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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第六十九話:占いとパワハラ技術


 局地的な豪雨が秋葉原を襲っている中、駅前の商業ビルUDXで服部と女子大生風の女性は初対面のぎこちなさを払拭できないままなんとか会話を続けていた。


「ミステリアスな要素? 服部さんはそういうお話が好きなんですか?」


「ええ、そうなんです。恥ずかしい話、僕、好きな女性にフられまして……。『私の好きな人はもっとミステリアスですよ』ってな感じのことを言われてしまいましてね。もう、どうしたらいいのかと」


「ふぅん……服部さん、それって難しいですかね?」


 服部はその女性の意味するところが解らない。困惑している服部をちらりと見た女性は、静かに目を閉じて両手を胸の前で固く握り、3秒ほど静止した後に深呼吸をしてから薄目を開けて、先ほどより低い声で語り始めた。


「服部さんのオーラが見えます……やさしいオレンジ色のオーラ……全能のサハスララチャクラはまだ閉じられたままですね……。

 はい……わかりました。服部さんは優しいけどやるときにはやる人で、仕事はちゃんとこなすけれど遊びは苦手。後悔することが多いけれどできれば前向きに生きたいと思ってる、違いますか?」


 言い終わると女性はパチリと目を開けた。


 服部は声も出ない。目の前の、出会って十分かそこらの女性が自分の性格をピタリと当てているのだ。

 彼女はいったい何者なのか? 今見せた占いのようなもの……彼女は自分の求めていた「ミステリアス」そのものではないのか?


「服部さん、これはバーナム効果というやつです。ご存知でしょうか? 誰にでも当てはまるような曖昧な表現を使って『お前の性格はこうだ』と言われると、それが自分だけに当てはまることであるかのように思い込んでしまう心理効果ですが、これ、ぶっちゃけ、占い師の基本テクニックです」


「ほええ……」


 服部もそんな心理効果の存在は何かで読んだことがあったが、面と向かってこうやって実践されると感心するしかなかった。


「占いでバーナム効果を最大限に発揮させるには、演出、決めつけ、そして占い師たる自分だけはどうすればいいか正解を知っているという態度が必須です。そして、何か偶然に自分の言ったことが当たった、いい結果が出たと後日聞かされた時『そんなの当然知ってたよ、とっくに見抜いてたよ。なんなら俺のおかげだよ』と臆面もなく相手に言えればもう勝ちです。相手は完全に自分のことを一流の占い師だと信じ込みますよ」


「場を呑む、ということか」


 演出、決めつけ、自分だけが持つ正解、そして手柄の強引な総取り……服部はあっと声をあげそうになった。この話術は沢森が自分をいびる時に散々やっていたものだ。

 服部の脳裏に沢森にいびられていた地獄の日々が浮かぶ。確かにあの期間、自分の精神はほぼ沢森に掌握されていたと言っていい。

 

 場を呑んで相手の精神状態を不安定にし、こちら側が安定しているところを見せつければ、相手は安定を求めてこちらに依存してくる。依存させてしまえばあとの印象付けはどうにでもなる。これはある種の洗脳技術と言えるだろう。


 自分の考えていたミステリアスさとは違うが、これはこれでアリだ。服部の頬が緩んだ。


「信じられないでしょう? でも練習次第でミステリアスさなんてどうにでもなるんです。あ、そうだ。彼女さんがいらっしゃらないならマッチングアプリとかで試してみたらどうでしょうか?」


「マッチングアプリ?」


「ええ、スピリチュアル系が好きな女子が集まるマッチングアプリってあるんですよ。ほら、これです」


 女性はスマートフォンのアプリ「荒野に花を♡未来に星を☆」を起ち上げ、その画面を服部に見せた。年頃の女性や婚活目的の女性が数多く登録されていたが、女性が見せたかったのは登録している女性達のプロフィールだ。結構な数の女性が自己紹介欄の「興味あること」にスピリチュアルに関することを記載しているではないか。


「今言った技術を使って、何人かで練習すればきっと、服部さんの言うミステリアスさは身につくと思うんです。ここに登録している人達はもともとそういうのが好きだからわざわざ自己紹介欄にこんなこと書いてるわけですしね。ええとこういうの何ていうんだっけ」


「Win-Win?」


「そう! それってやつです! さっすが服部さん大人!」


「おだてないで下さい」


「まあ、無理にとは言いませんが、その服部さんをフってしまった女性を見返す意味でも、ミステリアスさを身に着けてみてはどうですか?」


 確かに……悪くない話だ、と服部は思った。馬券をあてたり金山を見つけたりはできないが、これは純然たる技術、後天的に獲得できるスキルだ。ならば獲得しない理由はない。


「ありがとう! 僕、ちょっとこれやってみます!」


「どういたしまして! あ、丁度雨も上がってきたみたいです。これならなんとか帰れそうです。服部さん、わからないことがあったらいつでも聞いて下さいね!」


「今日はありがとうございました。ではまた後日」


「いいえ、こちらこそ!」


 服部にとっては渡りに船、かつ驚愕の1時間半だった。雑誌やネットではおなじみの知識も、目の前で披露されれば恐るべき技術。それが自分のものになるかもしれない――

 服部は目の前に開けた新しい世界に高揚していた。カウンターの奥で、こちらを苦々しく見ているウェイター達の視線が気にもならないほどに。


◆◆◆◆◆


 米国行きの旅行客とビジネス客がごった返す金曜日の成田空港午後3時、俺は市川さんを送るためそこにいた。


 南ウイングの4階に向かう市川さんの荷物は軽い。米国でも日本でもそれなりに生活環境を整えているので大荷物を持って移動しなくてもいいのだ。


「ここでいいわ」


 市川さんは第一ターミナルの車寄せで1人車を降りた。

 

「じゃあね。一足先に行ってるわ。シャーロットと向こうで待ってるから、忘れずに来て頂戴よ?」


 おや、市川さんにしては珍しい。彼女から別れ際に「向こうで待ってる」なんて台詞はなかなか聞けるもんじゃない。


「分かってるって。来週中にはアメリカに行くよ。その前にちょっと寄って行く所あるけどな」


「またアレ関係?」


「うん……そっちもある」


「熱心なのはいいけれどほどほどにしなさいよ。また誰かに尻尾を掴まれそうになったりしたら困るのはあなたなんだから。

 ちゃんとあなたの尻尾を掴みそうな人のリストを作って棚卸してる? こまめにやっとかないと後で泣きを見るわよ」


「忘れてた。今夜にでもやっておくよ。今のところリストの筆頭にあるのは貴子さんなんだけどな」


「ああ、少しだけど若返りをやっちゃったものね。(まじな)い師がどうとか言ってたけれど、なんだろ? 影山さんそれってなんだか分かる?」


「話せば長くなるってほどでもないけれど、ここで話す話でもないかな。向こうに着いてからゆっくり話すよ。なに、気にするほどのことじゃない。親父さん関係だ」


「そうなの? まあ私と貴子の関係だから、私が聞いてもいいんだけどね」


「じゃあそうしてもらった方がいいな。過不足があれば俺が後で修正させてもらうよ」


「OK、じゃあね」


「来週な」


 すたすたと去っていく市川さんの背中は戦いに赴く女の背中だった。うん、何かこう……かっこいい。JALやANAのキャビンアテンダントの歩く姿もなかなかのものだが市川さんほどではないな。


 もう少し市川さんの背中を見ていたかったが、市川さんがこちらを振り返って「さっさと行け」と手を振るので俺は肩を落としつつ車を発進させた。よくよく周りを見ると送迎の車が渋滞している。車を出さず市川さんの背中をゆっくり見ていた俺はとんだ迷惑ドライバーだったのだ。


「さっさと行け」のジェスチャーに悪意がないことを知って気分を取り戻した俺は東関道をご機嫌に飛ばして東京に戻った。しかし上機嫌というものほど長続きしないものはない。


「あああもう、またかよ!」


 昨日から降り続いた雨のせいで、せっかく洗車した俺の真っ白なBMWは先行車が跳ね上げた泥飛沫(どろしぶき)をたっぷり浴びてしまったのだ。

 また(まだら)模様に逆戻り。この時期、洗車なんかするもんじゃないな。


 ドロドロになった車を見ると少しドキドキしてしまう。1年前の岡山の温泉での、市川さんのあらわな浴衣姿を少し思い出してしまうのだ。


 少しだってば。


◆◆◆◆◆


 週末を志摩の壬生家別荘での密猟者対策作業に費やした俺は、日に焼けた顔で月曜のオフィスを訪れた。


「さあて、やるか」


 米国に渡る前に片付けておかなくてはならないことは山積みだ。やるべきことをやっていないという後ろめたさがあると、またレグエディットが暴走してしまうかもしれない。


 というか、雇われてイヤイヤ働かされてるわけじゃないんだ。テキパキこなしていかないと仕事は増えても減ることはない。誰かがやってくれるって類の仕事でもないからな。


「あれ、服部は?」


「服部さん今日来てないですね。連絡も来てないです。どうしちゃったんでしょうかね?」


「まあ、あいつも何かとあるんだろう。うちは一応定時みたいなものはあるが、今のところ全員部長以上の管理職だからな。相田もあんまり定時にこだわらなくていいぞ。業務上の妥当性があるなら遅く出社しても早く帰っても全然構わん」


「まあ……それで仕事が回るならそうさせてもらいますけどね」


 相田の目は何やら恨めしげだ。


「何か含むところがあるのか?」


 確かに、相田と服部の業務量が昔のような量だったら定時勤務でこなすのは不可能だったろう。だが最近業務量は減っているようだし……。


「もしかしたら服部さん、しばらく来ないかもしれませんよ?」


「どういうことだ?」


「それは市川さんか壬生さんにでも聞いて下さい。私あんまりそっちの方の話は得意じゃないんで……」


 相田が得意じゃないことって何だろう。こいつはこいつでスーパーウーマンだし、能力的なスペックは市川さんと互角か、もしかしたらそれ以上の筈なのに……。


「何を言ってるのか皆目分からんが、市川さんか貴子さんに聞けばいいんだな?」


 あ、相田が崩れ落ちた。これはあれだ、俺にほんの少しは期待してたけど、やっぱり駄目だった時の反応だ。


「……そうですね。そうするのがいいと思います……」


「何のお話ですか?」


 崩れ落ちる相田を見た貴子さんが首を突っ込んできた。


「服部がまだ来てないんだ。どうしたのかなって相田と話してたら貴子さんに聞けって言うんだよ。自分よりは分かるだろうって」


「まっ!」


 貴子さんが眉間に皺を寄せ目を吊り上げた。珍しい。


「言っときますけど私、服部さんに引導渡した覚えはありませんわ。あの方が勝手に傷つき、不貞腐れてるのまで私のせいにしないでくださる? 相田さん。

 そもそも、私、これでも結構我慢してきたと自分では思ってるんですのよ。朝から晩まで舐め回す様に見つめられて、気分良い筈ないじゃありませんか」


 こんなに怒っている貴子さんを見るのは初めてだ。しかし服部、俺だけにじゃなく貴子さん相手にもそんな度が過ぎた態度を取ってたのか。いくら鈍い俺でもここまで言われたらさすがに解るわ。相田が明言を避けるのも納得できる。


 で、あれだ。貴子さんが服部に何か決定的なことを言ったんだな。

 

「あ、影山さんだったらいいんですけどね。舐め回そうがしゃぶり尽くそうが」


 さらりと下品なワードを…… いやまあとりあえずなんだ、その、経営者としてはパフォーマンスが落ちることはやってほしくない。が、あくまでプライベートな話でもあるし、俺が変に介入するのはおかしいよな?


「相田、服部が帰って来る可能性ってどれぐらいだろうな?」


「沢森の例もありますから、五分五分か……一応影山さんと服部さんの長年の付き合いってのも考慮して四分六(しぶろく)で帰ってくる、ですかね」


「六割か……相田、服部の代わりを探しとけ。この前の転職支援業者に頼んでおけばいいだろう。貴子さんを捕まえるぐらいだからそこそこ信頼できるんじゃないか? あの会社」


「あら、影山さんは四割にベットですか?」


 貴子さんが意外そうに突っ込んだ。


「いや、そういうことじゃなくてだな。たとえ5人でも会社は会社だ。ある日突然予測不可能な行動をする奴というのは管理職に置いておいちゃいけないんだ。もっと言えば、本当なら採用してもいけないんだよ」


 採用したのは俺なんだけどな……それはこの際置いといてだ。


「どうしてですか? 人間誰しも海を見たくなるような事だってありますよ」


 確かに、鬱病などでどうしても会社に足が向かなくなり、気がついたら反対方向の電車に乗っていた、という話はネット界隈でよく聞く。


「相田、服部の残業時間はこの半年ぐらい、どれくらいだった?」


「そうですね。月25時間ぐらいじゃないでしょうか。先月なんかは10時間を切ってたと思います。新たな投資先をそんなに見つけてませんからね。今までの投資先のフォローもここのところは影山さんに任せてましたし」


「じゃあ、業務が重過ぎて発作的に、というわけではないよな」


「そういう状態になるなら私が先でしょうね。断言するのは避けたいですが、やはり先日の一件だと思いますよ」


「相田さん、私だって困ってたんですよ?」


「落ち着け貴子さん。君を責めてるわけじゃない。鬱病でどこかに行ったとして、恋愛沙汰でそんなことになるならそれも困る。脆すぎて行動を共にできん。常にそいつを気遣わなければならないからな。

 それに病気なら治るまでの間サポートしてやるのは良いとして、やはり同じ役職を続けさせるわけにはいかんだろう」


「病人に同じ役職を続けさせないのは分かりますが、『予測不可能なことをするヤツは……』のあたりはもうちょっと詳しく解説願えませんか。納得しておきたいので。次の採用にも必要な知識だと思います、それ」


「うーん……どう言えばいいのかな。例えば毎日テニスの練習をして、それでもある日試合で全然敵わない強敵に出会ったとするだろう?」


「影山さんテニスなんかしないくせに」


「うるさい黙って聞け。それで、そういう時お前ならどうする? 相田」


「えー……そうですねえ。とりあえずやれることは全部やりますよ。

盤外戦術含めて今までやってきたこと積み重ねてきたことを出し切ろうとします」


「そうだよな。俺もそうするべきだと思う。しかし突発的な行動に出るヤツはそうじゃない。いきなり奇声をあげながら『サンダーなんとか』とか言って今までやってきたことをかなぐり捨ててわけのわからんスイングを始めるんだよ。中学の時テニス部だった中森君がそうだった」


「誰ですか中森君って……」


「結局中森君は試合を壊してしまったよ。レギュラーの座も追われた。当然だよな、今まで積み重ねた練習を土壇場で全部投げ捨てる奴に帰る場所なんかないんだよ」


「中学の部活にしてはシビアですのね……」


「部活に例えたのがまずかったか。じゃあ戦争だ。敵の弾がひっきりなしに飛んでくるストレスフルな環境で予測不能な動きをするヤツと一緒に行動したいか? 身を潜めて隠れていろという命令を忘れて奇声を上げて突っ込んでいくヤツに背中を預けられるか?」


「そっちの例の方がしっくりきますね」


「ええ……」


「こっちの方が分かりやすかったか。つまりそういうことだ。

服部が帰ってきたら机は用意してやってくれ。だけど今まで通りの役職に就かせるかどうかは考えないといかん。今日明日にも復活して出社するようなら『()ねて寝ていた』ってことでいいが、1週間2週間かかるようならもう服部はポンコツだ」


 正直、拗ねて寝ているとか、フられた直後でバツが悪くて合わせる顔がない、くらいで済んでくれればいいと俺も思っていた。

 だが、それくらいの判断力があるなら休むにしても一本メールを入れるくらいは出来る筈だ。

 そもそも、俺は拗ねるヤツも信用しない。「僕のことを気遣ってくれなきゃヤダ」ってヤツの手を引いて歩くとか、そういう甘っちょろい感覚はナイジェリアで捨ててきたのだ。俺は。


「ああ、それで今日は2人に話があるんだ」


 服部のことはなるようにしかならん。それよりも俺は2人に聞きたいことがあったのだ。


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