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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第七十八話:リファレンス


「やっと全部集まったか……支払いは大変だなこりゃ……」


「まだ富士吉田に行かないんですか?」


「もうちょっとだけ待っててくれ」


 俺の家には手配した探偵事務所からの報告資料と大量の写真データが続々と届いていた。壬生戦略研究所の資料と併せると最新最強の救世聖杯信教のデータ集になる。


 探偵事務所に調査を依頼した際、俺は「可能なら知り合いの同業者にも声をかけておいてくれ」と言っておいたので、最終的には探偵282人からのデータが俺の手元に入って来る。探偵事務所は結構横の繋がりがあるらしい。


「彼を知り己を知れば百戦殆からず」というが、知るのは何も俺ばかりではない。これを深層学習の教師データとして用い、学習させてストラトマインドの分別機にかけるとどうなるか……。


 その効果を考えただけでもニヤけてくる。

 

「影山さん、顔が邪悪っスよ……」


 お前が言うな、服部。


 納入されたデータの整理と前処理には結構な時間がかかった。学習開始のリターンキーを押すことができたのはデータを受け取ってから三日後。ストラトマインドのソリューションを使った機械学習にはここからさらに結構な時間がかかる。


「さて、じゃ、AIが神様についてお勉強してくれる間、俺達はお出かけだ。うどん食いに行くか」


 俺達はレンタカー屋でSUVを借りて富士吉田を目指した。救世聖杯信教が目の敵にする宗教「聖杯の光」の本部があるところだ。

 「聖杯の光」も救世聖杯信教と同じく山の斜面を削り取り、大きな造成地を作ってそこに教団運営と信者の宿泊施設などのための建造物群、そして大聖殿とやらを立てている。このあたりのフレームワークは両者同じなのだろう。これほどの規模ではないが他に、浜松、小牧、大垣、亀山、栗東、出石、松任にも割と大きめの施設があるようだ。


 俺達はその大聖殿の近くのパラグライダー練習所まで行って、偵察のためのドローンを飛ばした。近くには自衛隊の北富士演習場などもあったりするため、教団側も飛行物体についてはあまり神経質ではない様子だ。


「なんで救世聖杯信教じゃなくて、聖杯の光を調査してるんですか?」


「うーん……そこはなあ……説明が難しいんだよ」


 俺がここで欲しかったのは座標だ。大聖殿上空100mの位置の座標。そこにドローンを飛ばしてレグエディットで見れば良い。


 さらに今回、俺は新しいチャレンジをすることにした。今までは行ったことのある場所の座標を未加工のままクリップボードに貯め込むというやり方を取っていたが、今回は座標をコンピュータで演算したものをクリップボードに押し込んで見ようとしている。


 地球上のオブジェクトはまず、16行23列で表現されている地球の代表点からの相対位置を存在座標として持っている。この座標系は地球人類が利用するものではなく「あいつ」やシミュレータが使う座標系だ。


 これには簡素化メソッドが付随しており、これを用いれば余剰次元分の何かしらの数値が取り除かれ、俺達の理解可能な3次元座標へと変換処理される。これを距離の離れた場所4箇所以上で行いアフィン変換の行列を確定すれば、あとは緯度経度さえ分かれば好きなところに高さを調整しつつディゾルブが可能になるというわけだ。移動先に何か邪魔な物体が無ければだが。山とか。


 そしてカーソン、サンパウロ、東京、ロスアンゼルスの四ヶ所に加え、検算用に対馬と志摩を使ってすでにアフィン変換行列の要素は確定済みだ。あとは演算した座標をクリップボードに押し込めるかどうかだ。


 服部が楽しげにドローンの操作の練習をしている間、俺は大聖殿の上空1000mの座標をノートPCで計算して、その結果をなんとかクリップボードに押し込んでみた。次に、服部の眼を盗んで近くにある握りこぶしの半分くらいの大きさの石を拾い上げ、ディゾルブを発動。終点座標はクリップボードの座標だ。


 カンッ!


 かすかに甲高い音が遠くに聞こえた。大聖殿の屋根に俺の跳ばした石がぶつかったのだ。いくらか風の影響を受けたようだが大聖殿に当たったのなら成功だ。


 いける。この方法は使える。

 

 実験が成功して上機嫌な俺と、ドローンを飛ばしてご機嫌な服部と、富士山を初めて見てテンションが上っているデルフィノさんはその昼、大聖殿にほど近い街道沿いの食堂で富士吉田名物のうどんを食いながら打ち合わせ通り、大声で話をはじめた。

 脚本はもちろん俺。ちなみにデルフィノさんは日本語ができないのでうどんを美味しそうに食べる役だ。

 

「どっかの宗教の教祖様が奇跡を起こして怨敵を打ち滅ぼすとか言ってるらしいぞ」


「へえ、どこの宗教?」


「なんとか聖杯とかいう宗教だそうだ。ネットで見た」


「そうなんだ。いつ頃やるとか言わないとそういうのって信憑性無いよね。地震や台風で災害に見舞われたあとに『あれは私の怒りだ』とか、そういうもんじゃないの?」


「そうでもないらしい。具体的に、頭上に鉄槌を下す、と言ってるらしいぞ。詳しく知りたければネットを見ると良い」


「うへえ。また新興宗教がテロでもやんのかな……大変なことにならなきゃ良いけど」


 俺達はこんな会話をあちこちのファミレスや喫茶店で合計7回も繰り返した。もちろん、ネットにはそういう書き込みをあらかじめしてある。怪しげな掲示板のオカルト予言速報板や、追跡不可能な形で取得したツィッターアカウントでだ。


 その後3日かけて俺達は浜松、小牧、大垣、亀山、栗東、出石、松任の聖殿とやらに行き、クリップボードに各聖殿の座標をインプットしまくった。何故わざわざ現地まで行くかと言うと、敷地の場所までは地図でも解るが最後の細かい座標は自分で確認しておかないと本番でずれたら目も当てられないからだ。


 デルフィノさんは俺の怪しげな行動には何かしら意味があると分かっているようで、不平を言うこともなく、ドライブインでくまモングッズを大量に買って気を紛らわせていた。服部はドローンの操作が随分上手くなったが、俺が何を企んでいるのかについてはもう解説を請うのを諦めたようだ。


 松任からの帰りの関越道を走行中、俺は退屈な直線ベタ踏みの運転に飽きたので服部に退屈しのぎの話に付き合ってもらうことにした。


「なあ、服部。参照(リファレンス)とディープコピーの差って知ってるか?」


「なんですか? 突然。僕は投資マネージャーです。プログラミングのことはもうついていけませんよ」


「そういうな、眠いんだからちょっと付き合えよ。Pythonでな、


 a=[0,1,2...10]


 って配列aがあるとするだろ」


「僕の意志は無視ですか……」


「うん、無視だな。で、b=a って感じでbにaを代入する。そうするとb[3]=3だよな?」


「まあ、そうですね」


 このくらいなら服部にも解るようだ。


「で、今、b[3]=5って書き換えるとする。この時a[3]の値は?」


「ええと……bとaは別物ですよね。だから3なんじゃないですか?」


「それがな。Pythonの場合は5になるんだよ。こういうのをリファレンスと言うんだ。要するに、配列をまるごとコピーした配列が欲しければディープコピーと言って、配列の要素をそれぞれ明示的に別のオブジェクトを作ってコピーしてあげないといけないんだな。代入式ではなく」


 答えが外れたせいで服部は少し機嫌が悪そうだ。


「配列の参照はCならポインタでやりますよね。でもPythonはそれ、わざわざbを作る意味が無いんじゃ……なんで今、そんな話をするんですか?」


 レグエディットの応用は奥が深い。ディゾルブ移動なんかもそうだが、他にも興味深い現象がある。今話したリファレンスとディープコピーなんかはまさにそれだ。


 俺の頭の中のクリップボードにコピーされたレジストリの()()である座標や宝石の組成構造やDNAの切れっ端の情報は明らかにレジストリからディープコピーされたデータだ。しかし、ある物体のレジストリを()()()()クリップボードにコピーした場合、それもまたディープコピーされたデータ群と言えるだろうか。

 その疑問は簡単に解決した。実際にやってみたところ、レジストリを丸ごとクリップボードにコピーした場合、クリップボードの中にあるレジストリはただのリファレンスになっていたのだ。


 今回の木更津行きが派手なドンパチに発展するなら、俺はこのリファレンスを使った奥の手を使わないといけないなと思っている。服部に軽口で話しかけた裏にはこんな俺の事情があるのだが、それも知らずにこのアホリスは……。まあしょうがない。そんなこと知るわけもないからな。


「いやまあ、なんというか……暇だから?」


「前を向いて運転して下さいよ、前を」


「お前、東京帰ったら覚えてろよ……」


 デルフィノさんは右側通行に慣れすぎていて日本で運転させるには危険なのでずっと後部座席で暇を潰して貰っている。服部は免許を持っているのにSUVはでかいの怖いの取り回しが悪いのと文句ばかり言って運転しない。だからこの2、3日は俺一人で運転を担当していたのだ。

 しかしここで「ケツが痛い」と言うとまたデルフィノさんが大喜びしそうなのでずっと耐えている俺に、服部は実にすげない言葉を投げかけてくる。誰の為にこんなことやってると思ってやがるんだこいつは。


「つれないやつだな。富士吉田うどん美味かったろ?」


「演技に気を取られてうどんどころじゃなかったですよ!」


「まあ、俺はくまモンがいれば他はどうでもいいがな……サラダパンもなかなかよかったが……」


 デルフィノさんがぼそっと口を開いた。


「デルフィノさん起きてたのか。まだ時差ボケが辛いんじゃなかったっけ? 寝てていいよ」


「言い忘れたことがあったんだ。間に合うかどうかわからないが今からでも仕入れたいものがある。頼めるかな、ブラザー」


「なんだい? 大抵のものなら買えると思うが……一応言っとくけど銃や手榴弾(パイナップル)は駄目だよ?」


「それは諦めてる。それより、ヤドクガエルを手に入れてくれ。日本にはペットショップがあちこちにあるだろう? 頼む」


「ヤドクガエル? 服部、ちょっと売ってるかどうか調べてくれ」


「はいはい。えーと、や・ど・く・が・え・る……うわ、売ってますよ。通販で一匹15万円もしますけど……」


 売ってるんだ……わぁお。そういえばヤドクガエルって危険性はともかくやたら綺麗だったな……蝶と同じくコレクターがいるかもしれない。


「繁殖個体じゃないやつを頼む。ハワイで帰化したやつがいい。欧州産は駄目だ。上品な餌を食って育てられたペットは毒がないことがあるからな」


 ヤドクガエルは陸上生物の中では最強の部類の毒を持った生き物で、名前の通り狩りの時に使う矢につける毒を体内で合成するカエルだ。オニダルマオコゼやヒョウモンダコなど、毒を持つ生き物を調べた時に結構この辺り俺も詳しくなってしまった。


「スリングショットの鉄球弾にヤドクガエルの毒塗っておけばそこそこ殺傷力はあるだろ? な?」


 ……そこそこどころじゃないですよデルフィノさん……。

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