第七十四話:カネは天下の回りもの
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「酷いじゃないスか相田さん、僕、会社に行ったのに入れないんですよ。セキュリティチェックで」
服部はようやく通じた相田への電話で、まるで会社側が服部に不当な扱いをしているかのように抗議した。
これは服部の戦術だ。悪いのは服部自身に決まっているがそんなことを認めては交渉にも何にもならない。まずは相手を怒らせて揺さぶってからするりと心のスキマに入って、と服部は考えていた。
「あー……服部さん? すいません。今、内装工事中でね。ちょっと前から私も在宅勤務なんですよ」
相田は飄々と嘘をついて服部のジャブを躱す。嘘とは言え内容は影山と打ち合わせ済み。服部には崩しようがない。その淡々とした口ぶりに服部は「あ、失敗したかな」と内心悔しがった。
「そうですか……あー、僕の夏のボーナス振り込まれてないんですが……。6月出勤しなかったのはもう申し開きもしませんが、上期って考えると今年5ヶ月分の金額が振り込まれて良い筈なんですけど……」
「服部さん、服部さんの連絡のつかない期間はおよそ6週ありましたけど影山物産は『社員が出勤の督促を受けてなお連続14日以上の無断欠勤をする者は懲戒解雇とする』ことになっているんですよ。そしてボーナスの支給対象は『支給日に正社員であり、休職の状態にない者』です。服部さんの場合、退職者扱いになっているのでボーナスは支給されません。
もし服部さんに無断欠勤を続けるやむを得ない理由があったのならお伺いしますが、ないのでしたら離職票をお渡ししますよ。すぐに失業保険の申請が出来る筈です」
相田は用意していた回答を冷静に返した。
「実家の母が倒れて入院したのでバタバタしてたんですよ。うちは親父も入院中なんで、俺がずっと看病とかやらなきゃいけなかったんです。連絡はした筈なんですが届いてなかったんですか?」
もちろん大嘘だ。通ればラッキー。駄目でも相田を怒らせることはできるだろう。
「あー……服部さん? 連絡がつかなくなって一番最初にご実家には電話しましたよ。ご両親ともピンピンしておられました。ご心配されていたようですからご実家に一報入れておくといいかもしれませんね。で、離職票どうしますか?」
揺さぶることすら出来ない相田を相手にするとこちらが消耗するだけだと気がついた服部は作戦を変更するしかないな、と内心舌打ちをした。
「影山さんは何をしてるんですか。影山さんと話させてくださいよ」
「おわかりかと思いますが、社員でない方にお答えするわけにはいきませんよ。では、離職票は会社にあった私物とともにご住所の方に送っておきます。影山さんと話したければ影山さんに直接電話をおかけください。そこは私は関知しませんから」
「た……退職金は……?」
「会社規定で、懲戒解雇になった人への退職金は出ませんね」
市川さんが作った会社規定は壬生システムの会社規定を参考に、そこそこ緩く作ってあるのだが、それでも今の服部にとっては高い壁だ。
それを盾に杓子定規に応対されては取り付く島がない。
「それから服部さん、いくらやる気があっても朝5時半に出社するのは早すぎますよ」
凍るような相田の声。朝から晩まで一緒に仕事をしてきた相田の声だ。ゆえに服部には相田が今、どんな顔をしているのか容易に想像がついた。きっと生ゴミを見るような目をしているに違いない。
やらかした人間には二通りある。客観的に自分を見てやらかしたことを認め反省する者と、何があっても自分の間違いを認めず引き返せない者だ。後者は「今さら自らの過ちを悔いたところで失ったものが大きすぎて戻るところもなく引き返せない」くらいに考えて良い。
そんな人いるの? という気がしなくもないが、疑似科学信者や陰謀論大好きな人、野党の政治家、論文を書かなくなったテレビ学者、権力に対して脊髄反射で批判的になる人達などはだいたいがそうだ。こういう人達はもう前に突き進むしか無いので、盛大に周りに毒をばら撒き白い雪原に醜い足跡を残すことを繰り返して生きていくしかない。
残念ながら服部もその状況に陥っている。同僚の信用、雇用先、比較的高額だった収入、何もかも失って明日からは失業者。生活は預金残高との戦いだ。失ったものはもう戻って来ない。
なので服部は省みること無く前に進む。今後、周囲に盛大に毒を撒き散らすことしか彼にはやることがなくなってしまったのだ。
「わかりました……。短い間ですがありがとうございました」
服部が電話を切ると、相田は安堵した。直接会って話したいとか事情だけでも説明させろとか面倒くさいことを言われずに済んだのだから。
直接会ったりしたら何をされるか判ったものでは無い。相田はそんなリスクを侵すのは御免こうむりたかったのだ。
相田も服部とは長い間一緒に仕事をしてきたのだから残念な気持ちもないわけではない。前の会社の先輩が自分の部下ではやりにくいと影山に交渉して、課長だった服部を担当部長に上げたのも相田である。
しかし、貴子が来てからの服部はまるっきり変わってしまった。変わるのはしょうがないとしても、あそこまでになるとは相田も予想出来なかったのだ。
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3日後、服部の家に離職票や預けていた年金手帳、各種書類と私物が届いた。
「うん……?」
服部が会社から送られてきた雑多な私物の中から見つけたのはドリームジャンボ宝くじだ。4月、影山がアメリカに逃げるように飛んでいく前日だったか、影山と昼飯に行った帰りに運試しにと買ったものだった。
「服部、お前宝くじ当たったらどうするんだ?」
「そうですねぇ……1等当たったら今度うちの近所に出来るタワーマンションに住みたいですね! 上の方!」
そんな会話が服部の頭をよぎる。
「そういえば影山さんは何年か前に競馬と宝くじを立て続けに当てていたな。自分にもそんな運があればもう少しマシな人生だったかもしれない……」
そんな、僅かに生まれた内省的な感情も宝くじの当選判定の結果が出るまでだった。
「おめでとうございます。2等1千万円、当選です」
影山が「服部に1等はちょっとな」と言いつつ当選確率をいじった結果だったが服部はそんなことを知る由もない。
服部は今度は高額の金銭がもたらす全能感に浸ることになってしまった。
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7月のドイツ・デュッセルドルフ国際空港、午前11時。貴子さんと上手く合流した俺は早速中心街へとタクシーで向かった。中心街には貴子さんが予約してくれたホテル日航がある。俺達はそこで一旦チェックインを済ませ、旅装を解いて町の外へと繰り出した。
「お客様は日本の方でいらっしゃいますね? でしたらまず、インマーマン通りに行くと良いかもしれません」
というコンシュルジュのお姉さんのお薦めに従い、俺達がまず目指したのはインマーマン通り。
……目指すも何もホテルの真ん前なわけだが。
デュッセルドルフは欧州有数の日本人街があるところだ。その中でもインマーマン通りは日本人向けの店舗が多く、現地に住む7千人以上の日本人を相手に本国さながらの商品とサービスを提供している。
あちこちに日本語で書かれた看板が見え、日本の歌謡曲が店舗内に流されていることも珍しくない。
最近のドイツの国際影響力の低下とともに日本企業の撤退も相次ぎ、デュッセルドルフではここ10年で2割以上の日本企業が撤退・廃業している。それでもインマーマン通りはまだまだ日本色が濃い。
だがここでもロスアンゼルスやサンパウロと同じように、日本人街への中国人韓国人の流入が加速している。現地の日本食材スーパーは全て韓国人経営らしいとの噂だ。何処も同じ問題を抱えているようで、海外で生活する日本人達には同情しかない……って俺もか。
「長期滞在ということになれば、ここのラーメン屋や本屋が重要な戦略拠点になるんだろうな」
俺がラーメン屋の位置とホテルの方角、評判を綿密にチェックしていたら貴子さんが不思議そうな顔をしていた。
「何ですか……それ?」
「あ、いや、その……」
俺はたまに、どうしてもラーメンが食べたくて堪らなくなることがある。インスタントではない方のをだ。一度湧き上がった「お店のラーメン食べたい」という欲求は、それを叶えるまで絶対に消えることはない。
あれは呪いのような欲求だ。可能な限り避けたい苦痛と言っても良い。
こんな経験、貴子さんにはないのだろうか。
「貴子お嬢様じゃないですか!」
「あら、清水さん。今はこちらで?」
「ええ、昨年から」
突然、ラーメン屋から出てきた日本人ビジネスマンが貴子さんに声をかけてきた。壬生商事のデュッセルドルフ支社で働いている人で、貴子さんの知り合いらしい。世間は広いようで狭いものだ。
聞けば彼は以前、会長室で案件整理のような仕事をしていたのだが、壬生さんが顧問になったタイミングでこちらに異動したのだとか。
「こちらは?」
清水さんと呼ばれた男がちらりと俺を見た。敵意と詮索と侮蔑の目だ。こりゃまた随分な感じだが貴子さんの出自を考えればしょうがあるまい。
「私、転職したんですよ。こちらはその転職先の社長で影山さん。業種は……今はベンチャーキャピタルでいいのかしら? さっきデュッセルドルフについたばかりで、今は街を散策してるんです」
「て……転職ぅ? え……あ……おぅ! でしたら私がご案内しますよ! なんでしたら有望な投資先なんかもご紹介します」
清水さんは貴子さんの転職というのがあまりにも意外で軽く絶句していたようだが、結構早く持ち直した。さすがはエリート海外駐在員だ。
その日の午後は彼の車でデュッセルドルフを案内してもらうことにした。俺の素性はどうあれ、彼にとって貴子さんを自分の車に乗せることは重要だったらしい。
俺が立派なメルセデスを持ってきてくれた清水さんに、「壬生は給料いいんだな」とボソッと言うと貴子さんが俺の顔を怪訝そうな顔で覗き込んだ。
「ああすいません。まだサラリーマンだった頃の金銭感覚が抜けなくて……」
俺は皮肉のように口から出た自分の発言を訂正し、苦笑いをしながら清水さんに謝罪した。そうだった。壬生では海外駐在員の自動車購入には補助が出るんだよな。何僻んでるんだ俺。
俺達は月並みな観光名所は後でゆっくり見るから、と言ってライン川の沿岸地域に足を伸ばしてみた。
初めて訪れるデュッセルドルフの街の風景は欧州の伝統的な町並みで、学術都市のような落ち着きがある。
そこに多すぎるアジア系の人々が大声を出して道のあちらとこちらで喚き散らしているのがなんとも恥ずかしいが、さらに進むと難民達だろうか、東アジア系とは違う彫りの深い顔はしているが、ヨーロッパ系の白人とは違う人達がぽつりぽつりと見え始めた。
「ここで降ろしてくれ」
清水さんは車を道の端に寄せてくれたが、表情は訝しげだ。
「影山さん、この辺りは治安は良いですがそれでも注意は必要ですよ。歩くのはあまりお薦めしませんが……?」
「では、清水さんは貴子さんを連れてこのまま行っていただいて結構です。貴子さんは今晩の夕食の手配をしておいてくれ。今日の清水さんを労う意味でお招きしたい。俺は午後7時にはホテルに帰っているから」
「はい。ではお気をつけて」
貴子さんに遠慮なく指示を出す俺と、あっさり俺を行かせる貴子さんを見て清水さんは面食らったようだが、程なく車を発進させた。
これでいい。いつまでも彼に同行されたらデュッセルドルフでの俺の行動はかなり制約を受けてしまう。早いとこ別行動を取るに限る。
俺は周りをあれこれと見て歩き、4つ目くらいの交差点にあった生活雑貨や乾物を扱う小さな商店に入った。
「こんにちは」
「いらっしゃい! ん、日本人かい……? 珍しいね」
俺が英語で話しかけてみると店番は英語で答えてくれた。35歳くらいだろうか。外見は外に居る難民と同じ中東を想像させる。
「君は店番かい?」
「いや、ここは俺の店だよ。親父がもう何十年も前にここにやって来た難民で、俺は二世なんだ。親父が始めたこの店で難民や中東出身の人達相手にこんな商売をやってるのさ。
親父がこの間ポックリ逝っちまって、今はこの俺、スフヤーンが店を仕切ってるってわけだ」
店が暇なのか、ただのおしゃべり好きなのか。この店のオーナーはいろいろと俺に事情を話してくれた。
「商売、大変かい?」
「ああ、ご存知の通り最近難民が増えた。たくさんいればバカも混じるからな、やっちゃいかん事をやっちまうんだ。
それの報復か何かは知らんが難民キャンプへの襲撃も多い。こっちもチョイチョイ巻き添え食うんでやんなっちまうね。
難民が現地の人と仲良くなるのはそれなりに大変だよ。うちは昨日今日始めた店じゃないから、ボチボチうまくやれてるけどな。で、今日は何がご入用だい?」
デュッセルドルフには180以上の難民収容施設があり、六千人以上の難民がそこで自立の機会、つまり職と住居を得るまでの間過ごしている。その収容施設に難民嫌いや宗教的な対立を抱えた団体が1年に千回以上も襲撃をしているのだ。俺はドイツ人に沈着冷静で物分りが良さそうな印象を持っていたが、聞くと見るではえらい違いというか、なかなかの危険地帯だ。
このドイツ原住民と難民の対立に加えて、出身国などを理由にした難民同士の対立・差別があってこちらの方も凄まじいらしい。風光明媚はどこへやらだ。
「そうだな、面白い話を聞かせてもらった。スフヤーンさん、あんた、この店をもう少し大きくしてみる気はないかい?」
「何だって?」
スフヤーンは目を丸くして俺の顔を見た。




