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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第六十五話:金のスマホと貝泥棒

「やっちまったか……」


 朝起きた俺は、枕元に置いてあったスマートフォンが金色に輝いているのを見てがっくりとうなだれた。

 確かに南米から帰って来た後、お役目について何かやったかと問われれば「何も」と答えるしかないな。


「気が付かない間にストレスが蓄積していたということか……」


 もちろん、見合い至上主義の国のコンテンツ市場にちょっかいを出して恋愛至上主義の若者を増やすとか、そういうことをやっていないわけではない。おそらくこの手の活動の方が、治安の悪化や暴動の誘発よりはよほど将来的に人口削減には効いてくる筈だ。


 しかし俺自身の律儀さがその効果の理解を邪魔している。自分で直接人の命に手を下していないということが、辛い仕事を人任せにしている気がして何処か納得できていないのだ。

 実際は人の命を刈り取るのではなく生まれてくる人間を減らしているというだけのことなのだが、そこをうまく自分の中で消化しきれていない。俺は心のどこかで目に見える短絡的な成果を欲しがっているのだろう。


 もしかすると俺には殺人鬼の素養があるのかもしれない。穏やかな人口削減より死人の数が気になっているわけなのだから。単純にKPI(主要業績評価指標)を気にしすぎるサラリーマン気質が抜けていないだけかもしれないが、何にせよポジティブにとらえ難いことに変わりはない。


「まったくなんて朝だ。起き抜けに自分の醜い部分と正面から向き合わないといけないなんてな……」


 ひとしきり落ち込んだ後俺は華麗に復活した。

 

 このあたりの切り替え・復活の速さはさすがメンタル強化人間だ。少々ムカつくが「あいつ」が与えてくれた能力の中で最も重宝しているのはこのメンタル強化だろう。


「スマートフォンがイカれただけでよかった。あ、連絡先って引き継げたっけ? クラウドにバックアップ取ってたかな、俺?」


 ……あ、SIMカードは無事みたい。寝ぼけていてもさすが俺だ。心のどこかでそれは別にしておいた方がいいというブレーキがかかったのだろうか。これで機種変更がしやすくなる。


 それにしても、人に仕事を信じて任せるのがマネージャだとか何だとか相田や服部に講釈を垂れていたくせに、俺自身が一番人任せに出来ていないのは皮肉な話だ。


 もう少しなんとかしなければ……主に律儀すぎる自分の心を。


 人に任せることもそうだが、その成果を信じ切るというところができていないのかもしれない。今後の俺の遠大な課題だ。


 6月には市川さんが何かやると言っていたし、そうなったら向こうでその手伝いもしたい。時間のあるうちに何かしないと……。




◆◆◆◆◆


「影山さん、週末のご予定は?」


 ゴールデンウィークが終わって休暇明けサラリーマンの倦怠感が街角のあちこちでとぐろを巻いていたある日の午後、貴子さんが俺に週末の予定を聞いて来た。


「いや、家にひきこもってゲームとか読書とかですかね……連休にアメリカに行ってたんで、時差ボケで内臓がでんぐり返りそうなんですよ。少しは休んでおかないと」


 今までなら家にこもって分子生物学の勉強などをしていたが、南米で遊び呆けているうちにそんな殊勝な習慣もすっかり吹き飛び、今の俺には人様に胸を張って言える週末の予定などというものは無い。


「あら残念、いい季節ですし潮干狩りでもいかがかと思ったんですけれども……」


「潮干狩り? それはまた(みやび)と言うか……」


 俺はここのところ世界のあちこちを飛び回っていたが、どこも熱帯やら亜寒帯やらと季節感に乏しい地域だった。そのせいか、どうも俺の生活には季節を感じるイベントというものが欠けている。

 さらに言うなら俺は幼い頃から山側で育ったので海系のイベントには縁遠く、臨海学校や潮干狩りなどというものは漫画やテレビでしか見たことがない。そういう意味では潮干狩りは一度は行ってみたい憧れのイベントだ。このチャンスは見逃せない。


(うち)の別荘が志摩の方にあるんですよ。ご興味がおありでしたらお誘いしようかと思ったのですけれど、体調を戻すのが第一ですわね。残念ですがまたの機会にでも」


「あ、いや、せっかくのお誘いですし行ってみようかな」


 興味はあるんだ。うん。それに、最近人口削減のアイデアが湧かなくて困っていることだし。アイーダ先生はこの間怒らせちゃったしな。自分で何かネタ拾ってこないと。家でゲームやってる場合じゃない。


「本当ですか? でしたら後で詳細をメールでお送りします」


「あの、お父様もいらっしゃるんですか?」


「居た方がいいんですか?」


 どう答えたらいいんだろう。文脈的に「はい」と言えば貴子さんが、「いいえ」といえばお父様の方が怒るだろうな。


「聞いただけです。俺はどちらでも構いませんよ。ただ、壬生さんちの一家団欒に俺が紛れ込むのはどうかなと思うので……」


「それは私と二人で行きたいってことですよね?」


 貴子さんの顔が一瞬ぱあっと明るくなったと思ったのは俺の自惚れだろうか。

 いやいや落ち着け俺。笑顔を向けられたくらいで勘違いしてはいけない。高校2年の夏を思い出せ。あの時も俺は女の子に笑顔を向けられただけで勘違いして……うぎゃああ思い出したくない。呪われろ高校2年の俺。


 と、ここでメンタル復帰。ほんとに使い出がある能力だ。


「あ、それはそれで……おかしな評判が立つと貴子さんもご迷惑では?『娘をキズモノにした責任を取れ』なんてお父様に言われた日にはどうしていいか解りませんし?

 君子危うきに近寄らず。李下に冠を正さずです。清く正しく楽しい潮干狩りができるようにしましょう。

 で、どうしたらいいでしょうかね? 他に誰か居るといいんですが、壬生家の別荘ともなると誰でも良いというわけにもいきませんし……」


 貴子さんとの会話はマインスイーパーみたいだ。何処に地雷が埋まっているか解らない。正解がある場合ならまだいいが正解がない時もあるからなお怖いのだ。


「それなら僕が行きましょうか?」


 近くで聞き耳を立てていた服部が颯爽と手を挙げた。どうやら服部にとって貴子さんは相当好みのタイプのようで、採用面接では貴子さんをひと目見ただけで合格を出したと相田から聞いている。

 入社してからも服部は露骨に俺を貴子さんから引き離そうとするし、その態度が少々行き過ぎていることにも自分で気が付いていないようだ。後々、問題を起こさなければ良いが……。


「あら、服部さん、一緒に来てくださるの?」


「ええ、人数合わせで良ければ」


「でしたら服部さん。お付き合いされている女性の方も是非連れて来て下さいな。それでバランスがとれますでしょう?」


「え……?」


 服部が轟沈した。可哀想にがっくりと肩を落としている。


「いや、考えてみれば用事がありました……お二人でどうぞ」


 馬鹿だな服部。相田誘って来れば良いのに。同じ宿ならチャンスはあるかもしれない。こういうのは数多く打席に立つことも大事なんだぞ。

 

「あら残念。うーん……兄夫婦らは連休疲れでどこにも行きたくないと言っていましたし、他にアテががないのでしたら私とお父様と影山さんの三人になると思いますが、それでいかがでしょうか?」


「どうでもいいですけど貴子さん、ご自分のお父様のことを『お父様』と呼ぶんですね」


「あ、これですか? 本来なら『父』と言うべきなんですけれどね。前の職場で『壬生に御用ですか? 』なんて言いながら応対してるとお客様側が私かお父様かどちらに話をしているのか混乱してしまっていたので、周囲の希望もあってあえて『お父様』呼ばわりしていたら自分でもこっちの方が楽になってしまいまして……」


「そうだなぁ……俺も今さら貴子さんのことを『壬生さん』って呼んでしまうとあちらの壬生さんと区別がつかなくなってしまいますね」


「では、そういうことで」


「そういうことで」


◆◆◆◆◆


 土曜日の早朝5時半、葉山のヨットハーバーに集まった俺と貴子さんと壬生さんは、壬生家の所有する中型クルーザーに乗って英虞(あご)湾にあるという壬生家の別荘に向かった。なんと、小さな島をまるごと所有してそこに別荘を建てたらしい。


「君のお役目のことはまだ貴子には言っとらん。君もそのつもりでな」


 壬生さんからの囁くようなサジェスチョン。そうだった。念を押されなければうっかり世間話みたいに話していたかも知れない。


「まあ、男同士で内緒話なんて ……」


 貴子さんは俺達を見て小さく膨れ面をして見せた。

 

 クルーザーの航行は壬生さんがやるのかと思ったら、ちゃんとそのための人が居るらしい。

 俺達はクルーザーのキャビンで酒を飲んだり海を見たり、船酔いで吐いたり酒に酔って吐いたりとお約束どおりの行動をしながら英虞湾を目指した。


 遠州灘を少々汚してしまった以外は道中特にアクシデントもなく、船は快調に進んだ。

 吐けるだけ吐いてしまえば船旅というものはなかなかどうして楽しい。洋の東西を問わずお金持ちが船を持ちたがる気持ちが少しだけ分った気がする。


「そろそろ着くぞ。デッキに出てみんかね」


 俺達が英虞湾にある壬生家の所有する島へと到着したのは夕方になる少し前だった。


 5月の英虞湾は穏やかで、餌をねだりに飛んでくる白い水鳥達の姿が青い空に映え、それが島の緑と相まってなんとも美しい光景を作っている。


「どうですか? 私はこの景色が好きで、毎年のようにここに来るんですよ」


 さっきまで壬生さんと俺の二人の面倒を見るのに少々疲れ気味だった貴子さんだったが、無事に島について少し元気を取り戻したようだ。


 島にはクルーザーが停泊できるしっかりした桟橋があり、近くには砂浜の海岸もある。砂浜を見渡せるところに近代的な別荘が建っており、潮干狩りで採った貝はその別荘の庭先でバーベキューをしていただくらしい。何ともブルジョアチックな話だ。

 俺達は別荘守りの老夫婦に挨拶をして荷物を運び込むと、ビーチサンダルを履いて早速近くの砂浜へと出向いた。


「おかしいな……こんなにおらんもんだったか?」


「温暖化とかの影響なのでしょうか……? 昔は半時も掘ればザクザクと貝が採れた筈なのですが……」


 壬生さんはこの島を買い取った時に元からあった小さな砂浜を整備したそうだ。潮干狩りなどが楽しめるようアサリやハマグリ、マテ貝などの稚貝を放流したのが二十年ほども前。岩礁にはサザエも放流したらしい。

 その貝達の繁栄を確かめる意味もあって、壬生さん一家は毎年島に来るたびに潮干狩りを楽しんでいたそうだが、今日は期待したほど貝が採れなかったようだ。

 それでも、大型のサザエやマテ貝、15㎝級のハマグリなど、俺達3人と別荘守りの夫婦、クルーザーの船長の6人がバーベキューや酒蒸しを楽しむくらいの量は採れたので俺は文句は無かったのだが、俺に良いところを見せようとでもしていたのか、壬生さんの顔が妙に暗かった。


「何……? 密漁? それでハマグリがあんなに採れなかったのか?」


「そそ、4月の終わりくらいやわ、貝をごっそり密漁していった連中がおんのさ……桑名の木曽川河口あたりで採っとった連中が最近こっちに来とんのやに……業沸くわぁ」


 別荘守りの老人が不漁の原因を壬生さんに説明していたが、密猟者がいるらしい。あれで不漁なら、絶好調な時はどんなのが食えたんだろう。ちょっと気になる。


「すまんな影山君。本当はもう少し美味いものを食わせてやりたかったんだが……今日は島の外から持ち込んだ松阪牛とアワビで勘弁してくれぃ」


「いえいえ。これだけでもご馳走ですよ。マテ貝なんて初めてでしたけど、チョー旨いじゃないですかこれ。なんで東京で売ってないんでしょうね?」


 実際、美味かったのだ。砂浜の縦穴に塩を入れる採り方も独特で面白かったし……。

 俺は本心でそう言ったのだが、客人に気を遣わせたと思ったのかしょんぼりしている壬生さんと貴子さんの顔を見ているとなんともいたたまれない。

 あんなに楽しみにしていた潮干狩りが、密漁者の姑息な金儲けのために台無しになってしまったのだ。さぞ悔しいことだろう。


 貴子さんが厨房に行くと言って席を外した時に、俺は壬生さんにこっそり話しかけた。

 

「壬生さん、密漁者をどうにかする方法を考えたんですが、俺、来週末ここに来てもいいでしょうか?」


「む? クルーザーでか?」


「お忘れですか? 俺は移動に関してはアレがありますので……」


「ああ、そうだったな。皆まで言うな。そうか……それでどうするんだ?」


「知り合いに水産系の学者が居ましてね。それで……そんでもって……を……して」


 俺と壬生さんはデッキチェアに座り、不穏な企みについて話し合った。。


「そういう事なら儂も協力しよう。何、いう事を聞いてくれる大卸はまだ何件かあるからな」


「では、そういうことで」


「必要な資材をリストアップしてくれ。守りのじいさんに運び込んでもらっておくから」


「では、今年は申し訳ありませんがここは封鎖でお願いします。来週末以降、できれば誰も近寄らないようにして下さい」


「しょうがない。来年は美味い貝をたらふく食いたいことだしな」


 俺と壬生さんはよほど悪人面で何かを企んでいるように見えたのか、貴子さんが呆れたような顔でこちらを見ていた。


「影山さん、お父様、何を二人してコソコソ話をしているんですか?」


「あ、いや、対馬でやっている養殖の話などを……」


「養殖ですか……そういえばここいらも真珠や的矢牡蠣の養殖で有名なところでしたわね。ああいったものも密漁や略奪にあったりするのかしら」


「対馬で聞きましたが、マグロを何匹も持っていく賊もいるらしいですよ」


「まぁ! どうやったらそんなことができるのかしら⁉」


「おお、何かいい匂いがするな。こっちにくれ貴子」


 厨房から戻った貴子さんが持って来てくれたのはアワビのスライスと松阪牛。どうりでいい匂いがしたわけだ。腹はそこそこ満たされていた筈なのにクゥと鳴り出すんだからな。


 東京に回ってくる松阪牛は最高品質という話だが、地元で売っている松阪牛もまた美味い。アワビはすぐそこの海で海女さんが取ってきてくれたそうだ。

 俺は秋葉原の高級焼肉とは一味違う素材の味とやらを堪能し、翌週に向けての英気を養った。


 気がつくと日は沈み、綺麗な月がくっきりと夜空を切り取っている。


「美女、金持ちの別荘、月夜と来ればハリウッド映画なら殺人鬼が現れる頃合いですね」


「わははは! 儂らに敵う殺人鬼などそうはおらんぞ? もし居るなら是非出て来て欲しいものだ」


「何ですか? 殺人鬼だとか縁起でもない。お父様も冗談は大概になさいませ」


 貴子さんに怒られ、表向きしゅんとした俺と壬生さんだったが、貴子さんが後ろを向くとニヤニヤ笑って目配せをしていた。


 知らない奴が見たら俺達二人の関係は気持ち悪いかもしれないな。


◆◆◆◆◆


 東京に戻って3日目、長崎大学の川口教授から連絡が入った。頼んでいたモノが手に入ったらしい。壬生さんから依頼されたという大卸からも連絡が入り、これで万全というところだ。


「っしゃあ! ヤキイモゲットぉ!! 今日は唐揚げとタコ焼きだあ!」


 俺は懸案が一つクリアできたのでついつい声を上げてしまった。


「はあ……影山さん、貴子さんと出かけてから元気ですね。何か良いことあったんですか?」


「おうさ。なかなか楽しかったんだよこれが」


 俺のお役目、次のターゲットが決まったのだ。俺はこれからしばらく密漁者の間引きをする。それで金になったスマートフォンも浮かばれるだろう。

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