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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第八十三話:研究開発と息抜き旅行

 救世聖杯信教の一件でおそらく今年の間引きノルマを果たしたであろう俺は、本来やりたいと思っていたこと、すなわちシンギュラリティを睨んだ人工知能の研究開発というやつに着手していた。

 とは言っても大学を出て何年かはシステム開発ばかりやっていたし、ここ3年は人を間引くことばかりを考えていたせいで最新の人工知能がどれくらい進歩しているのかがさっぱり分からない。

 研究開発に着手したと言えば聞こえは良いが、実際のところ現状のキャッチアップだけでも精一杯だ。


 以前に学んだ人工知能とはイコール深層学習・強化学習というやつで、それさえ知っておけばしばらく食えるぞ的な言説が一般的だった。今はどうも、深層学習の先にはシンギュラリティは来ないんじゃないかという空気が人工知能界隈を覆っており、「じゃあ次は何なんだよ」という質問に対して皆が口を閉ざしている有様だ。


 たまに「次は量子だ」とか言い出す人もいるが、量子コンピュータは方式がいろいろありすぎて何を指しているのかも分からん上、問い詰めると大抵は誤差関数の最小値に到達する電力コストが長期的に見れば低いことを言い出す人ばかり。これではGPUか別の演算器かという話であって深層学習か他のアプローチかという話にすらならない。


 相田もスタンフォードで人工知能を学んできた人間だが、師事した先生が「深層学習ヒャッハー」的な先生だったらしく、あまりいいネタを持っているとは思えなかった。


 地動説が仮説以上のものであると認められる前、天動説を学んだ天才達はなんとかして惑星の軌道を説明するために様々なモデルと学説を立て、示された矛盾を次々と論破していったのと同様に、深層学習こそ万能であると言い出した人達はそれなりの理屈を持っており、深層学習の先にこそシンギュラリティがあるのだと未だに言い続けている。


 しかし、いたる所にネットワークとセンサーを張り巡らせ、膨大なビッグデータをストレージに叩き込んで深層学習をさせても得られた知見は深層学習万能論達の言うものからは程遠い。細かな成功例はいくらもあるだろうが、それを以てシンギュラリティと呼ぶのは暴論だ。


 たまに独創的なことを言う人は居るには居るのだが、大抵は「我が国の研究の動向」などと研究活動そのものを研究してる人で、実際に手を動かして研究開発している人達の意見とは到底言い難い。

「科研費が」「OECDの平均は」と言う話の前座で人の耳目を集めるためにちょろっとそういうことを言う程度だ。もちろん、そういう人が必要な場面もきっとあるのだろうが俺の需要からは遠い。


「うーん、今ひとつ俺の目指す人工知能の方向性と違うんだよな……今の深層学習は……」


 堂々巡りになると俺は相田に相談を持ちかける。もちろん相田が俺の疑問に対する明快な答えを持っていることを期待しているわけではないが、人と話をしていると何かしらいいアイデアが浮かぶような気がするじゃないか。


「具体的に、影山さんはどういう人工知能を作りたいんですか? まずは欲しい機能をリストアップするのは上流工程では必須のアクションです。これすらやってないなら市川さんに相談した時にド叱られますよ」


「ああ、最終的には『お前より優秀な人工知能を作れ』とその人工知能に命令したら実際にアーキテクチャ設計を始めてくれるようなのが理想なんだがな」


「はぁ、誰もが夢見るシンギュラリティっすね。そりゃ」


「俺が欲しい機能は『創発』なんだが、『創発』を必要な機能に据えると、なんとなくもう出来てそうな気がしないか? 人工知能が小説を書いたとか論文を書いて査読を通ったとか、作曲をしたとか絵を描いたとか、そんなの5年前のニュースだろう」


「そうですね」


「でもさ、凄いSFを読んだ後『俺もこんな小説を書きたい! 』って湧き上がる心ってのも創発だと思うんだよね。実際にそう思うのは何十人に一人、そこから書き始めるのはさらに少ない人数かもしれないけどさ。

 その『何かがしたい』ってフラグを立てて、そこに至る手段手法を自分で調べて、コストに見合うリターンがあるなら実際にやってみるってプロセスをどうデザインしていいか分からんのよ」


「なんだ、要件定義はそこそこできてるじゃないですか」


 相田が呆れたように言った。


「ん?」


「私は『欲しい機能をリストアップしてみては? 』とは言いました。それを聞いた影山さんは『創発』という言葉を使い、『何かをしたいというフラグを自発的に立てて、目的を達成するための手段手法を自分で調べ、コストを比較検討して報酬がコストを上回るなら実行するプロセス』があればいいと私に説明したわけですよ。これ、箇条書きしたらそのまま要件定義になりますよね?」


「お、おう」


「じゃ、後はそれをさらに小さい構成要素に分解して、今の人類がやれていないところを掘り下げていけばそれがリサーチ・クエスチョンになりますよね。それを自分で実装・検証して切り開いていくのが研究ですよ」


「なるほど……」


 相田は当たり前のように説明したが俺にはそこに至る発想がなかった。これは研究の仕方そのものをきちんと最初にしかるべき手順で教わってこなかったからだろう。

 確かに俺は修士課程では学部時代に教授から貰ったテーマをずるずる引きずって、週に一度の輪講と月に一度の経過報告、最後に論文……と要求されたスケジュールをこなし、成果と思しきものを出し続けることで修士の称号は手に入れたが、大切なところが抜けていたようだ。


「注意事項を一つ」


「ん?」


「そういう、遠大で掴みどころのない研究課題に手を出した人は知らないうちに宗教や道徳、哲学なんかの本を読み出して前進したような気になりがちです。そこにまらないようにして下さい。

 そういうのにムダな時間を使ったり、変なことを言い出して周りから孤立したりしてもいいことなんかありませんからね」


 えらく具体的だが、相田にもそういうのに嵌って抜け出せなくなった黒歴史でもあるのだろうか。相田の顔にもなんとも微妙な表情が浮かんでいる。


「そうかあ……まずはオーソドックスな問題解決手法に沿いつつ、いろんな学会やシンポジウムにでも出かけて刺激を受けてみるしかないのかなあ」


「解ってるじゃないですか。つまりそういうことですよ。じゃ、頑張って下さい……ああ、それとですね」


「なんだ?」


「最近出歩いてないで唸ってばかりいるせいか顔色が悪いですよ。やっぱりたまにはどっか行ったほうが良いんじゃないですか?

 私達も影山さんがずっといないのは困りますが、ずっと後ろで唸っていられるのもそれはそれで困りますしね」


「そういうものか。じゃ、いろいろ考えて近いうちにどっか行ってくるわ」


「2、3ヶ月ってのは駄目ですよ。遊んでばかりじゃ研究にも開発にもなりませんからね」


 俺は付き合ってくれた相田に丁寧に礼を言って、社長室に引っ込んだ。


「出かけるて言うてる時の影山さん、めっちゃ嬉しそうですやん……」


という相田の言葉が背中から聞こえてきたが、気晴らしが嬉しくないわけないじゃないか。


◆◆◆◆◆


「駄目だと言ったら駄目だ。何度言われても同じ。もう今回の採用は終わったんだ」


 俺は瞳に向かって不採用を冷徹に口頭で告げた。もう何度目だろうか。

10月の採用で俺は瞳の採用を避けるように貴子さんに通達しておき、貴子さんは通達を遵守した。つまり瞳は不採用になっていたのだが、瞳は俺の自宅も会社も知っているので事あるごとに俺の側に居させてくれと言って来るのだ。


 この根性は見上げたものだが、俺も一度出した通達を撤回したり、通常の採用プロセスを無視して瞳をコネ入社させたりするわけにもいかない。そもそも、瞳をコネで入社させなくてはならない理由がどこにもないのだ。


 だいたい、10月の採用は公募したわけではない。転職エージェントに候補者集めを依頼したのだ。転職エージェントが自社のデータベースに登録してある転職希望者の中からスキルセットを考慮して候補者を選び出し、候補者の了承を得て影山物産(ウチ)に履歴書と職務経歴書が送られてくるのであって、(こいつ)が自分で応募したいからと言って応募できる類のものではない。


 つまりこいつはまだ、社会のいろんなところに裏から手を回せる手段を持っているということなのだ。なにそれ怖い。


 俺は救世聖杯信教本部での戦いで、瞳の致死性の毒を消してやったことを後悔していない。だが、瞳がここまで俺に執心するとは想定外だった。


 服部が瞳に刺されても死ななかったのは、ひょうちゃんの毒がトリカブトの毒を打ち消したせいだと本人には説明してある。だが瞳は違う。彼女(こいつ)自身が毒のエキスパートだから運良く毒が拮抗したまま消えたなどというファンタジーを信じるわけがない。


 あの一件で瞳は俺のことを超常能力を持つ神様っぽい何かだと信じ込んでしまったようだ。でも、毒蛇に好かれて嬉しいネズミはいないと思う。


 うう……どうしよう。このままだと可愛さ余って憎さ百倍……なんてことになって俺や影山物産が瞳の攻撃対象になったりしないだろうか。それは絶対に避けたい。

 だがゴネ得を許すのは俺のポリシーに反する。


 しょうがない。本当は怖いがここは俺が少し彼女との距離を縮めればいいだけの話だ……。そして大変な思いの一つもしてもらえば瞳も俺へのおかしな幻想から目を覚ますだろう。ゴネ得が得じゃなければいいのだ。


「わかった。不採用は撤回できないが、別の方法を考えよう。さしあたってお前、英語は話せるのか?」


 瞳の顔がぱあっと明るくなった。無理もない。今まで俺から拒絶以外の言葉を聞いたことがなかったのだから。


「大丈夫です! 私、上智の文系です! 英語だけは得意ですよ!」


 おいおい「英語だけ」とか、上智卒の人が聞いたら怒るぞ。


「上智の英語がどれくらいか知らんが、俺が次に行くところはアフリカだ。ピジンの聞き取りが必要になるぞ」


「アフリカ? ピジン?」


「戦闘が得意なんだろう? 覚えてるよ。凄い身のこなしだったからな。

 今度ケニアに行こうと思ってたんだがボディーガードが必要なんだ。いつも来てくれてる人はこないだお前らのお仲間に負傷させられてしまってな。今は療養中で呼べないんだよ」


 デルフィノさんはあの後検査したら内臓に損傷を受けていたとかで日本で手術を受けた。現在はナイジェリアのエヌグで療養中だ。申し訳ないのでくまモングッズを山ほど送っておいたが届いただろうか。


「そういうことならお任せください。ケニアですね? じゃあ予防接種とか受けておかないとですね!」


 おいおい、喜びすぎだろう。長年の願いが叶ったような顔をしているがまだたかが数カ月だろうが……。


「そういうことだ。チケットはこっちでとっておく。詳細はメールするからメールアドレスをよこせ」


「はい! なんでしたら直接心の中に語り掛けていただいても一向に構いません!」


「……そういうの、人前で絶対言っちゃ駄目だぞ……」


 というわけで、俺は「気晴らしのお出かけ」を毒蛇(ひとみ)と行くことになった。


 相田や貴子さんには瞳が何者なのかはちゃんと話していないので、瞳のことは「昔殺し合いはしたけど、今は協力者」という無理筋な説明をしてみたのだが、とりあえず追及は受けなかった。でもきっと、あとできっちり聞かれるんだろうな。その時はしょうがないからちゃんと話そう。





 そして一週間後、俺は赤道直下のケニアの空の下、ビクトリア湖岸に立っていた。多少ひきつった顔をした瞳を連れて。

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