付いているようだ。なので俺が突拍子もない事を考えていてもなんとか善意の方向で理解しようとしてくれる。そのあたりは本当にありがたい。
「うちって……ああ、壬生さんところか。いいね、そういう話もし聞かせてもらえるなら是非聞きたい!」
「分かりました。もう父も引退してますので個人的なツテを辿ることになりますから少しお時間かかりますけど、よろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。お願いします」
俺は今見ていた資料のスクリーンショットとおおまかな概要を貴子さんにメールで送って、知りたいことやどういう人と話せればいいかをできるだけ細かく伝えておいた。
「で、何やるの?」
メールを書いているうちにやって来たのは市川さんだ。
「ここでは話しにくいな。社長室に行こう」
俺は人差し指で天井を指差した。市川さんは「ああ」という顔をして小さく2回頷くと俺と一緒に社長室までついてきてくれた。この辺りの阿吽の呼吸は素晴らしい。
「で、宇宙船を使って何をやるの?」
「いや、外宇宙航行出来ないかと思ってさ……だって、レグエディット使えば大気圏離脱のための大きなロケットもいらないし、ワープはやり放題なわけだし……問題は気密性と酸素の供給、あと小さいデブリが当たった時の耐久性くらいでしょ?」
それを聞いた市川さんは驚愕と失望を隠しもせずに俺に見せた。
「これほどアホとは思わなかったわ」
「何だよそれ。傷つくなあ……」
「気は確かなの? あなたが外宇宙航行したらこの世界終わっちゃうのよ?」
「だろうね。じゃ、仮に俺が本当に外宇宙に行こうとしたら何が起こると思う?」
市川さんは「あ……」と声を漏らした。気づいたようだ。
「十中八九、『あいつ』さんが出てきてあなたを止めるわね」
この世界を終わらせる判定をするのは「あいつ」ではなく運営の決めたルールだ。もし「あいつ」がこの世界の存続が大事だと考えているなら、俺がこの世界の終了条件を満たすのを止めるために出てくるしか無い。
「そう。しかもこの手は何度でも使える。逆に向こうからの譲歩まで引き出すことが出来るかも知れない。人呼んで『あいつホイホイ』」
「怒らせたら怖いかも知れないわ……そういう意味ではリスクは大きいわよ」
「大丈夫だよ。『あいつ』がゲーム内の知的生命体を虐殺することはこのゲームにとってはルール違反だそうだからな。あとは虐殺の定義次第だ。俺の考えだと『あいつ』は多分俺を殺せない。俺が大気圏を離脱したあたりで出て来てくれると思うんだけどなあ……。駄目かな?」
「そうなったらあなたもう、『あいつ』さんから見て危険人物よ。与えられた能力を取り上げられるかも知れないわ」
「確かに、何の交渉もできず宇宙空間でこの能力を取り上げられたらそりゃアウトだね。だけどそれ、虐殺にはならなくても虐待にはなると思うよ。虐殺を禁止している運営が黙っているとは思えないな。
多分、『あいつ』ができる手段は軽い巻き戻しくらいだと思う。俺が今こんな計画を市川さんと話せているってことは、担当者がこんな事を考えたのは初めてのケースなのか、このくらいまでは許容範囲なのか、どっちかだろ?」
「……本当に、変なところにだけ頭が回るのね」
「どうしても能力を取り上げるって言われたら、せめて地上に帰ってからにしてくれって頼んでみるよ。そうしたら一生遊んで暮らせるだけの金もあるし、お役目からは開放されて晴れ晴れするし、いつもの通り人工知能の研究をしてのんびり過ごすさ」
間引きをする時のあの妙な高揚感は若干捨てがたいが、それがなくなったからと言って人生がつまらなくなると言うほどではないからな。
「私と貴子の肉体年齢はどうなるのよ……」
そう言って俺を睨んだ市川さんの顔は今まで見た中で一番怖い表情をしていた。




