第八十二話:プレイヤーとウォッチャー
「もう! どうして手伝いが一人欲しいですって言えないのかなぁ? 私が影山さんみたいな能力を付与されたら何だってやっちゃうのに。心配しなくても能力者同士で殺し合いなんかしないわよ! 一筆書いたっていいわ!」
先日「あいつ」が現れたことを市川さんに報告したところ、帰ってきた第一声がこれだ。言いたいことは良く解る。市川さんならレグエディットを器用に使いこなすに違いない。その結果として俺の仕事が楽になるのだったらそれはそれで儲けものだと俺も思う。
俺はこの能力を持っていることに優越感を持っていたり特権意識があったりするわけではないのだ。最近はお役目中に妙にハイになることがあるが、それは精神的にきつい担当者の自衛策のようなものだろうし。
可能であればこの能力は俺だけでなく誰かもう一人二人くらいにあってもいいとは思うんだよ、確かに。今度は忘れず言っとこう。
「くしゃみしたら『あいつ』が逃げていった件についてはどうだろう。何か考えられることはあるかな」
「単純に病原菌に対する過敏な反応だと思うわ。お互いがコンピュータのメモリ上の存在だということを忘れてしまうぐらいに強い恐怖を感じたって事なんじゃないかな。影山さんだって実体は冷蔵庫の前にあったわけでしょ? だったらその白い空間とやらで病気が伝染するわけがないのにそんな反応を見せたということは、病気や病原菌そのものに対して相当な恐怖心があるということよね」
なるほど、的確な意見だと思う。もしかしてあそこに「あいつ」の実体が来ていたのではないかと考えもしたが、市川さんの言う事の方が正しそうだ。ということはやはり「あいつ」もウイルスの存在が体の健康を脅かすような体の作りをしているということで間違いはなさそうだ。
「どう考えればいいのかな。俺と『あいつ』が白い空間と言うテンポラリ領域にシンボリックリンクか何かを張っているという感じかな」
「オブジェクトがファイル単位で管理されているならそうなんでしょうね。でもオブジェクトはメモリ上で管理されてるんでしょ? だったらシンボリックリンクじゃなくてやっぱりリファレンスなんじゃないの? でもシンボリックリンクの方が考え方としては面白いわね」
シンボリックリンク……Windowsで言うところの「ショートカット」。昔からまともなコンピュータのOSには必ず実装されているファイルシステムの機能だ。
「どゆこと?」
「うまく言えないんだけれど、能力者同士ってレジストリ……だっけ。それがお互い見えないんでしょ?」
「うん」
「あくまで想像なんだけど、能力者って既にどこか別のところに本体を移されていて、シミュレーション内にある体はリンク体なんじゃないかって。そしたらその辺のオブジェクトのレジストリは見れるけれど、リンク体のレジストリって、リンク先のレジストリを見るっていうメソッドがないと見れないわけじゃない?」
面白い考え方ではあるのだが、初めて「あいつ」と会った時にこの世界はバックアップだって言ってたから、ファイルシステムは人間とか物とかのオブジェクト単位ではなくて世界単位のものだと俺は思っている。
それに、市川さんの仮説だと貴子さんのレジストリを閲覧しようとした時に若干引っかかったことの説明がつかない。貴子さんにあるかもしれない脳の器官については彼女のプライベートな情報だからここでは市川さんにうっかり語れないけど。
でも、今の地球人類の海馬にある多くの知識はリンクで置き換えられているって前に「あいつ」が言ってたし、この手の「実体と仮想」やファイルシステムについてはもう少し勉強した上で考えてみる必要はあるな。
「まあ、今俺が実感している範囲では、白い空間に居た時の俺はリンクというよりは本体と感覚や思考をポインタか何かで共有する別インスタンスって感じだな」
「うーん……まあ、そんなとこかしらね。私もコンピュータについては仕事で勉強した以上のことはわかんないからね」
「もう少しコンピュータやOSのアーキテクチャとか考え方とか、そういうのに詳しい人の意見が聞ければいいんだけれどな。壬生さんも言ってたよ。俺ぐらいの知識があればもっといろいろやれたのにって。俺なんか全然なのに」
「んー……紹介しようか?」
「ん?」
「だからコンピュータの専門家紹介しようか?」
「いるの? そんな人」
「エリザベスのオペレータに入ってもらってる人でね。MITの院生の人がいるよ。大規模演算システムとか非ノイマン型コンピュータのシステム設計とか量子コンピュータのSDK制作とかそんな事ばっかりやってる人みたい」
俺から見ると脳みそがクラクラするほど何をやってるかわからない人だ。でもそういう人の意見が聞けるなら嬉しいのは嬉しかったりするのだが……
「ひょっとして……その人も結構な美人だったりする?」
「ええ、シャーロットほどじゃないけど街を歩けば道行く男が振り返る程度には、かな? ニューヨーク店でイベントやる時はモデルさんと間違えられてるわ」
「だったらいいや。やめとく」
「あら、アドバイス欲しいんじゃないの?」
「美女が絡むと話が大きくなったりややこしくなったりするんだよ。
それはそれで楽しくもあるけれど、今はお腹いっぱいかな」
「ああなるほど。貴子が美人だったせいで服部くんもああなっちゃったしね……。そっか、美人は駄目か」
思い当たる節があるのか、市川さんも納得してくれた御様子だ。
「ありがとう、またちょくちょくお邪魔するよ。何か必要なものはない?」
「最近は日本でしか買えないものってあまりないのよ……新鮮さはともかくね。でも、またいつでも来てちょうだい」
俺は市川さんに軽く挨拶をするとディゾルブで東京に帰った。さっきまで居たのはロスアンゼルスの C&V twins. の社長室。米国での彼女の商売は順調らしい。なんでも、エリザベスに搭載されていたセキュリティソフトにヒントを得たフリーソフトが中国で大暴れしたとか言うニュースが流れたせいで新しい客層を取り込めたのだとか。
◆◆◆◆◆
転職エージェントに依頼して服部の後釜を探してもらっていたが、その甲斐あってそろそろ10月1日付けで採用する人材の候補が揃いつつある。
俺は8月、9月と日本のオフィスにほぼ常駐していたため「役員による最終面接」という業務を依頼されてしまった。今日はその面接の日なのだ。
「貴子さん、今回の人はどういう基準で選んでるの?」
「能力的な点はあまり重視せず、人間的な部分を評価しています」
なんだそりゃ。
人間的な部分を評価、と言うと聞こえは良いが随分曖昧な基準じゃないか?
「人は見た目が9割」とか言う人がいるが、人が人に与える印象は短い時間なら偽装や操作が可能だ。美容院に行ったり香水をつけたり少し高級な服を着たりするだけで印象はガラッと変わってしまうだろう。
もし人間的な評価というのが人あたりだとか外見・装飾だとかのことを言っているのなら俺が面接する時はそれらの条件に惑わされないよう、厳しくしなくてはならない。
「人間的な部分の評価って随分曖昧に聞こえるんだけれど、どういう軸で評価するの?」
「そうですね。まずは多趣味で物知り、そして人を楽しませるタイプ。これを基準に考えています。職人気質で一本気の人もいいのですが、今回はちょっと違う方向性で攻めてみましたの」
「ほう? 詳しく聞きたいな」
「様々な業種の投資先へのひっかかりがそれなりに見込め、すぐに投資先と会話を構築できる人が良いのではと思ったんです。
能力的な部分で言えば、言語能力に代表されるように、昨今はコンピュータの補助があれば何とかなることもあるわけです。それよりは様々なことに興味があって、しかもある程度その興味の先に必要な訓練を厭わなかった人が欲しいですね。
私個人の経験でしかないのですが、このタイプは他人からの攻撃には脆いけれど、お金の持ち逃げとか、そういう大それたことができないタイプであることが多く、安心もできるんですよ」
なるほど。学歴だとか資格だとかそういう分かりやすい判断基準ではなく業務の特性とどれだけマッチしているのかをちゃんと考えた結果というわけか。さすが貴子さん……目から鱗が落ちる思いだ。
かてて加えて、その候補者を採用したとして、そいつが将来闇落ちしないかどうかまであらかじめ考えているとは恐れ入った。
「で、今日俺が面接するこの人はどんな趣味や特技を持ってるんだ?」
「私から聞くより、候補者から直接聞くのが良いかと思います。私では引き出せないお話を引き出せるかもしれませんよ?」
貴子さんの意見に俺はすっきり納得し、候補者が待つ小会議室へ向かった。
小会議室で居住まいを正して待っていたのは35歳くらいの若干太めの男性だった。田辺さんというらしい。決して美男子ではないが人当たりが良さそうで好感が持てる。過剰な緊張もしていないようだ。
俺は自分が影山物産の社長であることを説明し、田辺さんの本人確認をしてから本格的な面接に入った。
「以前にも聞かれたかと思いますが趣味はどんな趣味をお持ちですか?」
「ゲーム、コンピュータの自作、バイク、ドラム、エアガン……漫画を描いたり小説を書いたりプログラムを組んだり……まあ、いろいろです」
なるほど、多趣味だ。バイクのジムカーナがB級……ってのはなんか凄そうだな。他の趣味も受け身では出来なさそうなものばかりだ。
「今、ゲームが趣味だと仰いましたが、例えばどんなゲームをプレイされるんですか?」
「パズル、格闘から恋愛シミュレーションまでいろんなゲームをやりますが、ゲームをやる人間を見ることの方が好きですね。その人達が何をやっているのかを理解するための下地として自分はゲームをやっている感じです」
「ゲームをやる人間を見る……とは珍しいですね。どういうことなんでしょう? 聞かせて下さい」
「ええと……そうですね。有名なところだとやりこみプレイで一週間家から一歩も出ない人とか、逆にゲーム本編で遊ぶことそっちのけでテクスチャやモデルの改造する人とか、アカウント抹消されてもネットゲームのチートツールを作り続ける人とか、昔のゲーム機のエミュレータをFPGAで1チップ化するのに大学院時代を全部費やす人とか、間違った方向からゲームを楽しむのに全力かつ必死な人達って居るんですが、これがまた適度にコミカルで楽しいんですよ。才能の無駄遣いを楽しんでる感があって。
よくそんなネタ考えつくなってのもありますし、開発者の方でも考えてなかった遊び方で何かをやるとか最高です」
用意してきたわけでもあるまいに、良く粒の揃った事例がポンポンと出てくるものだ。ある種話芸に近い。まさか全部自分のことだったりしないだろうな……?
「やりこみやエミュレータなんかはたまにネットで見たりするので分かるのですが、後半の開発者の想定しなかった遊び方……とはどういうことですか?」
「例えばシミュレーションゲームなんかで、継続条件を考えると破綻寸前まで行った時に面白い裏返しがあったりするんですよ。具体的に言うと……うん……お互いが育てた都市同士を戦わせるゲームがあったとしますよね。
開発者は相対するプレイヤー双方が自分の庇護する街の人口を増やし、税金から軍費を捻出し、徴兵し、兵隊を訓練して最後にお互いを戦わせるつもりで作っている。ところがやりこみ君は軍備をあまり増やさずせっせと余った食料を敵の都市に持ち込むんです。食料が豊富になった都市は一気に人口が増える。そこで食料の供給を止めると飢餓が起こり、今まで食料を持ち込まれていた街は全滅するというわけです。そういうシミュレーションロジックの盲点を突くようなやり方を密かに愉しんでいる様な人達の発想が大好きなんですよ」
理屈は解る。シカが増えすぎると森が枯れてシカも全滅するとかそういうやつだな。そのバランス崩壊を意図的にやってのけるということか。
シミュレーションエンジンが良く出来ていれば現実に起こることは当然ゲームでも起こせる。なるほどな。
俺は何かが引っかかった。ゲームが破綻寸前まで行った状態……というのは「あいつ」が言うところの現在の地球環境そのものだ。このまま人間が増えすぎるといつかカタストロフィが起きる……? 食料自給が1次関数的にしか伸びないのに対して人口は指数関数的に伸びるのだからいつかその日が来ることに間違いはない。いや、来ているのにおそらく先進国にいては気がついていないだけだろう。
ちょっとまて……大事なパラメータは食糧じゃないよな。「あいつ」のコンピュータのリソースだよな……本当にそうなのか? 問題は俺の立ち位置だ。俺はそのゲームのどこに立っているのか……?
この引っ掛かりが俺にはかなり大きく、田辺さんに合格を決めた後も俺はこの件についてしばらく考え込むことになった。
ひょっとして田辺さんがこれまで見聞きした「ゲームを間違った方向に全力で楽しむ人達」の思考回路は実は随分と参考になるのではあるまいか。願わくば田辺さん自身がそういった思考回路の持ち主であれば鬼に金棒なのだが……。
この日俺は6人と面接をし二人に合格を出した。しかし本当のところは採用面接よりも、さっさと家に帰って「やりこみ動画」を見たくてしょうがなかったってのは内緒だ。




